硫酸第一鉄七水和物のラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of Ferrous sulfate heptahydrate by Oral Administration in Rats

要約

硫酸第一鉄七水和物のラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を行い,雌雄動物に対する毒性影響を検討するとともに,雌雄親動物の生殖能力および児動物の発生・発育に及ぼす影響について検討した.投与量は,1000 mg/kgを最高用量とし,以下300,100および30 mg/kgとした.対照として媒体(注射用水)投与群を設けた.各群の使用動物数は雌雄各12例とした.

1. 反復投与毒性

死亡例は,1000 mg/kg群で雌雄各1例にみられた.一般状態では,雌雄とも投与による変化はみられなかった.体重は,1000 mg/kg群の雄で低値,雌で妊娠後期に低値傾向がみられた.摂餌量は,1000 mg/kg群の雌雄で一過性の低値がみられた.尿検査において,1000 mg/kg群の雄で尿量の高値および比重の低値がみられたが,雌では投与による変化は認められなかった.血液学検査において,1000 mg/kg群の雄で赤血球数およびAPTTの低値,MCV,MCHおよび網状赤血球の高値がみられたが,雌では投与による変化は認められなかった.血液生化学検査において,300 mg/kg群の雌で無機リンの高値,1000 mg/kg群の雄で総蛋白,アルブミンおよびCaの低値ならびにALT,γ-GTPおよびA/Gの高値,1000 mg/kg群の雌でγ-GTPおよび無機リンの高値がみられた.剖検において,1000 mg/kg群の雄で腺胃粘膜の暗赤色斑および潰瘍がみられたが,雌では投与による変化は認められなかった.器官重量において,1000 mg/kg群の雄で副腎の絶対重量および相対重量の高値,肝臓の相対重量の高値,1000 mg/kg群の雌で肝臓の絶対重量および相対重量の高値がみられた.病理組織学検査では,300 mg/kg群の雄で脾臓の髄外造血,1000 mg/kg群の雄で胸腺の萎縮,腺胃の潰瘍および糜爛,腺胃粘膜下織の炎症性細胞浸潤および出血,前胃上皮の空胞化,肝臓の門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着,門脈周囲性のクッパー細胞の黄褐色色素沈着,脾臓の髄外造血および赤脾髄に黄褐色色素沈着,腎臓の尿細管上皮の好塩基性変化,大腿骨骨髄の造血亢進,1000 mg/kg群の雌で肝臓の門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着,脾臓の赤脾髄に黄褐色色素沈着がみられた.

2. 生殖発生毒性

発情回数,交尾率,交尾所要日数,受胎雌数,妊娠期間,分娩状態,哺育状態,受胎率,妊娠黄体数,着床数,着床率および出産率では,投与による変化はみられなかった.

児動物では,総出産児数,死産児数,哺育0日の新生児数,性比,分娩率,児の産出率,出生率,一般状態,哺育4日の生存児数,哺育4日の生存率,外表,体重および剖検所見に投与による変化はみられなかった.

以上のように,硫酸第一鉄七水和物の一般毒性学的無影響量は,雄では300 mg/kg投与により脾臓に髄外造血の増強が認められ,雌では300 mg/kg投与により無機リンの高値が認められたことから雌雄とも100 mg/kg/dayと考えられる.また,生殖発生毒性学的な無影響量は,雌雄とも1000 mg/kg投与しても交尾能,受胎能などに影響が認められなかったことから1000 mg/kg/dayと考えられる.児動物では,1000 mg/kg投与しても生存性および体重などに影響が認められなかったことから1000 mg/kg/dayと考えられる.

方法

1. 被験物質および媒体

被験物質の硫酸第一鉄七水和物は,水に可溶の青緑色の結晶性粉末である[Lot No. 010628(純度:91.1 %,ただし,不純物としてMgを0.30 %,Mnを0.19 %,Znを75 ppm含む),およびLot No. 010903(純度:90.6 %,ただし,不純物としてMgを0.28 %,Mnを0.16 %,Znを84 ppm含む),テイカ(株)(岡山)].入手後は,室温,アルゴンガス封入条件下で保管した.

硫酸第一鉄七水和物は,注射用水で溶解して調製した.なお,被験物質の調製に際して,純度による換算を実施した.2〜200 mg/mLの調製液は,室温・遮光条件下で6時間保存しても安定性に問題のないことが確認されているため,各濃度の調製液は用時調製とし,調製後6時間以内に使用した.雄投与開始日および雄投与終了日に使用した各投与検体中の被験物質濃度を測定した結果,被験物質濃度に問題はなかった.

2. 使用動物および飼育条件

8週齢のSprague-Dawley系雌雄ラット[Crj:CD(SD)IGS,SPF]を日本チャールス・リバー(株)から購入した.入手した動物は,5日間の検疫期間およびその後7日間の馴化期間を設け,一般状態および体重推移に異常がみられなかった動物を群分けした.群分けは,コンピュータを用いて体重を層別に分けた後に,無作為抽出法により各群の平均体重および分散がほぼ等しくなるように投与開始日に行った.

動物は,室温20〜26 ℃,湿度40〜70 %,明暗各12時間(照明:午前6時〜午後6時),換気回数12回/時に維持されている飼育室で飼育した.検疫・馴化期間中はステンレス製ケージを用いて1ケージ当たり5匹までの群飼育とし,群分け後はステンレス製ケージを用いて個別飼育した.ただし,交配は雄のステンレス製ケージ内で行った.母動物は,妊娠18日以降オートクレーブ処理した床敷(サンフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたプラスチック製ケージで個別飼育し,自然分娩および哺育させた.飼料は,固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を自由に摂取させた.ただし,雌雄とも,投与終了日の夕刻から剖検時まで絶食した.飲料水は,水道水を自由に摂取させた.

3. 投与経路,投与方法,投与量および投与期間

投与経路は経口投与を選択した.投与に際しては,金属製経口胃ゾンデを取り付けたポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒を用いて,強制経口投与した.投与液量は,雄では投与日あるいは投与日に最も近い測定日の体重を基準とし,5 mL/kgで算出した.雌では,交配前および交配期間中には投与日あるいは投与日に最も近い測定日の体重を,妊娠期間中には妊娠0,7,14および21日の体重を,授乳期間中には哺育0日の体重を基準とし,5 mL/kgで算出した.投与回数は1日1回とした.投与開始日の週齢は雌雄とも10週齢であり,体重範囲は雄が341〜383 g,雌が222〜255 gであった.

投与量は,雄ラットを用いた14日間反復経口投与予備毒性試験(投与段階:0,125,250,500および1000 mg/kg)の結果により決定した.すなわち,250 mg/kg以上の群で腺胃粘膜の暗赤色化,500 mg/kg以上の群で流涎および腺胃粘膜の肥厚,1000 mg/kg群で摂餌量の低値および体重の低値傾向がみられた.そこで,当試験の投与量は,1000 mg/kgを最高用量とし,以下公比約3により300,100および30 mg/kgとした.また,対照として媒体(注射用水)のみを同容量投与する群を設けた.各群の使用動物数は雌雄各12例とした.

投与期間は,雄では交配前14日間とその後35日間の合計49日間とし,雌では交配前14日間,交配期間中(最長5日間),妊娠期間中および哺育5日までの合計42〜47日間とした.なお,投与開始日を投与1日とした.

4. 観察および検査項目

1) 一般状態

一般状態および死亡の有無は,投与前・後の1日2回観察した.

死亡例は,発見後速やかに剖検した.

2) 体重測定

雄の体重は,1週間に2回測定した.雌の体重は,交配開始前14日間および交配期間中は1週間に2回,妊娠期間中は妊娠0,7,14および21日に,哺育期間中は哺育0および4日にそれぞれ測定した.

3) 摂餌量測定

雄の摂餌量は,交配開始前14日間および交配期間終了後から1週間に2回測定した.雌の摂餌量は,交配開始前14日間までは1週間に2回測定した.また,妊娠期間中は妊娠2,9,16および21日に,哺育期間中は哺育4日に測定した.

4) 尿検査

各群雌雄各6例について,投与期間終了前に採尿ケージを用いて絶食・給水下で新鮮尿を採取した.その後,引き続いて給餌・給水下で24時間尿を採取した.採取した尿について,以下の検査を実施した.

新鮮尿:色調は,外観判定とした.pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンは,尿検査試験紙(ウロペーパー栄研7,栄研化学(株))と尿自動分析装置(US-2100,栄研化学(株))を用いて検査した.尿沈渣は,尿沈渣染色液(Sternheimer変法,和光純薬工業(株))で染色後に顕微鏡下で観察した.なお,採尿は,当日の検体投与前に行った.

24時間尿:尿量は,比重と重量から算出した.比重は,屈折率により屈折型尿比重計(ユリペット-D,(株)ニコン)を用いて測定した.

5) 血液学検査

尿検査を実施した各群雌雄各6例について,最終投与の翌日にペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈から血液を採取し,以下の血液学検査を実施した.

赤血球数(RBC),ヘモグロビン,ヘマトクリット,血小板数および白血球数(WBC)は,EDTA-2K処理した血液について,多項目自動血球計数装置(Sysmex K-4500,シスメックス(株))を用いて測定した.さらに,平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.

網状赤血球比率は,EDTA-2K処理した血液をBrecher法により超生体染色後,Giemsa染色標本を作製して顕微鏡下で赤血球1000個中の網状赤血球数を計数して算出した.

白血球百分率は,EDTA-2K処理した血液のMay-Giemsa染色標本を作製して顕微鏡下で白血球100個を分類計数して算出した.

プロトロンビン時間(PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)およびフィブリノーゲンは,3.13 %クエン酸ナトリウムで処理後,遠心分離(約4 ℃,3000 rpm,15分間)して得た血漿について,散乱光検出方式により血液凝固分析装置(コアグマスター,三共(株))を用いて測定した.

6) 血液生化学検査

血液学検査を実施した各群雌雄各6例について,血液学検査用の血液と同時期に腹大動脈から採取した血液から遠心分離(約4 ℃,3000 rpm,15分間)して得た血清を用いて以下の血液生化学検査を実施した.

ASTはMDH-UV法,ALTはLDH-UV法,ALPはρ-ニトロフェニルリン酸基質法,γ-GTPはL-γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法,総蛋白はBiuret法,総ビリルビンは安定化ジアゾニウム塩法,尿素窒素はウレアーゼ・GlDH法,クレアチニンはクレアチニ ナーゼ・F-DAOS法,ブドウ糖はヘキソキナーゼ・G-6-PDH法,総コレステロールはCOD・HDAOS法,トリグリセライドはGPO・HDAOS法,Caはο-CPC法,無機リンはPNP・XDH法,Feはバソフェナントロリン直接法,Na,KおよびClはイオン選択電極法により,いずれも生化学自動分析装置(AU 400,オリンパス光学工業(株))を用いて測定した.

アルブミンは総蛋白および蛋白分画[電気泳動法,自動電気泳動装置(AES 310,オリンパス光学工業(株))]から,A/G(アルブミン/グロブリン)は蛋白分画から算出した.

7) 剖検および器官重量測定

最終投与の翌日にペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈から放血致死させた後に剖検した.脳(大脳,小脳,延髄),下垂体,甲状腺,胸腺,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,卵巣および子宮は重量を測定した(ただし,下垂体および甲状腺重量は,20 %中性緩衝ホルマリンで一晩固定後測定した).これらの器官は,肺,気管,膵臓,唾液腺(舌下腺・顎下腺),食道,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,リンパ節(下顎・腸間膜),膀胱,精嚢,前立腺,腟,上皮小体,脊髄,坐骨神経,眼球,ハーダー腺,骨髄(胸骨・大腿骨),骨(胸骨・大腿骨)および乳腺(雌のみ)とともに20 %中性緩衝ホルマリンで固定した.ただし,精巣および精巣上体はブアン液で2〜3時間固定後90 %アルコールに再固定し,眼球はグルタールアルデヒド・ホルマリンで一晩固定後20 %中性緩衝ホルマリンに再固定した.

分娩しなかった雌は,交尾後25日にエーテル麻酔下で腹大動脈から放血致死させた後に剖検した.

8) 病理組織学検査

血液学検査および血液生化学検査を実施した対照群および1000 mg/kg群について,各器官・組織のHE染色組織標本を作製し,病理組織学検査を実施した.1000 mg/kg群の検査において対照群と比べて異常を示す動物数に差があると考えられた組織(雄の胃および胸腺,雌雄の肝臓,脾臓,腎臓および骨髄)については,30,100および300 mg/kg群の組織についても同様に検査した.1000 mg/kg群の雌雄の病理組織学検査において,肝臓に認められた黄褐色色素を特定するために肝臓組織標本の胆汁染色,鉄染色および消耗性色素染色を実施した.

9) 親動物の生殖発生

雌の性周期は,投与開始日から交尾確認日まで毎日1回観察した.

14日間投与した雌雄を同一群内で1対1に組み合わせて同居交配した.交配期間は14日を限度として,交尾を確認するまでの連続同居交配とした.交尾確認は毎朝ほぼ一定時刻に行い,腟垢内に精子または腟栓を確認した雌を交尾成立動物として,その日を妊娠0日として起算した.

10) 児動物

出産時に総出産児数と性,死産児数,新生児数および外表異常の有無を観察した.児動物は,一般状態および死亡の有無を毎日1回観察した.体重は,哺育0日(出生日)および4日に測定した.生存児は,哺育4日にエーテル麻酔下で腹大動脈から放血致死させた後に剖検した.

5. 統計解析

統計解析は以下に示したように,対照群と各投与群の間で行い,危険率を5 %とした.

体重,摂餌量,尿量,尿比重,血液学検査,血液生化学検査,器官の絶対重量および相対重量,発情回数,交尾所要日数,妊娠期間,妊娠黄体数,着床数,着床率,総出産児数,新生児数,死産児数,分娩率,児の産出率,出生率,哺育4日の生存児数,哺育4日の生存率,外表異常の出現率および性比は,各群で平均値および標準偏差を算出した.その後,Bartlett法による等分散性の検定を行い,等分散の場合にはDunnett法により行った.一方,等分散と認められなかった場合は,順位を利用したDunnett型の検定法により行った.

交尾率,受胎率および出産率は,χ2検定により行った.

病理組織学検査において,1000 mg/kg群の雌雄で毒性学的影響が示唆され,他の用量群についても検査を実施した雄の胃,雌雄の肝臓,脾臓および腎臓の所見については,対照群との群間比較を上記の順位を利用したDunnett型の検定法を用いて行った.

結果

1. 反復投与毒性

1) 一般状態

(1) 雄

死亡および瀕死例は,対照群,30,100および300 mg/kg群では認められなかった.1000 mg/kg群では,1例が投与27日に死亡した.

一般状態において,対照群,30および100 mg/kg群では異常はみられなかった.300 mg/kg群では,一過性の流涎がみられた.1000 mg/kg群では,一過性の流涎および肛門周囲の汚れがみられた.

(2) 雌

死亡および瀕死例は,対照群,30,100および300 mg/kg群では認められなかった.1000 mg/kg群では,1例が妊娠19日に死亡した.

一般状態において,対照群,30および100 mg/kg群では異常はみられなかった.300および1000 mg/kg群では,一過性の流涎がみられた.

2) 体重(Fig. 1, 2)

(1) 雄

30,100および300 mg/kg群では,対照群と比べて各測定日の体重に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与11〜49日に体重の有意な低値がみられた.

(2) 雌

交配開始前および交配期間中には,各投与群とも対照群と比べて各測定日の体重に有意差はみられなかった.

妊娠期間中には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて各測定日の体重に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて有意差はないものの妊娠21日に体重の低値傾向がみられた.

哺育期間中には,各投与群とも対照群と比べて各測定日の体重に有意差はみられなかった.

3) 摂餌量(Fig. 3, 4)

(1) 雄

30,100および300 mg/kg群では,対照群と比べて各測定日の摂餌量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂餌量の有意な低値がみられた.

(2) 雌

交配開始前には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて各測定日の摂餌量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂餌量の有意な低値がみられた.

妊娠期間中および哺育期間中には,各投与群とも対照群と比べて各測定日の摂餌量に有意差はみられなかった.

4) 尿検査(Table 1, 2)

(1) 雄

30,100および300 mg/kg群では,対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値および比重の有意な低値がみられた.

色調,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンおよび沈渣は,各投与群とも対照群とほぼ同程度であった.

(2) 雌

各投与群とも,対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.

色調,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンおよび沈渣は,各投与群とも対照群とほぼ同程度であった.

5) 血液学検査(Table 3)

(1) 雄

30および100 mg/kg群では,対照群と比べて各測定項目に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて赤血球数およびAPTTの有意な低値,MCV,MCHおよび網状赤血球の有意な高値がみられた.

その他,300 mg/kg群では対照群と比べてMCHの有意な高値がみられたが,これは対照群と比べて軽度な差であること,赤血球数に差が認められないことから,毒性学的影響とは考えられない.

(2) 雌

100および300 mg/kg群では,対照群と比べて各測定項目に有意差はみられなかった.30および1000 mg/kg群では対照群と比べてMCVおよびMCHの有意な高値がみられた.また,1000 mg/kg群では,対照群と比べてヘモグロビンの有意な高値がみられた.しかし,各投与群ともこれらの変化は対照群と比べて軽度な差であること,赤血球数に差が認められないことから,毒性学的影響とは考えられない.

6) 血液生化学検査(Table 4)

(1) 雄

300 mg/kg群では,対照群と比べて各測定項目に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて総蛋白,アルブミンおよびCaの有意な低値,ALT,γ-GTPおよびA/Gの有意な高値がみられた.

その他,30および100 mg/kg群では,対照群と比べて総ビリルビンの有意な高値がみられたが,300および1000 mg/kg群で有意差が認められないことから,投与に基づく変化ではないと判断される.

(2) 雌

300 mg/kg群では,対照群と比べて無機リンの有意な高値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べてγ-GTPおよび無機リンの有意な高値がみられた.

その他,30,100および300 mg/kg群では,対照群と比べてALPの有意な低値がみられたが,1000 mg/kg群で有意差が認められないことから,投与に基づく変化ではないと判断される.

7) 剖検

(1) 雄

対照群,30および300 mg/kg群では,異常はみられなかった.1000 mg/kg群では,腺胃粘膜暗赤色斑が1例と腺胃粘膜潰瘍が2例にみられた.

その他,100 mg/kg群では脾臓の癒着が1例,1000 mg/kg群では精巣および精巣上体萎縮が1例みられたが,通常認められるものであり,偶発所見と判断される.

死亡例(1000 mg/kg群)では,副腎の大型化がみられた.

(2) 雌

いずれの群とも,異常はみられなかった.

死亡例(1000 mg/kg群)では,下垂体腫瘤,胸腺萎縮,肺暗赤色化および副腎の大型化がみられた.

8) 器官重量(Table 5)

(1) 雄

剖検日の体重において,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて体重の有意な低値がみられた.

器官重量において,30および100 mg/kg群では対照群と比べて各器官の絶対重量および相対重量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて副腎の絶対重量の有意な高値,肝臓および副腎の相対重量の有意な高値がみられた.

その他,300 mg/kg群では対照群と比べて精巣の絶対重量の有意な高値がみられたが,1000 mg/kg群では有意差が認められないことから,投与に基づく変化ではないと判断される.また,1000 mg/kg群では,対照群と比べて下垂体および心臓の絶対重量の有意な低値,脳および精巣の相対重量の有意な高値がみられたが,これらは対照群との体重差に基づく変化と考えられることから,投与に基づくものではないと判断される.

(2) 雌

剖検日の体重において,各投与群とも対照群と比べて有意差はみられなかった.

器官重量において,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて各器官の絶対重量および相対重量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対重量および相対重量の有意な高値がみられた.

その他,1000 mg/kg群では対照群と比べて子宮の相対重量の有意な高値がみられたが,これは対照群との体重差に基づく変化と考えられることから,投与に基づくものではないと判断される.

9) 病理組織学検査(Table 6)

(1) 雄生存例

胸腺:萎縮が1000 mg/kg群で2例にみられた.

胃:1000 mg/kg群では,腺胃に潰瘍および糜爛が各1例,腺胃粘膜下織に炎症性細胞浸潤が2例および出血が1例,前胃上皮の空胞化が1例にみられた.

肝臓:1000 mg/kg群では,門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着が6例全例,門脈周囲性のクッパー細胞に黄褐色色素沈着が3例にみられた.なお,門脈周囲性の肝細胞における黄褐色色素沈着は,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.この黄褐色色素は,1000 mg/kg群の肝臓の特殊染色において,胆汁染色で染まらず,鉄染色では門脈周囲性に軽度あるいは中等度に染まり,消耗性色素染色では門脈周囲性にごく軽度あるいは軽度に染まった.したがって,この黄褐色色素沈着はほとんどが鉄であり,ごく一部に消耗性色素が混在していると考えられる.

脾臓:対照群では,髄外造血が2例および赤脾髄に黄褐色色素沈着が6例全例にみられた.30 mg/kg群では,髄外造血が1例および赤脾髄に黄褐色色素沈着が6例全例にみられた.100 mg/kg群では,髄外造血が2例および赤脾髄に黄褐色色素沈着が6例全例にみられた.300 mg/kg群では,髄外造血が5例および赤脾髄に黄褐色色素沈着が6例全例にみられた.1000 mg/kg群では,髄外造血が4例,赤脾髄に黄褐色色素沈着が6例全例にみられた.なお,赤脾髄における黄褐色色素沈着は,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.また,髄外造血は,300および1000 mg/kg群で対照群と比べて例数および程度に差があると考えられる.

腎臓:30 mg/kg群では,尿細管上皮に好塩基性変化が2例にみられた.100 mg/kg群では,尿細管上皮に好塩基性変化が1例にみられた.1000 mg/kg群では,尿細管上皮に好塩基性変化が4例にみられた.なお,尿細管上皮に好塩基性変化は,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.

骨髄:1000 mg/kg群では,大腿骨において造血亢進が1例にみられた.

その他に認められた変化は,対照群でも通常観察される変化であること,投与群の変化は対照群の出現頻度と比べて差がないことから,偶発的変化と判断される.

(2) 雄死亡例(1000 mg/kg群)

心臓:鉱物質沈着がみられた.

肺:鬱血がみられた.

肝臓:門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着がみられた.

なお,剖検所見で異常が認められた副腎は,死後変化のため所見が得られなかった.

(3) 雌生存例

肝臓:1000 mg/kg群では,門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着が6例全例にみられた.なお,門脈周囲性の肝細胞における黄褐色色素沈着は,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.この黄褐色色素は,1000 mg/kg群の肝臓の特殊染色において,雄と同様に胆汁染色で染まらず,鉄染色では門脈周囲性に軽度あるいは中等度に染まり,消耗性色素染色では門脈周囲性にごく軽度あるいは軽度に染まった.したがって,雄と同様にこの黄褐色色素沈着はほとんどが鉄であり,ごく一部に消耗性色素が混在していると考えられる.

脾臓:対照群では,髄外造血および赤脾髄に黄褐色色素沈着が各6例全例にみられた.30 mg/kg群では,髄外造血が6例および赤脾髄に黄褐色色素沈着が5例にみられた.100 mg/kg群では,髄外造血および赤脾髄に黄褐色色素沈着が各6例全例にみられた.300 mg/kg群では,髄外造血および赤脾髄に黄褐色色素沈着が各6例全例にみられた.1000 mg/kg群では,髄外造血および赤脾髄に黄褐色色素沈着が各6例全例にみられた.1000 mg/kg群では,赤脾髄における黄褐色色素沈着は対照群と比べて程度に差があると考えられる.しかし,髄外造血の程度は,各投与群とも対照群と比べて差はないと考えられる.

その他に認められた変化は,対照群でも通常観察される変化であること,投与群の変化は対照群の出現頻度と比べて差がないことから,偶発的変化と判断される.

(4) 雌死亡例(1000 mg/kg群)

肺:鬱血および水腫がみられた.

肝臓:鉱物質沈着がみられた.

なお,剖検時所見で異常が認められた下垂体,胸腺および副腎は,死後変化のため所見が得られなかった.

2.生殖発生毒性

1) 親動物の生殖発生

(1) 発情回数,交尾率,受胎雌数および受胎率(Table 7)

交配開始前の投与期間の発情回数は,各投与群とも対照群と比べて有意差はみられなかった. 交尾率はいずれの群とも100 %であった.交尾所要日数は,各投与群とも対照群との間に有意差はみられな かった.受胎率は,各投与群とも対照群との間に有意差はみられなかった.

(2) 妊娠期間,分娩状態,妊娠黄体数,着床率および出産率(Table 8)

妊娠期間は,各投与群とも対照群と比べて有意差はみられなかった.

分娩状態において,いずれの群とも母動物に異常はみられなかった.

30および300 mg/kg群では,対照群と比べて妊娠黄体数,着床数および着床率に有意差はみられなかった.100および1000 mg/kg群では,対照群と比べて着床数の有意な低値がみられたが,妊娠黄体数および着床率に有意差は認められなかった.なお,100および1000 mg/kg群の着床数は,当試験施設の背景データ(妊娠黄体数:14.7-16.7,着床数:13.3-15.4,着床率:88.9-97.5 %)の範囲内にあることから,投与に基づくものではないと判断される.

出産率は,いずれの群とも100 %であった.なお,1000 mg/kg群の1母動物は,妊娠後期に死亡したため出産率の集計から除外した.

哺育状態において,いずれの群とも異常はみられなかった.

2) 児動物に及ぼす影響

(1) 分娩率および出生率(Table 8)

各投与群とも,対照群と比べて総出産児数,死産児数,哺育0日の新生児数,性比,分娩率,児の産出率および出生率に有意差はみられなかった.

(2) 児動物の一般状態および生存率(Table 8)

各投与群とも,対照群と比べて哺育4日の生存児数および哺育4日の生存率に有意差はみられなかった.

新生児の外表観察においては,いずれの群とも異常はみられなかった.

児動物の一般状態において,いずれの群とも異常はみられなかった.

(3) 児動物の体重推移(Table 8)

各投与群とも,対照群と比べて哺育0および4日の雌雄体重に有意差はみられなかった.

(4) 児動物の剖検

いずれの群とも,異常はみられなかった.

考察

硫酸第一鉄七水和物のラットを用いる経口投与による反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験を行い,雌雄動物に対する毒性影響を検討するとともに,性腺機能,交尾行動,受胎および分娩などの生殖行動に及ぼす影響について検討した.

死亡例は,1000 mg/kg群で雌雄各1例にみられた.死亡例では,一般状態観察において流涎,剖検において雄で副腎の大型化,雌で下垂体腫瘤,胸腺萎縮,肺暗赤色化および副腎の大型化,病理組織学検査において雄で心臓に鉱物質沈着,肺に鬱血,肝臓に門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着,雌で肺に鬱血および水腫,肝臓に鉱物質沈着がみられた.したがって,呼吸器障害あるいは全身状態の悪化による衰弱が死因の一因と考えられるものの主因は明らかではなかった.

一般状態観察では,流涎が300 mg/kg以上の群で雌雄にみられたが,いずれも投与直後に一過性にみられたのみであることから,被験物質の刺激性に基づく変化と判断され,毒性症状とはみなさなかった.

体重は,1000 mg/kg群の雄でほぼ投与期間を通して低値,雌で妊娠後期に低値傾向がみられた.

摂餌量は,1000 mg/kg群の雌雄で一過性の低値がみられた.

尿検査において,1000 mg/kg群の雄で尿量の高値および比重の低値がみられたが,雌では投与に起因する変化は認められなかった.

血液学検査において,1000 mg/kg群の雄で赤血球数およびAPTTの低値,MCV,MCHおよび網状赤血球の高値がみられたが,雌では投与に起因する変化は認められなかった.

血液生化学検査において,300 mg/kg群の雌で無機リンの高値,1000 mg/kg群の雄で総蛋白,アルブミンおよびCaの低値ならびにALT,γ-GTPおよびA/Gの高値,1000 mg/kg群の雌でγ-GTPおよび無機リンの高値がみられた.なお,雄で認められたCaの低値は,低蛋白に伴う蛋白結合性Caの減少に起因する変化と考えられる1)

剖検において,1000 mg/kg群の雄で腺胃粘膜の暗赤色斑および潰瘍がみられたが,雌では投与に起因する変化は認められなかった.

器官重量において,1000 mg/kg群の雄で副腎の絶対重量および相対重量の高値,肝臓の相対重量の高値,1000 mg/kg群の雌で肝臓の絶対重量および相対重量の高値がみられた.

病理組織学検査では,胸腺において1000 mg/kg群の雄で萎縮がみられた.胃において,1000 mg/kg群の雄で腺胃に潰瘍および糜爛,腺胃粘膜下織に炎症性細胞浸潤および出血,前胃上皮の空胞化がみられた.肝臓において,1000 mg/kg群の雄で門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着,門脈周囲性のクッパー細胞に黄褐色色素沈着,1000 mg/kg群の雌で門脈周囲性の肝細胞に黄褐色色素沈着がみられた.脾臓において,300 mg/kg群の雄で髄外造血,1000 mg/kg群の雄で髄外造血と赤脾髄に黄褐色色素沈着,1000 mg/kg群の雌で赤脾髄に黄褐色色素沈着がみられ,これらの程度は対照群に比べて強かった.腎臓において,1000 mg/kg群の雄で尿細管上皮に好塩基性変化がみられた.骨髄において,1000 mg/kg群の雄で大腿骨に造血亢進がみられた.

鉄の長期投与により,鉄吸収の亢進ならびに骨髄機能の亢進が生じるとされている.また,鉄の吸収については,過剰な鉄は消化管での吸収を受けず体外へ排出されるとされており,ある一定濃度までは生体に影響を与えないと考えられる2).しかし,極めて多量の鉄を長期間投与した場合には,鉄吸収の調節機構に変化が生じ,消化管粘膜から鉄吸収の亢進が生じることが予想され,その結果,体内鉄量の増加を来し,肝障害および腎障害などを招来する可能性があるとされている3).これらのことから,当試験における肝臓の変化は鉄の増加を反映したものと考えられる.血液生化学検査において,雌では明らかではないが,雄では肝臓に関するパラメータ(ALT,γ-GTP,総蛋白,A/G)の変動とも関連していると考えられる.また,雄で認められた腎臓における尿細管上皮の好塩基性変化は,過剰な鉄の関与を示唆している可能性がある.佐藤ら4)は,塩化第二鉄の亜慢性毒性試験において,鉄染色により示された鉄の沈着はヘモジデリンおよび貯蔵鉄の増加を示すものであり,多血状態から来る血球破壊の亢進についても考慮する必要があると報告している.今回,1000 mg/kg群の雄で個体差があるものの,貧血が示唆され,網状赤血球が増加していることから,脾臓における鉄沈着および骨髄における造血亢進はこれに関連する変化と考えられる.

胃の変化については,鉄の急性中毒では消化管潰瘍がみられ,その機序としては粘膜細胞損傷で始まるとの報告がある2).したがって,今回みられた胃の変化も粘膜に対する鉄の直接的な作用に基づくと考えられる.また,雄において認められた胸腺の萎縮は,その作用機序については不明である.

以上のように,硫酸第一鉄七水和物の一般毒性学的影響としては肝臓,脾臓,胃,腎臓および骨髄への影響が顕著であった.1000 mg/kg群の雄で認められた副腎の絶対重量および相対重量の高値は,病理組織学影響がみられなかったことから,軽微な変化と考えられる.血液生化学検査において300 mg/kg以上の群の雌で認められた無機リンの高値は,作用機序は明らかではないものの,投与量に関連していることから,硫酸第一鉄七水和物の投与に起因した変化と考えられる.

親動物の生殖発生に対しては,前述したように1000 mg/kg群でも精巣,精巣上体,精嚢,前立腺,卵巣,子宮,腟および乳腺に病理組織学変化は認められなかった.また,発情回数,交尾率,交尾所要日数,受胎率,出産率,分娩状態,哺育状態,妊娠黄体数,着床数,着床率および妊娠期間にも,投与に起因する変化はみられなかった.

したがって,当試験条件下における硫酸第一鉄七水和物の生殖発生毒性学的な無影響量は,雌雄親動物とも1000 mg/kg/dayと考えられる.

児動物に対しては,総出産児数,死産児数,哺育0日の新生児数,性比,分娩率,児の産出率および出生率には投与に起因する変化はみられなかった.一般状態には,投与に起因する変化はみられなかった.哺育4日の生存児数および哺育4日の生存率には,投与に起因する変化はみられなかった.外表観察において,投与に起因する変化はみられなかった.体重には,投与に起因する変化はみられなかった.剖検において,投与に起因する変化はみられなかった.

以上のように,硫酸第一鉄七水和物の一般毒性学的無影響量は,雄では300 mg/kg投与により脾臓に髄外造血の増強が認められ,雌では300 mg/kg投与により無機リンの高値が認められたことから雌雄とも100 mg/kg/dayと考えられる.また,生殖発生毒性学的な無影響量は,雌雄とも1000 mg/kg投与しても交尾能,受胎能などに影響が認められなかったことから1000 mg/kg/dayと考えられる.児動物では,1000 mg/kg投与しても生存性および体重などに影響が認められなかったことから1000 mg/kg/dayと考えられる.

文献

1)河合忠ら,"Laboratory Medicine.異常値の出るメカニズム,"第2版,医学書院,東京,1990, pp. 116-119.
2)福田英臣ら,"トキシコロジー,"第3版,同文書院,東京,1988, pp.634-636.
3)島本輝明,"薬理学,"医学書院,東京,1964, p.668.
4)佐藤秀隆ほか,衛生試験所報告,103, 21(1985).

連絡先
試験責任者:古橋忠和
試験担当者:長瀬孝彦,内藤一嘉,藤村高志,岡田雅昭,木村 均,吉島賢一
(株)日本バイオリサーチセンター羽島研究所
〒501-6251 岐阜県羽島市福寿町間島6-104
Tel 058-392-6222Fax 058-392-1284

Correspondence
Authors:Tadakazu Furuhashi(Study director)
Takahiko Nagase, Kazuyoshi Naito, Takashi Fujimura, Masaaki Okada, Hitoshi Kimura, Ken-ichi Yoshijima
Nihon Bioresearch Inc.
6-104 Majima, Fukuju-cho, Hashima, Gifu, 501-6251, Japan
Tel +81-58-392-6222