アジピン酸ジブチルのラットを用いた
28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of Dibutyl adipate in Rats

要約

 アジピン酸ジブチルを20,140および1000 mg/kgの用量で雌雄のSD系ラットに28日間反復投与し,その毒性について検討した.対照およびl000 mg/kg群については14日間の回復期間を設けた.

 一般状態,体重,摂餌量,血液検査,血液生化学検査,尿検査および病理検査において,雌雄とも被験物質投与に起因した変化は認められなかった.

 以上の結果より,本試験条件下におけるアジピン酸ジブチルの無影響量は雌雄ともにl000 mg/kgと考えられる.

方法

1. 被験物質

 アジピン酸ジブチル(大八化学工業(株),ロット番号:N-41001,純度:99.8%)は,無色,透明な液体である.本ロットについて試験期間中安定であることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

 日本チャールス・リバー(株)より入手した雌雄のSD系ラット(Crj:CD,SPF)を5日間検疫・馴化し,試験に使用した.投与開始前日に動物を体重別層化無作為抽出法により群分けした.1群の動物数は雌雄各6匹とし,対照およびl000 mg/kg群についてはこの他に雌雄各6匹の回復群を設けた.投与開始時の週齢は雌雄とも5週齢,体重範囲は雄が131〜l55 g,雌が121〜l34 gであった.

 検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度20〜25℃,湿度40〜70%R.H., 換気約12回/時,照明12時間/日(7時点灯,19時消灯)に自動調節された飼育室を使用した.動物は,実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに1ケージ当り2匹で収容し,飼育した.

 動物には,実験動物用固型飼料(MF:オリエンタル酵母工業(株))および5 μmのフィルター濾過後紫外線照射した水道水をそれぞれ自由に摂取させた.

3.投与量および投与方法

 被験物質を100,300および1000 mg/kgの各用量でSD系ラットに7日間反復経口投与した結果,死亡は認められず,また一般状態,体重および剖検でも被験物質に起因した変化は認められなかったので,本試験の最高用量をガイドラインの上限である1000 mg/kgとし,中および低用量をそれぞれ140および20 mg/kgと設定した.また,溶媒のみを投与する対照群を設けた.

投与期間は剖検前日までの28日間とし,対照および1000 mg/kg群については14日間の回復期間を設けた.被験物質をオリーブ油(丸石製薬(株),ロット番号:3525)に溶解し,毎日1回,午前中に胃ゾンデを用いて強制経口投与した.投与液量は5 ml/kgとし,至近測定日の体重をもとに算出した.

4.観察および検査方法

1)一般状態,体重および摂餌量

 全例について一般状態を毎日観察した.体重は投与開始日およびその後毎週1回測定した.また,摂餌量については,投与開始日およびその後毎週1回,ケージ単位で風袋込み重量を測定し,各期間毎の1匹当たりの1日の平均摂餌量を算出した.

2)血液検査

 各計画解剖時に解剖した全動物について,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採血し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),へモグロビン濃度(SLSへモグロビン法),へマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:(株)立石電機),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株)),プロトロンビン時間(PT;Quick一段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT;活性化セファロプラスチン法)を血液凝固自動測定装置(KC-10A:アメルング社)により測定した.また,検査の結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.凝固阻止剤としてプロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間測定には3.13%クエン酸ナトリウム水溶液を,それ以外の項目の測定にはEDTA-2Kを用いた.

3)血液生化学検査

 採取した血液を室温で約30分間放置した後,3000 rpm,10分間遠心分離し,得られた血清を用いて総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),グルコース(GK-G6PDH法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総コレステロール(CES-CO-POD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),GOT(SSCC改良法),GPT(SSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),ALP(GSCC改良法),ナトリウム,カリウム,クロライド(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

4)尿検査

 投与終了時の解剖の4日前に全動物の新鮮尿を採取し,pH,潜血,蛋白,糖,ケトン体,ビリルビン,ウロビリノーゲン(試験紙法,N-マルチスティックスSG:マイルス・三共(株))を尿分析器(クリニテック10:マイルス・三共(株))により測定した.

5)病理検査

 各計画解剖時,全動物について採血後に腹大動脈を切断して放血し,致死させた後,肉眼的に異常の有無を観察した.また,脳,肝臓,腎臓,副腎,精巣または卵巣の重量を測定した.これらの器官に加え,下垂体,眼球(ハーダー腺を含む),肺,胃,甲状腺(上皮小体を含む),心臓,脾臓,膀胱,骨髄(大腿骨)を採取し,10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(眼球およびハーダー腺はDavidson液)にて固定後保存した.

 投与終了時解剖動物の対照および1000 mg/kg群の雌雄の心臓,肝臓,腎臓,副腎および脾臓を常法に従いへマトキシリン・エオジン染色標本を作製し鏡検した.

6)統計解析

 計量的データについては,Bartlett法による等分散の分析を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析を行った後,Dunnett法またはScheff法により平均値の比較を行った.分散が等しくない場合にはKruskal-Wallisの検定を行い,Dunnett型またはScheff型の順位和検定を行った.尿の定性検査で得られたデータについてはArmitageのχ^2検定を用いた.有意水準は5%以下とした.

結果

1.一般状態,体重および摂餌量(Fig. 1)

 投与期間中,1000 mg/kg群の雌雄に流涎が認められたが,投与休止によりこの症状は消失した.この変化は,投与後一過性に認められ,また投与前にも認められた.体重は雌雄ともに各被験物質投与群とも対照群と同様に推移した.摂餌量は雌雄ともに各被験物質投与群とも対照群と同様な値を示した.

2.血液検査(Table 1)

 投与終了時の検査において,20 mg/kg群の雄にAPTTの短縮がみられ,また回復終了時の検査では1000 mg/kg群の雄にMCHCの低下,白血球数の増加が認められた.これらはいずれも用量依存性のない変化か,あるいは軽微な変化であり,生理的変動範囲内の偶発的変化と判断した.

3.血液生化学検査(Table 2)

 いずれの群においても,変化は認められなかった.

4.尿検査

 投与終了前の検査において,20 mg/kg群の雌にpHの酸性側への変動が認められたが,用量依存性のない変化であり,また軽微な変化であることから偶発的変化と判断した.

5.器官重量(Table 3)

 投与終了時の検査において,140 mg/kg群の雄に腎臓の湿重量の減少がみられたが,用量依存性のない軽微な変化であり,生理的変動範囲内の偶発的変化と判断した.

6.病理解剖検査

 いずれの投与群においても被験物質投与に起因した変化は認められなかった.偶発的変化として脾臓の直径1cm大の白色結節形成,肺の出血斑がそれぞれ1例に認められた.

7.病理組織検査

 いずれの群においても被験物質投与に起因した変化は認められなかった.対照群あるいは1000 mg/kg群において肝臓のび漫性脂肪化および微小肉芽種,腎臓の尿細管上皮の好塩基性変化,硝子円柱および尿細管上皮の硝子滴の出現が散見された.これらはいずれも自然発生性変化としてしばしば発現する変化であり,発現頻度に用量相関性はみられなかった.

考察

 アジピン酸ジブチルを20,140および1000 mg/kgの用量でSD系ラットに28日間反復経口投与し,その毒性について検討した.

 投与期間中,1000 mg/kg群の雌雄に認められた流涎は,投与後一過性に認められたこと,投与前にも認められたことから,投与液の味に対し条件反射的に誘発されたものと考えられ,毒性学的意義はないと判断した.その他には,一般状態,体重,摂餌量,血液検査,血液生化学検査,尿検査および病理検査において,被験物質投与に起因した変化は認められなかった.

 従って,本試験条件下におけるアジピン酸ジブチルの無影響量は雌雄とも1000 mg/kgと考えられる.

連絡先
試験責任者:平塚秀明
試験担当者:伊藤重美,土谷 稔,山岸保彦,豊田直人,高野克代
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-02 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authers:Hideaki Hiratsuka(Study director)
Shigemi Itoh, Minoru Tsuchitani,
Yasuhiko Yamagishi, Naoto Toyota,
Katsuyo Takano
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02 Japan
Tel +8l-479-46-2871 Fax +8l-479-46-2874