アセト酢酸メチルのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of
Methyl acetoacetate by Oral Administratio in Rats
要約
OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性調査の一環として,アセト酢酸メチルの0(溶媒対照),100,300および1000 mg/kgをCrj:CD(SD系)ラットの雌雄(各12匹/群)に交配前14日間,雄ではその後交配期間を含む35日間,雌では交配期間,妊娠期間および分娩後3日まで通して経口投与し,親動物に対する反復投与毒性および生殖能力ならびに次世代児の発生・発育に及ぼす影響について検討した.
1. 反復投与毒性
一般状態,体重,摂餌量,血液学検査,血液生化学検査および病理学検査のいずれにおいても,被験物質投与の影響は認められなかった.
2. 生殖発生毒性
親動物の生殖機能に関しては,性周期,黄体数,交尾率,着床痕数および授(受)胎率に被験物質投与の影響は認められなかった.
分娩時および哺育期検査では,妊娠期間,出産児数,出産率,死産率,新生児数,出生率,性比,分娩時および哺育4日の新生児体重ならびに哺育4日の生存率に被験物質投与の影響はみられず,外表異常の発現もなかった.
以上のことから,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも1000 mg/kg/day以上,生殖発生毒性に関する無影響量も親動物および出生児とも1000 mg/kg/ day以上と推察された.
方法
1. 被験物質および投与液の調製
アセト酢酸メチル(純度99.4 %,Lot No. 602006,日本合成化学工業提供)は,水に対する溶解性が38 g/100 mLの無色澄明の液体である.入手後の被験物質は低温遮光下で保管し,投与期間終了後に供給源にて分析を行い試験期間中安定であったことを確認した.媒体には日本薬局方 注射用水(大塚製薬工場,Lot No. 6D77)を使用し,これに被験物質を1,3および10 w/v%濃度になるように溶解して投与液を調製した.調製した投与液は室温保存した.なお,投与開始週に,投与液の濃度を測定し,設定値の±5 %以内にあることを確認した.また,投与開始前に,本調製法による0.1および20 w/v%溶液が室温散光下で少なくとも8日間安定であることを確認した.
2. 使用動物および飼育条件
8週齢のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD,日本チャールス・リバー)を雌雄各55匹購入し,13日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各48匹を選んで10週齢で試験に使用した.投与開始時の体重は雄で373.2〜428.2 g,雌で227.7〜255.3 gであった.動物は温度24±2℃,湿度55±10 %,照明12時間(午前7時〜午後7時)および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室でステンレススチール製ハンガーケージに,投与期間中は1匹(雌雄別),交配期間中は2匹(雌雄各1匹),妊娠および哺育期間中は床敷(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー)を入れたポリカーボネイト製ケージに1匹ずつ(哺育期間中は哺育児を含む)収容し,飼育した.飼料は,固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業)を,飲水は次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した水をそれぞれ自由に摂取させた.
3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け
投与量は,予備試験の結果より設定した.すなわち,本被験物質の100,300および1000 mg/kgを2週間反復投与した結果,一般状態,体重,摂餌量,血液学検査,血液生化学検査,剖検および器官重量に被験物質投与による変化はみられなかった.したがって,本試験の投与量には,OECDガイドラインに従って限界用量とされる1000 mg/kgを高用量に設定し,以下公比約3で除した300および100 mg/kgをそれぞれ中用量および低用量に設定した.
投与経路は経口とし,雄では交配前14日間およびその後交配期間を含む35日間の合計49日間,雌では交配前14日間,交配期間(最長14日間),妊娠期間および哺育3日までの期間,1日1回,胃管を用いて投与した.投与容量は10 mL/kgとし,雄ならびに交配前および交配期間中の雌については最新の体重を基に,交尾成立後の雌については妊娠0日の体重を基にそれぞれ算出した.
試験群は,上記3用量に注射用水のみを投与する対照を加え計4群とした.1群当たりの動物数は雌雄各12匹とし,群分けは,投与開始前日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.
4. 反復投与毒性に関する観察・検査
1) 一般状態
雌雄とも,全例について一般状態の観察および生死の確認を1日2回以上行った.
2) 体重および摂餌量
体重については,雄は投与期間を通じて週2回測定した.雌は,交配前の投与期間および交配期間中は週2回,妊娠期間中は妊娠0(妊娠確認日),4,7,10,14,17および21日,哺育期間中は哺育0(分娩日)および4日に測定した.摂餌量については,雄は交配期間を除く投与期間中,週2回測定した.雌は,交配前の投与期間は週2回,妊娠期間中は妊娠1,4,7,10,14,17および21日,哺育期間中は哺育1および4日に測定した.
3) 血液学検査
雄全例について,投与期間終了後に,18時間以上絶食させたのち,ペントバルビタール・ナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で開腹し,後大静脈腹部から採血を行った.採取した血液はEDTA-2K処理(EDTA-2K加血液)して多項目自動血球計数装置(Sysmex CC-780,東亜医用電子)を用いて,白血球数(電気抵抗検出方式),赤血球数(電気抵抗検出方式),ヘモグロビン量(オキシヘモグロビン法),ヘマトクリット値(血球パルス波高値検出方式)および血小板数(電気抵抗検出方式)を測定し,これらを基に平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度 (MCHC)を算出した.
4) 血液生化学検査
血液学検査に引き続き採取した血液を室温で約60分間放置後,3000回転/分で10分間遠心分離し,得られた血清を用いて自動分析装置(736-10,日立製作所)により,総蛋白質(ビウレット法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白質およびアルブミンより算出),総ビリルビン(アルカリアゾビリルビン法),GOT(Karmen法),GPT(Wrblewski-La Due法),γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(L-γ-グルタミル-DBHA基質法),アルカリ性フォスファターゼ(ρ-ニトロフェニルリン酸基質法),総コレステロール(COD-DAOS法),トリグリセライド(GPO-DAOS法・グリセリン消去法),リン脂質(酵素法・DAOS発色法),グルコース(グルコキナーゼ・G-6-PDH法),尿素窒素(ウレアーゼ-GlDH法),クレアチニン(Jaff法),無機リン(モリブデン酸直接法)およびカルシウム(OCPC法)を測定した.また,電解質分析装置(PVA-α,アナリティカル・インスツルメンツ)によりナトリウム(電極法),カリウム(電極法)およびクロール(電量滴定法)を測定した.
5) 病理学検査
雄では投与期間終了後の採血を行ったのちに,雌では哺育4日にエーテル麻酔下で外側腸骨動脈を切断して放血致死させ,解剖して諸器官および組織の肉眼的観察を行い,雌について黄体数および着床痕数を調べた.剖検後,脳,心臓,肺(気管支を含む),胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣を摘出して器官重量(絶対重量)を測定するとともに,剖検日の体重を基に体重比器官重量(相対重量)を算出した.重量測定器官に加え,肉眼的異常部位を採取して10 %中性緩衝ホルマリン溶液(精巣および精巣上体はブアン液で前固定)で固定した.対照群および300 mg/kg群の脳,心臓,肺(気管支を含む),胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣については,常法に従ってパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施し,光学顕微鏡下で観察した.また,肉眼的に脾臓の肥大がみられた100 mg/kg群の1例については,骨髄性白血病が疑われたため,大腿骨(骨髄),肝臓および腸間膜リンパ節についても採取し,同様の検査を実施し,さらに肝臓,脾臓および大腿骨についてはエステラーゼ染色を行った.死亡例の腎臓および肺については,PTAH染色を行った.肉眼的異常部位については,すべて病理組織学検査を行った(ただし,胸腔および腹腔内器官の逆位については実施しなかった).
5. 生殖発生毒性に関する観察・検査
1) 生殖機能
雌について交配開始日の2週間前(投与開始日)から交尾確認日まで,毎日午前の一定時間に膣垢を採取し,性周期検査を行った.
交配は雌雄(12週齢)1対1で一晩同居させる方法で行い,翌朝膣垢中の精子または膣栓が確認された日を妊娠0日とした.また,交配は同一群内で行い,交配期間は最長2週間とした.交配期間終了後,交尾所要日数,交尾率〔(交尾動物数/同居動物数)×100〕および授(受)胎率〔(受胎動物数/交尾動物数)×100〕を算出した.
2) 分娩および哺育状態ならびに新生児の観察
交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩徴候を含め分娩状態および授乳,営巣などの哺育状態を観察するとともに,妊娠期間,出産率〔(生児出産雌数/妊娠雌数)×100〕を算出した.午後0時の時点で分娩が終了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.出産児については,分娩時に出産児数,新生児数,死産児数,新生児の性別および外表異常を検査した.新生児については,出生日および哺育4日に体重を個体ごとに測定するとともに出生率〔(新生児数/着床痕数)×100〕および新生児の4日の生存率〔(哺育4日の生児数/新生児数)×100〕を算出した.哺育4日に新生児の全例をエーテル麻酔下で放血致死させ,器官・組織の肉眼的観察を行った.
6. 統計解析
体重,摂餌量,血液学検査,血液生化学検査,交尾所要日数,性周期検査(発情回数,発情周期),器官重量,妊娠期間,黄体数,着床痕数,総出産児数,新生児数および新生児の体重については各群ごとに平均値と標準偏差を求め,対照群と被験物質投与群間でまず分散の均一性をBartlett法により検定した.分散が均一な場合はDunnettの多重比較検定を用いて対照群との比較を行い,分散が均一でない場合は,Steelの多重比較検定を用いて対照群との比較を行った.また交尾率,受(授)胎率,出産率および新生児の性比についてはχ^2検定により,死産率,出生率および新生児の4日の生存率についてはWilcoxonの順位和検定により,病理学検査についてはMann-WhitneyのU検定により対照群と各投与群間の比較を行った.いずれの場合も有意水準を1および5 %とした.なお,新生児に関する測定値については一腹単位で処理した.
結果
1. 反復投与毒性
1) 一般状態
雄では,各群とも死亡の発生はなく,一般状態にも変化は認められなかった.
雌では,300 mg/kg群の1例が哺育2日の投与前から活動性の低下,緩徐呼吸,体温低下および腹臥位姿勢を呈し,哺育3日に死亡した.100および1000 mg/kg群では死亡の発生はなく,一般状態に変化は認められなかった.
2) 体重(Fig.1)および摂餌量
各群の雌雄とも投与期間を通して対照群との間に差は認められなかった.
3) 血液学検査(Table 1)
各群とも対照群との間に差は認められなかった.
4) 血液生化学検査(Table 2)
100 mg/kg群で総コレステロールの減少が,300 mg/kgでγ-GTPの減少が認められた.
5) 器官重量(Table 3)
雄では,300 mg/kg群で脾臓の絶対および相対重量の増加が認められた.
雌では,各群とも変化は認められなかった.
6) 剖検所見
投与期間終了後の雄の剖検では,100 mg/kg群の1例で脾臓の肥大が認められた.そのほか100 mg/kg群の1例で胸腔および腹腔内器官の逆位が認められた.
哺育4日の雌の剖検では,各群とも異常は認められなかった.なお,哺育3日に死亡した300 mg/kg群の1例では,腎臓乳頭部の黒赤色化,膀胱の黒赤色尿,膣内の血液貯留,前胃および腺胃部粘膜の黒赤色点が認められた.
7) 病理組織学検査(Table 4)
雄では,1000 mg/kg群で左心室心内膜下のリンパ球浸潤が1例に認められた.また,肉眼的に脾臓の肥大がみられた100 mg/kg群の1例では,組織学的に以下のような所見が認められたことから,骨髄性白血病と判断された.すなわち,本例では大腿骨骨髄が,細胞質に乏しく比較的明るい円形〜楕円形の核をもつ腫瘍細胞で占められ,同様の腫瘍細胞が肝臓の門脈周囲にみられ,小葉類洞内にもびまん性に増殖していた.さらに,脾臓では,全領域に腫瘍細胞が浸潤増殖し,脾臓の正常構造を置換していた.腸間膜リンパ節に腫瘍性の変化は認められなかった.
雌では,各群ともいずれの器官にも変化は認められなかった.
なお,死亡した300 mg/kg群の1例では,肝臓の巣状壊死,肺の血栓,腎臓の近位尿細管上皮細胞の壊死および尿細管への出血がみられ,前胃部の潰瘍,腺胃部のびらん,胸腺の萎縮,副腎の球状帯および束状帯の肥大も認められた.
2. 生殖発生毒性
1) 生殖機能(Table 5)
性周期検査では,各群とも発情回数および発情周期に対照群との間の差は認められなかった.
生殖能力検査では,100 mg/kg群の1組を除いて,すべてに交尾がみられ,いずれも受胎能が確認された.したがって,対照群,100,300および1000 mg/kg群で交尾率はそれぞれ100,91.67,100および100 %,受胎率はいずれも100 %を示し,対照群と各群間に差は認められなかった.また,交尾所要日数においても,対照群と各群間の差は認められなかった.なお,未交尾例の剖検および卵巣の病理組織学検査において異常は認められなかった.
2) 分娩および哺育ならびに新生児の観察(Table 6)
分娩時の検査では,100 mg/kg群で雌の新生児数が多く性比に偏りがみられ,300 mg/kg群で着床痕数,総出産児数および新生児数の増加が認められた.しかし,各群とも妊娠期間,黄体数,出産率,出生率,新生児体重および死産率に対照群との間の差はみられず,新生児の外表検査においても各群とも異常は認められなかった.
哺育期の検査では,各群とも新生児の哺育4日の生存率および体重に対照群との間の差は認められなかった.
考察
1. 反復投与毒性
300 mg/kg群の雌1例が哺育2日の投与前から活動性の低下,緩徐呼吸,体温低下および腹臥位姿勢を呈し,哺育3日に死亡した.本例では症状が発現した哺育2日から哺育行動がみられず,病理組織学検査において,前胃部の潰瘍,腺胃部のびらん,胸腺の萎縮,副腎の球状帯および束状帯の肥大などストレス性の変化が認められたことから,産褥により死亡したものと考えられた.さらに,本例では肝臓の巣状壊死,肺の血栓,腎臓の近位尿細管上皮細胞の壊死および尿細管への出血も認められたが,これらの変化は,産褥性疾患による死亡動物において時折みられる1)ことから,産褥に関連したものと考えられた.雄の血液生化学検査では,100 mg/kg群で総コレステロールの減少および300 mg/kg群でγ-GTPの減少がみられたが,いずれも1000 mg/kg群では同様の変化はみられず,被験物質投与との関連はないものと考えられた.病理学検査では,100 mg/kg群の雄1例で脾臓の肥大がみられ,病理組織学検査結果から,骨髄性白血病と診断されたが,同様の変化は300 mg/kg以上の群ではみられず,稀ではあるが同系統同週齢のラットで自然発生病変として報告2)されていることから,被験物質投与との関連はないものと考えられた.また,1000 mg/ kg群の1例で左心室心内膜下のリンパ球浸潤がみられたが,発現頻度が極めて低く,この変化についてもラットで自然発生病変としての報告3)があることから,被験物質投与との関連はないものと考えられた.そのほか,300 mg/kg群の雄で脾臓の絶対および相対重量の増加がみられたが,雌および1000 mg/kg群の雄に同様の変化はみられていないことから,偶発的なものと考えられた.
以上のことから,本試験条件下における反復投与毒性試験に関する無影響量は雌雄とも1000 mg/kg/dayと推察された.
2. 生殖発生毒性
親動物の生殖機能に関しては,各群とも発情回数,発情周期,黄体数,交尾率,着床痕数および受胎率に被験物質投与の影響は認められなかった.
分娩時の観察では,100 mg/kg群で雌の新生児が多く性比に偏りがみられ,300 mg/kg群で着床痕数,総出産児数および新生児数の増加が認められたが,いずれも1000 mg/kg群では同様の変化はみられなかったことから,被験物質投与との関連はないものと考えられた.各群とも妊娠期間,出産率,出生率,新生児体重および死産率に被験物質投与の影響はみられず,外表異常の発現もなかった.
哺育期の観察では,各群とも新生児の哺育4日の生存率および体重に被験物質投与の影響は認められなかった.
以上のことから,本試験条件下における生殖発生毒性に関する無影響量は親動物および新生児ともに1000 mg/kg/day以上と推察された.
文献
1) | 奈良間 功,"毒性試験講座5.毒性病理学,"前川昭彦,林 裕造編,地人書館,東京,1992,p.66. |
2) | C.B. Richter, Laboratory Investigation, 26, 419(1972). |
3) | 奈良間 功,"毒性試験講座5.毒性病理学,"前川昭彦,林 裕造編,地人書館,東京,1992,p.59. |
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