2-エチルアントラキノンのチャイニーズハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of 2-Ethylanthraquinone
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

2-エチルアントラキノンが培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験結果をもとに,短時間処理法-S9処理では640 μg/mLを最高処理濃度とし,20.0〜640 μg/mLの6用量を,+S9処理では2362 μg/mL(10 mM相当)を最高処理濃度とし,148〜2362 μg/mLの5用量を設定した.S9 mix存在下および非存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.-S9処理では40.0〜640 μg/mLの5用量,+S9処理では10 mM相当の濃度を含む591〜2362 μg/mLの3用量について顕微鏡観察を実施した.

その結果,S9 mix非存在下では倍数性細胞の出現頻度が試験用量に依存して増加する傾向を示し,陽性反応と判断した.S9 mix存在下では,染色体構造異常の僅かな誘発がみられ疑陽性結果(±)が得られた.従って,析出の認められない用量を含む9.38〜600 μg/mLの7用量を用いた確認試験を実施した.顕微鏡観察については37.5〜600 μg/mLの5用量について実施した.その結果,染色体構造異常の僅かな誘発(疑陽性:±)が認められた.

以上の結果より,本試験条件下では2-エチルアントラキノンは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 試験細胞株

哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験に広く使用されていることから,試験細胞株としてチャイニーズ・ハムスターの肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を選択した.昭和59年11月15日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受け,一部はジメチルスルホキシド(DMSO:MERCK KGaA)を10 vol%添加した後,液体窒素中に保存した.試験に際しては凍結細胞を融解し3〜5日ごとに継代したものを使用した.なお,細胞増殖抑制試験では継代数15,染色体異常試験では同13,確認試験では同19の細胞を用いた.

2. 培養液の調製

Eagle-MEM液体培地(岩城硝子(株))に,メンブランフィルター(0.45 μm:Featuring Corning and Costar Products)を用いて加圧濾過除菌した非働化(56 ℃,30分)済み仔牛血清(GIBCO Life Technologies, Inc)を最終濃度で10 vol%になるよう加えた後,試験に使用した.調製後の培養液を冷暗所(4 ℃)に保存した.

3. 培養条件

CO2インキュベーター(Formaおよび三洋電機メディカシステム(株))を用い,CO2濃度5 %,37 ℃の条件で細胞を培養した.

4. S9 mix

製造後6ヵ月以内のキッコーマン(株)製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製された.また,S9 mixの組成は松岡らの方法1)に従った.S9 mixの組成を以下に示す.
成  分S9 mix 1 mL中の量
S90.3 mL
MgCl25 μmol
KCl33 μmol
G-6-P5 μmol
NADP4 μmol
HEPES緩衝液(pH 7. 2)4 μmol
精製水残 量

5. 被験物質

2-エチルアントラキノン(ロット番号:98-11056)は純度99.16 %(不純物としてアントラキノン0.01 %,硫黄分1.4 ppmおよび塩素分14.3 ppmを含む)の固体である.本剤は水にほとんど溶けず,DMSOおよびアセトンに可溶である.山本化成(株)(大阪)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで室温で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

試験の都度,モレキュラーシーブを用いて脱水処理を行ったDMSO(MERCK KGaA)で被験物質を懸濁させ調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈(295 μg/mL以下では溶解)した後,速やかに処理を行った.

7. 細胞増殖抑制試験(予備試験)

12ウエルの細胞培養用マルチプレートに細胞を播種し,培養3日後に被験物質液を処理した.S9 mix非存在下(-S9 mix)あるいは存在下(+S9 mix)で6時間処理した後,新鮮な培養液に交換してさらに18時間培養を続けた.

細胞を10 vol%中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業(株))で固定した後,0.1 w/v%クリスタル・バイオレット(関東化学(株))水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 vol%エタノール,1 vol%酢酸水溶液)を適量加え,5分間程度放置して色素を溶出した後,580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち細胞生存率を算出し,さらにプロビット法を用いて50 %細胞増殖抑制濃度を算出した.

その結果,細胞増殖を50 %抑制する濃度は,短時間処理法-S9処理で161 μg/mLと算出された.一方,+S9処理の場合,弱い細胞増殖抑制作用は認められたが,最高用量である2362 μg/mL(10 mM相当)においても50 %以上の抑制を示すことはなかった(Fig. 1).

なお,被験物質暴露終了時,-S9処理の23.8 μg/mL以上および+S9処理の66.1 μg/mL以上で白色膜状の-S9処理の306 μg/mL以上および+S9処理の184 μg/mL以上の用量では白色粉末状の,さらに+S9処理の306 μg/mL以上では白色塊状の析出がみられた.本被験物質は高用量群においては懸濁液での処理であったことから両処理法の510 μg/mL以上では培養液中に被験物質が残存していた.

8. 試験用量および試験群の設定

細胞増殖抑制試験結果をもとに,染色体異常試験では短時間処理法-S9処理で640 μg/mLを,+S9処理で2362 μg/mL(10 mM相当)を最高処理濃度とし,以下公比2で減じた計6および5用量ならびに溶媒対照群を設定した.

+S9処理において染色体構造異常の出現に関し疑陽性と判定されたことから,600 μg/mLを最高処理濃度とした確認試験を実施し,公比2で減じた計7用量を設定した.

なお,陽性対照として,-S9処理でマイトマイシンC(MMC:協和醗酵工業(株))を0.1 μg/mL,+S9処理でシクロホスファミド(CP:塩野義製薬(株))を12.5 μg/mLの用量で試験した.

9. 染色体標本の作製

直径60 mmのプレートを用い,細胞増殖抑制試験と同様に被験物質等の処理を行った.培養終了2時間前に,最終濃度で0.2 μg/mLとなるようコルセミド(GIBCO Life Technologies, Inc)を添加した.トリプシン処理で細胞を剥離させ,遠心分離により細胞を回収した.75 mmol/L塩化カリウム水溶液で低張処理を行った後,固定液(メタノール3容:酢酸1容)で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.2 vol%ギムザ染色液で12分間染色した.

10. 染色体の観察

各プレートあたり100個,すなわち用量当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察し,染色体の形態的変化としてギャップ(gap),染色分体切断(ctb),染色体切断(csb),染色分体交換(cte),染色体交換(cse)およびその他(oth)の構造異常に分類した.同時に,倍数性細胞の出現率を記録した.染色体の分析は日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会による分類法2)に従って実施した.

すべての標本をコード化した後,マスキング法で観察した.

11. 結果の解析

ギャップのみ保有する細胞を含めない場合(-gap)について染色体構造異常の出現頻度を表示した.

各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,石館ら3)の基準に従って判定した.染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.最終的には再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.

なお,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

また,分裂中期像の20 %にいずれかの異常を誘発するのに必要な被験物質濃度であるD20値を最小二乗法により算出した.

結果および考察

短時間処理法での試験結果をTable 1〜2に示した.2-エチルアントラキノン処理群の場合,S9 mix非存在下では倍数性細胞の誘発が認められ,その出現頻度は40.0 μg/mLで1.5 %,80.0 μg/mLで8.0 %,160 μg/mLで10.5 %を示し,用量依存性がみられることから陽性と判断した.また,試験用量に依存した細胞増殖抑制作用も認められた.S9 mix存在下では染色体構造異常の僅かな誘発が認められ,その出現頻度は591 μg/mLで6.5 %,1181 μg/mLで4.5 %,2362 μg/mLで5.0 %を示した.倍数性細胞の誘発傾向および強い細胞増殖抑制作用は観察されなかった.一方,S9 mix非存在下における陽性対照物質MMCで処理した細胞,およびS9 mix存在下における陽性対照物質CPで処理した細胞ではいずれにおいても染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

本被験物質処理群の+S9処理で染色体構造異常の出現頻度が疑陽性と判定されたことから確認試験を実施した.その結果,陽性判定基準の10 %を超えることはなかったが,染色体構造異常の誘発に再現性が認められた(Table 3).倍数性細胞の誘発傾向および強い細胞増殖抑制作用は観察されなかった.一方,陽性対照では染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

変異原性の強さに関する相対的比較値であるD20値は0.290(mg/mL)と算出され,既知変異原性物質に比較して2-エチルアントラキノンの変異原性は弱いことを示していた.なお,被験物質暴露終了時,短時間処理法-S9処理および+S9処理ではすべての用量で,確認試験では75.0 μg/mL以上の用量で白色膜状等の析出物が認められた.また,高用量では懸濁液での処理であったことから白色粉末状の被験物質が残存していた.

以上の試験結果から,本試験条件下において2-エチルアントラキノンのチャイニーズハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陽性と判定した.

なお,本被験物質の変異原性に関する報告はなかったが,類縁体であるanthraquinoneについてはAmes試験で陽性4),2-aminoanthraquinoneは染色体異常試験で陽性4),1,4-diaminoanthraquinoneはAmes試験および染色体異常試験で陽性4),1-aminoanthraquinoneはAmes試験で陽性5),染色体異常試験で陰性5)との報告があった.

文献

1)A. Matsuoka, M. Hayashi and M. Ishidate Jr., Mutat. Res., 66, 277(1979).
2)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp. 31-35.
3)石館基監修,“<改訂>染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987, pp. 19-24.
4)労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課監修,“労働安全衛生法有害性調査制度に基づく既存化学物質変異原性試験データ集,”日本化学物質安全・情報センター,東京,1996.
5)渋谷徹,化学物質毒性試験報告,3, 103-109(1996).

連絡先
試験責任者:中嶋 圓
試験担当者:植田ゆみ子,北澤倫世,益森勝志,熊平智司,梶原玲子,加藤木かな江,鈴木ゆみ子,永井美穂
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Madoka Nakajima(Study Director) Yumiko Ueta, Michiyo Kitazawa, Shoji Masumori, Satoshi Kumadaira, Reiko Kajihara, Kanae Katogi, Yumiko Suzuki, Miho Nagai
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393