N-メチルアニリンのラットを用いる単回経口投与毒性試験
Single Dose Oral Toxicity Test of N-Methylaniline in Rats
要約
既存化学物質の安全性を評価するため,N-メチルアニリンを雌雄のCrj:CD(SD)系ラットに単回経口投与し,急性毒性を検討した.なお,投与量は雌雄ともに512,640,800,1000および1250 mg/kgの5用量とした.
死亡例は雌雄ともに640 mg/kg以上の群で認められ,雄では1250 mg/kg群,雌では1000 mg/kg以上の群で全例が死亡した.LD50値は雄で782 mg/kg(95%信頼限界648〜945 mg/kg),雌で716 mg/kg(95%信頼限界638〜803 mg/kg)であった.一般状態の変化としては,多数例に自発運動低下,チアノーゼおよび褐色尿が観察され,さらに死亡例では,流涎,腹臥位,側臥位,全身性筋攣縮および体温低下などが認められた.生存例の体重は,雌雄ともに観察期間終了時まで順調に増加した.病理学検査のうち肉眼的観察所見では,死亡例において胸水の貯留,胸腺の黒色斑点,心臓の黒色斑点,尿の貯留,食道の赤色斑点,前胃の赤色あるいは黒色斑点ならびに小腸の赤色あるいは白色斑点が認められた.また,観察期間終了時の生存例では,胸腺の黒色斑点が認められた.
方法
1. 被験物質
N-メチルアニリン(CAS No.100-61-8,(株)三星化学研究所提供)は刺激性の臭気がある無色あるいは微黄色の液体で分子式C7H9N,分子量107.17の物質である.本試験に用いたロットL-Aの純度は99.4%であった.
2. 供試動物
生後5週の Crj:CD(SD)系ラット(SPF)雌雄各30匹を日本チャールス・リバー(株)から購入した.8日間にわたり動物を検疫・馴化飼育した後,6週齢で試験に用いた.投与時の体重は,雄で143〜162 g,雌で110〜133 gであった.
3. 飼育
動物は,温度23±2 ℃,湿度55±10%,換気回数20回/時間,照度150〜300 lux ,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定された飼育室で,(株)東京技研サービスの自動水洗式飼育機を使用し,ステンレス製網目飼育ケージに5匹ずつ収容して飼育した.飼育ケージおよび給餌器は週1回取り換えた.動物には、オリエンタル酵母工業(株)製造の固型飼料MFを自由に摂取させ,飲料水としては,水道水を自由に摂取させた.
4. 用量設定理由
本試験に先立ち,500,1000および2000 mg/kgの用量を雌雄各3匹のラットに投与した予備試験の結果,雌雄ともに500 mg/kg群では死亡例が認められなかったが,1000 mg/kgおよび2000 mg/kg群では全例が死亡した.この結果を参考にして,本試験では雌雄ともに512,640,800,1000および1250 mg/kgの5用量を設定した.
5. 群分け
動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.
6. 投与液の調製および投与方法
所定量の被験物質をコーンオイル(ナカライテスク(株))に溶解した.溶液の濃度は,512,640,800,1000および1250 mg/kg群で,それぞれ10.2,12.8,16.0,20.0および25.0 w/v%であった.
投与経路は経口とし,16時間絶食させた動物に上述の被験物質溶液を注射ポンプおよび胃ゾンデを用い,投与した.投与容量は体重100 gあたり0.5 mlとし,個体別に測定した体重に基づいて算出した.給餌は被験物質投与3時間後に行った.
7. 一般状態の観察
中毒症状および生死の観察は,投与6時間までは1時間毎に,以後1日2回午前と午後(休日は午前のみ)14日間にわたって実施した.
8. 体重
体重は投与直前,投与7および14日に測定した.また,死亡例については死亡発見時に測定した.
9. 50%致死量(LD50)の算出
Litchfield-Wilcoxon(1949)の方法により,投与14日の死亡率からLD50値およびその95%信頼限界を算出した.
10.病理学検査
観察期間中の死亡例については死亡発見時に,また生存例については観察期間終了時にエーテル麻酔後放血安楽死させ解剖した.肉眼的な異常の認められた器官,組織について記録するとともに,10%中性緩衝ホルマリン液に保存し,その一部を病理組織学検査に供した.
結果
1. 死亡率およびLD50値
雌雄ともに640 mg/kg以上の群で死亡が認められ,雄では1250 mg/kg群,雌では1000 mg/kg以上の群で全例が死亡した.これらの死亡例は,雄で投与4時間から3日,雌で投与6時間から2日までに認められた.LD50値は雄で782 mg/kg(95%信頼限界648〜945 mg/kg),雌で716 mg/kg(95%信頼限界638〜803 mg/kg)であった.
2. 一般状態
雌雄のほぼ全例に,自発運動低下およびチアノーゼが投与1時間から,褐色尿が投与6時間からみられ,生存例では,チアノーゼが投与6日まで継続して観察された.
死亡例が認められた雌雄の群では,流涎を示す例が投与1から2時間に800 mg/kg以上の群で見られ,次いで側臥位,全身性筋攣縮が投与3時間から2日に1000 mg/kg以上の群で,腹臥位が投与4時間から3日に640 mg/kg以上の群で認められ,さらに一部の例に流涙が認められた.また,投与2日以降には,体温低下が1000 mg/kg以上の群で認められた.
3. 体重
死亡例では,雌雄ともに多くの例で投与直前の測定値と比較して死亡時の体重減少が認められた.一方,生存例では雌雄ともに投与7および14日の測定で順調な増加が認められた.
4. 病理学検査所見
死亡例の肉眼的観察所見では,雌雄ともに胸水の貯留,胸腺の黒色斑点および小腸の赤色斑点が見られ,さらに雄で尿の貯留,食道の赤色斑点,前胃の赤色あるいは黒色斑点ならびに小腸の白色斑点が,雌で心臓の黒色斑点が認められた.一方,観察期間終了時の生存例では,雌で胸腺の黒色斑点が認められた.なお,剖検時に異常がみられた胸腺の病理組織学検査では,胸腺皮髄境界部に出血が認められた.
考察
1群雌雄各5匹のCD(SD)系ラットを用いてN-メチルアニリンの単回経口投与毒性試験を実施した.投与用量は,雌雄ともに512,640,800,1000および1250 mg/kgとした.
その結果,一般状態の観察で,投与1時間から6日の間にチアノーゼが雌雄の全例に,加えて投与6時間から3日の間には褐色尿が雌雄のほぼ全例に認められた.アニリン系の化合物では,メトヘモグロビン血症を誘起し,さらにメトヘモグロビン尿を呈することが知られていることから,これらの症状は被験物質投与による影響と考えられた.雌雄の動物で,比較的多数例にみられた胸腺の黒色斑点は,組織学検査の結果,出血性の変化であることが確認された.しかしながら,このような出血性変化は死戦期に発現している可能性があることから,二次的な変化と考えられた.
文献
1) | 藤沢繁彦, 薬物投与による動物のメトヘモグロビン血症に関する研究, 熊本医学会雑誌, 34, 1750 (1960). |
2) | R.P. Smith, M.V. Olson: Drug-induced Methemoglobinemia, Seminars in Hematology, 10, pp. 253-268, (1973). |
3) | 米山良昌, Encyclopedia of Medical Sciences, 46, 128 (1984). |
連絡先 |
| 試験責任者 | :大庭耕輔 |
| 試験担当者 | :藤島 敦 |
| (財)食品農医薬品安全性評価センター |
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| Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 | |
Correspondence: |
| Authors: | Kousuke Oba(Study director) Atsushi Fujishima |
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