ヒドラジン一水和物のチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Hydrazine monohydrate
in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

ヒドラジン一水和物の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法のS9 mix存在下においては500 μg/mLを最高濃度として公比2で3濃度,S9 mix非存在下においては500 μg/mLを最高濃度として公比2で4濃度をそれぞれ設定した.

短時間処理法のS9 mix存在下の250,500 μg/mLにおいて,染色体構造異常細胞の出現頻度はそれぞれ11.0,23.8 %であった.S9 mix非存在下の62.5,125,250 μg/mLにおいて,染色体構造異常細胞の出現頻度はそれぞれ10.0,25.5,31.4 %であった.

いずれの処理群においても,倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.

以上の結果より,本試験条件下ではヒドラジン一水和物は,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

大日本製薬(株)から入手(2001年2月,入手時:継代14代,凍結時:16代)したチャイニーズ・ハムスター肺由来のCHL/IU細胞を,解凍後4週間以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,非働化した仔牛血清(GIBCO BRL,ロット番号1027934)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株))培養液を用いた.

3. 培養条件

2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れた ディッシュ(径6 cm,Becton Dickinson and Company)に播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.

短時間処理法では,細胞播種3日目にS9 mix存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.また連続処理法では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間処理した.

4. 被験物質

ヒドラジン一水和物(ロット番号:10213103,三菱ガス化学(株)(東京)提供)は,純度100.15 %(不純物として不揮発分:1 ppm,塩化物(Cl),硫酸塩(SO4),鉄(Fe),重金属(as Pb):各1 ppm以下を含有)の無色透明液体である.被験物質は使用時まで室温,気密で保存した.

被験物質原体は,通常の取扱い条件下では安定である.酸化物とは急激に反応する.重金属およびその酸化物,あるいは高温において分解し,水素,窒素及びアンモニアを生じる.

5. 被験物質溶液の調製

被験物質溶液は,用時調製した.溶媒は局方生理食塩液((株)大塚製薬工場,ロット番号:K0E98)を用いた.原体を溶媒溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質溶液を作製した.被験物質溶液は,すべての試験において培養液の10 vol%になるように加えた.

6. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(オリンパス光学工業(株))を用いて測定し,陰性対照群に対する割合をもって指標とした.

その結果,ヒドラジン一水和物の約50 %の増殖抑制を示す濃度を,生存曲線において細胞増殖率が50 %前後を示す2点を結ぶ直線式より算出したところ,短時間処理法のS9 mix非存在下で281 μg/mL,連続処理法24時間処理で76 μg/mLであった.S9 mix存在下では,50 %以上の細胞増殖抑制は認められなかった(Fig. 1).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,短時間処理法のS9 mix存在下においては500 μg/mLを最高濃度として公比2で3濃度,S9 mix非存在下においては500 μg/mLを最高濃度として公比2で4濃度をそれぞれ設定した.

陽性対照として,短時間処理法のS9 mix存在下では,ベンゾ[a]ピレン(東京化成工業(株),ロット番号:GG01)の濃度を20 μg/mL,S9 mix非存在下では,マイトマイシンC(協和発酵工業(株),ロット番号:328AJF)の濃度を0.1 μg/mLに設定した.

各濃度4枚のディッシュに処理し,2枚を染色体標本作製,2枚を細胞増殖率測定に使用した.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように染色体標本作成用ディッシュの培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 vol%ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

作製したスライド標本のうち,1枚のディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本製薬工業協会・医薬品評価委員会・基礎研究部会・第3分科会・遺伝毒性ワーキンググループによる分類法1)に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常およびギャップの有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.ギャップは構造異常には含めなかった.また,構造異常および倍数性細胞については1群200個の分裂中期細胞を分析した.

10. 記録と測定

溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5 %未満を陰性,5 %以上10 %未満を疑陽性,10 %以上を陽性とした.

11. 細胞増殖率の測定

染色体標本作製と並行して細胞増殖率を測定した.染色体標本作製用のディッシュと同時に処理した細胞増殖測定用のディッシュを用いて,細胞増殖抑制試験と同様に測定した.

結果および考察

短時間処理法による染色体分析の結果をTable 1に示した.ヒドラジン一水和物を加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した結果,S9 mix存在下の250,500 μg/mLにおいて,染色体構造異常細胞の出現頻度はそれぞれ11.0,23.8 %であった.また,S9 mix非存在下の62.5,125,250 μg/mLにおいて,染色体構造異常細胞の出現頻度はそれぞれ10.0,25.5,31.4 %であった.

いずれの処理群においても,倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.

以上の結果から,ヒドラジン一水和物は本試験条件下において,染色体異常を誘発すると結論した.

なお,類似化合物である無水ヒドラジン3)は,短時間処理法で陽性,連続処理法24時間処理で疑陽性,48時間処理で陽性の結果が報告されている.また,メチルヒドラジン4)は,陽性の結果が報告されている.

文献

1)日本製薬工業協会・医薬品評価委員会・基礎研究部会・第3分科会・遺伝毒性ワーキンググループ編,"医薬品のための遺伝毒性試験Q&A,"サイエンティスト社,東京,2000.
2)祖父尼俊雄監修,"染色体異常試験データ集<改訂1998年版>,"エル・アイ・シー,東京,1999.
3)労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課監修,労働安全衛生法有害性調査制度に基づく既存化学物質変異原性試験データ集,日本化学物質安全・情報センター編,東京,1996.
4)変異原性試験,3(3), 172(1994).

連絡先
試験責任者:中川宗洋
試験担当者:太田絵律奈,成見香瑞範,石毛裕子
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Munehiro Nakagawa(Study director)
Erina Ohta, Kazunori Narumi,Yuko Ishige
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874