チモールのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity
Screening Test of Thymol by Oral Administration in Rats

要約

チモールを 8,40および200 mg/kg/dayの用量でSD系ラット(Crj:CD)に交配前14日から交配を経て雄は計43日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.

1. 反復投与毒性

200 mg/kg群において,雄で体重増加抑制の傾向および死亡が1例,雌で投与後の一過性の自発運動減少および歩行失調が認められた.病理組織検査では,雌雄とも前胃に粘膜上皮の増生,炎症性細胞の浸潤,水腫など被験物質の刺激性を示唆する変化が認められた.また,雌の一部で胸腺の退縮,副腎束状帯の脂肪滴増加が認められた.

40 mg/kg群においても,雌雄の胃および雌の胸腺に病理組織変化が認められた.摂餌量,器官重量,雄の血液学検査および血液生化学検査においては被験物質に起因する変化は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

親動物の検査において,性周期,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率,分娩および哺育行動には被験物質に起因する変化は認められなかった.

新生児の検査において, 200 mg/kg群で低体重および体重増加抑制の傾向が認められた.出産児数,出産生児数,性比,出生率,4日生存率,外表,一般状態および剖検においては被験物質に起因する変化は認められなかった.

以上の結果より,チモールの反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも 8 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は,親動物に対して雌雄とも200 mg/kg/day,児動物に対しては40 mg/kg/dayと考えられる.

方法

1. 被験物質

チモール (和光純薬工業(株), Lot No.CAN1119, 純度99.6%)は,融点50.4℃,氷酢酸,エタノール,エーテルに易容,水には難溶,光に対して不安定の白色結晶性の塊である.被験物質は室温・密閉・遮光下で保管した.また,試験期間中安定であったことが製造者により確認された.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー (株)より入手した雌雄のSD系ラット(Crj:CD)を6日間検疫・馴化後,試験に供した.投与開始前日に体重別層化無作為抽出法により,1群につき雌雄各10匹を振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも8週齢,体重範囲は雄が333〜371 g,雌が193〜221 gであった.

検疫・馴化を含めた全飼育期間中,温度 20〜25℃,湿度40〜70%,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに,1ケージあたり投与開始後は1匹,交配期間中は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し,飼育した.

動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料 (CRF-1:オリエンタル酵母工業(株)) および5 μmのフィルターで濾過後,紫外線照射した水道水をそれぞれ自由摂取させた.

3. 投与量および投与方法

SD系ラットを用いて,被験物質を30,100および300 mg/kgの用量で雌雄とも交配前13日から4日間の交配を経て,雄は計17日間,雌は交尾確認後7〜9日間投与した結果,300 mg/kg群で自発運動減少,歩行失調,腹這い,呼吸緩徐,眼瞼下垂,流涎などの投与後症状および体重減少が認められた.100 mg/kg群では流涎が散見されたのみで明瞭な変化は認められなかった.以上の結果から,本試験では高用量を200 mg/kgとし,以下公比5で中用量を40 mg/kg,低用量を8 mg/kgとした.この他に媒体のみを投与する対照群を設けた.

投与期間は,雌雄とも交配前 14日間,交配期間中,および雄は剖検前日までの計43日間,雌は交尾後分娩を経て哺育3日までとし,3%アラビアゴム水溶液に懸濁させた被験物質を胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は5 ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.

投与液の調製はイエローランプ照明下で行い,投与に供するまで冷蔵・遮光下で保存した.投与液中の被験物質は本保存条件下で安定であること,使用した投与液にはほぼ所定量の被験物質が均一に含有されていることを確認した.

4. 反復投与毒性に関する観察・検査

1) 一般状態

全例について生死,外観・行動等を投与前および投与後に毎日観察した.死亡動物は発見後速やかに剖検した.

2) 体重および摂餌量

体重は,雄については投与開始日およびその後週 1回,雌については投与開始日および交尾するまでは週1回,交尾後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した(交尾確認日を妊娠0日,分娩確認日を哺育0日とする).また,体重増加量を交配前は投与開始日,妊娠期間は妊娠0日,哺育期間は哺育0日の体重を基準に算出した.摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定した.

3) 雄の血液学検査

雄の全生存動物について,解剖日の前日より約 21時間絶食させ,チオペンタールナトリウム(ラボナール:田辺製薬(株))の腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採取した血液の一部をEDTA-2Kにより凝固阻止し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法), 白血球数(RF/DCインピーダンス検出法), 血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法), ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:立石電機(株)), 網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株))により測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.

4) 雄の血液生化学検査

雄の全生存動物について,解剖日に採取した血液を室温で約 30分間放置した後,3000 r.p.m.(2050G)で10分間遠心分離し,得られた血清について,GOT(SSCC改良法),GPT(SSCC改良法),ALP(GSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),グルコース(GK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法), クレアチニン(Jaff法),総ビリルビン(Jendrassik改良法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

5) 病理検査

雌雄とも最終投与日の翌日に,全生存動物についてチオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈切断により放血致死させ剖検し ,下垂体, 胸腺,肝臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および前立腺の重量を測定した.また,これらの器官に加えて,脳,心臓,脾臓および卵巣を採取し,10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体はブアン液)にて固定後保存した.

病理組織検査は対照および 200 mg/kg群の雌雄の脳,下垂体,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,前立腺および剖検で変化が認められた雌の胸腺について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,鏡検した.その結果,雌の胸腺および副腎において被験物質の影響が疑われたので雌の8および40 mg/kg群のこれらの器官について検査した.また,雄の剖検時に被験物質による肉眼的変化が胃に認められたので, 各群全例の雄の胃を検査するとともに, 雌についても対照,8,40および200 mg/kg群の各2,5,5,5例の胃を代表例として採取し,組織検査を行った.なお,一部の例の副腎についてはオイルレッドO染色を実施した.

5. 生殖発生毒性に関する観察・検査

1) 生殖機能

雌について,投与開始日から 15日間,午前中に膣垢を採取し,ギムザ染色して性周期を検査した.交配前の投与終了後,各群内で雄1雌1の交配対を設け,最長14日間昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.これらの結果から,交尾所要日数(交配後,交尾までに要した日数),交尾までに逸した発情期の回数,交尾率([交尾動物数/同居動物数]×100),受胎率([受胎動物数/交尾動物数]×100)を算出した.

2) 分娩・哺育状態

交尾が確認された雌については全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前 9時の時点で分娩が終了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.その後,新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,一般状態,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.

哺育 4日の解剖時に卵巣,子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した.交尾確認後25日を経ても分娩しない雌は剖検し,肉眼的に着床が認められない動物の子宮は2%KOH水溶液に浸漬し,着床の有無を確認した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの期間),出産率([生児出産雌数/受胎雌数]×100),着床率([着床数/黄体数]×100),分娩率([総出産児数/着床数]×100)を算出した.

3) 新生児の観察・検査

(1) 新生児の観察

哺育 0日に出産児数,出産生児数,死産児数,性別および外表異常の有無を検査した.その後,一般状態,死亡の有無を毎日観察した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,10%中性リン酸緩衝ホルマリン液に浸漬・固定後,実体顕微鏡下で剖検した.哺育0および4日の生存児数から出生率([出産生児数/総出産児数]×100),4日生存率([哺育4日生児数/出産生児数]×100)を算出した.

(2) 体重

哺育 0および4日に1腹毎に雌雄単位でまとめて測定し,それぞれの平均値を算出した.また,哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.

(3) 剖検

全ての生存児について哺育 4日に口腔を含む外表を検査した後,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で開腹し,腹大動脈切断により放血致死させ剖検した.

6. 統計解析

パラメトリックデータは Bartlett法による等分散性の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合で各群の例数が一定ならばDunnett法またはDunnett型,不定ならばScheff法またはScheff型により多重比較を行った.計数データはFisherの直接確率法により検定した.新生児に関するデータについては,各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 死亡動物

200 mg/kg群の雄1例が投与開始後43日に死亡した.この動物の一般状態には変化は認められなかったが,剖検で前胃壁の肥厚,心房の拡張,肝臓および肺のうっ血が認められた.また,病理組織検査では,前胃粘膜上皮の軽度の増生,肝臓の軽度のうっ血,肺における中等度のうっ血性水腫および軽度の炎症性細胞の浸潤が認められた.なお,この他に200 mg/kg群の雌1例が妊娠18日(投与開始後33日)に投与過誤により死亡した.

2) 一般状態

200 mg/kg群において,雌の少数例で投与後の一過性の自発運動減少および歩行失調が投与開始後1日から13日までの間,継続または断続的に認められた.そのうち1例では妊娠19日および哺育1日にもそれらの症状が発現し,哺育1〜2日には削痩を示した.また,投与直後の一過性の流涎が,雄では投与開始後13日から継続して,雌では妊娠0日(投与開始後15日)から断続的に認められ,投与終了時までには雄のほぼ全例,雌の半数例に観察された.この他,200 mg/kg群の非分娩動物1例で妊娠24日に膣からの黒色粘液漏出が観察された.

3) 体重(Fig. 1,2)

200 mg/kg群の雄において,有意差は認められなかったが,体重および体重増加量が投与開始後14日以降,対照群に比べて若干低値で推移し,体重増加抑制の傾向を示した.

4) 摂餌量

雌雄とも全期間を通して,対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

5) 雄の血液学検査(Table 1)

白血球百分比において,全被験物質投与群のリンパ球が有意な高値を, 40および200 mg/kg群の単球が有意な低値を示したが,実数換算値においてリンパ球では各被験物質投与群とも有意な差は認められず,単球では200 mg/kg群で有意な差は認められなかった.また,いずれも当研究所の背景データの範囲内の変動であったことから,偶発的な変化と判断した.

6) 雄の血液生化学検査(Table 2)

8 mg/kg群のトリグリセライドが有意な低値を示したが,40および200 mg/kg群では有意な変化が認められなかったことから偶発的なものと判断した.

7) 器官重量(Table 3)

雌雄ともにいずれの器官においても,絶対重量および相対重量とも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

8) 剖検所見(Table 4)

前胃壁の肥厚が 200 mg/kg群の雄9例,雌1例に認められた.

肥厚した前胃粘膜の表面は白色化し,粗造を呈していた.また,胸腺の小型化が40および200 mg/kg群の雌で各1例に,副腎の白色化が200 mg/kg群の雌2例に認められた.

その他,偶発的な変化として,脳室の拡張が 200 mg/kg群の雄1例に認められた.なお,8 mg/kg群の雄1例は食道穿孔の形跡が観察されたため,投与過誤があったものと判断し,全データを集計から除外した.

9) 組織所見(Table 5)

被験物質に起因する変化が前胃,胸腺および副腎に認められた.

前胃では,粘膜上皮の増生を主体とした変化が 40および200 mg/kg群で雌雄ともに認められ,前胃粘膜は重層扁平上皮の増生および角化亢進により肥厚していた.肥厚した部分の粘膜下織に炎症性細胞の浸潤や水腫を伴う例が雄では多数,雌では少数認められた.

胸腺では,退縮が 40および200 mg/kg群の雌で各1例に認められた.この2例は,剖検時に胸腺の小型化を示した例であった.

副腎では,皮質束状帯の脂肪滴の増加が 200 mg/kg群の雌1例に認められた.この例は肉眼的に副腎の白色化を示した2例のうちの1例であった.同群の他の1例と8および40 mg/kg群の雌の副腎には変化は認められなかった.

その他に,対照あるいは被験物質投与群で認められた種々の変化については,いずれも自然発生的に観察される変化であり,発現状況に用量との関連が乏しいことから偶発病変と判断した .

2. 生殖発生毒性

1) 生殖機能(Table 6)

各群ともほとんどが 4〜5日の正常な性周期を示し,交尾率および受胎率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.また,ほとんどの雌が交配開始後4〜5日以内に交尾し,交尾所要日数および交尾までに逸した発情期の回数ともに有意な差は認められなかった.

2) 分娩・哺育状態(Table 7)

非分娩動物が 200 mg/kg群で1例認められたが,その他の母動物はいずれも正常な分娩を示した.妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩率には,対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.なお,非分娩動物には,剖検で子宮内に3例の死亡児が観察された.また,200 mg/kg群の着床数,着床率および分娩率が他の群に比べ若干低値を示したが,非分娩動物の着床数が3個であったことが反映したものであり,同群の他の動物の検査値にはいずれも異常は認められなかった.

哺育期間の観察において,哺育 1〜2日に投与後症状および削痩を示した200 mg/kg群の母動物では哺育1日に児の胃内乳汁量が少なく,同腹児の17例中5例が死亡した.その他にはいずれの群の母動物にも異常は認められなかった.

3) 新生児に及ぼす影響

(1) 生存率(Table 7)

出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児生存率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

(2) 出生児の観察

外表異常として,無尾および臍部の膨隆が 40mg/kg群で各1例に認められたが,その他の新生児には異常は認められなかった.また,一般状態には各群いずれの新生児にも異常は認められなかった.

(3) 体重(Table 7)

200 mg/kg群において,有意差は認められなかったが,哺育0および4日の体重,ならびにその間の体重増加量が雌雄とも対照群に比べ若干低値を示した.8および40 mg/kg群においては,雌雄とも対照群とほぼ同様な値を示した.

(4) 剖検

生存動物では,胸腺の頸部残留が 8 mg/kg群で2例,臍ヘルニアが40 mg/kg群の腹部膨隆を示した例に観察されたが,他の新生児には異常は認められなかった.

死産児では,卵円孔開存が 8,40および200 mg/kg群で,各々1,2,1例に認められた.哺育1日以降の死亡例には異常は認められなかった.

考察

1. 反復投与毒性

反復投与による影響として, 200 mg/kg群の雄で体重増加抑制の傾向および死亡が1例,雌で投与後の一過性の自発運動減少および歩行失調が認められた.また,病理検査では,40 mg/kg以上の群で雌雄ともに前胃の粘膜上皮の増生などの被験物質に起因する変化が認められた.

雌で認められた投与後症状については,異性体である biosolおよびcarvacrolで報告されている所見と同様の変化であり1-3),いずれも投与後の時間経過とともに消失する一過性の変化であった.被験物質が属するphenol誘導体は一般に中枢抑制作用を有することが知られており4,5),被験物質も麻酔作用3)を有し,さらに筋収縮を直接抑制する作用2)もあることが報告されている.これらのことから,今回観察された投与後症状は被験物質の中枢抑制あるいは筋収縮抑制作用により発現した変化と考えられる.

病理検査において認められた前胃の変化については,肉眼的には肥厚として観察され,増生した粘膜の下織には炎症性細胞の浸潤あるいは水腫を伴うものも認められた.一般に phenol類は刺激性を有し4),被験物質および carvacrolも同様であることが報告されている1,6-8).したがって,本変化については被験物質の刺激性に起因した変化と推察される.

200 mg/kg群の雄の死亡例には,病理検査で心房の拡張,炎症性細胞の浸潤を伴ったうっ血性肺水腫,および肝臓のうっ血など循環障害を示唆する変化が認められたが,死因につながる一般状態の変化は観察されず,原因を特定することはできなかった.しかし,雌では一部の動物に投与期間後半でも投与後症状が観察されていること,さらに被験物質が血圧降下作用および呼吸抑制作用2)を有することを考慮すると,この動物には何らかの要因で被験物質の作用が一時的に強く現れ,循環器系あるいは呼吸器系に異常を来して死亡した可能性が考えられる.

この他,胸腺の退縮が 40および200 mg/kg群の雌で各1例に認められ,200 mg/kg群の動物では副腎束状帯の脂肪滴の増加を伴っていた.このうち40 mg/kg群の動物は同群の検査動物のなかで胃の変化が最も強く,また200 mg/kg群の例は分娩前後に投与後症状および削痩を示した動物であった.胸腺の退縮はストレス状態の動物に認められる変化であり9),他の動物では同様な所見は認められなかったことから,これらの変化は感受性の高い動物が妊娠,分娩および哺育などの生理的な負荷に加えて被験物質の影響を受けたことにより生じた二次的変化である可能性が考えられる.なお,200 mg/kg群の胸腺退縮を示した動物および非分娩動物で肉眼的に観察された副腎の白色化については病理組織変化が認められず,毒性学的意義は不明であった.また,投与直後の一過性の流涎が200 mg/kg群の雌雄で観察されたが,単回皮下投与試験で大量投与した場合には流涎は発現していないことから2),被験物質の局所刺激性に起因したものであると考えられる.

2. 生殖発生毒性

親動物の検査において,性周期,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率には被験物質に起因する変化は認められなかった.分娩観察において, 200 mg/kg群の1例は分娩せず,子宮内には未娩出の死亡胎児が観察されたが,同群の他の動物はいずれも正常に分娩し,分娩率にも異常はなかったことから,偶発的なものと判断した.また,哺育観察において,200 mg/kg群の1例で授乳量の減少が観察されたが,同群の他の母動物には異常は認められなかった. この動物には分娩前後に投与後症状および削痩が観察されていることから,一時的に全身状態が悪化したことによる二次的な変化であり,被験物質の哺育行動への影響を示唆するものではないと考えられる.

新生児の検査において, 200 mg/kg群で低体重および生後の体重増加抑制の傾向が認められ,被験物質の次世代発育への影響が示唆された.しかし,出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児生存率には被験物質の影響は認められなかった.また,外表,一般状態および剖検においても異常は認められなかった.したがって, 被験物質の次世代に対する影響は比較的軽度なものと推察される.

被験物質は外因性 gonadotropinによる幼若ラット子宮重量の増加作用を増強することから10),内分泌系あるいは生殖器系への影響が示唆されている.しかし,本試験においては最高用量の200 mg/kg群でも生殖機能および分娩,哺育に対する影響は認められなかった.また,鶏卵胚を用いた試験では四肢,眼,顎骨などの複株)`を発現することが報告されているが11),ラットを用いた本試験においては催奇形性を示唆する変化は認められなかった.

以上のように,本試験では反復投与による影響として,親動物には 40 mg/kg以上の群で,雌雄ともに前胃の病理変化,さらに200 mg/kg群では雄で体重増加抑制の傾向および死亡,雌で自発運動減少および歩行失調などの投与後症状が認められた.生殖・発生に及ぼす影響として,親動物の生殖機能および分娩,哺育機能には影響が認められなかったが,200 mg/kg群で新生児の発育への影響を示唆する変化が認められた.したがって,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも8 mg/kg/day, 生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雌雄とも200 mg/kg/day,児動物に対しては40 mg/kg/dayと考えられる.

文献

1)P. M. Jenner et al., Food Cosmet. Toxicol., 2, 327 (1964).
2)井関元八,大阪市立大学医学誌, 5, 111(1956).
3)R. James and J. B. Glen, J. Med. Chem., 23, 1350 (1980).
4)C. W. Flickinger, Am. Ind. Hyg. Assoc. J., 37, 596 (1976).
5)B. J. Dean, Mut. Res., 47, 75(1978).
6)E. F. Davis et al., "Handbook of toxicology," ed by D. S. Dittmer, W. B. Saunders Company, Philadelphia and London, 1959, pp.172-173.
7)A. Manabe et al., Japan. J. Pharmacol., 44, 77(1987).
8)D. L. J. Opdyke, Food Cosmet. Toxicol., 17, 743 (1979).
9)P. Greaves, "Histopathology of preclinical toxicity studies," Elsevier, Amsterdam, 1990, pp.112-114.
10)A. B. Kar et al., J. Sci. Industr. Res., 19C, 264(1960).
11)M. J. Verrett et al., Toxicol. Appl. Pharmacol., 56, 265(1980).

連絡先
試験責任者:松浦郁夫
試験担当者:田谷ゆかり,土谷 稔,涌生ゆみ,豊田直人,高野克代
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒 314-02 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Ikuo Matsuura(Study director)
Yukari Taya,
Minoru Tsuchitani,
Yumi Wako,
Naoto Toyota,
Katsuyo Takano
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02, Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874