アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)のチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Bis(2-ethylhexyl) azelate
in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU細胞)を用いて染色体異常試験を実施した.

染色体異常試験に用いる濃度を決定するため,4200 μg/mL(10 mM相当)を最高濃度として細胞増殖抑制試験を行った結果,50 %細胞増殖抑制濃度は,短時間処理法のS9 mix添加では1859.0 μg/mL,S9 mix無添加では1555.5 μg/mLであった.一方,連続処理法(24時間)では534.2 μg/mLであった.このことから試験濃度は,短時間処理法のS9 mix添加および無添加では2400 μg/mL,連続処理法では600 μg/mLを最高濃度とし,公比2で5濃度設定した.また,媒体として無水エタノールを用いたため,無処置対照を設け,試験系に及ぼす無水エタノールの影響を検討した.

試験の結果,短時間処理法ならびに連続処理法のいずれの処理群においても,染色体の構造異常,倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.また,媒体として用いた無水エタノールは無処置対照群と同様な値を示し,試験系に及ぼす影響は認められなかった.

以上の結果より,アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)は,上記の試験条件下で染色体異常を誘発しない(陰性)と判定する.

方法

1.被験物質

アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)(ロット番号: N-31101,大八化学工業,大阪)は,淡黄色透明液体で水,DMSOに不溶,アセトン,メタノール,エタノールに可溶で,通常の取り扱いにおいては安定,純度77.2%の物質である.被験物質は室温で保管した.

被験物質は無水エタノール(ワコーケミカル)に用時溶解して最高濃度原液を調製し,その後,無水エタノールで順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を調製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の1.0 vol%になるように加えた.なお,純度換算は,製法上純粋なものができないことから行わなかった.

実験終了後,残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

2.試験細胞株

大日本製薬から入手したチャイニーズ・ハムスター由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代10代以内で試験に用いた.

3.培養液の調製

Eagle-MEM粉末(GIBCO)を常法に従い調製し,非働化(56℃,30分)した仔牛血清(GIBCO)を最終濃度で10 vol%になるように加えた培養液を用いた.

4.培養条件

2×104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm,CORNING)に播き,37℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.

短時間処理法では,細胞播種3日後に被験物質を加え,S9 mix添加および無添加で6時間処理し,処理終了後,新鮮な培養液でさらに18時間培養した.また,連続処理法では,細胞播種3日後に被験物質を加え,24時間処理した.

5.S9

S9(オリエンタル酵母工業)は,誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製され,製造後6ヵ月以内のものを用いた.添加量は培養液に対して5 vol%とした.

6.細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,血球計測盤を用いて各群の細胞を計測し,陰性(溶媒)対照群に対する割合をもって指標とした.

その結果,50 %細胞増殖抑制濃度は,短時間処理法のS9 mix添加では1859.0 μg/mL,S9 mix無添加では1555.5 μg/mLであった.一方,連続処理法(24時間)では534.2 μg/mLであった(Fig.1).

7.実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果により,染色体異常試験は,短時間処理法のS9 mix添加および無添加では2400 μg/mL,連続処理法では600 μg/mLを最高濃度とし,公比2で5濃度設定した.対照として,陰性(媒体)対照,無処置対照および陽性対照を設けた.

陽性対照として,短時間処理法のS9 mix添加には,ジメチルニトロサミン(DMN,和光純薬工業)を500 μg/mL,S9 mix無添加には,マイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業)を0.1 μg/mL,連続処理法には,MMCを0.05 μg/mLの濃度で用いた.

いずれの処理群も,各濃度3枚のディッシュに処理し,2枚を染色体標本作製,1枚を細胞増殖計測用に用いた.

8.染色体標本の作製

培養終了2時間前にコルセミド(GIBCO)を最終濃度として約0.2 μg/mLとなるように添加した.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき3枚作製した.作製した標本を2 vol%ギムザ染色液で15分間染色した.

9.染色体の観察

各ディッシュ当たり100個,すなわち1濃度当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察した.標本はすべてコード化し,盲検法で観察を行った.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会による分類法1)に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常と倍数性細胞の有無について観察した.

10.結果の解析

構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,石館ら2)の基準に従って判定した.染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.

なお,構造異常はギャップのみを有する細胞を含めない(-gap)場合について判定した.

また,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

結果および考察

短時間処理法による試験結果をTable 1に示した.アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)をS9 mix添加および無添加で6時間処理したいずれの処理群とも,染色体の構造異常および数的異常の誘発性は認められなかった. また,S9 mix添加における陽性対照のDMN処理およびS9 mix無添加における陽性対照のMMC処理では,いずれの処理群とも染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

連続処理法による試験結果をTable 2に示した.アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)を24時間連続処理した群においても,染色体の構造異常および数的異常の誘発性は認められなかった.また,陽性対照のMMC処理では,いずれの処理群とも染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

短時間処理法および連続処理法とも,媒体として用いた無水エタノールは,無処置対照群と同様な結果を示し,試験系に及ぼす影響は認められなかった.

以上の結果から,アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)は本試験条件下において,染色体異常誘発性はない(陰性)と判定する.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp.16-37.
2)石館 基(監修):「〈改定〉 染色体異常試験データー集」エル・アイ・シー,東京(1987).

連絡先
試験責任者:三輪芳久
試験担当者:小林梨沙
(株)日本バイオリサーチセンター 羽島研究所
〒501-6251 岐阜県羽島市福寿町間島6-104
Tel 058-392-6222Fax 058-392-1284

Correspondence
Authors:Yoshihisa Miwa(Study director)
Risa Kobayashi
Nihon Bioresearch Inc.
104, 6-chome, Majima, Fukuju-cho, Hashima, Gifu, 501-6251, Japan.
Tel +81-58-392-6222Fax +81-58-392-1284