4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの
チャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of 4-(1-Methyl-1-phenylethyl)phenol
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

連続処理(24時間)および短時間処理(6時間)における50 %細胞増殖抑制濃度は,連続処理では0.021 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では,それぞれ0.0083 mg/mLおよび0.031 mg/mLであった.従って,各系列での処理濃度は,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,それぞれ公比2で5濃度設定した.連続処理では,24時間処理後,短時間処理ではS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,新鮮培地で更に18時間培養後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.染色体分析が可能な最高濃度は,24時間連続処理では0.020 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では0.0080 mg/mLおよび0.030 mg/mLであったことから,これらの濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.

CHL/IU細胞を24時間連続処理および,S9 mix非存在下で短時間処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix存在下の短時間処理では,染色体の構造異常について,傾向性検定(p<0.01)において有意差が認められたが,フィッシャーの直接確率法においてはいずれの濃度群でも溶媒対照群との間で有意差(p<0.01)が認められなかったことから,陰性と判定した.また,倍数性細胞についても誘発作用は認められなかった.

以上の結果より,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールは,上記の試験条件下で染色体異常を誘発しないと結論した.

方法

1. 使用した細胞

リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代,現在21代)したチャイニーズ・ハムスター由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代10代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,仔牛血清(CS, Cansera International)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株)培養液を用いた.

3. 培養条件

2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm, Corning)に播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.連続処理では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間処理した.また,短時間処理では,細胞播種3日目にS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. S9

S9(キッコーマン(株)は,フェノバルビタールと5,6-ベンゾフラボンを投与した雄Sprague-Dawley系ラットの肝臓から調製したものを購入した.添加量は培地に対して5 vol%とした.

5. 被験物質

4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノール(ロット番号:101002,サンテクノケミカル(株)(東京))は,固体,フレーク状で,水に対しては100 mmol/L未満,DMSOでは2 mol/L以上,アセトン50 mg/mL以上で溶解し,融点73 ℃,沸点189-191 ℃,純度99.88 %(不純物は不明)の物質で,室温で保存した.

6. 被験物質の調製

被験物質は,用時調製して試験に用いた.溶媒は DMSO(ロット番号:TPG6738およびACL5008,和光純薬工業(株)を用いた.原体を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の0.5 vol%になるように加えた.

7. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(MonocellaterTM,オリンパス光学工業(株)を用いて各群の増殖度を計測し,被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした.その結果,24時間連続処理における50 %細胞増殖抑制濃度は,0.021 mg/mLであった.また,S9 mix非存在下およびS9 mix存在下で短時間処理した場合は,0.0083 mg/mLおよび0.031 mg/mLであった(Fig. 1).

8. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,染色体異常試験において,連続処理および短時間処理のすべての処理群で,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,公比2で5濃度を設定した(24時間連続処理:0.0025,0.0050,0.010,0.020,0.040 mg/mL,S9 mix非存在下での短時間処理:0.0010,0.0020,0.0040,0.0080,0.016 mg/mL,S9 mix存在下での短時間処理:0.0038,0.0075,0.015,0.030,0.060 mg/mL).陽性対照物質として用いたマイトマイシンC(MC,協和醗酵工業(株)およびシクロホスファミド(CPA, Sigma Chemical Co.)は,局方注射用水((株)大塚製薬工場)に溶解して調製した.それぞれ染色体異常を誘発することが知られている濃度を適用した.

染色体異常試験においては1濃度あたり4枚のディッシュを用い,そのうちの2枚は染色体標本を作製し,別の 2枚については単層培養細胞密度計により細胞増殖率を測定した.

9. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき6枚作製した.作製した標本を3 vol%ギムザ溶液で染色した.

10. 染色体分析

細胞増殖率測定の結果と分裂指数により,20 %以上の相対増殖率で,かつ2ディッシュともに0.5 %以上の分裂指数を示した最も高い濃度を観察対象の最高濃度群とし,観察対象の3濃度群を決定した.その結果(Table 1, 2),連続処理では0.020 mg/mLが,S9 mix非存在下およびS9 mix存在下での短時間処理では0.0080 mg/mLおよび0.030 mg/mLが染色体分析の可能な最高濃度であったことから,これらの濃度を含む3濃度群を観察対象とした.

作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

11. 記録と判定

無処理対照,溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.

染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した(p<0.01).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3) (p<0.01)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.

結果および考察

連続処理による染色体分析の結果をTable 1に示した.4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールを加えて24時間連続処理したいずれの群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

短時間処理による染色体分析の結果をTable 2に示した.4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールを加えてS9 mix非存在下で短時間処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.また,S9 mix存在下で短時間処理した場合,染色体の構造異常は,傾向性検定(p<0.01)において有意差が認められたが,フィッシャーの直接確率法においてはいずれの濃度群でも溶媒対照群との間で有意差(p<0.01)が認められず,最高濃度(0.030 mg/mL)における出現頻度は4.0 %と低かったことから,陰性と判定した.また,すべての処理群において,有意な倍数性細胞の増加は認められなかった.

従って,4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールは,上記の試験条件下で,試験管内のCHL/IU細胞に染色体異常を誘発しないと結論した.

4-(1-メチル-1-フェニルエチル)フェノールの関連物質としては,様々なビスフェノール類があげられる.本物質の分子構造は,ビスフェノールAから水酸基を一つ除いた構造であり,酷似している.ビスフェノールAについては,復帰変異試験で陰性の結果が報告されている4)が,分裂装置である紡錘糸の形成を阻害し,異数性細胞(染色体の数的異常)を誘発することが,CREST染色法(キネトコア抗体を用いる動原体の蛍光抗体染色法)を用いた小核の分析結果から示唆されている5).ただし,ビスフェノール類のうち異数性細胞を誘発する分子種は,CRESTポジティブな小核のみを誘発し5),染色体の構造異常を誘発しないことも示唆される.なお,基本骨格と考えられるビフェニルについてはS9 mix存在下で染色体の構造異常を誘発するが,倍数細胞を誘発しない6)ことから,ビスフェノール類の細胞に対する作用機作とは根本的に異なると考えられる.加えて,ビスフェノール類のうち,4,4'-イソプロピリデンビス(2,6-ジブロモフェノール)については,本物質と同様に異数性細胞誘発の指標となる倍数性細胞を誘発しなかった7)ことや,ビス(p-ヒドロキシフェニル)メタンも異数性細胞を誘発しない5)ことが報告されており,ビスフェノール類が誘発する異数性細胞は,側鎖の種類やある特定の結合位置に側鎖が存在することによって発現するのではなく,それら全体の分子構造によって決定される可能性が考えられる.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp. 16-37.
2)吉村功編,“毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ,”サイエンティスト社,東京,1987, pp.76-78.
3)吉村功,大橋靖夫編,“毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析,”地人書館,東京,1992, pp. 218-223.
4)労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課監修,“労働安全衛生法有害性調査制度に基づく既存化学物質変異原性試験データ集,”日本化学物質安全・情報センター編集・発行,東京,1996, p. 223.
5)E. Pfeiffer et al., Mutat. Res., 390, 21 (1997).
6)石舘基監修,“改訂増補 染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987,p.152.
7)山影康次,化学物質毒性試験報告,8, 133(2001).

連絡先
試験責任者:日下部博一
試験担当者:田中憲穂,山影康次,佐々木澄志,高橋俊孝,若栗 忍,渡辺美香,橋本恵子
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Hirokazu Kusakabe(Study director)
Noriho Tanaka, Kohji Yamakage, Kiyoshi Sasaki, Toshitaka Takahashi, Shinobu Wakuri, Mika Watanabe, Keiko Hashimoto
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627