4-メチル安息香酸の
チャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test
of 4-Methylbenzoic acid in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

4-メチル安息香酸の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響を,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法のS9 mix非存在下では2000 μg/mLを最高濃度として公差400で4濃度,短時間処理法のS9 mix存在下および連続処理法の24時間処理では250,500,1000,1500 μg/mLを設定した.

その結果,培養液のpH低下(培養液の黄変により確認)に起因すると考えられる染色体異常誘発が認められた.このため,通常の培養液を用いた試験(以下,通常系)と,培養液に通常の2倍量の炭酸水素ナトリウムを添加して緩衝能を高めた培養液を用いた試験(以下,強緩衝系)を併用して確認試験を実施した.

その結果,通常系では,短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下において,染色体の構造異常の出現頻度は10 %以上であった.強緩衝系の短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下では,染色体の構造異常や倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.しかし,強緩衝系の24時間連続処理では,染色体の構造異常の出現頻度は5 %以上であり,再現性も確認された.

以上の結果より,本試験条件下では4-メチル安息香酸は,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

大日本製薬から入手(2001年7月および2002年3月,入手時:継代14代,凍結時:17代)したチャイニ−ズ・ハムスター肺由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代4週間以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,非働化した仔牛血清(Invitrogen,ロット番号:296130)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬)培養液を用いた.この培養液は,通常系の試験で使用した.

強緩衝系の試験では,上記培養液調製時に,通常の2倍量の炭酸水素ナトリウムを添加した培養液を使用した.

3. 培養条件

2×104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm,Becton Dickinson)に播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 %CO2)内で培養した.

短時間処理法では,細胞播種3日目にS9 mix存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.また連続処理法では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間処理した.

4. 被験物質

4-メチル安息香酸(ロット番号:10206,東レ(東京)提供)は,純度98.85 %(不純物として水分:0.01 %, 灰分:0.01 %を含有)の白色結晶性粉末である.被験物質は使用時まで室温で保存した.

5. 被験物質調製液の調製

被験物質調製液は,用時調製した.媒体はカルボキシメチルセルロースナトリウム(ナカライテスク,ロット番号:M0B1469)の1w/v%水溶液を用いた.原体を媒体に懸濁して原液を調製し,ついで原液を媒体で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10vol%になるように加えた.

6. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,血球計算盤を用いて各群の細胞を計数し,陰性対照群に対する割合をもって指標とした.

その結果,4-メチル安息香酸によって約50 %の細胞増殖抑制を示す濃度を,細胞増殖率が50 %を示す濃度を挟む2点を結ぶ直線式より算出したところ,短時間処理法のS9 mix存在下で1005 μg/mL,非存在下で1242 μg/mL,連続処理法の24時間処理で775 μg/mLであった(Fig. 1).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法の本試験は,S9 mix存在下では250,500,1000,1500 μg/mL,S9 mix非存在下では500,1000,1500,2000 μg/mLを設定した.短時間処理法の確認試験1は,通常系および強緩衝系のいずれについても,S9 mix存在下では1000,1200,1400 μg/mL,S9 mix非存在下では1400,1600,1800,2000 μg/mLを設定した.短時間処理法の確認試験2は,強緩衝系について,S9 mix存在下および非存在下で1250,2500,5000 μg/mLを設定した.連続処理法の本試験は,通常系では250,500,1000,1500 μg/mL,強緩衝系では1250,2500,5000 μg/mLを設定した.連続処理法の確認試験では,強緩衝系について,1000,2000,3000 μg/mLを設定した.

陽性対照として,短時間処理法のS9 mix存在下では,ベンゾ[a]ピレン(東京化成工業,ロット番号:GG01)の濃度を20 μg/mL,S9 mix非存在下では,マイトマイシンC(協和発酵工業,ロット番号:342AJH,366AAK)の濃度を0.1 μg/mL,連続処理法では,マイトマイシンCの濃度を0.05 μg/mLに設定した.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように染色体標本作成用ディッシュの培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 vol%ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

作製したスライド標本のうち,1枚のディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常およびギャップの有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.ギャップは構造異常には含めなかった.また,構造異常および倍数性細胞については1群200個の分裂中期細胞を分析した.

10. 記録と測定

溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら 2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5 %未満を陰性,5 %以上10 %未満を疑陽性,10 %以上を陽性とした.

11. 細胞増殖の測定

染色体標本作製と同一のサンプルにおける細胞増殖を測定した.標本作製時に剥離した細胞の一部を採取し,血球計算盤で細胞を計数した.

結果および考察

短時間処理法による染色体分析の結果について,本試験(通常系)の結果をTable 1,確認試験1の通常系の結果をTable 2,確認試験1の強緩衝系の結果をTable 3,確認試験2(強緩衝系)の結果をTable 4にそれぞれ示した.4-メチル安息香酸を加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した結果,通常系では染色体の構造異常が10 %以上認められた.しかし,強緩衝系ではいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.強緩衝系では,通常系と比較して,培養液のpH低下が抑制され,細胞毒性も低下した.このため,通常系で認められた染色体異常誘発は,培養液のpH低下あるいは細胞毒性に起因するものと考えられた.

連続処理法による染色体分析の結果について,本試験の通常系の結果をTable 5,本試験の強緩衝系の結果をTable 6,確認試験(強緩衝系)の結果をTable 7にそれぞれ示した.4-メチル安息香酸を加えて24時間連続処理した結果,強緩衝系で染色体の構造異常が本試験で5 %以上認められ,確認試験でも10 %以上認められた.染色体異常が認められた用量域では,培養液のpHは7.0以上であり,著しい細胞毒性も認められなかった.このため,認められた染色体異常誘発は,培養液のpH低下あるいは細胞毒性に起因するものではなく,本被験物質の有する染色体異常誘発性に起因するものであると考えられた.

以上の結果から,4-メチル安息香酸は本試験条件下において,染色体異常を誘発すると結論した.

なお,類似化合物であるBenzoic acidは,染色体異常試験の連続処理法24時間処理および48時間処理で疑陽性の結果が報告されている.また,Tolueneは,染色体異常試験で陰性の結果が報告されている2)

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp.16-37.
2)祖父尼俊雄(監修):「染色体異常試験データ集」1998年版,エル・アイ・シー,東京(1999).

連絡先
試験責任者:中川宗洋
試験担当者:成見香瑞範,石毛裕子,齋藤 準,
齋藤宏美,長友弘子,須之内みどり
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Munehiro Nakagawa(Study director)
Kazunori Narumi, Yuko Ishige,
Hitoshi Saitou, Hiromi Saitou,
Hiroko Nagatomo, Midori Sunouchi
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874