フタルイミドのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Phthalimide
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

フタルイミドの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響を,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,いずれの処理条件においても5000 μg/mLを最高濃度として,連続処理法の24,48時間処理および短時間処理法のS9 mix存在下では公比2で4用量,短時間処理法のS9 mix非存在下では公比2で5用量を設定した.

CHL/IU細胞を24時間および48時間連続処理した結果,いずれの処理群においても,染色体の構造異常細胞の誘発は観察されなかった.また,短時間処理法のS9 mix存在下の5000 μg/mLにおいて,染色体の構造異常細胞の出現頻度は10.0 %であった.一方,短時間処理法のS9 mix非存在下では,構造異常細胞の誘発は観察されなかった.また,数的異常細胞の誘発は全ての処理条件で5 %未満であった.

以上の結果より,本試験条件下ではフタルイミドは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

材料および方法

1. 使用した細胞

大日本製薬(株)から入手(1996年11月,入手時:継代14代,凍結時:17代)したチャイニ−ズ・ハムスター由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代5代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,非働化した仔牛血清(GIBCO BRL,ロット番号:39K0464)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株))培養液を用いた.

3. 培養条件

2×10^4個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm, Becton Dickinson and Company)に播き,37℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.

連続処理法では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間および48時間処理した.また,短時間処理法では,細胞播種3日目にS9 mixの存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. 被験物質

フタルイミド(ロット番号:7255,三星化学工業(株)提供,東京)は,純度:99.9 %の白色粉末である.被験物質は使用時まで冷暗所に密閉保存した.なお,本ロットの安定性は,実験開始前および実験終了後に被験物質提供者が分析し,確認した.

5. 被験物質懸濁液の調製

被験物質調製液は,用時調製した.溶媒は1 %カルボキシメチルセルロースナトリウム水溶液(1 % CMC-Na水溶液,原末;ナカライテスク(株),ロット番号:M5F8130)を用いた.原体を溶媒に懸濁させ原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10 vol%になるように加えた.

6. 細胞増殖抑制試験による処理濃度の決定

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(オリンパス光学工業(株))を用いて測定し,陰性対照群に対する割合をもって指標とした.

その結果,フタルイミドの約50 %の増殖抑制を示す濃度を,プロビット法により算出したところ,連続処理法の24時間および48時間処理ではそれぞれ2356, 2540 μg/mLであった.

また,短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下における約50 %の増殖抑制を示す濃度は,それぞれ4524,991 μg/mLであった(Fig. 1).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,染色体異常試験で用いる被験物質の最高濃度を5000 μg/mLとし,連続処理法24時間,48時間処理および短時間処理法S9 mix存在下では公比2で4用量,S9 mix非存在下では公比2で5用量を設定した.

陽性対照として,連続処理法は,マイトマイシンC(協和発酵工業(株),ロット番号:139AFK)を0.03 μg/mL,短時間処理法は,ベンゾ[a]ピレン(東京化成工業(株),ロット番号:AX01)を20 μg/mLに設定した.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 %ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

作製したスライド標本のうち,1枚のディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.

構造異常および倍数性細胞については1群200個の分裂中期細胞を分析した.

10. 記録と測定

溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性,5 %以上10 %未満を疑陽性,10 %以上を陽性とした.

結果および考察

連続処理法による染色体分析の結果をTable 1に示した.フタルイミドを加えて24時間および48時間連続処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および数的異常の誘発作用は認められなかった.

短時間処理法による染色体分析の結果をTable 2に示した.フタルイミドを加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した結果,S9 mix存在下の5000 μg/mLにおいて,構造異常細胞の出現頻度10.0 %であった.一方,数的異常細胞の出現頻度は5 %未満であった.

また,S9 mix非共存下では,染色体の構造異常および数的異常の誘発作用は認められなかった.

以上の結果から,フタルイミドは本試験条件下において,染色体異常誘発性を有すると結論した.

なお,Agar法によるマウスリンフォーマ試験において,類似化合物(phthalimidoの開環した物質,C6H4(CONH2)2)は,S9 mix存在下および非存在下の50 μg/mLでL5178Y(TK+/-)細胞に対して遺伝子突然変異を誘発しないと報告されている3).

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,"化学物質による染色体異常アトラス,"朝倉書店,東京,1988,pp. 16-37.
2)石館基監修,"〈改訂〉染色体異常試験データ集,"エル・アイ・シー社,東京,1987,p. 19.
3)D. B. McGregor et al., Environmental and Molecular Mutagenesis, 12, 85(1988).

連絡先
試験責任者:太田絵律奈
試験担当者:中川宗洋,石毛裕子,穴澤由美子,玉川 恵
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Erina Ohta(Study director)
Munehiro Nakagawa, Yuko Ishige, Yumiko Anazawa, Megumi Tamagawa
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874