2−ヒドロキシプロパンニトリルのラットを用いた
反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of 2-Hydroxypropanenitrile in Rats

要約

2−ヒドロキシプロパンニトリルをSD系ラット(Crj:CD)に1.2、6および30 mg/kgの用量で反復投与した時の動物に及ぼす一般毒性学的影響および生殖・発生に及ぼす影響を検討した。投与期間は雌雄とも交配前14日間および交配を経て雄は計43日間、雌は妊娠、分娩を経て哺育3日までの計40〜45日間である。

なお、本試験はOECDガイドライン「反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験(1990年)」に従って実施した。また、化審法(1984年)およびOECD(1981年)のGLP基準を満足している。

1) 反復投与毒性

30 mg/kg群で雌雄ともに一過性の自発運動減少、呼吸緩徐および流涎が認められた。また、雄で肝臓の腫大が観察され、病理組織学的には小葉中心性の肝細胞肥大および肝細胞の脂肪化が認められた。さらに、雄の臨床化学検査でGOTの低下、総蛋白、アルブミンおよびカルシウムの増加が認められた。体重、摂餌量および雄の血液学的検査では被験物質の影響は認められなかった。

6 mg/kg以下の群では被験物質投与に起因する変化は認められなかった。

2) 生殖発生毒性

交尾率、受胎率、妊娠期間、分娩および哺育行動に被験物質の影響は認められなかった。また、新生児の検査において、出産児数、生存児数、性比、生存率および体重に被験物質の影響は認められなかった。さらに、出生時の外表検査ならびに剖検においても被験物質投与に起因する異常は認められなかった。

以上の結果より、本試験条件下における2−ヒドロキシプロパンニトリルの反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも6mg/kg、生殖・発生毒性に関する無影響量は親動物の雌雄および児動物ともに30mg/kgと考えられる。

緒言

2−ヒドロキシプロパンニトリルはDL−アラニンの合成に利用されている。毒性は強く、経口、経皮、経粘膜のいずれの経路でも強い中毒症状が現れる。実験動物では、0.05 ml程度の原液を眼に接触させると5分以内に死亡し、皮膚接触によるLD50値は1 ml/kg以下で1時間以内に死亡するといわれる。当研究所で実施したラットの経口投与による急性毒性試験におけるLD50値は雄が31.0 mg/kg、雌が41.1 mg/kgであり、呼吸抑制、痙攣など、他のシアン化合物と同様な急性中毒症状がみられている。

今回、OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環として、ラットを用いて2−ヒドロキシプロパンニトリルの反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験を実施し、生体への一般毒性学的影響および生殖・発生に及ぼす影響について検討したので報告する。

方法

1. 被験物質

日本化学工業協会より提供された2−ヒドロキシプロパンニトリル(関東化学株式会社、Lot No. 210P4102、純度92.3%)を使用した。被験物質は黄褐色の液体である。なお、本ロットについては投与開始前および投与終了後に分析し、安定であることを確認した。

2. 試験動物

日本チャールス・リバー株式会社より1991年8月28日に入手したSD系(Crj:CD)ラット(SPF)を使用した。

動物入荷後6日間馴化し、健康状態が良好なことを確認した後、雌雄とも8週齢で投与を開始した。

投与開始前日に動物を体重別層化無作為抽出法により群分けした後、イヤーパンチを用いて群および個体を識別した。投与開始時の体重範囲は、雄が299〜336g、雌が187〜215gであった。

3. 動物飼育

1) 飼育管理

馴化・検疫期間を含めた全飼育期間中、温度20〜25℃、湿度40〜70%R.H.、換気約12回/時、照明12時間(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した。

実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー株式会社)を敷いたポリカーボネート製ケージ(265W×426D×200Hmm)に1ケージあたり馴化・検疫期間中は2匹(同性)、交配前投与期間中は1匹、交配期間中は雌雄各1匹、哺育期間は1腹で収容し、スチール製架台上で飼育した。ステンレス製の固型飼料用給餌器およびポリカーボネート製の給水瓶(700 ml)を用いた。

ケージ(含床敷)、給餌器および給水瓶は、週1回の頻度でオートクレーブ滅菌したものと交換した。

2) 飼料

オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業株式会社)を自由摂取させた。飼料は週1回の頻度で交換した。残留農薬等汚染物質の分析値が当社のSOPで定めた濃度以下であることが保証された飼料を使用した。

3) 飲水

5μmのフィルター濾過後、紫外線照射した水道水を自由摂取させた。飲水は週1回の頻度で交換した。なお水道法に準拠した水質検査を定期的に行い、厚生省令56の別表に定める基準の範囲内であることを確認した。

4. 投与

1) 投与用量および設定理由

8週齢のSD系ラットを用いて、1週間反復投与予備試験を0、20、30および40 mg/kgの用量で行った結果、40 mg/kgで雌雄とも自発運動減少、呼吸緩徐、痙攣および死亡が認められ、30 mg/kgでも中毒症状および肝臓の腫大傾向が認められた。この結果を基に、本試験の高用量を30 mg/kgとし、以下公比5で中および低用量をそれぞれ6 mg/kg、1.2 mg/kgと設定した。この他に溶媒(精製水)のみを投与する対照群を設けた。

2) 投与期間

雌雄とも交配前14日間、交配期間中およびその後雄は計画殺前日までの計43日間、雌は交尾成立後分娩を経て哺育3日までの計40〜45日間、毎日1回、午前中に投与した。

3) 投与方法

胃ゾンデを装着した注射筒を用いて強制経口投与した。投与液量は5 ml/kgとし、至近測定日の体重を基に算出した。

5. 投与液の調製

被験物質を精製水に溶解させ、所定の濃度の投与液を用時調製した。各投与液の濃度について、当研究所において分析した結果、いずれの用量も設定濃度に対し±5%以内の値であった。

6. 群構成

7. 反復投与毒性に関する観察・検査

1) 一般状態

全例について生死および外観・行動等について毎日観察を行った。

2) 体重

雄は投与開始日(投与0日)およびその後毎週1回測定した。雌については投与開始および交尾成立までは毎週1回、交尾成立後は妊娠0、7、14、20日および哺育1、4日に測定した。測定には電子上皿天秤(ED-3200S:株式会社島津製作所)を使用した。

3) 摂餌量

雄は投与開始日から交配期間中を除き毎週1回測定した。雌は交配前は毎週1回、交尾成立後は妊娠0、7、14、20日および哺育1、4日に風袋込み重量を測定し、各期間の摂餌量から1匹あたりの1日の平均摂餌量を算出した。測定には前記天秤を使用した。

4) 血液学的検査

雄の全生存動物について、43日間の投与終了後に約21時間絶食させ、ペントバルビタールナトリウム(ネンブタール注射液:ダイナボット株式会社)の腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採血し、以下の項目について検査した。凝固阻止剤として、EDTA-2Kを用いた。
a)赤血球数レーザー光散乱法
b)白血球数同上
c)血小板数同上
d)ヘモグロビン濃度シアンメトヘモグロビン法
e)ヘマトクリット値ミクロヘマトクリット法
f)白血球百分率ライト染色塗抹標本について測定
g)網状赤血球数ニューメチレンブルー染色後ライト染色した塗抹標本について測定
h)平均赤血球容積(MCV)a)、e)より算出
i)平均赤血球血色素量(MCH)a)、d)より算出
j)平均赤血球血色素濃度(MCHC)d)、e)より算

a)〜d)は自動血液分析装置(ELT-8/ds:オルソインスツルメンツ社)、e)はヘマトクリット用遠心機(MC-201:株式会社日立製作所)、f)、g)は血液細胞自動分析装置(MICROXHEG-70A:立石電機株会社)により測定した。

5) 臨床化学検査

雄の全生存動物について、血液学的検査に用いた残りの血液を室温で約30分間放置した後、3,000 r.p.m.で10分間遠心分離し、得られた血清について以下の項目を自動分析装置(日立736-10形:株式会社日立製作所)により測定した。
a)GOT(AST)UV-Rate法(SSCC改良法)
b)GPT(ALT)UV-Rate法(SSCC改良法)
c)ALPp−ニトロフェニルリン酸基質法(GSCC改良法)
d)γ- GTPγ−グルタミル・p−ニトロアニリド基質法(SSCC改良法)
e)尿素窒素酵素−UV法(Urease-GLDH法)
f)グルコース酵素−UV法(GK-G6PDH法)
g)総コレステロール酵素法(CES-CO-POD法)
h)トリグリセライド酵素法(LPL-GK-G3PO-POD法)
i)クレアチニンJaffe法
j)総ビリルビンJendrassik改良法
k)総蛋白Biuret法
l)アルブミンBCG法
m)A/G 比k)およびl)より算出
n)カルシウムO-CPC法
o)無機リンUV法
p)ナトリウムイオン選択電極法
q)カリウムイオン選択電極法
r)クロライドイオン選択電極法

6) 病理学的検査

(1) 剖検

雄は投与43日、雌は哺育4日(投与40〜45日)に、全生存動物について、ペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈切断により放血致死させ剖検した。

(2) 器官重量

全生存動物について、剖検後に以下の器官の重量を測定した。測定には電子上皿天秤(ED-H60:株式会社島津製作所)を用いた。さらに、解剖日の体重を基に対体重比についても算出した。なお未交尾の雌のデータについては、解剖日が異なるため集計から除外した。

 胸腺、肝臓、腎臓、精巣および精巣上体

(3) 病理組織学的検査

全生存動物について以下の器官を採取し、10%リン酸緩衝中性ホルマリン液(精巣および精巣上体はブアン液)にて固定後保存した。

雌雄とも対照および高用量群の器官について、常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し鏡検した。この結果、雄の肝臓で被験物質の影響が認められたため低および中用量群の雄の肝臓についても検査した。この他、剖検時に異常の認められた中用量群の雄1例の肺についても検査した。一部の動物の肝臓については、PAS染色およびOil red O染色を施した。

 脳、心臓、肝臓、脾臓、腎臓、副腎、精巣、精巣上体、卵巣(非妊娠動物のみ)

8. 生殖発生毒性に関する観察・検査

1) 生殖機能

交配前の14日間の投与期間終了後、各群内で雄1雌1の交配対を昼夜同居させ、毎日午前中に雌の膣垢を採取し、ギムザ染色して鏡検した。膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし、その日を妊娠0日とした。交尾した対は雌雄を分離し、以後の検査に供した。

7日間の交配で対照群および中用量群の各1対を除き他は全例に交尾が認められたため、交尾能に被験物質の影響はないと判断し以後の交配は行わなかった。この間に交尾しなかった雌については、交配期間終了後14日(投与35日)に剖検し、卵巣を保存した。

交配結果ならびに雌の妊娠状況から次の項目を算出した。

a)交尾所要日数

b)交尾が成立するまでに逸した発情期の回数

c)交尾率(%):(交尾動物数/同居動物数)×100

d)受胎率(%):(妊娠動物数/交尾動物数)×100

2) 分娩・哺育状態

交尾が確認された雌については全例を自然分娩させた。午前9時の時点で分娩が終了している動物を前日に分娩したとみなし、その日を哺育1日とした。分娩状態を観察した後、新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ、一般状態、授乳、営巣、食児の有無等の哺育状態を毎日観察した。

哺育4日の解剖時に卵巣、子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した。これらの検査結果から次の項目を算出した。

a)妊娠期間:妊娠0日から出産が確認された朝の前日までの期間

b)出産率(%):(生存児出産雌数/妊娠雌数)×100

c)着床率(%):(着床数/黄体数)×100

d)分娩率(%):(総出産児数/着床数)×100

3) 新生児の観察・検査

(1) 新生児の検査

哺育1日に生存児数、死亡児数、性別および外表異常の有無を検査した後、一般状態、死亡の有無を毎日観察した。哺育1および4日の生存児数から、次の項目を算出した。

a)出生率(%):(出産確認時生存児数/総出産児数)×100

b)新生児生存率(%):(哺育4日生存児数/出産確認時生存児数)×100

(2) 体重

哺育1日および4日に1腹毎に雌雄単位でまとめて測定し、それぞれの平均値を算出した。

(3) 剖検

全ての生存児について哺育4日に口腔を含む外表を検査した後、ペントバルビタールの腹腔内投与による麻酔下で開腹し、腹大動脈切断により放血致死させ剖検した。

9. 統計学的解析

計量的データについては、Bartlett法による等分散の検定を行い、分散が一様の場合は一元配置分散分析を、一様でない場合はKruskal-Wallisの検定を行った。群間に有意な差が認められた場合で各群の例数が一定ならばDunnettの方法、不定ならばScheffの方法により平均値あるいは順位の多重比較検定を行った。ただし、一部の項目については、はじめにKruskal-Wallisの検定を行い、有意差が認められた場合に順位の多重比較検定を行った(下記*印)。

計数データについてはFisherの直接確率法により検定した。有意水準は5%以下とした。新生児に関するデータについては、各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした。以下に検定の対象となる項目を示す。

(1) 多重比較検定

体重、体重増加量、摂餌量、血液学的検査、臨床化学検査、器官重量、交尾所要日数*、交尾成立までに逸した発情期の回数*、妊娠期間*、黄体数、着床数、着床率*、分娩率*、新生児数、新生児体重、出生率*、新生児生存率*

(2) Fisherの直接確率法

交尾率、受胎率、出産率、性比(雄/雌)

結果

1. 反復投与毒性

1) 死亡動物

30 mg/kg群の雌1例が哺育2日(投与41日)に死亡した。

この他に対照群の雄1例が投与23日に死亡したが、剖検の結果、肺に出血および水腫が認められたことから投与過誤によるものと判断した。

2) 一般状態

30 mg/kg群で雌雄とも投与後に一過性の自発運動減少、呼吸緩徐および流涎が認められた。即ち、雄は全例、雌はほぼ全例に自発運動減少および呼吸緩徐が投与開始日より雄は25日、雌は7日まで、また流涎が雄は6日以降、雌は20日以降に断続的あるいは継続して認められた。その他、30 mg/kg群の死亡した雌1例は分娩後1日に貧血徴候を示し翌日に死亡した。

3) 体重(Fig. 1,2)

雌雄ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった。

4) 摂餌量

雌雄ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった。

5) 血液学的検査(Table 1)

いずれの検査項目においても対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった。

6) 臨床化学検査(Table 2)

30 mg/kg群でGOTの低下、総蛋白、アルブミンおよびカルシウムの上昇が認められた。30 mg/kg群のナトリウムおよび6mg/kg群の総ビリルビンに有意差が認められたが、対照群との差はごく僅かなものであり、用量依存性も明瞭でないことから、被験物質とは関連のない偶発的なものと考えられる。

7) 器官重量(Table 3)

雄では30mg/kg群の肝臓で絶対重量および対体重比ともに増加が認められた。雌ではいずれの器官においても対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった。

8) 病理解剖検査(Table 4)

雄では、肝臓の腫大が30 mg/kg群の9例で認められた。これらの肝臓は全体に大きさを増し、割面では軽度ながら膨隆感が認められた。

この他、偶発的な変化として、肺の小黒色斑が1.2 mg/kg群で1例、また、30 mg/kg群で片側腎臓の小のう胞が1例、片側精巣および精巣上体の萎縮が1例に認められた。

雌において、生存動物の剖検ではいずれの動物にも異常は認められなかった。30 mg/kg群の死亡動物の剖検の結果、両側性の腎臓の腫大・褪色、透明胸水の貯留、胸腺萎縮、脾臓の褪色、肺の各葉辺縁部の貧血、両側副腎の腫大および膣からの出血が認められた。

9) 病理組織学的検査(Table 5)

雄において、30 mg/kg群の肝臓の小葉中心性の軽度の肝細胞肥大が7例に認められた。中心静脈周囲の領域で肥大した肝細胞は、細胞質の一部が擦りガラス状を呈していた。この変化に加えて、同群の1例では中心静脈周囲で肥大した肝細胞の軽度の脂肪化が認められ、Oil red O染色陽性の大小様々な脂肪滴が肝細胞質内に沈着しているのが観察された。6 mg/kg以下の群ではこれらの変化は認められなかった。

その他に、限局性の心筋変性、肺の限局性炎症性変化、肝臓の微小肉芽腫、片側腎臓の軽微な腎症と尿細管の限局性好塩基性変化、両側腎臓の尿細管における好酸性小体の形成と皮髄境界部尿細管ののう胞状拡張、片側精巣の精細管の萎縮およびこの変化に伴う片側精巣上体の萎縮が散発的に認められた。これらの変化は、本系統のラットではしばしば自然発生病変として認められものであり、しかも少数例でしかみられなかったことから、被験物質投与とは関連はないものと考えられる。

雌では被験物質に起因すると考えられる変化は認められなかったが、脾臓における造血細胞の軽度の増数と副腎束状帯のび漫性肥大が、未交尾動物を除くほぼ全例に群差なく認められた。未交尾動物では両側卵巣で排卵黄体とは異なる黄体内で黄体細胞の増生が認められた。このほか肝臓での肝細胞内グリコーゲンの増量が対照群および30mg/kg群の各1例で認められた。

30 mg/kg群の雌の死亡動物では、両側腎臓で動・静脈および糸球体毛細管内の多発性の血栓と腎全域に及ぶ壊死が認められ、これが直接の死因と考えられた。この動物には他に肝臓類洞内の繊維素血栓、両側副腎皮質の楔状壊死、肺辺縁部の貧血、心臓の心筋変性によるミネラル沈着巣、脾ろ胞の萎縮および髄外造血、胸腺の急性退縮と子宮および膣腔内の凝血塊が認められた。以上の所見からこの動物では播種性血管内凝固(DIC)が惹起されていたものと考えられた。

2. 生殖発生毒性

1) 生殖機能(Table 6)

交尾が認められなかった交配対は、対照群で1対認められたのみで、交尾した雌はすべて妊娠し、交尾率および受胎率に被験物質の影響は認められなかった。

30 mg/kg群の交尾所要日数が有意に短かったが、各群とも交尾確認ができなかった動物を除き、全ての動物は初回の発情期に交尾が認められた。

なお、6 mg/kg群の雌1例は膣垢の検査では交尾が確認されなかったが、後の観察で妊娠が確認されたため、交尾率および受胎率はこの動物も含めて算出した。しかし、妊娠日が不明のためこの動物の交配以後のデータについては集計から除外した。

2) 分娩・哺育状態(Table 7)

哺育2日に死亡した30 mg/kg群の1例は、哺育1日の観察時に生存児1例を除き全ての出産児が死亡しており、胎盤摂食、授乳などの哺育行動は認められなかった。また、1.2 mg/kg群の1例は新生児が1例のみで、その後の哺育行動は認められず、新生児は哺育3日に死亡した。その他の母動物については各群いずれも正常な分娩を示し、哺育行動にも異常は認められなかった。

妊娠期間、黄体数、着床数、着床率および分娩率に対照群と被験物質投与群との間に有意な差はなかった。

3) 新生児に及ぼす影響(Table 7)

(1) 生存率

30 mg/kg群の哺育2日に死亡した母動物に全新生児死亡が観察された他は、各群ともに哺育1日から4日までに少数例の死亡が観察されたのみであった。

出産児数、生存児数および性比、また出生率および新生児生存率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった。

(2) 新生児の観察

分娩あるいは哺育行動に異常が認められた1.2および30 mg/kg群の各1例の母動物の新生児が未授乳のため衰弱し死亡した。その他には各群とも1〜2例に皮下出血が観察されたのみで、被験物質投与に起因すると考えられる所見は認められなかった。

外表異常として、30 mg/kg群の1例に無尾が認められたが、その他の新生児には異常は認められなかった。

(3) 体重

雄雌とも哺育1日および4日の体重ならびにその間の体重増加量に対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった。

(4) 剖検

哺育4日の全生存動物の剖検の結果、胸腺頚部残留が対照群より順次3、7、8および7例、6 mg/kg群で横隔膜ヘルニアが1例、左臍動脈が2例に認められた。いずれも用量依存性がないか、または少数例の発現であることから、被験物質投与に起因するものではないと考えられる。

死亡動物の剖検では、30 mg/kg群の哺育2日に死亡した母動物の出産児にのみ胸腺頚部残留が1例、腎盂拡張が7例に認められた。

考察および結論

2−ヒドロキシプロパンニトリルの1.2、6および30 mg/kgをSD系ラットの交配前14日間および交配を経て雄は43日間、雌は妊娠、分娩を経て哺育3日まで反復経口投与し、親動物に及ぼす一般毒性学的影響および性腺機能、交尾、受胎、分娩、哺育等の生殖・発生に及ぼす影響について検討した。

1) 反復投与毒性

30 mg/kg群において、雌雄とも自発運動減少および流涎とともに呼吸抑制の徴候が認められた。ある種のaliphatic nitrileやcyanohydrinは急性的に呼吸困難、あえぎ、痙攣などNaCNと同様な中毒症状を示し1-3)、その原因は生体内で生じたfree cyanideによる中枢性の組織呼吸不全によるものと考えられている。また、それらのaliphatic nitrileは生体内でcyanohydrinに変化した後、cyanideを遊離すると考えられており1,4)、マウスではpropionitrileからcyanideが遊離することが確認されている1,2)。これらのことから、今回観察された呼吸抑制の徴候は被験物質から遊離したcyanideにより発現した可能性が高いと考えられる。

剖検および器官重量において、雄の30 mg/kg群で肝臓の腫大が認められ、病理組織学的検査の結果、小葉中心性の肝細胞肥大および脂肪化が認められた。

肝細胞肥大は種々の薬剤によって引き起こされる変化である5-7)。適応性肥大を起こした肝細胞では細胞質内小器官の量的変動がみられ、光顕的に細胞質は擦りガラス状を呈してみえる。今回認められた肝臓の変化はそれと同質の所見であり、生体の適応性変化を示唆するものであった。

一方、肝細胞の脂肪化はラットを用いた毒性試験では非特異的にしばしば認められる変化8)であるが、今回の場合肥大した肝細胞領域で形成されていたことから、肝細胞肥大と脂肪化は一連の変化であり、脂肪化は退行性の脂肪変性と考えられる。

nitrileの主な代謝部位は肝臓と考えられていることから1-4)、今回認められた肝細胞の脂肪化は、被験物質の影響が肝臓での適応範囲を越えて、細胞障害が惹起されたものと推察される。しかし、肝細胞の脂肪化は小葉中心性の肝細胞肥大を示した7例中1例で、且つ軽度に認められるのみであり、さらに雄の6 mg/kg以下の群および雌では肝細胞肥大も認められなかった。また、体重、摂餌量および血液学的検査においても異常は認められなかったことから、被験物質の毒性学的影響は軽度のものと考えられる。

雄の臨床化学検査で30 mg/kg群で認められた総蛋白およびアルブミンの増加は生体における適応反応としての肝細胞肥大に伴った蛋白合成亢進が反映した結果と考えられる。同様にカルシウムの増加についても、アルブミン増加に伴った変化と推察される。なお、GOTの低下については、通常の肝障害でみられる変化とは逆の方向への変動であり、その毒性学的意義は不明である。

雌で多数例に認められた脾臓の増血細胞の増数は分娩時の出血に対する反応であり、副腎束状帯細胞の肥大は泌乳・哺育等に伴う内分泌性9)あるいはストレス性10)の変化と考えられる。分娩後に貧血を呈し死亡した30 mg/kgの母動物には全身に播種性血管内凝固(DIC)によると思われる変化が認められた。DICは全身諸臓器の微小循環における線維素血栓の形成と続発する組織障害をみる病態であり、様々な原因による二次性ショックによってもひきおこされる11)。臨床経過を考慮すると、この動物では分娩時の何らかのショックにより偶発的に本病態が惹起されたものと推察され、被験物質投与との関連はないと考えられる。

2) 生殖発生毒性

生殖機能検査の結果、雌雄とも交尾率、受胎率に異常はなく、妊娠期間、分娩、哺育行動にも被験物質の影響は認められなかった。

30 mg/kg群で交尾所要日数の短縮がみられたが、各群全例が初回の発情期に交尾しており、発情期招来のずれによる偶発的なものと考えられる。また、30 mg/kg群の死亡した母動物の全出産児死亡については、上述のDICに起因した母動物の衰弱によるもので、被験物質の分娩・哺育機能への影響とは考えられられない。

黄体数、着床数、着床率、出産率、分娩率、出産児数、生存児数の検査からも排卵、着床およびその後の胚の発育に対する被験物質の影響を示唆する変化は認められなかった。

新生児の検査において、外表、生存率、出生時体重および生後の体重増加のいずれにも異常は認められなかった。剖検で胸腺頚部残留および腎盂拡張が各群で散見されたが、これらの所見は胎生末期の胎児でしばしば自然発生的に認められる所見であり12)、発現頻度にも用量との相関はなかった。

被験物質のparent nitrileであるpropionitrileのラットの器官形成期投与では催奇形性作用がないことが報告されている13)。本試験の結果、propionitrileのα位に水酸基を付加した場合でも胚毒性および発生毒性を示唆する変化は認められなかった。

以上のように、本試験では30 mg/kg群で親動物に雌雄ともに軽度の毒性兆候が認められたが、交尾、妊娠、分娩、哺育等の生殖機能および新生児には被験物質の影響は認められなかった。したがって、本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌雄ともに6mg/kg、生殖・発生毒性に関する無影響量は親動物の雌雄および児動物ともに30 mg/kgと考えられる。

文献

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13)P.E. Berteau, J.G. Levinskas and D.E. Podwell, : Toxicologist, 2, 118 (1982).

連絡先:
試験責任者松浦郁夫
(株)三菱化成安全科学研究所鹿島研究所
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