臭化リチウムのラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of Lithium bromide by Oral Administration in Rats

要約

臭化リチウムは,空調機器の加湿剤として,あるいは鎮静剤や催眠薬などの医薬品として用いられている化学物質である1).本物質の雌雄動物に対する反復投与の影響,ならびに親動物の生殖・発生および新生児の発育に及ぼす影響を検討するために,臭化リチウムの0(媒体対照,日局注射用水),5,20および80 mg/kgを10週齢のSprague-Dawley系雌雄ラット(各13匹/群)に,交配前2週間から2週間の交配期間を経て,雄は42日間,交尾した雌は妊娠期間を経て分娩後4日まで,交尾したが分娩しなかった雌は妊娠25日相当日まで,ならびに交尾しなかった雌は投与52日まで,それぞれ連日投与して翌日剖検し,雌雄動物に対する反復投与毒性および生殖発生毒性を検討した.また,出生児は哺育4日まで観察して剖検し,出生児に対する影響も検討した.結果は以下のように要約される.

1. 反復投与毒性

雌雄ともに死亡例はなく,また,被験物質投与に起因する瀕死例も認められなかった.

80 mg/kg投与群の雌雄全例に常同行動が認められた他に被験物質投与に起因すると判断された一般状態の異常は認められなかった.体重増加および摂餌量は雌雄ともに80 mg/kg投与群において亢進が認められた.投与38日における雄の尿検査では,性状に異常は認められなかったが,20 mg/kg以上の投与群において比重が低下し,80 mg/kg投与群において尿量が増加してカリウム1日排泄量が増加した.投与31日における雌の新鮮尿の検査では,性状および比重のいずれにも投与の影響は認められなかった.

剖検時の血液学検査では,雄では80 mg/kg投与群において白血球百分比における単球の割合が増加した他に,血液凝固時間も含めて投与の影響は認められなかった.雌では血液凝固時間も含めて血液学検査の各項目には投与の影響は認められなかった.雄の血液生化学検査では,20 mg/kg以上の投与群においてクレアチニン濃度が僅かに上昇し,80 mg/kg投与群においてトリグリセリド濃度の上昇,ナトリウム濃度の軽微な低下および塩素濃度の低下が認められた.一方雌では,20 mg/kg以上の投与群においてアルブミン濃度が僅かに低下し,80 mg/kg投与群において尿素窒素濃度およびクレアチニン濃度の軽微な低下および塩素濃度の低下が認められた.器官重量は,雄では20 mg/kg以上の投与群において腎臓の相対重量が低下し,80 mg/kg投与群において下垂体の重量および相対重量が低下した.また,肝臓重量は80 mg/kg投与群において増加したが,雌では,対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.病理学検査では雌雄ともに投与に起因した所見は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

性周期に被験物質投与の影響は認められなかった.交配成績は,20 mg/kg以上の投与群において,初回の発情において交尾しない例が認められ,交尾までの平均発情回帰回数および平均同居日数がこれらの投与群で増加する傾向が認められた.しかし,対照群との間に統計学的有意差は認められなかった.交尾率および受胎率に投与の影響は認められなかった.

投与に起因すると考えられる分娩状態の異常は認められず,妊娠期間および出産率にも投与の影響は認められなかった.また,妊娠黄体数,着床数,着床率,産児数および分娩率といった出生までの胚および胎児の生存性,ならびに出産生児数,生児出産率,出生率,哺育4日における生存児数,哺育0日および4日における性比ならびに新生児生存率といった出生後の生存性のいずれにも投与の影響は認められなかった.出生児の体重にも投与の影響は認められず,投与に起因すると考えられる形態異常も認められなかった.

以上の試験成績から,本試験条件下における臭化リチウムの無作用量は,反復投与毒性および生殖発生毒性のいずれに関しても,雌雄ともに5 mg/kg/dayと推定され,出生児では80 mg/kg/dayであると推定された.

方法

1. 被験物質

本試験に使用した被験物質の臭化リチウムは,臭化リチウム水溶液として本荘ケミカル(株)(大阪)から提供を受けたものを入手した.入手物質(ロット番号:LBW)の中に含まれる被験物質濃度は55.6 %(分析値)であり,この他に,入手物質には不純物としてLiOH(0.049 %),Na(122 ppm),K(18 ppm),Ca(7 ppm),Mg(0.1 ppm未満),Fe(1 ppm未満),Cu(0.5 ppm),NH4(0.7 ppm),B(3 ppm),Cl(160 ppm),SO4(50 ppm),Si(2 ppm)が含まれていた.入手物質は使用時まで室温保管した.被験物質の試験期間中の安定性は,残余入手物質を提供元で再分析することにより確認した.

各濃度の投与検体は,入手物質を秤量して,媒体である日局注射用水(光製薬(株),製造番号:9912ST)で希釈して,いずれの用量においても投与液量が5 mL/kg体重になるように各濃度の投与検体を調製した.投与検体の安定性については,冷蔵,密封条件下における8日間の安定性を確認ているので,1週間に1回以上の頻度で調製し,調製後7日以内に使用した.投与検体中に含まれる被験物質の含量は秦野研究所において確認した.

2. 使用動物および飼育方法

試験には,日本チャールス・リバー(株)厚木飼育センター生産のSprague-Dawley系(Crj:CD(SD)IGS,SPF)ラットを使用した.雌雄動物は7週齢で購入し,入荷日を含む6日間,検疫と馴化を兼ねて飼育し,その間毎日一般状態を観察して異常が認められなかった動物を,さらに2週間予備飼育した.この間,雄は一般状態を観察し,雌は一般状態を観察するとともに性周期を観察した.雌雄とも投与開始前日に体重を測定し,体重別層化無作為抽出法により群分けした.雌動物については,群分け日まで規則的に発情を回帰している動物を選択して群分けに用いた.

各動物は,許容温湿度各21.0〜25.0 ℃,および40.0〜75.0 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(7〜19時点灯)にそれぞれ制御された飼育室で,金属製金網床ケージに個別に収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および飲料水(水道水,秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.妊娠18日(腟栓あるいは精子発見日=妊娠0日)以後の母動物は,ラット用プラスチック製繁殖ケージに収容し,哺育5日(哺育0日=分娩日)まで紙パルプ製チップ(ペパークリーン,日本エスエルシー(株))を床敷として供給して飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

本試験における投与量は,本試験に先立ち実施した予備試験の結果に基づいて決定した.すなわち,本試験と同系統のラット各群雌雄各5匹に,300 mg/kg,100 mg/kgおよび30 mg/kgを2週間反復経口投与し,媒体である日局注射用水を同様に投与した動物と,一般状態,体重推移,摂餌量,尿量,尿の性状および電解質(ナトリウム,カリウム,塩素)排泄量,剖検時における器官重量および血清中のナトリウム,カリウム,塩素濃度を比較した.その結果,雄では300 mg/kg投与群において5例中2例が瀕死状態に至り,また,残りの3例も剖検日には著しく削痩していたことから,300 mg/kg/dayは2週間の反復投与における最大耐量を超える用量であると考えられた.100 mg/kg/dayについても,リチウムの作用として知られている,多飲多尿,およびそれに伴う尿からの電解質の排泄増加ならびに血清中電解質濃度の有意な低下が雌雄に観察された.また,30 mg/kg投与群においても,対照群との間に有意差は認められなかったが,同様の傾向が認められた.本試験では投与期間が延長すること,また,予備試験では臭化リチウム投与の影響が雄と比較して軽度であった雌も,本試験では,妊娠,分娩および泌乳によって腎臓に対する負荷が増加することから,予備試験において認められた影響がさらに増大する可能性が危惧された.したがって,本試験では予備試験において,雄の体重増加が一過性に亢進された用量である30 mg/kgと電解質の尿中排泄量および血清濃度が有意に変化した用量である100 mg/kgとの間の中間的な量をやや上回る80 mg/kgを高用量に設定し,以下公比4で減じて,中用量には20 mg/kgを,低用量には5 mg/kgを設定した.

4. 観察および検査

1) 一般状態観察

雌雄とも,全例について毎日,投与前後に一般状態を観察し,症状が発現した場合は,速やかな回復が期待されない所見を除き,症状の発現している間,断続的に可能な限り観察を継続した.

2) 体重

雌雄の全例について体重を測定した.測定は,雄では投与1(投与開始日),7,14,21,28,35,42日および剖検日に行い,雌では,交尾を確認するまでは投与1,7,14,21,28,35,42,49日に,交尾確認後は,妊娠0,7,14,20日に,分娩後は哺育0,4日および剖検日に行った.分娩しなかった例は,妊娠26日相当日の剖検日に測定した.これらのうち,投与21〜49日の雌については,交尾が確認されていない動物についてのみ測定したので評価の対象から除外した.

3) 摂餌量

雌雄の全例について投与1〜2,7〜8および14〜15日に摂餌量を測定した.これらの他に,雄では投与29〜30,35〜36および41〜42日に,雌では妊娠0〜1,7〜8,14〜15および20〜21日ならびに分娩後の哺育3〜4日にも測定した.また,交尾が認められなかった雌は投与29〜30,35〜36,41〜42,49〜50日にも測定したが,評価の対象からは除外した.

4) 尿検査および飲水量測定

雄は,投与38日に全例を代謝ケージに収容し,約4時間尿を採取し(新鮮尿),尿沈渣を観察するとともに,色調・混濁度を視診により,また,沈渣は鏡顕により観察し,試験紙法により,クリニテック200+(バイエル・三共)を用いてpH,蛋白質,糖,ケトン体,ビリルビン,潜血およびウロビリノーゲンを調べた.さらに約20時間尿を採取し,新鮮尿と合わせて24時間尿とし,尿量を計量して尿重量から比重を算出した.また,この間の飲水量を測定した.さらに,生化学自動分析装置COBAS-FARA(ロシュ)を用いてJaff法によりクレアチニン濃度を測定し,全自動電解質分析装置EA05(A&T)を用いてイオン電極法によってナトリウムおよびカリウムの各濃度を測定した.また,イオン電極法では塩素濃度は被験物質に由来する臭素と弁別して測定するのが困難なので,イオンクロマト法を採用し,イオンクロマトグラフDX-320(DIONEX)を用いて対照群と高用量群について測定した.

雌は投与31日に全例を代謝ケージに収容し,約4時間尿を採取して屈折計(ユリコン・アタゴ)を用いて屈折法により尿比重を測定し,雄と同様の方法で,pH,蛋白質,糖,ケトン体,ビリルビン,潜血およびウロビリノーゲンを調べた.

5) 性周期

全例について群分け日までの性周期観察に引き続き,交尾確認日まで,腟スメア標本を作製して観察し,細胞構成から,発情期,発情前期および発情休止期に分類した.これらの分類に基づき,性周期の型を,4日間隔で発情を回帰するものを4日周期,4〜5日間隔で発情を回帰するものを4および5日周期に分類し,投与開始後性周期の型が変化した動物の頻度を群毎に算出するとともに,群ごとに平均発情回帰日数(個体毎の発情期から次回発情期までの日数の平均)を求めた.

6) 交配

雌雄ともに2週間投与後(投与15日)の12週齢から交尾を確認するまで,2週間を限度として同群内の雌雄1:1で連日同居させた.交配期間中は,毎朝,腟スメア中の精子,あるいは腟栓の有無を確認した.これらのうちのいずれかが確認された雌動物は,その日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.交配結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/交配動物数)× 100,%]を求め,剖検時に子宮に着床痕の確認された雌動物を受胎動物として受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)× 100,%]を算出した.また,同居開始日から交尾確認日までの日数およびその間に回帰した発情期の回数も求めた.

7) 分娩・哺育観察

各群とも,交尾した雌は,全例を自然分娩させて哺育させた.分娩の確認は,妊娠21日から分娩が確認されるまで,妊娠25日を限度として毎日行い,11時までに分娩が完了した例についてその日を哺育0日とした.分娩状態を直接観察できた例については,異常の有無を断続的に観察し,直接観察ができなかった例については,分娩前後の一般状態および産児の状態から異常の有無を判断した.妊娠25日相当日までに分娩が確認されない動物は翌日剖検し,子宮に着床痕の認められなかった例を不妊と判定した.

分娩を確認した全例について妊娠期間(妊娠0日〜分娩日の日数)を算定し,出産率[(生児出産雌数/受胎動物数)× 100,%]を各群について求めた.また,哺育1日から毎日,哺育状態を観察し,哺育5日の剖検において数えられた着床数および妊娠黄体数から着床率[(着床数/妊娠黄体数)× 100,%]を算出した.

出生児は,哺育0日に,雌雄別に産児数(生存児+死亡児)を調べ,分娩率[(産児数/着床痕数)× 100,%],生児出産率[(出産生児数/着床痕数)× 100,%]および出生率[(出産生児数/産児数)× 100,%]を算出した.生存児については外表奇形の有無を観察した.翌日(哺育1日)から哺育4日まで毎日一般状態を観察し,生児数と死亡児数を雌雄別に数えて新生児の4日の生存率[(哺育4日の生児数/哺育0日の生児数)× 100,%]を算出した.生存児については,哺育0および4日に個別の体重を測定し,各腹ごとに雌雄別の平均値を算出するとともに哺育0および4日における性比[(哺育0あるいは4日雄生児数/哺育0あるいは4日総生児数)× 100]を算出した.

8) 剖検

(1) 雄

投与42日に絶食を開始し,その18〜24時間後にペントバルビタールナトリウム麻酔下で腹部後大静脈から抗凝固剤としてクエン酸ナトリウムを用いて血液を採取し,プロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間測定に用いた.次いで,腹部後大静脈から抗凝固剤としてEDTA-3Kを用いて採血し,その他の血液学検査に用いた.さらに,腹部後大静脈から抗凝固剤としてヘパリンを用いて採血し,血液生化学検査に用いた.動物は,採血終了後に放血致死させ解剖し,器官・組織の肉眼観察を行った.また,全例について,脳,下垂体,脊髄,甲状腺および上皮小体,心臓,気管,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,膀胱,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節,坐骨神経,大腿骨および骨髄,精巣,精巣上体,前立腺腹葉,凝固腺を含む精嚢および病変部を採取し,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,甲状腺,下垂体,精巣および精巣上体の重量を測定し,相対重量を算出した.

採取した器官および組織のうち,精巣ならびに精巣上体はブアン液(長期保存は0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液を使用)に固定し,その他は0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に固定して保存した.肺は,摘出前に0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液を注入してから固定・保存した.

(2) 雌

交尾しなかった例は投与52日に,交尾したが分娩しなかった例については妊娠25日相当日に,また,分娩した例は哺育4日に絶食を開始し,いずれも絶食開始18〜24時間後にペントバルビタールナトリウム麻酔下で雄と同様に採血後,放血致死させ解剖し,器官・組織の肉眼観察を行った.また,全例について脳,下垂体,脊髄,甲状腺および上皮小体,心臓,気管,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,膀胱,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節,坐骨神経,大腿骨および骨髄および病変部を採取し,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,甲状腺および下垂体の重量を測定し,相対重量を算出した.子宮については着床数を数え,分娩した雌の卵巣については実体顕微鏡下で妊娠黄体数を数えた後,いずれも0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に固定して保存した.肺は雄と同様に注入固定を行った.

(3) 出生児

死亡児は発見後速やかに剖検し,0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に固定して保存した.生存児は全例を哺育4日にエーテル吸入により致死させ剖検し,0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に固定して保存した.

9) 血液学検査

プロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間は全自動血液凝固測定装置CA-1000(東亜医用電子)を用いて光散乱法によって測定した.また,血液自動分析装置CELL-DYN3500SL(ダイナボット)を用いて赤血球数(RBC),平均赤血球容積(MCV)ならびに血小板数を測定し,血色素量は吸光度法により測定し,白血球数は電気抵抗法で,白血球分類はフローサイトメトリー・レーザー光散乱法で測定した.さらに,RBC,MCVあるいは血色素量からヘマトクリット値,平均赤血球血色素濃度(MCHC)あるいは平均赤血球血色素量(MCH)を算出した.

10) 血液生化学検査

遠心方式生化学自動分析装置COBAS-FARA(ロシュ)を用い,総蛋白濃度はビウレット法で,アルブミン濃度はBCG法で,尿素窒素濃度(BUN)は,ウレアーゼGl.DH法で,クレアチニン濃度はJaff法で,ブドウ糖濃度はグルコキナーゼG6PDH法で,総コレステロール濃度はCOD・DAOS法で,トリグリセライド濃度はGPO・DAOS法で,アルカリフォスファターゼ活性(ALP)はGSCC法で,GPTおよびGOT活性はIFCC法で,γ-GTP活性はγ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法で,総ビリルビン濃度はJendrassik/Grof法で,無機リン濃度はモリブデン酸直接法で,カルシウム濃度はOCPC法で測定し,A/G比は算出した.また,全自動電解質分析装置EA05(A&T)を用い,イオン電極法によって,ナトリウムおよびカリウムの各濃度を測定した.塩素濃度の測定は被験物質に由来する臭素イオンを分離して測定するために,イオンクロマトグラフDX-320(DIONEX)を用いてイオンクロマト法により測定した.

11) 病理組織学検査

全例の検査を実施する卵巣,精巣および精巣上体以外の固定・保存器官について,雄は対照群5例および80 mg/kg投与群5例,雌は不妊例を除く対照群5例および80 mg/kg投与群6例(全身状態の不良が認められた全出生児死亡例1例を含む)を動物番号の若い順に選定し,常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って病理組織標本を作製し,病理組織学検査を実施した.また,20 mg/kg以上の投与群において相対重量が有意な低値を示した雄の腎臓については,5 mg/kgおよび10 mg/kg投与群についても同様にして標本を作製し,組織学検査を実施した.これらの動物における腎臓以外の器官,ならびにその他の動物については,被験物質投与によると推定される異常が認められなかったので,標本を作製しなかった.病変部については全て,標本を作製して病理組織学検査を実施した.

5. 統計解析

性周期の変化した動物の頻度,交尾率,受胎率ならびに出生児の形態異常の出現頻度についてはFisherの直接確率検定を行った.病理組織学検査所見では,グレード分けをしたデータは,Mann-WhitneyのU検定により,陽性グレードの合計値はFisherの直接確率片側検定により対照群と被験物質投与群との間の有意差検定を行った.尿中および血漿中塩素濃度は,対照群と高用量群との間で,まずF検定を行い,有意水準5 %において有意差が認められない場合には,Student's t-testを用いて比較した.血漿中塩素濃度は,さらに中および低用量群についても追加測定を行ったので,最終的にその他のデータと同様に多重比較検定を行った.すなわち,個体ごとに得られた値,あるいはlitterごとの平均値を1標本として,先ずBartlett法により各群の分散の一様性について検定を行った.分散が一様である場合には,一元配置型の分散分析を行い,群間に有意性が認められる場合は,Dunnett法により多重比較を行った.一方,いずれかの群で分散が0となる場合および分散が一様でない場合には,Kruskal-Wallisの順位検定を行い,群間に有意性が認められる場合には,Dunnett型の検定法により多重比較を行った.有意水準はいずれも5 %とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 死亡および一般状態

雌雄ともに死亡例はなく,瀕死例もなかった.

一般状態については,雌雄ともに80 mg/kg投与群において,投与15〜21日の週から,顎を飼育ケージの床に繰り返し摩り付けるという常同行動を示す例が認められるようになり,投与22〜35日の週をピークとして雄では全例に,雌では13例中12例に観察された.この他に,80 mg/kg投与群の雌の1例は,哺育1日に全出生児が死亡し,哺育2日から紅涙が観察されるようになり,翌日から削痩が認められた.哺育4日には排便が認められなくなり,自発運動の減少も認められた.さらに剖検日の哺育5日には自発運動の減少は鎮静へと進行した.本例は投与31日における尿検査では異常は認められなかったが,剖検時に実施した血液生化学検査では血漿中の尿素窒素濃度およびクレアチニン濃度が増加して,ナトリウム濃度およびカリウム濃度が増加し塩素濃度は低下していた.また,血液学検査ではヘマトクリット値が増加して血液の濃縮が認められ,腎臓の病理組織学検査では好塩基性尿細管が中等度に認められた.このほか,80 mg/kg投与群の雌に脱毛が観察された.

2) 体重(Fig. 1, 2)

雌雄ともに80 mg/kg投与群において,投与期間の初期に体重増加が亢進した.

すなわち,雄では,実測値には対照群との間に有意差が認められなかったが,投与1〜7および7〜14日の体重増加量が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な高値を示し,これにより投与期間のいずれの時点においても,累積増加量が対照群と比較して有意(p<0.01)な高値を示した.雌では,投与14日における体重,投与1〜7および7〜14日における増加量,ならびに投与7および14日の各時期までの累積増加量が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)に増加し,妊娠0,7および20日の実測値が対照群と比較して有意(p<0.05)な高値を示した.これらの他に,雄では投与14〜21日における体重増加量が全ての被験物質投与群において対照群と比較して有意(p<0.05)な高値を示した.また,雌では,5 mg/kg投与群における妊娠14〜20日の体重増加量および妊娠20までの累積増加量が対照群と比較して有意(p<0.05)な高値を示したが,これらは用量に依存した変化ではなく,被験物質投与に関連しない変化であると判断された.

3) 摂餌量(Fig. 3, 4)

雌雄ともに80 mg/kg投与群において,投与期間初期に摂餌の亢進が認められ,雄では投与7〜8日における摂餌量が,また,雌では投与7〜8および14〜15日における摂餌量が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な高値を示した.

4) 尿検査所見および飲水量(Table 1)

雌雄ともに新鮮尿について実施した定性検査では,いずれの投与群にも異常は認められなかった(表に示さず).

雄における24時間尿の検査では,対照群と比較して,20 mg/kg以上の投与群において尿比重の低下(p<0.01)が認められ,80 mg/kg投与群では尿量が増加した(p<0.01).尿量の増加傾向は20 mg/kg投与群においても認められたが,対照群との間に有意差はなかった.蓄尿の際に測定した飲水量は20 mg/kg以上の投与群において増加する傾向が認められたが,対照群との間に有意差は認められなかった.生化学検査では,20 mg/kg以上の投与群においてクレアチニン濃度の有意(p<0.05,p<0.01)な低下が認められた.電解質濃度については,20 mg/kg以上の投与群においてナトリウム濃度およびカリウム濃度の低下傾向が認められたが対照群との間に有意差はなかった.また,対照群と80 mg/kg投与群について測定した塩素濃度も,80 mg/kg投与群では低値の傾向を認めたが有意差はなかった.ナトリウム濃度は,20 mg/kg以上の投与群では低下する傾向が認められたが,5 mg/kg投与群では対照群と比較して有意(p<0.01)に増加した.尿量からクレアチニンおよび上記電解質の1日排泄量を算出した結果,80 mg/kg投与群においてカリウムの1日排泄量が対照群と比較して有意(p<0.05)に増加した他に対照群と被験物質各投与群との間に有意差は認められなかった.

5) 器官重量(Table 2)

雌雄ともに80 mg/kg投与群における剖検時体重が高値の傾向を示したが,対照群との間に有意差は認められなかった.

雄では,20 mg/kg以上の投与群において腎臓重量の相対重量が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な低値を示したが,実測値に有意差は認められなかった.また,80 mg/kg投与群では,脳および下垂体の相対重量が対照群と比較して有意(p<0.05,p<0.01)な低値を示したが,実測値は下垂体のみ有意(p<0.05)な低下が認められた.この他,80 mg/kg投与群では肝臓重量が対照群と比較して有意(p<0.01)な高値を示したが,相対重量は対照群との間に差を認めなかった.その他の器官については,実測値および相対重量のいずれも対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

雌では,実測値および相対重量のいずれについても対照群と被験物質投与群との間に有意差の認められる器官はなかった.

6) 血液学検査所見(Table 3)

雄では80 mg/kg投与群において,白血球百分比の単球の比率が対照群と比較して有意(p<0.05)に増加したが,その他の検査項目,ならびにプロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間については対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

雌では,いずれの検査項目についても対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

7) 血液生化学検査所見(Table 4)

雄では,20 mg/kg以上の投与群において,対照群と比較してクレアチニン濃度の有意(p<0.05,p<0.01)な増加を認めたが,その差は僅かであった.これらの他に,80 mg/kg投与群ではトリグリセリド濃度の有意(p<0.01)な増加が認められた.総蛋白濃度,アルブミン濃度,A/G比,尿素窒素濃度,ブドウ糖濃度,総コレステロール濃度および総ビリルビン濃度ならびにアルカリフォスファターゼ,GOT(AST),GPT(ALT),およびγ-GTPの各活性には対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.血漿中電解質濃度については,80 mg/kg投与群においてナトリウムおよび塩素の各濃度が対照群と比較して有意(p<0.01)な低値を示したが,無機リン,カルシウムおよびカリウムの各濃度は対照群と被験物質投与群との間で有意差を認めなかった.

雌では,総蛋白濃度は対照群との間で有意差を認めなかったが,20 mg/kg以上の投与群においてアルブミン濃度が対照群と比較して有意(p<0.05)に低下し,全ての被験物質投与群においてA/G比が有意(p<0.05,p<0.01)な低値を示した.しかし,いずれの項目も変化は僅かであり,A/G比には明瞭な用量依存性は認められなかった.これらの変化の他に,80 mg/kg投与群では対照群と比較して,僅かではあるがクレアチニンおよび尿素窒素の各濃度が有意(p<0.05,p<0.01)に低下した.トリグリセリド濃度,ブドウ糖濃度,総コレステロール濃度および総ビリルビン濃度ならびにアルカリフォスファターゼ,GOT(AST),GPT(ALT),およびγ-GTPの各活性には対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.血漿中電解質濃度については,80 mg/kg投与群において塩素濃度が対照群と比較して有意(p<0.05)に低下したが,無機リン,カルシウム,ナトリウムおよびカリウムの各濃度には対照群と被験物質投与群の間で有意差を認めなかった.

8) 剖検所見

雄では,対照群および20 mg/kg投与群の動物に異常は認められなかった.5 mg/kg投与群では,両側精巣および精巣上体の小型化が1例に観察された.80 mg/kg投与群では,両側精巣の小型化が2例に,また,腎盂の拡張および甲状腺の腫大が各1例に観察された.

雌では,20 mg/kg 以下の投与群の動物に異常は認められなかった.80 mg/kg投与群では,分娩後に一般状態が不良となった例に肝臓の淡色化,腎臓の淡色域,前胃粘膜の白濁および肥厚,腟内に液体の貯留,胸腺の小型化ならびに副腎の腫大が認められ,別の1例に脱毛が認められた.

9) 病理組織学検査所見(Table 5)

雄では精巣,精巣上体,前立腺腹葉,脳,肺および気管支,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎および甲状腺に所見が認められた.また,雌では,肝臓,腎臓,脾臓に所見が認められたが,いずれの所見も頻度および程度に対照群との間に有意差は認められなかった.

80 mg/kg投与群において全出生児の死亡後に全身状態が不良となった雌の例には,肺胞の泡沫細胞,肝臓における門脈周囲性脂肪化,腎臓における好塩基性尿細管,蛋白様円柱および皮髄境界部の鉱質沈着,脾臓における髄外造血および褐色色素の沈着,副腎束状帯の肥大,前胃の糜爛,胸腺の萎縮,ならびに腟の好中球浸潤が観察された.

2. 生殖発生毒性

1) 性周期所見(Table 6)

80 mg/kg投与群において投与開始後に性周期の変化した動物が2例認められたが,その頻度および平均発情回帰日数には,対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

2) 交配成績(Table 6)

20 mg/kg投与群において交配期間中雌が発情を回帰したにも拘わらず交尾しなかった1組を除き,全例が交尾し,交尾率には対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.対照群および5 mg/kg投与群では,全例が雌の初回の発情期に交尾した.一方,20 mg/kg以上の投与群では,3回目の発情期を回帰するまで交尾しない例が認められ,交尾までの同居期間およびその間に回帰した発情の回数が増加する傾向が認められた.しかし,対照群との間に有意差は認められなかった.また,不妊例が80 mg/kg投与群を除く各群に1組ずつ認められたが,受胎率には対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

3) 分娩および哺育所見

妊娠動物の全例が生児を出産した.分娩の直接観察が可能であったのは,対照群および5 mg/kg投与群の各12例中2例,20 mg/kg投与群の11例中5例,80 mg/kg投与群の13例中3例であった.これら分娩を直接観察した例には分娩状態の異常は認められなかった.一方,直接観察できなかった例のうち対照群および80 mg/kg投与群の各1例に分娩状態の不良と判断される所見が認められた.すなわち,対照群の例は,分娩が終了したにもかかわらず,産児がケージ内に散乱し母性行動が欠落していた.また,80 mg/kg投与群の例も同様に産児を集めず,産児の体表温度が低下していた.これらの動物の出生児は,いずれも翌日に全て死亡していた.その後,対照群の例に異常は認められなかったが,80 mg/kg投与群の例は一般状態の項で述べたように全身状態が不良となった.これら以外の動物に分娩状態の異常を示唆する変化は認められず,妊娠期間は対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

哺育状態の不良はいずれの投与群の動物にも認められなかった.

4) 黄体数および着床数(Table 7)

対照群と被験物質投与群の間に有意差は認められず,排卵および着床には被験物質投与の影響は認められな かった.

5) 出生児所見(Table 7)

いずれの投与群の動物も,行動を含む一般状態に異常は認められなかった.

生存性についても,産児数,分娩率,生児出産率,出生率,新生児生存率のいずれにも対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.また,哺育0日および哺育4日における性比にも対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

体重についても雌雄ともにいずれの時期も対照群と被験物質投与群との間で有意差は認められなかった.

生存産児の形態観察(表には示さず)では,20 mg/kg投与群の1例の出生児3例に,四肢および下腹部皮膚の皮下からの剥離が観察され,その内の1例は右後肢皮下の血腫を伴っていたが,その他の動物に異常は観察されなかった.死亡児の観察では,哺育0日に死亡が認められた20 mg/kg投与群の1例に全身浮腫および口蓋裂が認められた他に異常は観察されなかった.

哺育4日における剖検では,いずれの動物にも異常は観察されなかった.

考察

1. 反復投与毒性

雌雄ともに80 mg/kg投与群において,雄の全例および雌のほぼ全例に常同行動が観察された.同様の常同行動は先に行った急性経口投与毒性試験2)においても,1300 mg/kg以上の投与群の雄および930 mg/kg以上の投与群の雌に観察されていることから被験物質投与による影響であると考えられる.一方,80 mg/kg投与群において分娩後に全身状態が不良となった雌の1例については,血液生化学検査および病理組織学検査から,腎機能の低下による高窒素血症により全身状態の不良に至ったものと考えられるが,こうした変化を示した動物は1例のみであること,ならびに80 mg/kg投与群の腎臓の病理組織学検査において,本例に観察されたのと関連した所見は認められていないことから,被験物質投与との関連性は疑わしいと判断された.また,80 mg/kg投与群の雌に認められた脱毛についても,軽微な変化であり,病理学検査においても異常は認められなかったことから,被験物質投与による変化ではないと考えられる.

80 mg/kg投与群では雌雄ともに投与初期に摂餌量が増加して体重増加が促進された.急性経口投与毒性試 験2)では,雌において急性期の毒性が回復した後に体重増加が亢進する傾向が認められている.また,ヒトあるいはラットにリチウム塩を投与すると体重が増加する3)ことから,摂餌量および体重増加の亢進は臭化リチウム投与による影響であると考えられる.雄では5 mg/kgおよび20 mg/kg投与群においても投与14〜21日における体重増加が亢進した.体重増加量に用量依存性が認められなかったこと,ならびにこの時期は交配期間中に当たり,特に雄動物では体重の変動が著しいことから,20 mg/kg以下の投与群に認められた体重増加は偶発的変化であると推測された.雌においても5 mg/kg投与群において,妊娠14〜20日の妊娠後期に当たる時期の体重増加に亢進が認められた.妊娠後期の体重は子宮内で発育する胎児の数および体重の影響を大きく受ける.5 mg/kg投与群における着床数および産児数は,有意差は認められないものの対照群に比べて若干多かったことから,5 mg/kg投与群における妊娠後期の体重増加の亢進は,被験物質投与には関連しない変化であると考えられる.

雄において投与38日に実施した24時間尿検査では,20 mg/kg以上の投与群において比重が低下し,80 mg/kg投与群では尿量が増加した.リチウムは,尿細管に影響を及ぼして尿の濃縮能を低下させる薬物のひとつに上げられていること4)から,これらの変化は臭化リチウム投与による影響と考えられる.これらの投与群では,カリウム排泄量が増加または増加傾向を示した.カリウムイオンは遠位尿細管においてナトリウムイオンが再吸収される際に尿中に分泌される.リチウムイオンは生体内でナトリウムイオンと挙動を等しくし,尿細管では競合して作用することが知られている5).尿細管腔のナトリウムイオン濃度が高くなると尿中へのカリウム分泌が亢進することから,臭化リチウム投与により原尿中のリチウムイオン濃度が上昇した動物においてナトリウムイオン濃度が上昇したのと同様の変化が生じたものと推測される.

雄において多尿が認められた20 mg/kg以上の投与群では尿中ナトリウム濃度はむしろ低値の傾向を示したが,尿比重が対照群と同様であった5 mg/kg投与群ではナトリウム濃度が増加した.ナトリウム1日排泄量は対照群と被験物質投与群との間で有意差を認めなかったことから,5 mg/kg投与群に認められた尿中ナトリウム濃度の増加は偶発的変化であると考えられる.

雄において投与43日に実施した血液生化学検査では,20 mg/kg以上の投与群において血漿中クレアチニン濃度が上昇し,ナトリウム濃度が低下した.同時に測定したヘマトクリット値から血液の濃縮はなかったものと考えられる.しかし,変化の程度は僅かであり,投与38日に測定したクレアチニンおよびナトリウムの尿中への1日排泄量に投与の影響は認められていないことから,被験物質投与による影響は否定できないが,軽微な影響と考えられる.また,80 mg/kg投与群において血漿中塩素濃度が低下した.同様の変化は雌においても認められ,被験物質投与による影響であると考えられる.塩素イオンは腎尿細管においてナトリムイオンとともに排泄・再吸収を受けるが,前述のように雄における血漿中ナトリウム濃度の低下は軽微であり,雌ではそうした変化は認められなかったことから,血漿中塩素濃度の低下はリチウムの排泄に付随した変化であると推測される.これらの他に,雄の血液生化学検査では80 mg/kg投与群においてトリグリセリド濃度の増加が認められた.ブドウ糖濃度および総コレステロ−ル濃度には対照群との間で差は認められなかったが,トリグリセリド濃度は用量に依存して増加したことから被験物質投与の影響であると考えられる.

雌では,哺育5日に実施した血液生化学検査において,20 mg/kg以上の投与群のアルブミン濃度が軽度に低下した.投与31日に実施した尿検査では蛋白尿などは認められなかったことから,軽微な変化であると考えられる.また,80 mg/kg投与群では尿素窒素濃度およびクレアチニン濃度も僅かに低下した.血液検査において測定したヘマトクリット値は対照群と同様であったことから,これらの変化は,これらの物質の生成低下,あるいは排泄の増加によるものと考えられるが,その変化は軽微である.これらの他に,全ての被験物質投与群においてA/G比が低下したが,用量に依存した変化ではないことから,被験物質投与の影響である可能性は乏しい.

雌雄動物の病理組織学検査において,いくつかの組織に所見が認められたが被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.

雄では,80 mg/kg投与群において肝臓重量が増加した.相対重量は対照群と有意差を認めなかったこと,病理組織学検査のほかに血液生化学検査においても肝臓機能の異常を示唆する変化は認められなかったことから,被験物質投与により惹起された体重増加に起因した変化であると考えられる.80 mg/kg投与群の雄に認められた脳相対重量の低下も,体重増加によりもたらされた相対的変化であると考えられる.一方,20 mg/kg以上の投与群において腎臓の相対重量が低下した.対照群との間に有意差は認められないが実測値も低下の傾向が認められたことから,これらの投与群における腎臓の相対重量低下は被験物質投与に起因した変化であると考えられる.また,80 mg/kg投与群において下垂体重量の実測値および相対重量がともに対照群と比較して有意な低値を示した.実測値および相対重量のいずれも変化したことから被験物質投与による影響が疑われた.以上の所見に加え,雄では,80 mg/kg投与群において白血球百分比に占める単球の割合が増加した.用量に依存して増加していることから被験物質投与による影響であると考えられる.

2. 生殖発生毒性

雌動物について観察した性周期では,80 mg/kg投与群において投与開始後に性周期の変化した例が認められた.これらの例に認められた性周期は4および5日周期であった.4および5日周期は,使用した系統のラットにおいてしばしば観察される周期であること,性周期が変化した動物の頻度および平均発情回帰日数には対照群との間で差を認めなかったことから,被験物質投与の影響である可能性は乏しい.一方,交配成績については,20 mg/kg以上の投与群では3回発情を回帰するまで交尾しなかった例,あるいは発情回帰を続けても交尾しなかった例があった.これらの例の生殖器官には雌雄ともに病理組織学的異常は認められなかった.また,交尾率には対照群と被験物質投与群との間で差は認められず,交尾までの発情回帰回数および同居日数にも有意差は認められなかった.しかし,対照群および5 mg/kg投与群では全例が交配開始後,初回の発情期に交尾していることから,被験物質投与の影響は否定できなかった.

受胎率,黄体数,着床数,着床率,産児数および分娩率は対照群と被験物質投与群との間で差は認められず,被験物質投与は,排卵,受胎,着床および出生までの胚・胎児の生存性に影響を及ぼさないものと考えられる.

80 mg/kg投与群の1例に分娩状態の不良が認められ,これにより全出生児が死亡し,母動物の全身状態が悪化した.対照群においても分娩不良,およびそれによると考えられる全出生児の死亡が認められたが,全身状態の異常は認められなかった.80 mg/kg投与群の例では前述のように腎機能の低下が認められており,分娩状態の不良はそれに起因した変化であると考えられる.出産率および妊娠期間にも対照群と被験物質投与群の間で差は認められないことから,被験物質投与は分娩状態に影響を及ぼさないものと考えられる.哺育状態についても投与の影響は認められなかった.

出生児の生存性,体重増加にみる発育,性比に被験物質投与の影響は認められなかった.

出生児の形態観察では,20 mg/kg投与群において生存産児および死亡児の形態異常が各1例の腹に観察された.これらのうち死亡児には全身浮腫を伴う口蓋裂が観察されたが,口蓋裂は本系統のラットでは自然発生すること6),80 mg/kg投与群の産児には形態異常は認められなかったところから,これらの変化は自然発生によるものと考えられる.したがって,被験物質投与は出生児の形態に異常を及ぼさないものと考えられる.

3.無作用量

以上の試験成績から,本試験条件下における臭化リチウムの無作用量は,反復投与毒性に関しては,雄では尿比重の低下,血漿中クレアチニン濃度の増加ならびに腎臓相対重量の低下が20 mg/kg以上の投与群において認められたこと,また,雌では20 mg/kg以上の投与群において血漿中アルブミン濃度が低下したことから,雌雄ともに5 mg/kg/dayと判断された.生殖発生毒性に関しては,20 mg/kg以上の投与群において同居期間に延長傾向が認められたことから,雌雄ともに5 mg/kg/dayと推定され,出生児では,80 mg/kg/dayであると判断された.

文献

1)"The Merck Index, an encyclopedia of chemicals, drugs, and biologicals," 11th ed., eds. by S. Budavari, M.J. O'Neil, Merck & Co., Inc., Rahway 1989, p.870.
2)代田眞理子,化学物質毒性試験報告,10,323(2003).
3)T. Baptista L. Teneud, Q. Contreras, T. Alastre, J.L. Burguera, E. de Baptista, S. Weiss, L. Hernandez, Pharmacopsychiat. 28, 35(1995).
4)E. Piperno, "Toxicology of the Kidney," ed. by J.B. Hook, Raven Press, New York, 1981 pp.31-55.
5)R.A. Goyer, "Casarett and Doull's Toxicology, The Basic Science of Poisons," 5th ed. by C.D. Klaasseen, McGraw-Hill, New York, 1996, pp.691-736.
6)K. Tago, M. Kuwagara, R. Ohta, M. Sato, H. Takashima, K. Wada, C. Watanabe, M Shirota, "Biological Reference Data on CD(SD)IGS Rats-2001," eds. by Y. Maeda, H. Inoue, CD(SD)IGS Study Group, Yokohama, 2001, pp.111-114.

連絡先
試験責任者:代田眞理子
試験担当者:田子和美
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Mariko Shirota (Study director)
Kazumi Tago
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627