4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の
ラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験

Preliminary Reproduction Toxicity Screening Test of
4,4'-Oxybis(benzenesulfonylhydrazide) by Oral Administration in Rats

要約

4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の0,3,10および30 mg/kgを1群雌雄各10匹のCrj:CD(SD)IGSラットに,雄ラットに対しては交配前,交配期間および交配後を含む計46日間,雌ラットに対しては交配前,交配および妊娠期間,ならびに哺育4日までの期間経口投与し,その交尾行動,受胎および分娩等の生殖機能に及ぼす毒性および次世代の発生・発育に及ぼす影響について検討し,以下の成績を得た.

1. 親動物

一般状態,体重,摂餌量,剖検所見および病理組織学検査では各群ともに変化は認められなかったが,器官重量において10 mg/kgの雄および30 mg/kgの雌雄で肝臓あるいは腎臓の重量増加が認められた.

2. 生殖発生毒性

親動物の生殖能検査,母動物の黄体数,着床痕数,分娩率,総出産児数,出産児の性比,哺育0日の生存児数,哺育4日の生存児数,さらに新生児の一般状態,体重および剖検所見のいずれにおいても各群とも被験物質投与による影響は認められなかった.

以上のように,親動物で10および30 mg/kgで被験物質投与による影響と考えられる肝臓あるいは腎臓の重量増加がみられたが,生殖能および次世代の発生・発育ついては各群とも被験物質投与による影響は認められなかった.

したがって,本試験条件下における4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の親動物における無影響量(NOEL)は3 mg/kg/day,親動物の生殖能および次世代の発生・発育に対する無影響量(NOEL)はいずれも30 mg/kg/dayと考えられた.

方法

1. 被験物質および対照物質の調製

被験物質の4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)[ロット番号:403650,純度:99.3wt%,提供者:永和化成工業(京都)]は,不純物として4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホン酸)および4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルクロライド)を微量に含有し,融点161.5℃,比重1.525,分解熱89.6 kcal/mol,燃焼熱1482 kcal/molの水に難溶(0.02 g/100 g,20℃),DMSOに易溶,7 %塩酸に易溶(22.0 g/100 g,20℃),アセトンに反応する(ケトン類とは反応して溶解する)等の性質を有する白色微粉末である.被験物質は常温では安定であるが,炎・火花・高温体と接触した場合,分解を起こして燃焼する(分解温度 164℃)ことから,直射日光を避け,風通しの良い冷暗所に保存した.試験期間中の被験物質の安定性を,残余被験物質を用いた純度の分析成績により確認した.

あらかじめ被験物質の調製液中での均一性および安定性の分析を行い,均一かつ室温保存13日間安定であることを確認した後,被験物質を乳鉢で細砕後,投与量ごとに精秤して対照物質(トウモロコシ油)に懸濁し,スターラーで分散させた.調製液は,調製後速やかに遮光気密容器に入れ室温で保存し,調製後12日以内に投与に用いた.投与液の各濃度をHPLCで分析し,規定の範囲内にあることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

試験には,日本チャールス・リバー厚木飼育センター生産のSPF Crj:CD(SD)IGSラットを用いた.雌雄各46匹を8週齢で購入し,個々の動物について14日間馴化飼育後,雌雄各40匹を選抜して10週齢で試験に供した.投与前々日の体重に基づいて層化無作為抽出法により群分けを行った.

動物は温度21〜23℃,湿度41〜60 %,換気回数10〜15回/時間,照明時間8時〜20時,ブラケット式金属製金網床ケージに,群分け前は2匹,群分け後は1匹,交配中は雌雄各1匹,妊娠期間中は1母動物,哺育期間中は1腹を収容した.なお,交尾成立雌動物については妊娠17日から哺育4日まで実験動物用床敷(日本チャールス・リバー)を使用した.飼料はγ線照射固型飼料CRF-1(オリエンタル酵母工業)を金属製給餌器により,飲料水は札幌市水道水を自動給水装置により,それぞれ自由摂取させた.

3. 投与量および投与方法

1群につき雌雄各3匹のSD系ラット[Crj:CD(SD)IGS]に,トウモロコシ油に懸濁した4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の30,100および150 mg/kgを10週齢から14日間反復経口投与した結果,一般状態では,100 mg/kgの雌1例と150 mg/kgの雌雄で下痢および肛門・外尿道口・口の周囲被毛の汚れ等がみられ,全身状態の悪化により100 mg/kgの雌1例と150 mg/kgの雄3例,雌1例が死亡した.体重推移および摂餌量では,雌雄とも死亡例では摂餌行動の消失,顕著な体重減少がみられ,生存例でも100および150 mg/kgで摂餌量の低下と体重減少あるいは体重増加抑制が認められた.剖検所見で死亡例全例に胸腺と脾臓の萎縮,腺胃の出血性糜爛,盲腸の黄色内容物等,生存例で100 mg/kgの雄1例で胸腺の萎縮,150 mg/kgの雌2例で胸腺の萎縮と副腎の肥大等が認められた.器官重量では,雌雄ともに用量依存的な肝臓,腎臓,副腎の重量増加,胸腺重量の低下が認められた.雌の性周期検査では,100および150 mg/kgの死亡例と150 mg/kgの生存例1例に発情休止期の継続が認められた.以上のことから,雌雄とも被験物質の14日間反復投与の影響が100 mg/kg以上の用量で認められたため,交配期間前に反復投与による死亡等のみられなかった30 mg/kgを高用量とし,以下は公比約3で除した10および3 mg/kgを中用量および低用量とし,溶媒のトウモロコシ油を投与する対照群を加えて計4群を設定した.

1日1回,雄については交配14日前より46日間,雌については交配前14日間および交尾成立までの交配期間,さらに交尾成立例は妊娠期間および哺育4日までの期間,9時から12時の間に胃ゾンデを用いて強制的に胃内に経口投与した.投与容量は5 mL/kgとし,各個体の投与液量は投与日に最も近い測定日の体重に基づいて算出した.

4. 検査項目

1) 一般状態観察

雌雄全例について,試験期間中1日最低2回,視診および触診により行動,外観などを観察した.

2) 体重測定

投与開始日を投与1日として起算し,交配前は雌雄全例について,投与1,2,5,7,10および14日に測定した.交配開始後は,雄については投与21,28,35,42,46日(最終投与日)および剖検日(最終投与日の翌日)に,雌の交尾成立例は妊娠0,1,3,5,7,10,14,17および20日,哺育0,1および4日ならびに剖検日(哺育4日の翌日)に測定した.体重増加量および体重増加率を,雄については投与1から46日,雌については投与1から14日,妊娠0から20日および哺育0から4日について算出した.

3) 摂餌量測定

雌雄全例について,交配期間および剖検日を除き,体重測定と同じ日に各ケージの給与量または残量を測定した.飼料消費量を給与日数で除し,各測定日間の1匹当たり1日平均摂餌量(g/rat/day)を算出した.

4) 剖検および器官重量測定

雄は全例投与46日の翌日に,雌の分娩例は哺育4日の翌日にいずれも最終投与の翌日に,体外表を観察し,エーテル麻酔下で放血により安楽死させて剖検した.また,脳,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胸腺,精巣,精巣上体および卵巣の重量を測定した.さらに,絶対重量を剖検当日の体重で除し100を乗じて相対重量を算出した.

5) 病理組織学検査

全例について,全身の主要器官・組織および肉眼的異常部位を10 %中性緩衝ホルマリン液で固定・保存した.眼球およびハーダー腺はデビッドソン液で固定・保存し,精巣および精巣上体はブアン液で固定後70 %エタノールに保存した.

雄全例の精巣および精巣上体ならびに雌全例の卵巣を常法に従ってパラフィン包埋後,薄切してヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,対照群および高用量群について鏡検した.なお,精巣の精子形成のStage分類および間細胞について病理組織学検査を実施した.

6) 生殖能検査

雌全例について,投与開始日の10日前から交尾までの連日,ギムザ染色による膣垢塗抹標本を作製し,光学顕微鏡下で性周期段階(発情前期,発情期前期,発情期後期,発情後期および発情休止期)の判定を行い,4日から6日の性周期を示すものを正常と判定し,正常発情期間隔を算出した.投与14日の夕方から,同試験群内の雌雄を1対1(無作為組合わせ)で同居させた.交尾の成立は,膣内または受皿上に落下した膣栓,あるいは膣垢スメア標本中の精子が確認された場合とし,いずれかが認められた日を妊娠0日とした.妊娠成立の確認を,分娩の有無および剖検時に子宮内の着床痕の有無を調べることによって行った.交尾率[(交尾した雌雄対の数/同居させた雌雄対の数)×100]および受胎率[(受胎した雌数/交尾した雌雄対の数)×100]を算出した.

7) 分娩および哺育状態観察

交尾確認雌動物は全例自然分娩させた.分娩状態を,妊娠21日から23日まで観察した.9:00に分娩終了を確認した場合,その日を哺育0日とした.剖検時に各雌の卵巣の黄体数および子宮内の着床痕の数を肉眼的に数えて記録した.これらの結果から,妊娠期間[妊娠0日から哺育0日までの日数],出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)×100],着床率[(着床痕数/黄体数)×100],分娩率[(出産児数/着床痕数)×100],哺育4日の哺育率[(哺育4日に哺育児を持つ雌数/生児出産雌数)×100]およびを算出した.

8) 新生児の一般状態観察および生存率

哺育0日に,腹毎に生存児数および死亡児数を数え,哺育状態,出産児の性別および外表を観察した.生存児数および死亡児数の合計を出産児数とした.児動物の性は,肛門と生殖突起の間の長さで判定した.哺育1日から哺育4日までは,1日1回,哺育児の生存および死亡を確認し,一般状態および外表について観察した.これらの観察結果から,出生率[(出産時生児数/出産児数)×100],性比[雄出産児数/(雄出産児数+雌出産児数)]および新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を1腹単位で算出した.ただし,喰殺あるいは行方不明となった新生児は死亡例として扱った.

9) 新生児の体重測定

全例について,哺育0,1および4日に個体毎に測定し,腹毎に雌雄別の平均体重を求めた.体重増加量および体重増加率を,哺育0から4日について算出した.

10) 新生児の剖検

死亡例は発見後速やかに剖検した.生存例については,哺育4日に体外表(口腔内を含む)を観察後,二酸化炭素吸入法により安楽死させ,全身の器官・組織を肉眼的に観察した.

5. 統計解析

正常性周期出現率,交尾率,受胎率,出産率,哺育4日の哺育率,ならびに病理組織学検査結果のうち1段階の陽性グレードがみられた所見については多試料X2検定を行い,その結果,有意差がみられた場合は2試料X2検定で解析した.ただし,これらの検定に不適合の場合はFisherの正確確率検定法を用いた.

病理組織学検査結果のうち2段階以上の陽性グレードがみられた所見についてはKruskal- Wallisの検定法で解析し,有意差がみられた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.

その他の項目について,Bartlettの検定法によって等分散性を解析し,等分散の場合は,一元配置分散分析法で解析し,有意差がみられた場合は,Dunnettの検定法により解析した.不等分散の場合は,Kruskal-Wallis法で解析し,有意差がみられた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.なお,出生率,性比,新生児の4日の生存率および雌雄別体重は,1腹を標本単位として処理した.

これら対照群と被験物質投与群との間の検定においては,いずれも有意水準を5 %とした.

結果

1. 親動物

1) 一般状態

雌雄各群のいずれにも異常は認められなかった.

2) 体重(Fig. 1)

雌雄各群のいずれにも体重推移,体重増加量および体重増加率に有意差は認められなかった.

3) 摂餌量(Fig. 2)

雌雄各群のいずれにも有意差は認められなかった.

4) 剖検

3 mg/kgの雌1例で三叉神経の白色腫瘤,30 mg/kgの雄1例で腎臓の嚢胞が認められたが,いずれも自然発生性のものであり,雌雄各群いずれにも被験物質投与による変化は認められなかった.

5) 器官重量(Table 1, 2)

3 mg/kgの雄で胸腺の絶対重量および相対重量,10 mg/kgの雄で腎臓の相対重量に有意な高値が認められた.

30 mg/kgでは,雌雄ともに腎臓の絶対重量と相対重量,雄ではさらに肝臓の相対重量に有意な高値が認められた.

6) 病理組織学検査

30 mg/kgの雄1例に精巣の軽度な精細管萎縮および雌1例の卵巣に黄体嚢胞が認められたが,雄の例では対の雌に妊娠が確認されていること,雌の例では1例のみの発現であり,卵巣重量にも有意な変化がみられないことから,被験物質投与との関連性はないと判断した.

剖検時に嚢胞の認められた雄1例の腎臓では嚢胞および軽度な限局性線維化が,また白色腫瘤の認められた雌1例では三叉神経部位(頭蓋底)に血管腫が認められた.これらの変化はいずれも自然発生性のものと判断した.

2. 生殖発生毒性

1) 生殖能検査(Table 3)

正常性周期を示す雌の出現率,発情期間隔,交尾率,受胎率,出産率,妊娠期間および哺育4日の哺育率では,各群ともに有意差は認められなかった.

2) 妊娠,分娩,哺育状態観察および新生児の生存率(Table 4)

黄体数,着床痕数,着床率,総出産児数,出産児の性比,哺育0日の生存児数,出生率,新生児の4日の生存率,哺育4日の生存児数および新生児の生存率では,各群ともに有意差はみられなかった.分娩率で3および10 mg/kgに有意な高値が認められたが,本試験における対照群の分娩率が低いことに起因するものであり,着床痕数や総出産児数に有意差がみられないこと,また分娩率が増加することに毒性学的意義はないことから,被験物質投与との関連性のない変化と判断した.

3) 新生児の一般状態

哺育0日から4日の間に死亡例が対照群で雌1例,3および10 mg/kgで雄各1例がみられたが,30 mg/kgではまったく認められなかった.

哺育4日の生存例には異常は認められなかった.

4) 新生児の体重推移

各群ともに有意差は認められなかった.

5) 新生児の剖検

死亡例では,対照群および3 mg/kgの雌雄各1例に異常所見は認められなかった.

10 mg/kgの雄1例では小顎および左右前後肢の合指が認められたが,用量依存性がないこと,自然発生でもみられる変化であることから,被験物質投与との関連性はないと判断した.

なお,哺育4日の生存例には異常所見は認められなかった.

考察

1. 親動物

一般状態,体重,摂餌量,剖検所見および精巣,精巣上体ならびに卵巣の病理組織学検査では,いずれにも変化は認められなかった.

器官重量では,10 mg/kgの雄と30 mg/kgの雌雄で腎臓の重量増加,30 mg/kgの雄で肝臓の相対重量増加が認められた.これらの変化は30あるいは100 mg/kgの28日間反復投与においてもみられた変化1)であることから被験物質投与の影響によるものと考えられた.

2. 生殖発生毒性

各群ともに交尾率,受胎率,出産率,分娩率および雌の性周期等にも異常は認められなかった.

妊娠,分娩,哺育状態および新生児生存率等,また新生児の一般状態,体重および剖検所見にも各群ともに被験物質投与による影響は認められなかった.

以上のように,親動物で10および30 mg/kgに被験物質投与による影響と考えられる肝臓あるいは腎臓の重量増加がみられたが,生殖能および次世代の発生・発育については各群とも被験物質投与による影響は認められなかった.

したがって,本試験条件下における4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)の親動物における無影響量(NOEL)は3 mg/kg/day,親動物の生殖能および次世代の発生・発育に対する無影響量(NOEL)はいずれも30 mg/kg/dayと考えられた.

文献

1)須永昌男 ら: 4,4'-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)のラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験.化学物質毒性試験報告,11:36-51 (2004).

連絡先
試験責任者:須永昌男
試験担当者:木口雅夫,咲間正志,笠原みゆき
平田真理子,古川正敏
(株)化合物安全性研究所
〒004-0839 札幌市清田区真栄363番24
Tel 011-885-5031Fax 011-885-5313

Correspondence
Authors:Masao Sunaga(Study director)
Masao Kiguchi,Masashi Sakuma,
Miyuki Kasahara,Mariko Hirata,
Masatoshi Furukawa
Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd.
363-24 Shin-ei, Kiyota-ku, Sapporo, Hokkaido, 004-0839, Japan
Tel +81-11-885-5031Fax +81-11-885-5313