1,2,3-トリメチルベンゼンのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of

1,2,3-Trimethylbenzene in Rats

要約

トリメチルベンゼン (TMB)は,工業用に使用される多くの有機溶媒の主要な不純物であり,TMBは dimethyl benzoic acidおよびdimethyl hippuric acidに代謝される1).トリメチルベンゼンには,今回試験を実施した 1,2,3-トリメチルベンゼンの他,異性体として1,2,4-および1,3,5-トリメチルベンゼンがあり,これら3種類の異性体のうち,1,2,4-トリメチルベンゼンが最も代謝および排泄が遅く,そのため毒性が強いといわれている2).また,毒性に関しては吸入時の毒性について,中枢神経抑制,粘膜刺激および呼吸器に対する障害等が明らかになっている3).今回,既存化学物質の安全点検に係わる毒性調査事業の一環として,1,2,3-トリメチルベンゼンのSD系ラットを用いる強制経口投与による28日間反復投与毒性試験を実施した.

ラットは 1群雌雄各5匹で4試験群,対照群および高用量群には雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.

1,2,3-トリメチルベンゼンは,コーン油に溶解し,0,100,300および1000 mg/kgを毎日1回,4週間連続経口投与し,一般状態の観察,体重測定,摂餌量測定,血液学検査,血液凝固検査,血液生化学検査,尿検査,器官重量測定および病理学検査を行った.なお,回復期間は2週間とし,投与終了時と同様な検査を実施した.

その結果は,次のとおりである.

一般状態の観察では,雌雄の 1000 mg/kg群で全例に流涎が認められたが,回復期間では発現がなかった.

体重は雌の 1000 mg/kg群で増加が抑制され,雄の同群で増加抑制傾向がみられた.摂餌量は,雌雄とも群間で差が認められず,飼料効率は雄の300 mg/kg,雌雄の 1000 mg/kg群で低値であった.

血液学検査では,被験物質投与の影響を示唆する変化は認められなかったが,血液凝固検査では,活性化部分トロンボプラスチン時間 (APTT)が雌雄の被験物質投与群で延長または延長傾向を示し,さらに,プロトロンビン時間(PT)が雄のすべての被験物質投与群,雌の300 mg/kg群で延長または延長傾向を示し,フィブリノーゲン量が雄の1000 mg/kg群で高値を示した.回復試験では雄の1000 mg/kg群でAPTTのみ影響が継続して認められたが,その他の変化には回復が認められた.

血液生化学検査の結果,雌雄のすべての被験物質投与群で GOTの低値,雌のこれらの群および雄の1000 mg/kg群で塩素の低値,さらに雌雄の1000 mg/kg群で総コレステロールの高値,雌の1000 mg/kg群で総蛋白の高値が認められた.これらの変化のうち,雌の1000 mg/kg群で認められた総蛋白の高値は,回復終了時の検査でも僅かに高値であった.

尿検査の結果,雌雄の 300および1000 mg/kg群で黄褐色尿が認められ,回復終了時の検査でも,雌雄の 1000 mg/kg群で各1例ずつ認められた.

器官重量測定の結果,雄では 300および1000 mg/kg群で腎臓,さらに1000 mg/kg群で肝臓の実重量および相対重量の高値が認められた.一方,雌では,300および1000 mg/kg群で胸腺の実重量の低値,さらに1000 mg/kg群で肝臓の実重量および相対重量の高値,脳の実重量の低値,相対重量の高値が認められた.回復終了時の測定では,これらの変化のうち,雄の1000 mg/kg群の腎臓相対重量の高値,雌の同群の胸腺実重量の低値が回復にまで至らなかった.

病理学検査の結果,被験物質の影響が示唆される病変として肉眼所見では投与終了時に腎臓の肥大および淡色化が雄の 300および1000 mg/kg群に,肝臓の肥大が雌の1000 mg/kg群に観察された.このうち腎臓の淡色化は雄の回復試験終了時にも観察された.

組織所見では投与終了時に肝細胞腫脹が雌雄の 1000 mg/kg群と雄の300 mg/kg群に,腎臓の硝子滴変性が雄の300および1000 mg/kg群に,石灰沈着などの変化が雄の1000 mg/kg群に観察された.腎臓の好酸性小体は雄で対照群から観察されたが,1000 mg/kg群で所見の程度の増強が観察されたほか,脾臓の鬱血が雌の1000 mg/kg群で観察された.

回復試験終了時には脾臓の色素沈着および赤血球系造血亢進が雌雄の 1000 mg/kg群に観察された.

以上のことから,無影響量は雌雄とも 100 mg/kg/day未満と判断され,低用量による追加試験を実施することとした.

材料および方法

1. 被験物質

1,2,3-トリメチルベンゼン(CAS No.526-73-8,東京化成工業(株)提供)は無色透明の液体で,非水溶性,分子式C9H12,分子量120.20の化合物である.本試験に用いたロットFJA01の純度は99.8%であった.

2. 供試動物

供試したラット [Crj:CD(SD)系,SPF]は日本チャールス・リバー(株)(神奈川県)から4週齢で購入した.動物を検収後,試験環境に9日間馴化させた後,6週齢で投与を開始した.動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.動物の識別は,個別飼育ケージに動物標識番号(Animal ID-No.)を付すことにより行った.投与開始時の体重は雄で131〜146 g,雌で106〜123 gであった.

3. 飼育条件

動物はバリアシステムの飼育室で飼育し,環境調節の目標値は温度 23±2℃,相対湿度55±10%,換気回数20回/時,照明150〜300 lux,12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)とした.(株)東京技研サービスの水洗式飼育機を使用し,金属製前面・床網目飼育ケージに動物を1匹ずつ収容し,オリエンタル酵母工業(株)製造の放射線滅菌改良NIH公開ラット・マウス飼料および水道水を自由に摂取させた.飼育ケージは隔週1回,給餌器は週1回取り換えた.

なお,動物の馴化期間を含め,投与および回復期間中,データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.

4. 試験群の構成

試験群は 0,100,300および1000 mg/kgの4群とし,1群雌雄各5匹を用い,0および250 mg/kg群に雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.

〔用量設定理由〕

投与量設定のための 2週間投与試験を0,100,300および1000 mg/kgの4用量で実施した.その結果,雌雄の1000 mg/kg群では,体重および摂餌量の低値傾向,肝臓の実重量および相対重量の高値が認められ,さらに雌の同群で流涎が認められた.また血液生化学検査では,雄の1000 mg/kg群,雌の300および1000 mg/kg群で被験物質投与によると考えられる軽微な変化が認められた.

従って, 28日間反復投与毒性試験の用量は予備試験と同様の0,100,300 および1000 mg/kgに設定した.

5. 投与方法

被験物質の投与経路は経口とした.被験物質はコーン油に溶解し,胃ゾンデを用いて経口投与した.投与容量は体重 100 g当り0.5 mlとした.対照群には溶媒のみ投与した.

6. 投与液の調製,分析

被験物質は,各用量 (100,300および1000 mg/kg)ごとに所定量を精秤し,コーン油(ナカライテスク(株))に溶解した.投与液は調製後,冷蔵庫保存で1週間安定であることが確認されているので,本試験においては毎週1回調製を行い,1日分毎に小分けをし使用時まで冷蔵庫に保管した.投与液の濃度分析をすべての群に関し投与1および4週の調製液について実施した結果,設定濃度の98.5〜106%の範囲であり,適切に調製されていた.

7. 投与期間

投与期間は 28日間とし,投与終了後0および1000 mg/kg群について2週間の回復試験を実施した.

8. 観察,測定および検査

1) 一般状態の観察

全動物を毎日午前,午後の 2回観察し,中毒症状の有無,行動異常,死期の迫った動物および死亡動物の有無等を記録した.

2) 体  重

投与開始から回復試験終了時まで,毎週 1回測定した.

3) 摂餌量

毎週 1回給餌した残量を測定し,飼料摂取量(g/week)を算出した.

4) 臨床検査

投与終了時および回復期間終了時の計 2回実施した.採血するに当り,動物は約16時間絶食させた.動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.

a. 血液学検査

EDTA-3Kを添加した初血を用い,白血球数(WBC:暗視野板法),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:RBC, MCVより算出),平均赤血球容積(MCV:暗視野板法),平均赤血球血色素量(MCH:HGB, RBCより算出),平均赤血球血色素濃度(MCHC:HGB, HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法)および白血球百分率(フローサイトケミストリー法)を血液自動分析装置THMS H・1E(米国マイルス社)を用いて測定した.

網赤血球 (RC)率算定用に,血液塗抹標本を作製しメイ・グリュンワルド・ギムザで染色後,鏡検した.

また,クエン酸ソーダ添加血液の血漿について,プロトロンビン時間 (Quick 1段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量(トロンビン時間法)を血液凝固自動測定装置KC-40(独国 Amelung社)を用いて測定した.

b. 血液生化学検査

血清を用いて,総蛋白 (ビューレット法),アルブミン(B.C.G.法),A/G比(計算値),血糖(グルコースオキシダーゼ法),中性脂肪(酵素法),総コレステロール(酵素法),尿素窒素(BUN:ウレアーゼアンモニア法),総ビリルビン(ジアゾ色素法),カルシウム(アルセナゾ型Я破),無機リン(モリブデン酸ブルー法),ナトリウム(電極法),カリウム(電極法)および塩素(電極法)をEKTACHEM 700N(米国コダック社)で,クレアチニン(Jaff法),グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT:IFCC法),グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT:IFCC法),γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP:Szasz改法)およびアルカリホスファターゼ(ALP:Bessey-Lowry-Brock改良法)をCentrifiChem ENCORE(米国ベーカー社)で測定した.

c. 尿検査

血液学検査に先立ち,採尿器を用いて 24時間(午前10時から翌日午前10時まで)尿を採取し,尿量,色調および濁度を検査後,尿比重計UR-S((株)アタゴ)を用いて尿比重を測定した.また,尿を遠心分離後Sternheimer変法により沈渣を染色し,鏡検した.pH,潜血,ケトン体,糖,蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンについて,N-マルティスティックスSG試験紙(マイルス・三共(株))およびCLINITEK 200(米国マイルス社)を用いて測定した.

5) 病理学検査

病理解剖は投与終了時および回復期間終了時に動物をエーテル麻酔し,放血致死させ実施した.肉眼的異常を病理解剖所見記録シートに記録した.また,脳,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣,卵巣および胸腺について重量を測定し,器官重量・体重比を算出した.上記重量測定器官と下垂体,眼球,甲状腺 (上皮小体を含む),心臓,肺,胃,膀胱,骨髄(大腿骨)および一般状態の観察で流涎が観察されたため唾液腺について10%中性緩衝ホルマリン液で固定した.

病理組織学検査は固定した器官・組織のうち,肝臓,脾臓および腎臓はすべての群について,心臓,副腎,骨髄 (大腿骨)および唾液腺については対照群と高用量群について行った.常法に従って薄切標本を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色し鏡検した.

6) データの記録および統計分析

各試験群の体重,摂餌量,血液学検査値,血液生化学検査値,尿検査値 (尿量および尿比重のみ),器官重量および器官重量・体重比は,下記に示した自動判別方式に従い,最初にBartlettの等分散検定を実施した.等分散の場合は一元配置の分散分析を行い,分散が有意で各群の標本数が同数の場合はDunnettの多重比較検定,各群の標本数が異なる場合はDuncanの多重範囲検定で対照群と各投薬群間の有意差を検定した.Bartlettの等分散検定で不等分散の場合はKruskal-Wallisの順位検定を実施し,有意の場合はノンパラメトリックのDunnettの多重比較検定で対照群と各投群間の有意差を検定した.また,病理学検査結果についてはFisherの直接確率検定を実施した.なお,用量相関性については,Jonckheereの傾向検定を用いて有意差を検定した.

有意水準は 5および1%の片側検定で実施した.

試験結果

1. 死亡率

投与期間中および回復期間中,雌雄ともいずれの群にも死亡例は認められなかった.

2. 一般状態の観察

雌雄とも 1000 mg/kg群で,投与2週から流涎を示す動物が認められ,雄では投与2週に1例,投与3週に2例,投与4週には全例に,雌では,投与2週に1例,投与3週に全例に観察された.流涎は下顎が濡れる程度であったが,いずれも投与2時間後には消失し,翌日また発現した.その他,雌雄とも異常は認められなかった.回復期間では,雌雄の1000 mg/kg群で,流涎は観察されなかった.

3. 体  重(Figure 1)

雄では,投与期間および回復期間を通じて,対照群と被験物質投与群とで有意差が認められなかったが, 1000 mg/kg群は僅かながら低値傾向にあった.雌では,対照群に比較して1000 mg/kg群で投与4週に低値が認められ,0〜4週の体重増加量も低値であった.回復期間では,対照群と1000 mg/kg群とで差が認められなかった.

4. 摂 餌 量

雌雄とも,投与期間および回復期間を通じて群間で差が認められなかった.

5. 血液学検査(Table 1)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 100および300 mg/kg群で白血球数の低値が認められたが,対照群が高値傾向にあり,これらの群の値に問題はなかった(背景値 11.8±3.5×10^3/mm^3,n=80).

雌では,対照群に比較して 100 mg/kg群で白血球数の高値,300 mg/kg群で低値が認められたが用量相関性のない変化であった.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雌雄とも検査したすべての項目について,対照群と 1000 mg/kg群とで差が認められなかった.

6. 血液凝固検査(Table 1)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 300および1000 mg/kg群でプロトロンビン時間(PT)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が延長を示し,さらに1000 mg/kg群でフィブリノーゲン量が高値を示した.PTおよびAPTTに関しては,統計学的有意差は認められなかったものの,低用量の100 mg/kg群でも延長傾向にあった.雌では,対照群に比較して300および1000 mg/kg群でAPTTが延長を示し,300 mg/kg群でPTが延長を示した.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄の 1000 mg/kg群でAPTTの延長が認められた.雌については,3検査項目とも対照群と1000 mg/kg群で差が認められなかった.

7. 血液生化学検査(Table 2)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較してすべての被験物質投与群で GOTが低値を示し,さらに1000 mg/kg群で総コレステロールが高値,塩素が低値を示した.

雌では,対照群に比較してすべての被験物質投与群で GOTおよび塩素が低値を示し,さらに1000 mg/kg群で総コレステロールおよび総蛋白が高値を示した.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 1000 mg/kg群で尿素窒素およびGOTが低値を示し,雌では,対照群に比較して1000 mg/kg群でアルカリ性ホスファターゼが低値,総蛋白,アルブミンおよびカリウムが高値を示した.

8. 尿 検 査(Table 3)

〔投与終了時の検査結果〕

対照群に比較して,雌雄の 300および1000 mg/kg群で尿色の変化が認められ,黄褐色尿動物の増加が認められた.

その他の検査項目は,雌雄とも対照群と被験物質投与群とで差が認められなかった.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雌雄の 1000 mg/kg群で黄褐色尿動物が各1例認められた以外,対照群と1000 mg/kg群で差は認められなかった.

9. 器官重量(Table 4)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 300および1000 mg/kg群で腎臓重量が高値を示し,さらに1000 mg/kg群で肝臓重量が高値を示した.

雌では,対照群に比較して 300および1000 mg/kg群で胸腺重量が低値を示し,さらに1000 mg/kg群で脳重量が低値,肝臓重量が高値を示した.その他,100 mg/kg群でも脳重量が低値を示したが,用量相関性のない変化であった.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 1000 mg/kg群で脳および脾臓重量が低値を示した.

雌では,対照群に比較して 1000 mg/kg群で胸腺重量が低値を示した.

10. 器官重量・体重比(相対重量)(Table 4)

〔投与終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 300および1000 mg/kg群で腎臓相対重量が高値を示し,さらに1000 mg/kg群で肝臓相対重量が高値を示した.

雌では,対照群に比較して 1000 mg/kg群で脳および肝臓相対重量が高値を示した.

〔回復期間終了時の検査結果〕

雄では,対照群に比較して 1000 mg/kg群で腎臓相対重量が高値を示した.

雌では,対照群と 1000 mg/kg群で差が認められなかった.

11. 病理学検査

a) 剖検所見(Table 5)

投与終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で多く観察された所見として,腎臓の肥大が雄の 300,1000 mg/kg群でそれぞれ1および4例,雌の1000 mg/kg群で1例に,腎臓の淡色化が雄の300,1000 mg/kg群でそれぞれ2および4例に観察された.また肝臓の肥大が雌の1000 mg/kg群で1例に観察された.その他観察された所見は,対照群,被験物質投与群で単発性の発生であった.

回復試験終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で多く観察された所見として,腎臓の淡色化が雄の 1000 mg/kg群で4例に観察された.その他観察された所見は,対照群,1000 mg/kg群でいずれも単発性の発生であった.

b) 組織所見 (Table 6)

投与終了時において,対照群に比較して被験物質投与群に多く観察された所見として,肝細胞腫脹が雌雄の 1000 mg/kg群の全5例と,雄の300 mg/kg群の2例に,腎臓の硝子滴変性が雄の300,1000 mg/kg群でそれぞれ4および5例に観察された.雄において対照群から観察されたものの,腎臓の好酸性小体が対照群,100,300 および1000 mg/kgの各群でそれぞれ1,1,2 (軽度:1,中度:1)および3(軽度:1,重度:2)例と,300 および1000 mg/kg群で程度の増強を示した.また腎臓の好酸性小体の程度の増強に伴って,腎臓の石灰沈着,蛋白円柱および管腔拡張が雄の1000 mg/kg群でそれぞれ4,3および2例に観察された.また脾臓の鬱血が雌の1000 mg/kg群で全5例に観察された.発生数は1例のみであったが,雄の1000 mg/kg群に脾臓の赤血球系造血亢進および肝臓の糖質蓄積が観察された.その他,被験物質投与群で減少した所見として雄の1000 mg/kg群および雌の全被験物質投与群で肝臓の脂肪化の発生がなかった.なお,被験物質投与群において一般状態で流涎が観察されたため唾液腺の組織学的検査を行ったが,異常は認められなかった.また,対照群を含め試験群で肝臓の肉芽巣,腎臓の細胞浸潤および好塩基化,副腎の空胞化が観察されたが,群間で発生数に差は認められなかった.

その他,観察された所見は単発性の発生にとどまった.

回復試験終了時において,対照群に比較して被験物質投与群で多く観察された所見として,脾臓の色素沈着が雌雄の 1000 mg/kg群で全5例に,赤血球系造血亢進が雌雄の1000 mg/kg群にそれぞれ雄全5例,雌2例に観察された.また,腎臓の好酸性小体が雄の1000 mg/kg群で3例に観察されたが,そのうちの1例には投与終了時と同様の重度の好酸性小体と蛋白円柱および管腔拡張も観察された.その他,肝臓の肉芽巣および脂肪化,腎臓の好塩基化および細胞浸潤が観察された.

その他,観察された所見は単発性の発生にとどまった.

考察および結論

一般状態の観察では,雌雄とも 1000 mg/kg群で流涎が認められたが,投与2時間後には消失した.回復期間に入ると,雌雄の1000 mg/kg群で認められた流涎は1例も観察されず,この症状が被験物質投与に起因することを裏付けた.

雌雄とも摂餌量の増減は認められなかったが,体重が雌の 1000 mg/kg群で低値,雄の同用量群で低値傾向を示したため,これらの群では飼料効率が低値を示した.

血液学検査に関しては,病理組織学的検査で脾臓に赤血球系造血亢進が認められたが,被験物質投与の影響を示唆する変化は認められなかった.

血液凝固検査において,雌雄とも APTTに低用量の100 mg/kgから延長傾向または延長が認められ,雄ではPTも同様な傾向を示した.雄の1000 mg/kg群では,フィブリノーゲン量も高値を示しており,抗凝固薬や抗血小板薬で認められるものと同様な変化であったが,これらの薬剤で認められる血小板数の増加は本被験物質では認められていない.

血液生化学検査の結果,雌雄のすべての被験物質投与群で GOTの低値が認められた.

GOTはGPT同様逸脱酵素であり高値の場合のみ意義のある変化といわれている.GPTに関しては,セファロスポリン系抗生物質の投与で直接活性阻害を引き起こすことが知られているが4),GOTに関しての報告は見あたらず,本試験における他の諸検査の結果からもGOT低値の原因は明らかではない.その他雌雄で認められた総コレステロールおよび塩素,雌で認められた総蛋白についても変化の程度は僅かであり,特定器官の障害を明確に示唆するものではないと考えられた.

尿検査の結果,尿色の黄褐色化が認められたが,潜血やビリルビンなどの増加は認められなかった.被験物質の代謝物による色調変化が示唆されるが,回復期間終了時の検査でも雌雄各 1例に認められていることから,原因は明らかではない.

器官重量測定の結果,雌雄で肝臓重量の高値,さらに雄で腎臓重量の高値,雌で胸腺重量の低値が認められ,胸腺の変化を除き,病理学検査で重量増加の要因となる対応所見が認められた.

病理学検査の結果,被験物質投与の影響と考えられる変化として,肉眼所見では投与終了時の雄に腎臓の淡色化と肥大,雌に肝臓の肥大が観察され,回復試験終了時の雄にも腎臓の淡色化が観察された.その他の所見は自然発生性の所見と考えられた.組織所見では被験物質の影響と考えられる変化として,投与終了時の雌雄に中心性肝細胞腫脹,雄に腎臓の硝子滴変性が観察された.また被験物質投与によって,対照群にも観察された腎臓の好酸性小体の程度が増強し,それに伴って対照群には見られなかった腎臓の石灰沈着,蛋白円柱および管腔拡張が観察された.その他,各 1例のみであったが,1000 mg/kg群の雄に肝臓の糖質蓄積および脾臓の赤血球系造血亢進,雌に脾臓の鬱血が観察された.回復試験終了時の雌雄に脾臓の赤血球系造血亢進および色素沈着が観察された.逆に投与終了時の雌雄に肝臓の脂肪化の発生が減少した.また,投与終了時に雌の腎臓の肉眼的な肥大が観察されたが,組織学的には異常は認められなかった.その他の所見は,自然発生性の変化と考えられた.

投与終了時に観察された雌の肝臓の肉眼的な肥大,雌雄の中心性の肝細胞腫脹は肝機能に関する臨床検査値の明らかな上昇もなく,毒性変化というより生体の適応反応と考えられた.すなわち被験物質投与によって ,薬物代謝誘導などにより,肝細胞が肥大したものと考えられた5).この変化は回復試験終了時には観察されず,可逆性の変化と考えられた.

投与終了時に観察された雄の腎臓の硝子滴変性および投与終了時と回復試験終了時に観察された雄の腎臓の好酸性小体は,近位尿細管に観察された.揮発性炭化水素類の薬物投与により,肝臓で合成されたα 2u-グロブリンが揮発性炭化水素と結合し,蛋白代謝の低下した近位尿細管に蓄積するとされ,蓄積が強くなると尿細管上皮細胞の変性,壊死,再生変化,蛋白円柱が観察される6).本試験の1,2,3-トリメチルベンゼンもベンゼン環をもつ揮発性炭化水素であり,同様の所見が観察されたと考えられた.

回復試験終了時の雄の 1000 mg/kg群の1例にも同様の変化が認められたものの,発生数の減少より回復傾向はあるものと考えられた.

また投与終了時に観察された雌の脾臓の鬱血および雄の脾臓の赤血球系造血亢進,回復試験終了時に観察された雌雄の脾臓の赤血球系造血亢進と色素沈着は,投与期間および回復期間中の赤血球系の臨床検査値の異常はみられず,骨髄の異常も観察されなかったことから原因は不明であった.しかし血液凝固系の延長が起こっており,また造血障害を示唆する文献もあることから 3),投与期間中に何らかの赤血球への障害があったことが示唆され,回復期での造血亢進は障害に対する回復反応とも考えられた.

以上のことから,本被験物質は腎臓,血液凝固系を主な標的とし,無影響量は雌雄とも 100 mg/kg/day未満と判断された.従って無影響量が求まらなかったことから,さらに低用量による追加試験を実施した.

参考文献

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連絡先
試験責任者:井上博之
試験担当者:各務 進,庄子明徳,渡 修明,
小林和雄,松木由加
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-12 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜 582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Hiroyuki Inoue(Study director),
Susumu Kakamu, Akinori Shoji, Nobuaki Watari,
Kazuo Kobayashi, Yuka Matuki
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Aza Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-12, Japan
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1,2,3-トリメチルベンゼンのラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験(追加試験)

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of
1,2,3-Trimethylbenzene in Rats(Additional test)

要約

先に実施した 1,2,3-トリメチルベンゼンのSD系ラットを用いる強制経口投与による28日間反復投与毒性試験において最低用量の100 mg/kg群でも雌雄で活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT),さらに雄の100 mg/kg群でプロトロンビン時間(PT)の延長傾向が認められたため,無影響量を見い出すための追加試験を実施した.

ラットは 1群雌雄各5匹で4試験群,計40匹を使用した.

1,2,3-トリメチルベンゼンは,コーン油に溶解し,0,3,10および30 mg/kgを毎日1回,4週間連続経口投与し,一般状態の観察,体重測定,摂餌量測定,血液凝固能検査,血液生化学検査(GOTおよび塩素のみ)および病理学的検査(剖検)を行った.

その結果は,次のとおりであった.

一般状態の観察では,雌雄とも投与期間を通じて異常動物は認められなかった.

体重,摂餌量および飼料効率は,雌雄とも群間で差が認められなかった.

血液凝固能検査では,活性化部分トロンボプラスチン時間 (APTT),プロトロンビン時間(PT)およびフィブリノーゲン量のいずれも,雌雄ともに被験物質投与群と対照群とで差が認められなかった.

血液生化学検査の結果,雌雄のすべての被験物質投与群とも GOTおよび塩素の2項目について,対照群と差が認められなかった.

病理学的検査の結果,被験物質の影響が示唆される肉眼所見は雌雄いずれの群にも認められなかった.

以上のことから,無影響量は雌雄とも 30 mg/kg/dayと判断された.

材料および方法

1. 被験物質

1,2,3-トリメチルベンゼン(CAS No.526-73-8,東京化成工業(株)提供)は無色透明の液体で,非水溶性,分子式C9H12,分子量120.20の化合物である.本試験に用いたロットFJA01の純度は99.8%であった.

2. 供試動物

供試したラット [Crj:CD(SD)系,SPF]は日本チャールス・リバー(株)(神奈川県)から4週齢で購入した.動物を検収後,試験環境に8日間馴化させた後,6週齢で投与を開始した.動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.動物の識別は,個別飼育ケージに動物標識番号(Animal ID-No.)を付すことにより行った.投与開始時の体重は雄で130〜144 g,雌で104〜121 gであった.

3. 飼育条件

動物はバリアシステムの飼育室で飼育し,環境調節の目標値は温度 23±2℃,相対湿度55±10%,換気回数20回/時,照明150〜300 lux,12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)とした.(株)東京技研サービスの水洗式飼育機を使用し,金属製前面・床網目飼育ケージに動物を1匹ずつ収容し,オリエンタル酵母工業(株)製造の放射線滅菌改良NIH公開ラット・マウス飼料および水道水を自由に摂取させた.飼育ケージは隔週1回,給餌器は週1回取り換えた.

なお,動物の馴化期間を含め,投与および回復期間中,データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.

4. 試験群の構成

試験群は 0,3,10および30 mg/kgの4群とし,1群雌雄各5匹,計40匹を使用した.

〔用量設定理由〕

28日間反復投与毒性試験を0,100,300および1000 mg/kgで実施した結果,雌雄とも100 mg/kgにおいてもPT,APTTの延長のみが影響として認められた.無影響量を把握するため,さらに公比約3で30,10および3 mg/kgを設定した.

5. 投与方法

被験物質の投与経路は経口とした.被験物質はコーン油に溶解し,胃ゾンデを用いて経口投与した.投与容量は体重 100 g当り0.5 mlとした.対照群には溶媒のみ投与した.

6. 投与液の調製,分析

被験物質は,各用量 (3,10および30 mg/kg)ごとに所定量を精秤し,コーン油(ナカライテスク(株))に溶解した.投与液は調製後,冷蔵庫保存で1週間安定であることが確認されているので,本試験においては毎週1回調製を行い,1日分毎に小分けをし使用時まで冷蔵庫に保管した.投与液の濃度分析をすべての群に関し投与1および4週の調製液について実施した結果,設定濃度の89.5〜99.3%の範囲であり,適切に調製されていた.

7. 投与期間

投与期間は 28日間とした.

8. 観察,測定および検査

1) 一般状態の観察

全動物を毎日午前,午後の 2回観察し,中毒症状の有無,行動異常,死期の迫った動物および死亡動物の有無等を記録した.

2) 体  重

投与開始から投与終了時まで,毎週 1回測定した.

3) 摂餌量

毎週 1回給餌した残量を測定し,飼料摂取量(g/week)を算出した.

4) 臨床検査

投与終了時に実施した.

採血するに当り,動物は約 16時間絶食させた.動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.

a. 血液凝固能検査

クエン酸ソーダ添加血液の血漿について,プロトロンビン時間 (Quick 1段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量(トロンビン時間法)を血液凝固自動測定装置KC-40(独国Amelung社)を用いて測定した.

b. 血液生化学検査

血清を用いて,塩素 (電極法)をEKTACHEM 700N(米国コダック社)で,グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT:Karmen改良法)をCentrifiChem ENCORE(米国ベーカー社)で測定した.

5) 病理学検査

病理解剖は投与終了時に動物をエーテル麻酔し,放血致死させ実施した.肉眼的異常を病理解剖所見記録シートに記録した.また,肝臓,腎臓,脾臓および骨髄 (大腿骨)について10%中性緩衝ホルマリン液で固定し保存した.

6) データの記録および統計分析

各試験群の体重,摂餌量,血液凝固能検査値および血液生化学検査値は,下記に示した自動判別方式に従い,最初に Bartlettの等分散検定を実施した.等分散の場合は一元配置の分散分析を行い,分散が有意で各群の標本数が同数の場合はDunnettの多重比較検定,各群の標本数が異なる場合はDuncanの多重範囲検定で対照群と各投薬群間の有意差を検定した.Bartlettの等分散検定で不等分散の場合はKruskal-Wallisの順位検定を実施し,有意の場合はノンパラメトリックのDunnettの多重比較検定で対照群と各投薬群間の有意差を検定した.また,病理学的検査結果についてはFisherの直接確率検定を実施した.

有意水準は5および1%の片側検定で実施した.

試験結果

1. 死亡率

投与期間中,雌雄ともいずれの群にも死亡例は認められなかった.

2. 一般状態の観察

雌雄いずれの群にも異常動物は認められなかった.

3. 体  重

雌雄とも全投与期間を通じて,対照群と被験物質投与群とで有意差が認められなかった.

4. 摂 餌 量

雌雄とも,投与期間を通じて群間で差が認められなかった.

5. 血液凝固能検査(Table 1)

雌雄とも PT,APTTおよびフィブリノーゲン量の3検査項目について群間で差は認められなかった.

6. 血液生化学検査(Table 2)

雌雄とも GOTおよび塩素は被験物質投与群と対照群とで差が認められなかった.

7. 病理学検査

a) 剖検所見

被験物質投与群で多く観察された所見はなく,観察された所見は,いずれも単発性の発生であった.

考察および結論

雌雄とも投与期間を通じて死亡例はなく,一般状態に異常のある動物は観察されなかった.

体重,摂餌量および飼料効率は,雌雄とも被験物質投与群で差が認められなかった.

血液凝固能検査については,前試験 (投与量0,100,300および1000 mg/kg)で認められたPTおよびAPTTの延長傾向が,雌雄の30 mg/kg群では認められなかった.

血液生化学的検査の結果, GOTおよび塩素は,雌雄とも対照群と被験物質投与群とで差が認められなかった.

剖検所見にも被験物質投与と関連づけられる異常は認められなかった.

以上のことから,無影響量は雌雄とも 30 mg/kg/dayと判断された.

連絡先
試験責任者:井上博之
試験担当者:各務 進,庄子明徳,渡 修明,
小林和雄,松木由加
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