1,3,5-トリス(2-プロペニル)イソシアヌル酸のラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 1,3,5-Tris(2-propenyl)isocyanuric acid in Rats

要約

1,3,5-トリス(2-プロペニル)イソシアヌル酸をCrj:CD(SD)IGS系雌雄ラットに単回経口投与し,その急性毒性を検討した.投与量は250,500,1000及び2000 mg/kgとし,この他に媒体を投与する対照群を設けた.

死亡は250及び500 mg/kg投与群の雌雄ともにみられなかったが,1000 mg/kg投与群で雄5/5例と雌4/5例,2000 mg/kg投与群で雌雄各5/5例にみられた.これらのことから,LD50値は雄で707 mg/kg,雌で812 mg/kg (95 %信頼限界619〜1066 mg/kg)であった.

死亡動物では,投与翌日又は投与後2日以降順次,自発運動の減少,よろめき歩行,振戦,間代性痙攣,体温低下,散瞳あるいは尿道口周囲被毛の汚れがみられ,死亡するまで体重が減少した.剖検では低栄養状態,胸腺,脾臓及び腸間膜リンパ節の小型化,前胃の白色巣と腺胃の暗赤色巣がみられた.なお,前胃の白色巣は前胃盲端側に観察され,組織学的に前胃粘膜の糜爛又は潰瘍及び前胃粘膜上皮肥厚が観察された.

生存動物では,投与翌日又は投与後2日まで体重増加の抑制が認められたが,一般状態に異常はなかった.剖検では,死亡動物と同様,前胃の白色巣が500及び1000 mg/kgの雌にみられた.

方法

1. 被験物質及び被験液の調製

1,3,5-トリス(2-プロペニル)イソシアヌル酸(日本化成,東京,ロット番号10011003,純度99.12 %)は淡黄色液体(室温)又は白色固体(冷所)である.なお,投与終了後の残余被験物質を供給元で分析した結果,使用期間中は安定であったことが確認された.

被検物質は,投与容量が10 mL/kg体重となるように乳鉢を用いて,オリブ油に懸濁して25,50,100及び200 mg/mL溶液を調製した.調製は投与の4日前に行い,使用時まで遮光瓶に入れて室温で保存した.なお,被験液は上記条件下で安定であることを確認した.また,投与に使用した被験液について濃度及び均一性を測定した結果,適正な濃度,均一性であった.

2. 試験動物及び飼育条件

5週齢のCrj:CD(SD)IGS系SPFラットを日本チャールス・リバーから購入し,10日間検疫・馴化飼育した後,健康な動物を選び6週齢で試験に供した.1群の動物数は雌雄各5匹とし,投与日の体重範囲は,雄で208〜238 g(平均値:219 g),雌で138〜173 g(平均値:154 g)であった.

動物は,投与日の体重により層別化し,ブロック配置法及び無作為抽出法の組合せにより各群の平均体重ができるだけ均等となるように割り付けた.

動物は,温度23 ± 3 ℃,相対湿度50 ± 20 %,換気回数1時間当たり10〜15回,照明1日12時間の飼育室で,金属製網ケージに1匹ずつ収容し,固形飼料CRF-1(オリエンタル酵母工業)及び飲料水(水道水)を自由に摂取させた.

3. 投与量及び投与方法

125,250,500,1000及び2000 mg/kgを1群雌雄各3匹のラットに単回経口投与した予備試験では,500 mg/kg投与群で雌1/3例,1000 mg/kg投与群で雄1/3例と雌全例,2000 mg/kg投与群で雌雄全例が死亡した.この結果から,2000 mg/kgを最高用量とし,以下公比約2で除して,1000,500及び250 mg/kgの4用量を設定し,これに対照群を加えて5群を使用した.動物は,投与前に約16時間絶食させた後,所定濃度の被験液を10 mL/kg体重の容量で,胃管を用いて1回強制経口投与した.対照群には媒体(オリブ油)を同様に投与した.なお,投与後の給餌は投与後6時間に実施し,給水は投与に関係なく継続して行った.

4. 検査項目

観察期間は投与後14日とし,投与6時間後までは頻繁に,その後は1日1回,一般状態及び生死の観察を行った.体重は投与直前に測定し,これを投与液量算出の基準にした.更に,投与1,2,3,7,10及び14日後,並びに体重測定日以外の日に死亡した動物の体重を測定した.死亡動物は発見後速やかに,生存動物は観察期間終了後,全動物をエーテル深麻酔下で放血致死させた後,体外表,頭部,胸部及び腹部を含む全身の器官・組織の異常の有無を肉眼的に観察した.なお,前胃に肉眼的異常(白色巣)がみられた1000及び2000 mg/kg投与群の4例について,病理組織学検査を行った.

5. 統計解析

LD50値とその95 %信頼限界値は投与後14日間の累積死亡率をもとに,Van der Waerden法を用いてを算出した.体重はまずBartlett法により各群の分散の均一性の検定を行った.その結果,分散が均一の場合はDunnett法を用いて対照群と各投与群との平均値の差の検定を行った.分散が均一でない場合はDunnett型のmean rank testを用いて対照群と各投与群との平均値の差の検定を行った.

試験結果

1. 死亡状況,死亡率及びLD50値(Table 1)

死亡は250及び500 mg/kg投与群の雌雄ともにみられなかったが,1000 mg/kg投与群で雄5/5例と雌4/5例,2000 mg/kg投与群で雌雄各5/5例にみられた.これらのことから,LD50値は雄で707 mg/kg,雌で812 mg/kg (95 %信頼限界619〜1066 mg/kg)であった.

2. 一般状態

250及び500 mg/kg投与群では,雌雄ともに異常はみられなかった.

1000 mg/kg投与群では,雄で投与翌日以降,雌で投与後2日以降順次自発運動の減少,よろめき歩行,振戦,間代性痙攣,散瞳,尿道口周囲被毛の汚れあるいは体温低下を呈し,投与後3〜5日の間に雄全例と雌4/5例が死亡した.

2000 mg/kg投与群では,雌雄ともに投与翌日以降自発運動の減少,よろめき歩行,振戦あるいは散瞳を呈し,雄で投与後3〜5日の間,雌で投与後1〜3日の間に全例が死亡した.

3. 体重

250及び500 mg/kg投与群では,雄で投与後2日まで,雌で投与後翌日に体重増加の抑制がみられたが,その後は対照群を上回る体重増加が認められた.

1000 mg/kg投与群では,雌で体重減少が投与後3日までみられたが,その後は対照群を上回る増加が認められた.雄では死亡するまで体重が減少した.

2000 mg/kg投与群では,雌雄の全例ともに死亡するまで体重が減少した.

4. 病理学検査

死亡動物の剖検では,低栄養状態,胸腺,脾臓及び腸間膜リンパ節の小型化,前胃の白色巣及び腺胃の暗赤色巣が1000及び2000 mg/kg投与群の雌雄にみられた.なお,前胃の白色巣は前胃盲端側にみられ,組織学的に前胃粘膜の糜爛又は潰瘍及び前胃粘膜上皮肥厚であった.

生存動物の剖検では,前胃の白色巣が500及び1000 mg/kgの雌にみられた.

考察

1,3,5-トリス(2-プロペニル)イソシアヌル酸の250,500,1000及び2000 mg/kgを6週齢のCrj:CD(SD)IGS系SPF雌雄ラットに10 mL/kg体重の容量で単回強制経口投与した.

その結果,死亡は250及び500 mg/kg投与群の雌雄ともにみられなかったが,1000 mg/kg投与群で雄5/5例と雌4/5例,2000 mg/kg投与群で雌雄各5/5例にみられた.これらのことから,LD50値は雄で707 mg/kg,雌で812 mg/kg(95 %信頼限界619〜1066 mg/kg)であり,性差はなかった.

死亡動物では,投与翌日又は投与後2日以降順次,自発運動の減少,よろめき歩行,振戦,間代性痙攣,体温低下,散瞳がみられ,中枢神経系への影響が考えられた.さらに一部の動物で尿道口周囲被毛の汚れ,すべての動物において死亡するまで体重が減少した.剖検では体重の減少を反映した低栄養状態,胸腺,脾臓及び腸間膜リンパ節の小型化,前胃の白色巣と腺胃の暗赤色巣がみられたことから,被験物質投与による全身状態の悪化と胃への影響により摂餌不良となり死亡したものと推測された.なお,前胃の白色巣は前胃盲端側に観察され,組織学的に前胃粘膜の糜爛又は潰瘍及び前胃粘膜上皮肥厚であったことから,被験物質の刺激により惹起されたものと推測された.

生存動物では,投与翌日又は投与後2日まで体重増加の抑制が認められたが,一般状態に異常はなかった.剖検では,死亡動物と同様,前胃の白色巣が500及び1000 mg/kgの雌にみられた.

連絡先
試験責任者:石田 茂
試験担当者:下山泰史,津田敏治
(株)ボゾリサーチセンター御殿場研究所
〒412-0039 静岡県御殿場市かまど1284
Tel0550-82-2000Fax0550-82-2379

Correspondence
Authors:Shigeru Ishida(Study director)
Yasushi Shimoyama, Toshiharu Tsuda
Gotemba Laboratory, Bozo Research Center Inc,
1284, Kamado, Gotemba-shi, Shizuoka, 412-0039, Japan
Tel +81-550-82-2000Fax +81-550-82-2379