4-ニトロ-o-アニシジンのラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of 4-Nitro-o-anisidine in Rats

要約

4-ニトロ-o-アニシジンは,化学産業の分野において染顔料として使用されている化合物である.本化合物の毒性については,経口投与によるラットのLD50値が997 mg/kgと報告1)されているが,ヒトや実験動物の生体に及ぼす毒性についてはほとんど知られていない.今回,既存化学物質の安全点検に関わる毒性調査事業の一環として,4-ニトロ-o-アニシジンについて,30,100および300 mg/kg/dayの用量でSD系のラットを用い,28日間反復投与毒性試験を実施した.なお,対照群および300 mg/kg群にはそれぞれ雌雄各5匹の14日間回復群を設けた.

300 mg/kg群の雌では,投与3および4週に各1例死亡し,病理学検査の結果から心筋障害が死因の主要因と考えられた.

一般状態の観察では,雌雄ともすべての被験物質投与群で投与期間を通じて黄色あるいは黄褐色尿の排泄が観察され,300 mg/kg群の雌雄では口の周囲を濡らす程度の流涎が認められた.また,雌雄の100および300 mg/kg群では自発運動低下,さらに300 mg/kg群では体温低下が投与初日の投与後1時間に認められた.

体重は雌雄とも300 mg/kg群で増加抑制傾向が見られ,雌では投与3週以降有意であった.摂餌量は,雌雄とも300 mg/kg群で減少を示した.飼料効率は,雌の300 mg/kg群で投与3週に低値が認められた.

血液学的検査の結果,雌雄の300 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロビン量,赤血球数が低値,血小板数および網赤血球率が高値を示した.さらに雌の100 mg/kg群でヘマトクリット値が低値,300 mg/kg群ではMCHCが低値を示した.血液凝固能検査の結果,雌雄の300 mg/kg群でフィブリノーゲン量の高値または高値傾向が認められた.

血液生化学検査の結果,雌雄の300 mg/kg群で総コレステロール,GOT,GPTおよび総ビリルビンが高値を示し,さらに,雄の同群ではカリウムが高値を示した.

尿検査の結果,雌雄とも被験物質投与群の全例に黄色蛍光尿が観察された.また,300 mg/kg群の雌雄では尿量の増加傾向,黄褐色尿,赤褐色尿,グルコースおよびビリルビンの高値,酸性尿が認められ,さらに同群の雄で暗赤色尿およびケトン体の高値,雌で尿比重の低値傾向および潜血が認められた.

器官重量測定の結果,雌雄の300 mg/kg群で脾臓の実重量および相対重量が高値,肝臓の相対重量が高値および胸腺の実重量が低値傾向を示した.また回復期間終了時,雄の300 mg/kg群で胸腺の実重量および相対重量が低値を示した.

病理学検査の結果,肉眼観察で雌雄の300 mg/kg群では脾臓の褐色化,腎臓の緑色化,さらに同群の雄で肝臓の褐色化,雌で心臓の肥大,淡色化,心嚢の肥厚,心嚢水の貯留,胸水の貯留が観察された.組織所見では雌雄の300 mg/kg群で心筋障害,壊死,脾臓の髄外造血,さらに同群の雌で脾臓の色素沈着が対照群に比較し多く認められた.一方,雌の300 mg/kg群では肝臓で脂肪化が減少していた.

以上の結果,本試験条件下における4-ニトロ-o-アニシジンの無影響量(NOEL)は,雌雄ともに30 mg/kg/dayと考えられた.

方法

1.被験物質

4-ニトロ-o-アニシジン(CAS No.97-52-9,昭和化工(株)提供)は黄色の粉末で,非水溶性,分子式C7H8N2O3,分子量168.17の化合物である.本試験に用いたロット5013の純度は99.4%であった.

2.供試動物

供試したラット〔Crj:CD(SD)系,SPF〕は日本チャールス・リバー(株)から4週齢で購入した.動物を検収後,試験環境に8日間馴化させた後,6週齢で投与を開始した.動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.投与開始時の体重は雄で177〜204 g,雌で125〜158 gであった.

3.飼育条件

動物はバリアシステムの飼育室で飼育し,環境調節の目標値は温度23±2℃,相対湿度55±10%,換気回数20回/時,照明150〜300 lux,12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)とした.(株)東京技研サービスの水洗式飼育機を使用し,金属製前面・床網目飼育ケージに動物を1匹ずつ収容し,オリエンタル酵母工業(株)製造の放射線滅菌改良NIH公開ラット・マウス飼料および水道水を自由に摂取させた.飼育ケージは隔週1回,給餌器は週1回取り換えた.

なお,動物の馴化期間を含め,投与および回復期間中,データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.

4.試験群の構成

試験群は0,30,100および300 mg/kgの4群とし,1群雌雄各5匹を用い,0および300 mg/kg群に雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.

〔用量設定理由〕

投与量設定のための2週間投与試験を0,25,75,225 mg/kgの4用量で実施した.その結果,被験物質投与群の雌雄全例に投与期間中,被験物質投与に関連すると思われる黄色尿が観察され,さらに雄の75および225 mg/kg群で肝臓の相対重量が高値,実重量が高値傾向を示した.

文献ではメトヘモグロビン血症の発現が示唆1)されていたが2週間反復投与毒性試験の用量ではメトヘモグロビン比率の増加は認められなかった.本化合物の単回投与毒性試験では2000 mg/kg投与で雄3例中1例,雌3例中2例が死亡し,さらに1000 mg/kg投与の雌で3例中1例が死亡しており,追加的に600 mg/kgを5日間反復投与した試験では,雄3例中2例,雌3例全例が死亡した.

従って,28日間反復投与毒性試験では雌雄とも確実な影響がでることが推察される300 mg/kgを高用量に設定し,以下公比約3で除し中用量を100 mg/kg,低用量を30 mg/kgとした.

5.投与方法

被験物質の投与経路は経口とした.被験物質はコーン油に懸濁し,胃ゾンデを用いて経口投与した.投与容量は体重100 g当たり0.5 mlとした.対照群には媒体のみ投与した.

6.投与液の調製,分析

被験物質は,各用量(30,100および300 mg/kg)ごとに所定量を精秤し,コーン油(ナカライテスク(株))に懸濁した.投与液は調製後,冷蔵庫保存で1週間安定であることが確認されているので,本試験においては毎週1回調製を行い,1日分毎に小分けをし使用時まで冷蔵庫に保管した.投与液の濃度分析をすべての群に関し投与1および4週の調製液について実施した結果,設定濃度の99.0〜102%の範囲であり,適切に調製されていた.

7.投与期間

投与期間は28日間とし,投与終了後0および300 mg/kg群について2週間の回復試験を実施した.

8.観察,測定および検査

1) 一般状態の観察

全動物を毎日投与前,投与後1および5時間の3回観察し,中毒症状の有無,行動異常,死期の迫った動物および死亡動物の有無等を記録した.

2) 体重

投与開始から回復試験終了時まで,毎週1回測定した.

3) 摂餌量

毎週1週給餌した残量を測定し,飼料摂取量(g/week)を算出した.

4) 臨床検査

投与終了時および回復期間終了時の計2回実施した.採血するに当り,動物は約16時間絶食させた.動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.

a.血液学的検査

EDTA-3Kを添加した初血を用い,白血球数(WBC:暗視野板法),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:RBC,MCVより算出),平均赤血球容積(MCV:暗視野板法),平均赤血球血色素量(MCH:HGB,RBCより算出),平均赤血球血色素濃度(MCHC:HGB,HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法)および白血球百分率(フローサイトケミストリー法)を血液自動分析装置THMS H・1E(米国マイルス社)を用いて測定した.

メトヘモグロビン比率については松原法による分画測定法を用いて算出した.

網赤血球(RC)率算定のため抗凝固剤添加(EDTA-3K)血液をニューメチレンブルーで染色後,塗抹標本を作成し鏡検した.

また,クエン酸ソーダ添加血液の血漿について,プロトロンビン時間(Quick1段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量(トロンビン時間法)を血液凝固自動測定装置KC-40(独国Amelung社)を用いて測定した.

b.血液生化学検査

血清を用いて,総蛋白(ビューレット法),アルブミン(B.C.G.法),A/G比(計算値),血糖(グルコースオキシダーゼ法),中性脂肪(酵素比色法),総コレステロール(コレステロールオキシダーゼ法),尿素窒素(BUN:ウレアーゼアンモニア指示薬法),総ビリルビン(ジアゾ法),カルシウム(アルセナゾ桂),無機リン(モリブデン酸青法),ナトリウム(電極法),カリウム(電極法)および塩素(電極法)をEKTACHEM 700N(米国コダック社)で,クレアチニン(Jaff法),グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT:IFCC法),グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT:IFCC法),γ -グルタミルトランスペプチダーゼ(γ -GTP:Orlwski法)およびアルカリホスファターゼ(ALP:Bessey-Lowry改良法)をCentrifiChem ENCORE(米国ベーカー社)で測定した.

c.尿検査

血液学的検査に先立ち,採尿器を用いて24時間(午前10時から翌日午前10時まで)尿を採取し,尿量,色調および濁度を検査後,尿比重計UR-S((株)アタゴ)を用いて尿比重を測定した.また,尿を遠心分離後Sternheimer変法により沈渣を染色し,鏡検した.pH,潜血,ケトン体,糖,蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンの検査は,排泄3時間以内の新鮮尿について,N-マルティスティックスSG試験紙(マイルス・三共(株))およびCLINITEK200(米国マイルス社)を用いて行った.

5) 病理学検査

病理解剖は投与終了時および回復期間終了時に動物をエーテル麻酔し,放血致死させ実施した.死亡動物は発見後直ちに解剖した.肉眼的異常を病理解剖所見記録シートに記録した.また,脳,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣,卵巣および胸腺について重量を測定し,器官重量・体重比を算出した.上記重量測定器官と下垂体,眼球,唾液腺,甲状腺(上皮小体を含む),心臓,肺,胃,膀胱および骨髄(大腿骨)について10%中性緩衝ホルマリン液で固定した.

病理組織学検査は固定した器官・組織のうち,肝臓,脾臓および心臓はすべての群について,腎臓,副腎,骨髄(大腿骨)および胸腺については対照群と高用量群について行った.常法に従って薄切標本を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色した.

6) 統計解析

各試験群の体重,摂餌量,血液学的検査値,血液生化学検査値,尿検査値(尿量および尿比重のみ),器官重量および器官重量・体重比については,多重比較検定2)3)を行った.また,病理学検査結果についてはFisherの確率計算法を実施した.

有意水準は5および1%の両側検定で実施した.

結果

1.死亡率

投与期間中,雄ではいずれの群にも死亡例は認められなかったが,雌では,300 mg/kg群で投与3および4週に各1例が死亡した.回復期間中には,雌雄とも対照群および300 mg/kg群で死亡例は認められなかった.

2.一般状態の観察

雄では,すべての被験物質投与群で投与期間を通じて黄色あるいは黄褐色尿が全例に観察され,さらに300 mg/kg群では投与16日から投与終了時まで赤褐色尿が2例認められた.また,100および300 mg/kg群では投与初日の投与1時間以内にそれぞれ軽度および重度の自発運動低下が全例に,さらに300 mg/kg群では投与初日の投与1時間以内に軽度の体温低下が全例に認められたが,いずれも投与5時間までに消失した.また,300 mg/kg群では口の周囲を濡らす程度の流涎(+)が投与8日で1例,投与16,17,19,20および21日にそれぞれ1,1,3,1および1例加わり投与終了時には8例認められた.その他,顎下部に潰瘍が対照群で投与13日から投与終了時まで1例,30 mg/kg群で投与8および18日から投与終了時までに各1例認められた.

雌では,すべての被験物質投与群で投与期間を通じて黄色あるいは黄褐色尿が観察され,さらに300 mg/kg群では赤褐色尿が投与24日から投与終了時まで1例に認められた.また,100および300 mg/kg群では投与初日の投与1時間以内にそれぞれ軽度および重度の自発運動低下が全例に,さらに300 mg/kg群では投与初日の投与1時間以内に軽度の体温低下が全例に認められたが,いずれも投与5時間までに消失した.また,300 mg/kg群では口の周囲を濡らす程度の流涎(+)が投与20日から投与終了時までに死亡の1例を含め計6例に観察された.投与19日に死亡した動物(動物番号2310)においては,重度の自発運動低下,体温低下,立毛および耳介等の蒼白が認められた.

雌雄で観察された症状は投与中止により消失が認められ,回復期間中に異常を示す動物は認められなかった.

3.体重(Figure1)

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群で投与3週から低値傾向が認められ,4週間の体重増加量も低値傾向を示した.投与終了時の300 mg/kg群の平均体重は,対照群に比較して7.4%減少した.回復期間では,300 mg/kg群の変化は回復し対照群との間に差は認められなかった.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群で投与1および2週で低値傾向,投与3および4週で低値が認められ,4週間の体重増加量にも低値が認められた.投与終了時の300 mg/kg群の平均体重は,対照群に比較して12.3%減少した.回復期間では,300 mg/kg群の変化は回復し対照群との間に差は認められなかった.

4.摂餌量

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群で投与期間を通じて減少傾向を示し,4週間の総摂餌量にも減少傾向が認められた.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群で投与1および3週で減少を示し,4週間の総摂餌量にも減少が認められた.

回復期間では,雌雄ともに対照群と300 mg/kg群とで差が認められなかった.

5.血液学的検査(Table1)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して30および300 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロビン量および赤血球数が低値を示し,さらに300 mg/kg群で血小板数および網赤血球率が高値を示した.

雌では,対照群に比較して100および300 mg/kg群でヘマトクリット値が低値を示し,さらに300 mg/kg群でヘモグロビン量,赤血球数およびMCHCが低値,血小板数および網赤血球率が高値を示した.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雌雄ともに対照群と300 mg/kg群とで差は認められなかった.

6.血液凝固能検査(Table1)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群でフィブリノーゲン量が高値を示した.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群でフィブリノーゲン量が高値傾向を示し,特に1例(動物番号2304)では,異常高値(500 mg/dl)が認められた.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群でプロトロンビン時間に延長が認められたが,背景値(14.4±1.0,n=60)の範囲内の変化であった.

雌では,各検査項目において対照群と300 mg/kg群とで差は認められなかった.

7.血液生化学検査(Table2)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群で総コレステロール,GOT,GPT,カリウムおよび総ビリルビンが高値または高値傾向を示した.GOTおよびGPTは5例中4例に高値がみられ,特に動物番号1302では異常高値(GOT:700 U/l,GPT:98 U/l)が認められた.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群で総コレステロール,GOT,GPTおよび総ビリルビンが高値または高値傾向を示した.GOTおよびGPTは5例中2例に高値がみられ,特に動物番号2304では異常高値(GOT:1955 U/l,GPT:217 U/l)が認められた.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,300 mg/kg群で血糖,総コレステロールおよびGOTが低値を示し,クレアチニンおよびナトリウムが高値を示したが,いずれも背景値の範囲内の値であった.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群でGPTが高値を示したが,背景値(15±9,n=60)の範囲内の変化であった.

8.尿検査(Table3)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,被験物質投与群の全例で黄色蛍光尿が観察された.また,300 mg/kg群では対照群に比較して尿量が増加傾向を示し,黄褐色,赤褐色および暗赤色尿がそれぞれ3,1および1例に観察され,さらにpH 5.0および5.5の動物が各1例,ケトン体(2+)および(3+)が各1例,ビリルビン(2+)および(3+)が各1例,グルコース0.5 g/dlが1例に認められた.

雌では,被験物質投与群の全例で黄色蛍光尿が観察された他,300 mg/kg群では対照群に比較して尿量が増加傾向,尿比重が低値傾向を示し,黄褐色および赤褐色尿がそれぞれ4および1例に観察された.さらにpH5.5,潜血(3+),グルコース(0.25 g/dl)の動物がそれぞれ1例,ビリルビン(2+)が1例に認められた.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,各検査項目において対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.

雌では,対照群と比較して比重が低値を示したが,背景値(1.065±0.028,n=60)の範囲内の変化であった.

9.器官重量(Table4)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群で脾臓重量が高値,胸腺重量が低値傾向を示した.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群で副腎重量が低値,胸腺重量が低値傾向,肝臓および脾臓重量が高値傾向を示した.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群で胸腺重量が低値を示した.

雌では,対照群に比較して300 mg/kg群で腎臓重量が低値,卵巣重量が高値を示した.

10.器官重量・体重比(相対重量)(Table4)

〔投与終了時の検査結果〕

雌雄とも,対照群に比較して300 mg/kg群で肝臓および脾臓相対重量が高値を示した.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して300 mg/kg群で胸腺相対重量が低値を示した.

雌では,投与終了時に認められた変化がすべて回復し,対照群と300 mg/kg群とで差が認められなかった.

11.病理学検査

1)剖検所見(Table5)

投与期間中に死亡した300 mg/kg群の雌の2例では,胸水貯留,胸腺の赤色斑点/区域および肺の赤色化が1例に,他の1例には,胸水貯留,心臓の肥大,淡色化,心嚢の肥厚,肝臓の肥大および小葉明瞭化が観察された.

投与終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で統計学的に有意に多く発生した所見として,雌雄で脾臓の褐色化が対照群で0例に対して300 mg/kg群でそれぞれ全例に,雄で肝臓の褐色化が対照群で0例に対して300 mg/kg群で4例に認められた.また,腎臓の緑色化が対照群で観察されなかったのに対して300 mg/kg群の雄で1例,雌で3例の発生を認めた.その他,300 mg/kgのみに観察された所見として,雌雄で脾臓の肥大が,雄で精巣上体の緑色化が,雌で心臓の白色斑点/区域,心嚢水貯留,腎臓の腎盂拡大および子宮の小型化が認められた.

回復期間終了時においては対照群および300 mg/kg群の雌雄いずれの動物にも肉眼的異常所見は観察されなかった.

2) 組織所見(Table6)

投与期間中に死亡した300 mg/kg群の雌の2例は,心臓の心筋障害,壊死,細胞浸潤,肝臓の中心性壊死がそれぞれ2例,心臓の出血,心外膜炎,脾臓の萎縮,色素沈着がそれぞれ1例に観察された.なお,上述の2例における心筋の病変の分布は心筋障害および細胞浸潤が心臓全体にび漫性に,壊死が左右の心室,中隔,心尖部,出血が左右の心室に認められた.

投与終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で統計学的に有意に多く発生した所見として,雌雄で脾臓の髄外造血が対照群で0例であるのに対して300 mg/kg群でそれぞれ4例に,雌で脾臓の色素沈着が対照群で0例に対して300 mg/kg群で全例に観察された.一方,減少した所見として肝臓の脂肪化が雌で対照群全例の発生に対し300 mg/kg群では観察されなかった.また,対照群で発生がなく300 mg/kg群で複数例に発生した所見として,心臓に心筋の障害,壊死,肝細胞の肥大が雌雄に,腎臓の硝子円柱および空砲変性が雄に,心臓の細胞浸潤,肝臓の髄外造血が雌に観察され,さらに心筋の壊死や心筋障害に付随する変化として線維化および心外膜炎が雌の1例に認められた.なお,300 mg/kg群で上述の心筋の病変が観察された個体は雄2例および雌3例で,その分布は,雄では心筋障害および壊死が左右の心室,細胞浸潤が左右の心房,左右の心室,心尖部,雌では心筋障害が左右の心房,左右の心室,中隔,壊死が左右の心室,細胞浸潤が左右の心房,左右の心室,中隔,心尖部および乳頭筋,線維化が左右の心室であった.また,それぞれの病変の程度は心筋障害は中等度が雌に1例,線維化は中等度が雌に1例,細胞浸潤は中等度が雌に1例,高度が雌雄に各1例でその他は軽度であった.

回復期間終了時において,対照群で発生がなく300 mg/kg群で複数例に認められた所見として,雌で脾臓の色素沈着が観察された.その他に単発性ではあるが300 mg/kgのみに発生した所見として,雄で心臓の心筋障害および線維化,脾臓の色素沈着が,雌で心臓の細胞浸潤が観察された.なお,300 mg/kg群で上述の心筋の病変が観察された個体は雌雄各1例で,その分布はすべて心尖部であった.

考察

一般状態の観察では,雌雄ともすべての被験物質投与群で投与期間を通じて黄色あるいは黄褐色尿が,さらに300 mg/kg群では投与初日の投与後1時間に重度の自発運動低下および軽度の体温低下と口の周囲を濡らす程度の流涎が認められ,被験物質投与による変化と考えられた.尿の黄色化は被験物質投与期間を通じて被験物質投与群の全例に観察され,回復期間に入ってからは認められないことから,被験物質の代謝物が尿中に排泄されたものと考えられた.その他,雄の対照群および30 mg/kg群で観察された顎下部の潰瘍は他の被験物質投与群で認められないことから被験物質投与による影響とは考えられなかった.

死亡例は,雌の300 mg/kg群で投与3および4週に各1例認められ,病理組織学検査結果から心筋障害が死因の主要因と考えられた.

血液学的検査の結果,雌雄の300 mg/kg群ではヘマトクリット値,ヘモグロビン量,赤血球数またはMCHCが低値,血小板数および網赤血球率が高値を示し貧血が認められた.さらに,雌の100 mg/kg群でもヘマトクリット値が低値を示した.

尿検査の結果,雌雄の被験物質投与群で認められた黄色蛍光尿は投与終了とともに消失したことから,被験物質の代謝物が尿中に排泄されたものと考えられた.

器官重量測定の結果,雌雄の300 mg/kg群で認められた脾臓の実重量および相対重量の高値は被験物質投与による変化と考えられた.さらに同群の雌雄で肝臓の相対重量の高値,胸腺の実重量の低値傾向が認められ,被験物質の影響と考えられた.その他,雌の300 mg/kg群で認められた副腎実重量の低値は,相対重量に変化がないことから同群の2例(動物番号:2301および2304)の体重抑制による影響と考えられた.

また回復期間終了時,雄の300 mg/kg群で胸腺の実重量および相対重量が低値を示した.雌の300 mg/kg群では,腎臓の実重量が低値,卵巣の実重量が高値を示したが,卵巣は背景値(85±12,n=55)の範囲内の変化であり,またいずれの器官も投与終了時の検査で対照群に比較して差が認められていないことから被験物質の影響とは考えられなかった.

病理学検査の結果,脾臓および肝臓に被験物質の影響を示唆する病変が多数例に観察された.すなわち肉眼観察において投与終了時計画解剖で300 mg/kg群の雌雄の全例に脾臓の褐色化が,雄の4例に肝臓の褐色化が観察された,組織学検査では,300 mg/kg群において脾臓の髄外造血が雌雄で,脾臓の色素沈着が雌で明らかな増加傾向を示し,一方,肝臓の脂肪化の減少が認められた.これらの諸所見のうち肝臓の脂肪化の減少は肉眼所見での褐色化に一致するものと考えられた.しかし,肉眼観察における脾臓の褐色化については組織学的に必ずしも対応する所見が認められず,少数例に観察された腎臓の緑色化を含め被験物質の代謝物の色に起因する色調の変化と考えられた.脾臓に観察された髄外造血および色素沈着は赤血球の破壊とそれに伴う造血の亢進と考えられ,これはビリルビンの上昇やヘマトクリット値,ヘモグロビン量など赤血球関連項目の低値,網状赤血球および血小板の増加などの血液学検査結果に一致する.肝臓においては脂肪化の減少のほかに300 mg/kg群の雌雄各2例に肝細胞の肥大が観察され,被験物質の影響と考えられたが,血清コレステロール値の上昇もあることから脂質代謝に対する影響が示唆された.その他,発生数はやや少ないが肉眼所見および組織所見ともに心臓に対する明らかな被験物質の影響が認められた.すなわち肉眼観察では単発性ではあるが投与終了時解剖動物で心臓の白色斑点/区域および心嚢水の貯留が雌の各1例に観察され,また,投与期間内に死亡した動物では,胸水の貯留が2例,心臓の肥大,淡色化および心嚢の肥厚が1例に観察された.組織学的には生存例および死亡例を含め心筋の壊死および心筋障害やそれらに随伴する諸所見が観察され,その分布はほとんどが心室壁,心室中隔,心尖部に広く分布し,乳頭筋や心室内腔面に限局することがないことから,被験物質あるいはその代謝物による直接的な障害が示唆された.このような病変は特に死亡動物で広範に認められ,さらに程度も強いことからこれが死因となったと考えられた.この心臓病変の発生には雌雄共に個体差が認められ,さらに雌では雄に比較して病変の発生率および程度が強く投与期間中に心病変が死因と考えられる例が発生していることから性差が認められた.また,死亡動物のみに観察された組織所見として肝臓の小葉中心性肝細胞壊死が広範に認められており,部位に特異性があることから被験物質の影響が示唆される.なお,血液生化学検査において雌雄の300 mg/kg群でGOTおよびGPTが高値を示しこれらの個体のうち,著しく高値を示した雌の1例では心筋の障害や壊死が見られ,肝臓は肥大のみで肝障害が観察されなかった.また,他の肝障害の指標となるγ -GTP,アルブミンおよび総蛋白の値には異常が認められなかった.従って,GOTおよびGPTの高値は組織学的にも明らかな肝細胞の障害像がないこと,そして死亡した個体で心筋障害が明らかであることから心筋障害に由来するものと考えられた.投与終了時に観察された脾臓,肝臓および腎臓の変化は回復期間終了時には観察されず可逆性と考えられた.肉眼所見での精巣上体の緑色化や組織所見での腎臓の硝子円柱については被験物質による影響と考えられるが,例数が少ないこともあり明確ではない.その他,投与終了時解剖動物で認められた雌の腎盂拡大および子宮の小型化はそれぞれ1例のみの発生であり,関連する病変もないことから自然発生病変と考えられ,また死亡動物で観察された胸腺の赤色斑点/区域および肺の赤色化は死亡動物に非特異的に見られる病変であり,死後変化とも考えられる.

以上の結果,100 mg/kg以上の群で雌雄とも自発運動低下,さらに雌ではヘマトクリット値の低値が認めらた.300 mg/kg群の雌雄では心臓障害および貧血を主体とする影響が認められ,いずれも影響量と考えられた.

従って,本試験条件下における4-ニトロ-o-アニシジンの無影響量(NOEL)は,雌雄ともに30 mg/kg/dayと考えられた.

文献

1)"The Sigma-Aldrich library of Chemical Safety data", edition ,Vol.2, ed. by R.E.Lenga, U.S.A., 1988, p.2258.
2)佐野正樹,岡山佳弘,医薬安全性研究会会報,32,21(1990).
3)M. Yoshida, J.J. Soc. comp. Stat., 1, 111(1988).

連絡先
試験責任者:山本利男
試験担当者:各務 進,庄子明徳,大庭耕輔,山川誠己
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-12 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Toshio Yamamoto(Study director)
Susumu Kakamu,Akinori Shoji,Kousuke Oba,Seiki Yamakawa
Biosafety Research Center/Foods,Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Aza Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-12, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393