1,2-ジシアノベンゼンのラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of 1,2-Dicyanobenzene by Oral Administration in Rats

要約

1,2-ジシアノベンゼンはフタロシアニン系染料,顔料の原料等として用いられている1).今回,1,2-ジシアノベンゼンを1,6および30 mg/kgの用量でSD系ラット(1群雌雄各12匹)に交配前14日から交配を経て雄は計44日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育4日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.

1. 反復投与毒性

6 mg/kg群の雌で総蛋白の増加が認められた.さらに,30 mg/kg群の雌雄で体重増加の抑制および摂餌量減少がみられ,雌では妊娠末期である妊娠19日から23日に痙攣が認められ全例が死亡した.また,雄では総コレステロールおよび総蛋白の増加,血清尿素窒素の減少がみられ,さらに,肝臓,腎臓および精巣の器官重量の増加,精巣上体の器官重量の減少が認められた.病理組織学検査では,肝臓の小葉中心性肝細胞肥大,腎臓の近位尿細管上皮における硝子滴沈着と好塩基性尿細管,精巣の精細管の萎縮およびそれに伴う精巣上体の管腔内の細胞残屑出現と精子の減少が認められた.

2. 生殖発生毒性

親動物では,30 mg/kg群において,性周期,交尾率,受胎率,黄体数,着床数および着床率に被験物質に起因する変化は認められなかったが,妊娠末期に全例が死亡したため,分娩以降の成績は得られなかった.6 mg/kg群においては,分娩率,出産率,妊娠期間,分娩および哺育行動には,被験物質に起因する変化は認められなかった.児動物では,6 mg/kg群において,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日の生存率,外表,一般状態,体重および剖検所見には被験物質に起因する変化は認められなかった.

以上の結果から,1,2-ジシアノベンゼンの反復投与毒性に関する無影響量は雌では1 mg/kg/day,雄は6 mg/kg/dayと考えられた.生殖発生毒性に関する無影響量は親動物の雄で30 mg/kg/day,雌で6 mg/kg/day,児動物では6 mg/kg/dayと考えられた.

方法

1. 被験物質

1,2-ジシアノベンゼン[昭和電工(株)(東京),Lot No. CRL-981130,純度98.7 %]は,融点141 ℃,蒸気圧0.04 mbar/20 ℃,有機溶剤に可溶および水に0.56 g/L溶解する黄色粉末である.被験物質は室温・遮光下で保管した.なお,被験物質は試験期間中安定であったことを確認した.被験物質は0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム水溶液(CMC-Na:岩井化学薬品(株))に懸濁させ,投与に供するまで冷蔵・遮光保存し,調製後8日以内に使用した.なお,投与開始前に投与液中の被験物質の調製後8日間の安定性および均一性を確認した.また,投与液の初回調製時に所定濃度であることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)から入手した雌雄のSD系ラット[Crj:CD(SD)IGS]を5日間検疫・馴化後,試験に供した.投与開始前日に体重別層化無作為抽出法により,1群につき雌雄各12匹を振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも9週齢,体重範囲は雄が333〜373 g,雌が209〜240 gであった.検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度22 ± 2 ℃,湿度55 ± 15 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00〜19:00)に設定した飼育室を使用した.動物飼育には,妊娠・哺育期間を除く期間はステンレス製つり下げ式金網製ケージを,妊娠・哺育期間は実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージを使用した.交配期間は雌雄各1匹,哺育期間は1腹,その他の期間は1匹ずつ収容し,飼育した.動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業(株))および孔径5 μmのフィルターで濾過後,紫外線照射した水道水をそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

投与量設定試験として,SD系ラットの雌雄それぞれ各群3匹を用いて,1,2-ジシアノベンゼンを10,30,50および90 mg/kgの用量で14日間経口投与した.その結果,50 mg/kg以上の群で痙攣が頻回にみられ雌雄全例が死亡した.30 mg/kg群の雌雄では体重減少あるいは増加抑制,投与開始後3日に摂餌量の低値,雌で肝臓および腎臓重量の高値が認められた.以上の結果から,本試験では高用量を30 mg/kgとし,以下公比約5で中用量を6 mg/kg,低用量を1 mg/kgとした.また,媒体(0.5 % CMC-Na水溶液)のみを投与する対照群を設けた.投与期間は,雌雄とも交配前14日間,交配期間および雄は剖検前日までの計44日間,雌は交尾成立後,妊娠,分娩を経て哺育4日(交尾確認日を妊娠0日,分娩確認日を哺育0日とした)までの計42〜46日間とした.投与の際はテフロン製胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は5 mL/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.

4. 反復投与毒性に関する観察・検査

1) 一般状態

全例について,生死,外観,行動等を投与前および投与後に毎日観察した.

2) 体重および摂餌量

体重は,雌雄とも投与開始日,投与開始後3,7,14日およびその後は週1回,交尾した雌は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した.また,雄では,投与開始日の体重を基準に,雌では,交配前期間,妊娠期間および哺育期間について,それぞれ投与開始日,妊娠0日および哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定した.

3) 血液学検査

雌雄の全生存動物について,解剖日の前日から約20時間絶食させ,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採取した血液の一部をEDTA-2Kにより凝固阻止し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:シスメックス(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:オムロン(株)),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:シスメックス(株)),プロトロンビン時間(Quick一段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(活性化セファロピラスチン法)を血液凝固自動分析装置(KC-10A,アメルング社)により測定した. また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.

4) 血液生化学検査

雌雄の全生存動物について,解剖日に採取した血液を室温で約30分間静置後遠心分離し,得られた血清についてGOT(JSCC改良法),GPT(JSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),ALP(JSCC改良法),総ビリルビン(BOD改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),グルコース(Glck-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(OCPC法),無機リン(PNP-XOD-POD法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

5) 病理学検査

全生存動物の雌雄とも最終投与日の翌日に,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈の切断・放血により安楽死させて剖検した.また,死亡動物は速やかに剖検を行った.全生存動物は,脳,心臓,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,解剖日の体重を基に相対重量(対体重比)を算出した.さらに,これらの器官に加えて,下垂体,リンパ節(下顎・腸間膜),甲状腺・上皮小体,気管,肺,胃,腸管(十二指腸〜直腸),膀胱,前立腺腹葉,精のう,卵巣,子宮,膣,骨髄(大腿骨),坐骨神経,脊髄および肉眼的異常部位を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定して保存した.ただし,精巣および精巣上体はブアン液で固定した.病理組織学検査は,対照群および30 mg/kg群の雌雄全例について,上記の保存した器官・組織および全動物の肉眼的異常部位について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製して鏡検した.また,30 mg/kg群の雌全例が死亡したため6 mg/kg群の雌についても検査した.その結果,雄の肝臓,腎臓,精巣および精巣上体で被験物質に起因する変化が認められたので,1および6 mg/kg群の雄のこれらの器官についても検査した.また,1 mg/kg群の未交尾動物1例の卵巣も検査した.なお,対照群の2例および30 mg/kg群の雌で死亡前に痙攣が認められた2例の脳および脊髄は,ルクソールファストブルー(L.F.B.)染色標本を作製し,鏡検した.

5. 生殖発生毒性に関する観察・検査

1) 生殖機能

投与開始日から交配開始日まで雌の膣垢を毎日午前中に採取し,エオシン・チオニン染色して性周期を検査し,平均性周期日数を算出した.交配前の投与期間終了後,各群内で雄1雌1の交配対を設けて14日間を限度に昼夜同居させた.交尾確認は毎日午前中に行い,膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.これらの結果から,交尾所要日数(交配開始後,交尾成立までに要した日数),交尾成立までに逸した発情期の回数,交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100]を算出した.

2) 分娩・哺育状態

交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が完了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.その後,新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.母動物は剖検時に卵巣,子宮を摘出し,黄体数および着床数を検査した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの日数),出産率[(生児出産雌数/受胎雌数)×100],着床率[(着床数/黄体数)×100],分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を算出した.

3) 新生児の観察・検査

(1) 新生児の観察

哺育0日に総出産児数(出産生児数,死産児数),性別および外表異常の有無を検査した.その後,一般状態,死亡の有無を哺育4日まで毎日観察した.哺育0および4日の生存児数から出生率[(出産生児数/総出産児数)×100],新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を算出した.

(2) 体重

哺育0および4日に全生存児を個体ごとに測定した.また,哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.

(3) 剖検

哺育4日に全生存児の口腔を含む外表を検査した後,親動物と同様にして安楽死させ,剖検した.死亡動物および母動物の死亡した娩出児は食殺等で検査に耐えないものを除き,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液に浸漬・固定した後,実体顕微鏡下で剖検した.

6. 統計解析

計量データについては,パラメトリックデータはBartlett法による等分散性の検定を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析を行った.分散が等しくない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較を行った.計数データのうち,病理組織所見はa × bのx2検定を行い,有意差が認められた場合はArmitageのx2検定により対照群と各被験物質投与群間の比較を行った.その他の計数データは,Fisherの直接確率法により検定した.各検定の有意水準は5 %とし,新生児に関するデータは各母動物ごとに算出した平均値を標本単位とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 一般状態

30 mg/kg群の雌で妊娠末期である妊娠19〜23日の間に全例が死亡した.死亡動物のうち7例では,投与前あるいは投与終了後に突発的な激しい痙攣が認められ,約5分から長いものでは数時間に亘り持続的あるいは断続的に生じた後に死亡した.また,30 mg/kg群の雄で投与開始後37日から40日まで1〜2例に,雌で妊娠21日から死亡日まで2〜3例に,投与直前あるいは直後に流涎が散見された.その他,脱毛が6および30 mg/kg群の雌でそれぞれ1例にみられたが,30 mg/kg群で多発する傾向がみられなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.

2) 体重(Fig.1, 2)

30 mg/kg群の雌雄で投与開始後3日から剖検時まで体重に増加抑制がみられ,体重および体重増加量に対照群との間に有意な差が散見された.1および6 mg/kg群の雌雄では対照群との間に有意な差は認められなかった.

3) 摂餌量

30 mg/kg群の雌雄で投与開始後3日および7日,雌ではさらに妊娠7日から20日までの摂餌量にそれぞれ対照群との間に有意な低値が認められた.その他,1 mg/kg群の雄で投与開始後28および42日の摂餌量に有意な低値が認められたが,6 mg/kg群では減少傾向が認められなかったことから,偶発的な変化と判断した.

4) 血液学検査(Table 1)

30 mg/kg群の雄でプロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間に有意な差がみられたが,わずかな短縮であった.その他,6 mg/kg群の雄で白血球百分率で分葉核球比の有意な高値がみられたが,30 mg/kg群で増加傾向が認められなかったことから,偶発的な変化と判断した.

5) 血液生化学検査(Table 2)

30 mg/kg群の雄で総コレステロールおよび総蛋白の増加,尿素窒素の減少がみられ,それぞれ対照群との間に有意な差が認められた.また,6 mg/kg群の雌で総蛋白の有意な高値が認められた.その他,1 mg/kgの雄でGOT活性の有意な増加がみられたが,当研究所の背景データの範囲内の値であった.また,6 mg/kg群の雌でカルシウムの有意な高値がみられたが,その他の関連する検査項目に異常が認められなかったことから,偶発的な変化と判断した.

6) 器官重量(Table 3)

30 mg/kg群の雄で肝臓の絶対重量および相対重量,脳,腎臓および精巣の相対重量の増加,精巣上体の絶対重量および相対重量の減少がみられ,それぞれ対照群との間に有意な差が認められた.1および6 mg/kg群の雌雄ではいずれの器官においても対照群との間に有意な差は認められなかった.

7) 剖検所見

計画解剖動物では,被験物質の影響と思われる変化は認められなかった.偶発病変として,前胃の結節,空腸の憩室,肝臓の横隔膜面結節および白色斑,腎臓ののう胞および腎盂の拡張,精嚢の左右不対称,脳の一部欠損が対照群を含む各群で散発的に認められた.全例が死亡した30 mg/kg群では,胸腺および脾臓の小型化,腺胃のびらんや潰瘍が半数例以上に認められた.その他,脾臓の褪色,肺のうっ血,腺胃の出血巣,前胃の白色斑,肝臓の白色斑,副腎の腫大および脱毛が1〜3例に認められた.

8) 病理組織所見(Table 4)

被験物質に起因すると思われる変化が30 mg/kg群で雄の肝臓,腎臓,精巣および精巣上体に認められた.肝臓では,小葉中心性肝細胞肥大が雄11例でみられ,対照群との間に有意な増加が認められた.腎臓では,近位尿細管上皮細胞の硝子滴が雄8例でみられ,有意な増加が認められた.また,好塩基性尿細管も雄で増加傾向が認められた.精巣では,精細管のび漫性萎縮が全例で認められたが,ステージからの精細管に精子の遺残がみられる程度の軽度な変化であった.なお,1 mg/kg群でセルトリー細胞のみからなる精細管がび漫性にみられる中等度の変化が1例にみられたが,30 mg/kg群でみられる組織像とは異なるため,被験物質との関連はないと判断した.精巣上体では,管腔内の細胞残屑の出現および精子数の減少がみられ,30 mg/kg群の発現頻度がそれぞれ12および11例と有意な増加が認められた.30 mg/kg群の雌の死亡例では,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節のリンパろ胞の萎縮,胸腺および脾臓の萎縮,腺胃のびらんおよび潰瘍,前胃の角化亢進,扁平上皮細胞の限局性過形成および潰瘍,副腎皮質束状帯細胞の肥大等が認められた.萎縮したリンパ組織ではリンパ球の核崩壊像が認められ,急性の変化であることが示唆された.また,死亡前に痙攣が確認された2例の脳および脊髄について,L.F.B.染色を施し精査したが,異常所見はみられず,死亡の直接の原因となる組織変化は認められなかった.

その他,対照群を含む雌雄各群で種々の変化が認められたが,いずれも本系統のラットを用いた毒性試験においてしばしば認められる自然発生性の変化であり,被験物質投与群に多発する傾向はみられなかったことから,被験物質との関連はないと判断した.

2. 生殖発生毒性

1) 生殖機能(Table 5)

性周期検査では,各群の平均性周期日数に変化は認められなかった.なお,30 mg/kg群で発情休止期の継続を示した動物が1例認められた.交尾は1および6 mg/kg群でそれぞれ1対を除いて確認され,交尾率,交尾所要日数,交尾成立までに逸した発情期の回数および受胎率とも対照群との間に有意な差は認められなかった.

2) 分娩・哺育状態(Table 6)

30 mg/kg群の1例は妊娠22日に分娩を開始したが,翌朝に死亡が確認され,1例は投与直前に痙攣がみられ,投与6時間後に分娩途中の状態で死亡した.なお,30 mg/kg群の全例が妊娠末期に死亡したため,分娩以降の成績が得られなかった.しかし,30 mg/kg群の黄体数,着床数および着床率とも対照群との間に有意な差は認められなかった.また,死亡動物の子宮内の観察では,平均児数は14.5,性比1.35で外表異常児は認められなかった.1および6 mg/kg群においては,いずれの母動物も正常な分娩を示し,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率および分娩率とも対照群との間に有意な差は認められなかった.また,対照群を含む各群いずれの母動物にも哺育行動に異常は認められなかった.

3) 新生児に及ぼす影響

(1) 新生児の観察(Table 6)

総出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児の4日の生存率に対照群と1および6 mg/kg群との間に有意な差は認められなかった.また,対照群を含む各群で新生児の外表異常および一般状態に異常は認められなかった.

(2) 体重(Table 6)

雌雄の体重および体重増加量とも対照群と1および6 mg/kg群との間に有意な差は認められなかった.

(3) 剖検

対照群1および6 mg/kg群の哺育4日の生存児に異常は認められなかった.哺育4日までの死亡児では,腎盂拡張が対照群の1例に認められた.

考察

1. 反復投与毒性

反復投与による一般毒性学的影響としては,30 mg/kg群の雌雄で体重増加量の抑制および摂餌量の減少が認められた.また,雌では30 mg/kg群で妊娠末期の投与前あるいは投与終了後に突発的な激しい痙攣がみられ,全例が死亡した.死亡例の病理組織学検査では,リンパ節,胸腺および脾臓の萎縮,腺胃および前胃のびらんおよび潰瘍,副腎皮質束状帯細胞の肥大等ストレス状態の動物に認められる変化2)がみられ,被験物質の直接的影響は認められなかった.同被験物質では,ヒトにおけるてんかん様痙攣を主症状とする産業中毒の報告3)や急性毒性試験等4, 5)でも同様の痙攣が認められている.その他,ラットを用いた急性腹腔内投与試験では,投与7日後に中脳および橋などに神経線維の変性を思わせる変化がみられるとの報告6)もある.しかし,痙攣を示して死亡した代表例の脳および脊髄についてL.F.B.染色を施し精査したが,死亡の原因となる組織変化は認められず,中枢神経系への作用機序は明らかではなかった.さらに,同被験物質による90日間のラットを用いた神経毒性試験においても,病理組織学検査または神経学的な関連性はみつけられず4),痙攣の発現機序に関してはいまだ十分解明されていない.以上のことから,本試験条件下における30 mg/kgは雄では痙攣を惹起しないが,雌では妊娠末期という特異的時期に何らかの機序により痙攣が惹起される用量と考えられる.一方,雌では6 mg/kg群で総蛋白の増加,雄では30 mg/kg群で肝臓の重量増加,総コレステロールおよび総蛋白の増加,血清尿素窒素の減少が認められた.雄の30 mg/kg群の病理組織学検査では,小葉中心性肝細胞肥大が認められた.肝細胞肥大は,一般に種々の化学物質投与によってしばしば発現する変化であり,肝臓で薬物代謝酵素が誘導された場合に発現する生体の適応性反応と考えられていることから2, 7),被験物質による酵素誘導を示唆する変化かも知れない.また,雄の腎臓では,相対重量の増加および近位尿細管上皮細胞の硝子滴と好塩基性尿細管が認められた.本変化は,雄のみに発現したことから,各種の薬物や化学物質の投与により雄ラットに特異的に発現するα2uグロブリン腎症に類似した変化と考えられる2, 8).α2uグロブリン腎症では,硝子滴の沈着が過剰になった尿細管上皮細胞は変性,脱落の経過をたどることが知られており2),本試験で認められた好塩基性尿細管は変性,脱落に対する再生性の変化と考えられる.さらに,精巣では精細管の萎縮が認められ,それに伴い精巣上体では管腔内の細胞残屑の出現および精子数の減少がみられ,絶対および相対重量が減少した.これらの変化は,被験物質の精巣に対する影響を示唆するものと考えられる.また,精巣の相対重量の増加については,被験物質の精巣に対する影響を示唆するものであった.その他,一般状態で流涎が30 mg/kg群の雌雄で数例に散見されたが,一部には投与直前から反射的に発現する例もみられたことから,被験物質の刺激などに起因したものと思われ,反復投与による毒性を示唆する変化ではないと考えられる.また,雄の脳で相対重量の増加がみられたが,関連を示唆する病理組織学的変化はみられなかったことから,体重低値に伴う二次的な変化と考えられた.

2. 生殖発生毒性

親動物の生殖機能としては,30 mg/kg群で性周期,交尾率,受胎率,黄体数,着床数および着床率に被験物質に起因する変化は認められなかった.なお,30 mg/kg群の1例が分娩途中にも痙攣がみられ死亡したが,上述のように妊娠末期に重篤な一般毒性学的影響により母動物が死亡したものと考えられた.一方,1および6 mg/kg群で妊娠期間,分娩および哺育行動ともに被験物質に起因する変化は認められなかった.また,新生児の観察では,総出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日の生存率,外表,一般状態,体重および剖検に被験物質に起因する変化は認められなかったことから,6 mg/kg群では分娩・哺育行動および児動物への影響はないと考えられる.なお,30 mg/kg群では分娩動物が得られなかったため,分娩・哺育行動および児動物への影響は明らかではなかった.

以上の結果から,本試験では反復投与による一般毒性学的影響として,6 mg/kg群の雌で総蛋白の増加がみられ,30 mg/kg群の雌雄で体重増加の抑制および摂餌量減少,雌で妊娠末期に痙攣がみられ全例が死亡した.さらに,雄で総蛋白,総コレステロールの増加,血清尿素窒素の減少,肝臓,腎臓,精巣および精巣上体に重量と組織学的変化が認められた.したがって,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌では1 mg/kg/day,雄は6 mg/kg/dayと考えられた.また,生殖発生に及ぼす影響として親動物では,30 mg/kg群の雄で異常は認められなかったが,雌は妊娠末期に全例が死亡したことから,生殖発生に関する親動物の無影響量は雄で30 mg/kg/day,雌で6 mg/kg/dayと考えられる.さらに,児動物では,6 mg/kg群で異常が認められなかったことから,生殖発生毒性に関する児動物の無影響量は6 mg/kg/dayと考えられる.

文献

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8)S. B. Swenberg, Toxicol. Appl. Pharmacol., 97, 35(1989).

連絡先
試験責任者:東川国男
試験担当者:涌生ゆみ,青山涼子,豊田直人,鈴木美江
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Kunio Higashikawa(Study director)
Yumi Wako, Ryoko Aoyama, Naoto Toyota, Yoshie Suzuki
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874