2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンのラットにおける急性経口毒性試験

Acute Oral Toxicity Test of 2,4-Dichloro-1-methylbenzene in Rats

要約

2,4−ジクロロ−1−メチルベンゼン(2,4-dichloro-1-methylbenzene、CAS No. 95-73-8)の500、1000及び2000 mg/kgを雌雄ラットに経口単回投与し、その毒性を試験し、以下の知見が得られた。

1.死亡例は、雌雄ともに認められず、LD50値は2000 mg/kg以上と推察された。
2.一般状態観察では、被験物質投与群の雌雄で投与後20分後より自発運動の減少、よろめき歩行が認められた。これらの症状は高用量群ほど長く持続する傾向があり、重症の例では腹臥あるいは横臥の状態を呈した。2000 mg/kg群では、他に外尿道口周囲や肛門周囲の被毛汚染、軟便が認められた。
3.体重推移では、1000 mg/kg以上の群において、雄で投与後に体重の増加抑制が、雌で投与後1日に体重に有意な低値が認められた。
4.剖検及び病理組織学的検査では、雌雄ともに被験物質投与による影響は認められなかった。

緒言

2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンをラットへ経口単回投与し、その毒性について試験したので、その成績を報告する。

方法

1. 被験物質

被験物質は、2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼン(提供元:保土谷化学工業株式会社、Lot番号:814、純度:98.96%)である。被験物質は、無色透明の液体(比重1.25)であり、室温、遮光下で保存した。なお、投与には原液をそのまま使用した。

2. 試験動物

生後4週齢のCrj:CD(SD)系の SPF 雌雄ラットを日本チャールス・リバー株式会社より受け入れ、7日間の馴化飼育を行った。馴化期間中、順調な発育を示した動物を試験に用いた。

3. 飼育環境条件

動物の飼育は、温度23±3℃、湿度55±10%、換気回数10〜15回/時間及び照明時間12時間(午前8時から午後8時まで点灯)に設定されたバリアシステムの飼育室において、ブラケット式金属製金網床ケージ(260W×380D×180H,mm)を用いて行った。ケージ当たりの収容匹数は、群分け前は5匹以内、群分け後は3匹以内とした。

飼育室内の清掃は1日2回、床の清拭消毒は1日1回の頻度で行った。

飼料は固型飼料(CRF-1、オリエンタル酵母工業株式会社)を金属製給餌器を用いて、飲料水は水道水(札幌市水道水)を自動給水装置を用いて、それぞれ自由に摂取させた。

飼料の分析及び飲料水の水質検査の結果、試験施設で定めた基準値の範囲内であることを確認した。

4. 試験群の設定(Table 1)、群分け及び個体識別

本試験の投与量設定のために実施した限界試験では2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの2000、1000及び500 mg/kg群、日本薬局方精製水を投与する対照群の計4群を設定し、1群当たり雌雄各5匹のラットに投与した。投与後5日間の観察において、雌雄ともに2000 mg/kg投与により死亡が認められなかったため、限界試験の観察期間を投与後14日まで延長し、本試験の成績とした。

動物数は、1群当たり雌雄各5匹とした。群分けは、馴化飼育の最終日(投与前日)に各群の体重が均一になるように体重別層化無作為抽出法により行った。

動物の識別は、群分け時に油性フェルトペンを用いて尾部に行った。ケージには性別毎に色分けしたカードに試験番号、試験群及び動物番号を明記して標示した。

5. 投与経路及び投与方法

投与経路は、被験物質が人体に経口的に暴露される可能性があることから、経口投与とした。投与は、16〜21時間絶食させ、胃ゾンデを用いて強制的に胃内に1回行った。投与容量は、被験物質が原液として規定の用量となるように投与日に測定した体重に基づいて算出した。

投与は雌雄ともに5週齢に行い、その平均体重(体重範囲)は雄で118.8 g(114〜123 g)、雌で100.1 g(97〜104 g)であった。投与時刻は午前9時から午後2時の間とした。

6. 観察、測定及び検査項目

(1) 一般状態観察

全例について、投与日は投与後6時間までは頻繁に、投与後1日以降は1日1回以上の頻度で投与後14日まで観察した。

(2)体重測定

全例について、投与日を0日と起算し、0、1、3、5、7、10及び14日に測定した。

(3) 剖検

全生存例について投与後14日に、体外表を観察した後、エーテル麻酔下で放血致死させ、全身の器官・組織を肉眼的に観察した。また、次の器官を10%中性緩衝ホルマリン液で固定し、保存した。

肝臓、腎臓、脾臓、心臓、肺、脳、胃、十二指腸、空腸、回腸、盲腸、結腸、直腸及び異常所見部位

(4)病理組織学的検査

雌雄各群2例の固定・保存した器官および2000 mg/kg群の雄1例の異常所見部位(脾臓)を、パラフィン包埋後薄切し、ヘマトキシリン・エオジン染色あるいは鍍銀標本を作製し、鏡検した。

7. 統計処理

死亡率を算出した。

体重値について、Bartlettの検定法によって分散を検定した。その結果、等分散(p>0.05)を示した項目については一元配置分散分析法によって解析し、有意な場合(p<0.10)、Dunnettの検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った。一方、不等分散(p<0.05)を示した項目については Kruskal-Wallis 法により解析し、有意な場合(p<0.10)、Mann-WhitneyのU-検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った。なお、対照群との検定については、危険率5%以下を統計学的に有意とした。

結果

1. 死亡状況及びLD50値(Table 2)

雌雄ともに、いずれの群においても死亡は認められず、LD50値は2000 mg/kg以上と推察された。

2. 一般状態観察

雄では、500 mg/kg群で、投与約20分後より自発運動の減少及びよろめき歩行が全例、流涎及び腹臥が各1例に認められたが、約5時間以降に症状は認められなかった。1000 mg/kg群では、投与約40分後より自発運動の減少及びよろめき歩行が全例、腹臥が1例に認められ、約6時間後においても自発運動の減少(2例)及びよろめき歩行(全例)が認められた。投与後1日以降に症状は認められなかった。2000 mg/kg群では、投与約20分後より自発運動の減少、よろめき歩行及び腹臥が全例、流涎が1例に、約4時間後より横臥(全例)が認められ、約10時間後においても腹臥(2例)及び横臥(3例)が認められた。投与後1日には自発運動の減少及びよろめき歩行が全例、肛門周囲の被毛汚染が全例、軟便が1例、外尿道口周囲の被毛汚染が1例に認められた。投与後2日以降に症状は認められなかった。

雌では、500及び1000 mg/kg群で、出現時間に若干相違はあるものの、雄と同様な症状が認められた。2000 mg/kg群では、投与約25分後より、自発運動の減少及びよろめき歩行が全例、流涎が1例に、約1時間後より腹臥あるいは横臥が全例に認められ、約9時間後においても腹臥(4例)及び横臥(1例)が認められた。投与後1日には、自発運動の減少及びよろめき歩行が全例、外尿道口周囲の被毛汚染が4例、肛門周囲の被毛汚染が1例に認められた。投与後2日以降に症状は認められなかった。

3. 体重推移(Table 3、4)

雄では、被験物質投与群で投与後に用量依存的な体重増加抑制傾向が認められ、1000 mg/kg群で投与後3及び5日に、2000 mg/kg群で投与後1〜14日に有意な差が認められた。

雌では、1000及び2000 mg/kg群で投与後1日の体重に有意な低値が認められたが、その後は対照群とほぼ同じ推移を示した。なお、1000 mg/kg群で投与後5及び10日の体重に有意な差がみられたが、用量依存的な変動ではなかった。

4. 剖検

雄では、脾臓の白色腫瘤が2000 mg/kg群で1例に認められた。その他に異常は認められなかった。

雌では、いずれの群においても異常は認められなかった。

5. 病理組織学的検査

雄では、腎臓(右)に限局性の尿細管上皮の再生が500 mg/kg群で検査した2例中1例に認められた。また、2000 mg/kg群の1例でみられた脾臓の白色腫瘤に対応して限局性のリンパろ胞の増生が認められた。その他に異常は認められなかった。

雌では、いずれの群においても異常は認められなかった。

考察

2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの500、1000及び2000 mg/kgを雌雄ラットに経口単回投与し、その毒性を試験した。

死亡例は、雌雄ともにいずれの群においても認められず、LD50値は2000 mg/kg以上と推察された。

症状では、雌雄ともに投与後約20分より、自発運動の減少、よろめき歩行が認められた。これらの症状は500 mg/kg以上の群で認められ、高用量群ほど長く持続する傾向があり、重症の例では腹臥あるいは横臥の状態を呈した。被験物質の基本骨格であるトルエンは、中枢に対して抑制的に働くこと1)から、本被験物質も同様に中枢に対して作用するものと考えられた。しかし、以上の症状はいずれの群についても投与後2日までに消失した。その他、2000 mg/kg群でみられた外尿道口周囲や肛門周囲の被毛汚染、軟便は、腹臥あるいは横臥状態が持続したこと、あるいは大量投与による影響と考えられた。なお、肛門周囲被毛汚染及び軟便のみられた例については、投与後14日の病理学的検査では消化管に異常は認められなかった。また、500及び2000 mg/kg群では、流涎が少数例に認められた。これは、口腔に被験物質が付着したために出現したものと考えられた。

体重推移では、1000 mg/kg以上の群において、雄で投与後に体重の増加抑制が、雌で投与後1日に体重に有意な低値がみられた。

病理組織学的検査では、500あるいは2000 mg/kg群の雄各1例で腎臓に尿細管上皮の再生、脾臓にリンパろ胞の増生が認められた。これらの所見は、いずれも限局性に認められ、また、前者については背景データにおいても5.6%の頻度で認められる変化であり、後者については対応する剖検所見(白色腫瘤)が2, 4−ジクロロ−1−メチルベンゼンの500 mg/kgを14日間反復投与した場合に認められないことから、被験物質投与との関連はないものと考えられた。

文献

1)北川晴雄, "毒性学," 第1刷 株式会社 南江堂, 東京, 1982, P195.

連絡先:
試験責任者釜田悟
(株)化合物安全性研究所
〒 004 北海道札幌市豊平区真栄 363 番 24
Tel 011-885-5031Fax 011-885-5313

Correspondence:
Kamada, Satoru
Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd., Japan
363-24 Shin-ei, Toyohira-ku, Sapporo, Hokkaido, 004, Japan
Tel 81-11-885-5031Fax 81-11-885-5313