2,4,6-トリニトロフェノールのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of 2,4,6-Trinitrophenol
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

2,4,6-トリニトロフェノールの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響を,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法のS9 mix存在下,非存在下では1600 μg/mLを最高濃度として,公比2で4濃度を設定した.

短時間処理法のS9 mix非存在下の1600 μg/mLで染色体の構造異常の出現頻度は7.5 %であった.S9 mix存在下では構造異常の誘発は認められなかった.また,倍数性細胞の出現頻度は全ての処理条件で5 %未満であった.

この結果に基づき,S9 mix非存在下で1400,1600,1800 μg/mLで確認試験を実施した.その結果,染色体の構造異常の出現頻度は1600 μg/mLで19.0 %,1800 μg/mLで21.0 %であり,染色体異常の誘発性に関して再現性が確認された.

以上の結果より,本試験条件下では2,4,6-トリニトロフェノールは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

材料および方法

1. 使用した細胞

大日本製薬(株)から入手(1996年11月,入手時:継代14代,凍結時:17代)したチャイニ−ズ・ハムスター肺由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代5代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,非働化した仔牛血清(GIBCO BRL,ロット番号:1009120)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株))培養液を用いた.

3. 培養条件

2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm, Becton Dickinson and Company)に播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.

細胞播種3日目にS9 mix存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. 被験物質

2,4,6-トリニトロフェノール(ロット番号:8802403,三井化学(株)(福岡)提供)は,純度81.4 %(不純物として,水18.5 %,不明物0.1 %を含有)の黄色結晶である.被験物質は使用時まで換気(通風)が可能な冷所に遮光して保存した.

被験物質原体は,衝撃,摩擦または振動を加えると爆発的に分解することがあり,加熱すると爆発することがある.金属,特に銅,鉛,水銀,亜鉛により衝撃に敏感な化合物が形成される.燃焼すると有害な炭素および窒素の酸化物を生成し,酸化剤,還元剤の物質と激しく反応する.

5. 被験物質溶液の調製

被験物質調製液は,用時調製した.溶媒はアセトン(和光純薬工業(株),ロット番号:TPF1104)を用いた.原体を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の1 vol%になるように加えた.なお,被験物質秤量時に純度換算(81.4 %)を実施した.

6. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,血球計算盤を用いて各群の細胞を計数し,陰性対照群に対する割合をもって指標とした.

その結果,2,4,6-トリニトロフェノールの約50 %の増殖抑制を示す濃度を,細胞増殖率が50 %を示す濃度を挟む2点を結ぶ直線式より算出したところ,短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下ではそれぞれ756,1076 μg/mLであった(Fig. 1).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,短時間処理法S9 mix存在下および非存在下では,被験物質の最高濃度を1600 μg/mLとし,公比2で4濃度を設定した.

染色体異常試験の結果,S9 mix非存在下の1600 μg/mLでは染色体の構造異常の出現頻度が7.5 %であった.この結果より,S9 mix非存在下について1400,1600,1800 μg/mLの濃度で確認試験を実施した.

陽性対照として,短時間処理法のS9 mix存在下では,ベンゾ[a]ピレン(東京化成工業(株),ロット番号:GG01)の濃度を20 μg/mL,S9 mix非存在下では,マイトマイシンC(協和発酵工業(株),ロット番号:226AHE)の濃度を0.1 μg/mLに設定した.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 %ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

作製したスライド標本のうち,1枚のディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常およびギャップの有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.ギャップは構造異常には含めなかった.また,構造異常および倍数性細胞については1群200個の分裂中期細胞を分析した.

10. 記録と測定

溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5 %未満を陰性,5 %以上10 %未満を疑陽性,10 %以上を陽性とした.

11. 細胞増殖の測定

染色体標本作製と同一のサンプルにおける細胞増殖を測定した.標本作製時に剥離した細胞の一部を採取し,血球計算盤で細胞を計数した.

結果および考察

短時間処理法による染色体分析の結果をTable 1に示した.2,4,6-トリニトロフェノールを加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した結果,S9 mix非存在下の1600 μg/mLで染色体の構造異常の出現頻度は7.5 %であった.確認試験の結果,S9 mix非存在下の1600,1800 μg/mLで染色体の構造異常の出現頻度はそれぞれ19.0,21.0 %であり,染色体の構造異常誘発についての再現性が確認された.

S9 mix存在下では,染色体の構造異常の誘発作用は認められなかった.また,全ての処理条件で倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

以上の結果から,2,4,6-トリニトロフェノールは本試験条件下において,染色体異常を誘発すると結論した.

なお,類似化合物である2-Amino-4-nitrophenolは,48時間連続処理で陽性,24時間連続処理で疑陽性の結果が報告されている.また2-Amino-5-nitrophenolは,連続処理法で陽性の結果が報告されている2)

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.16-37.
2)祖父尼俊雄監修,“染色体異常試験データ集〈改訂1998年版〉,”エル・アイ・シー,東京,1999.

連絡先
試験責任者:中川宗洋
試験担当者:太田絵律奈,石毛裕子,成見香瑞範
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Munehiro Nakagawa(Study director)
Erina Ota, Yuko Ishige, Kazunori Narumi
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874