トリメチルアミンのチャイニーズハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Trimethylamine on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

トリメチルアミンが培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験結果をもとに,短時間処理法-S9ならびに+S9処理とも591 μg/mL(10 mM相当)を最高処理濃度とし,73.9〜591 μg/mLの4用量を設定した.S9 mix存在下および非存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.-S9ならびに+S9処理とも148〜591 μg/mLの3用量について顕微鏡観察を実施した.

その結果,S9 mix非存在下で染色体構造異常の出現頻度が疑陽性(±)となり,S9 mix存在下では高用量においてのみ陽性反応(+)が認められた.従って,再現性あるいは用量依存性をみるため,-S9ならびに+S9処理とも303〜591 μg/mLの4用量を用いて確認試験を実施した.いずれの試験系とも378〜591 μg/mLの3用量について染色体異常の観察を行った結果,S9 mix非存在下ならびに存在下とも試験用量に依存した染色体構造異常の増加が観察された.

本被験物質処理により培養液のpHがアルカリ性を示していたが,森田らの報告ならびに染色体構造異常の誘発頻度の程度を考慮すると陽性であると考えられた.すなわち,-S9処理ではpHの影響が無い用量で試験用量に依存した構造異常の誘発が認められていること,+S9処理ではpHの影響により構造異常の出現頻度が数%上昇したとしても処理群での構造異常出現頻度が40 %以上であることから本被験物質による構造異常誘発は陽性であると判断した.

以上の結果より,本試験条件下ではトリメチルアミンは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 試験細胞株

哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験に広く使用されていることから,試験細胞株としてチャイニーズ・ハムスターの肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を選択した.昭和59年11月15日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受け,一部はジメチルスルホキシド(DMSO:MERCK KGaA)を10 vol%添加した後,液体窒素中に保存した.試験に際しては凍結細胞を融解し3〜5日ごとに継代したものを使用した.なお,細胞増殖抑制試験では継代数12,染色体異常試験では同14,確認試験では同21の細胞を用いた.

2. 培養液の調製

Eagle-MEM液体培地(旭テクノグラス(株))に,メンブランフィルター(0.45 μm:Featuring Corning and Costar Products)を用いて加圧濾過除菌した非働化(56 ℃,30分)済み仔牛血清(GIBCO Life Technologies, Inc)を最終濃度で10 vol%になるよう加えた後,試験に使用した.調製後の培養液を冷暗所(4 ℃)に保存した.

3. 培養条件

CO2インキュベーター(Formaおよび三洋電機メディカシステム(株))を用い,CO2濃度5 %,37 ℃の条件で細胞を培養した.

4. S9 mix

製造後6ヵ月以内のキッコーマン(株)製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製された.また,S9 mixの組成は松岡らの方法1)に従った.S9 mixの組成を以下に示す.
成  分S9 mix 1 mL中の量
S90.3 mL
MgCl25 μmol
KCl33 μmol
G-6-P5 μmol
NADP4 μmol
HEPES緩衝液(pH 7. 2)4 μmol
精製水残 量

5. 被験物質

トリメチルアミン(ロット番号:MT381012)は純度30.8 %(不純物としてジメチルアミン10 ppm以下を含む)の水溶液である.本剤は水に易溶で,水溶液中で安定である.三菱ガス化学(株)(東京)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで冷暗所で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

試験の都度,被験物質を日本薬局方生理食塩液((株)大塚製薬工場)を用いて希釈して調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,速やかに処理を行った.なお,本被験物質情報から揮発性が疑われたため,調製には蓋付きの試験管を用いた.ただし,原液中での被験物質濃度が30.8 %であることを考慮して調製した.

7. 細胞増殖抑制試験(予備試験)

細胞培養用フラスコに細胞を播種し,培養3日後に被験物質液を処理した.S9 mix非存在下(-S9 mix)あるいは存在下(+S9 mix)で6時間処理した後,新鮮な培養液に交換してさらに18時間培養を続けた.

細胞を10 vol%中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業(株))で固定した後,0.1 w/v%クリスタル・バイオレット(関東化学(株))水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 vol%エタノール,1 vol%酢酸水溶液)を適量加え,5分間程度放置して色素を溶出した後,580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち細胞生存率を算出した.

その結果,最高用量の591 μg/mLにおいても短時間処理法S9 mix非存在下で60 %以上,S9 mix存在下で80 %以上の細胞が生存していた(Fig. 1〜2).

なお,被験物質暴露終了時,290 μg/mL以上において培養液のpHがアルカリ性を示していた.

8. 試験用量および試験群の設定

細胞増殖抑制試験結果をもとに,染色体異常試験では短時間処理法-S9処理ならびに+S9処理とも591 μg/mL(10 mM相当)を最高処理濃度とし,以下公比2で減じた計4用量ならびに溶媒対照群を設定した.

-S9処理において染色体構造異常の出現に関し疑陽性,+S9処理において1用量のみ陽性と判定されたことから,いずれの試験系とも591 μg/mLを最高処理濃度とした確認試験を実施し,公比1.25で減じた計4用量を設定した.

なお,陽性対照として,-S9処理でマイトマイシンC(MMC:協和醗酵工業(株))を0.1 μg/mL,+S9処理でシクロホスファミド(CP:塩野義製薬(株))を12.5 μg/mLの用量で試験した.

9. 染色体標本の作製

培養面積25 cm2の細胞培養用フラスコを用い,細胞増殖抑制試験と同様に被験物質等の処理を行った.培養終了2時間前に,最終濃度で0.2 μg/mLとなるようコルセミド(GIBCO Life Technologies, Inc)を添加した.トリプシン処理で細胞を剥離させ,遠心分離により細胞を回収した.75 mmol/L塩化カリウム水溶液で低張処理を行った後,固定液(メタノール3容:酢酸1容)で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.2 vol%ギムザ染色液で12分間染色した.

10. 染色体の観察

各フラスコあたり100個,すなわち用量当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察し,染色体の形態的変化としてギャップ(gap),染色分体切断(ctb),染色体切断(csb),染色分体交換(cte),染色体交換(cse)およびその他(oth)の構造異常に分類した.同時に,倍数性細胞の出現率を記録した.染色体の分析は日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会による分類法2)に従って実施した.

すべての標本をコード化した後,マスキング法で観察した.

11. 結果の解析

ギャップのみ保有する細胞を含めない場合(-gap)について染色体構造異常の出現頻度を表示した.

各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,石館ら3)の基準に従って判定した.染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.最終的には再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.

なお,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

また,分裂中期像の20 %にいずれかの異常を誘発するのに必要な被験物質濃度であるD20値を最小二乗法により算出し,一定濃度(mg/mL)あたりの交換型異常(cte)出現数を示す比較値であるTR値を,染色分体交換の出現頻度(%)を被験物質濃度(mg/mL換算)で割ることにより算出した.

結果および考察

短時間処理法での試験結果をTable 1〜2に示した.トリメチルアミン処理群の場合,S9 mix非存在下においては染色体異常の僅かな誘発が認められ(出現頻度は296 μg/mLで5.0 %,591 μg/mLで7.0 %),S9 mix存在下においては高用量の591 μg/mLにおいてのみ染色体構造異常の明確な誘発が観察された(出現頻度は18.5 %).また,試験用量に依存した細胞増殖抑制作用がいずれの処理法においても観察された.なお,染色体異常の誘発は,疑陽性との判定あるいは1用量のみでの陽性反応であることから,再現性あるいは用量依存性をみるために確認試験を実施した.その結果,被験物質処理群の場合,S9 mix非存在下ならびに存在下のいずれにおいても染色体構造異常の出現に明確な用量依存性が認められた(Table 3〜4).一方,S9 mix非存在下における陽性対照物質MMCで処理した細胞,およびS9 mix存在下における陽性対照物質CPで処理した細胞では本試験,確認試験とも染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

本被験物質処理直後,培養液のpHは591 μg/mLでおよそ8.9〜9.0を示したが,暴露終了時では8.2〜8.6であった.森田らの報告4, 5)によると,今回のpHの変動では-S9処理においては試験系に影響をおよぼさないこと,+S9処理では極僅かに染色体構造異常を誘発することが示されている.-S9処理ではpHの影響が無い用量で試験用量に依存した構造異常の誘発が認められていること,+S9処理ではpHの影響により構造異常の出現頻度が数%上昇したとしても処理群での構造異常出現頻度が40 %以上であることから本被験物質による構造異常誘発は陽性であると判断した.

変異原性の強さに関する相対的比較値であるD20値は0.474(mg/mL),TR値は67.7と算出され,既知変異原性物質に比較してトリメチルアミンの変異原性は弱いことを示していた.

以上の試験結果から,本試験条件下においてトリメチルアミンのチャイニーズハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陽性と判定した.

なお,本被験物質の変異原性に関する報告はなかったが,類縁体であるdimethylamineについてはAmes試験で疑陽性6),dimethylamine hydrochlorideでは染色体異常試験で陰性7),methylamineではマウスリンフォーマ試験で陽性8)との報告があった.

文献

1)A. Matsuoka, M. Hayashi and M. Ishidate Jr., Mutat. Res., 66, 277(1979).
2)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.31-35.
3)石館基監修,“<改訂>染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987, pp.19-24.
4)T. Morita, Y. Watanabe, K. Takeda and K. Okumura, Mutat. Res., 225, 55(1989).
5)T. Morita, T. Nagaki, I. Fukuda and K. Okumura, Mutat. Res., 262, 159(1991).
6)N. R. Green and J. R. Savage, Mutat. Res., 57, 115(1978).
7)I. Motoi Jr. and O. Shigeyoshi, Mutat. Res., 48, 337(1977).
8)J. C. William and M. Briaan, Mutat. Res., 174(4), 285(1986).

連絡先
試験責任者:中嶋 圓
試験担当者:益森勝志,北澤倫世,菊池正憲, 植田ゆみ子,熊平智司,鈴木ゆみ子,加藤木かな江,梶原玲子
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Madoka Nakajima(Study Director) Shoji Masumori, Michiyo Kitazawa, Masanori Kikuchi, Yumiko Ueta, Satoshi Kumadaira, Yumiko Suzuki, Kanae Katogi, Reiko Kajihara
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393