シアノグアニジンのチャイニーズハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of
Cyanoguanidine on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

シアノグアニジンが培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験結果をもとに,連続処理法ならびに短時間処理法で840 μg/mL(10 mM相当)を最高処理濃度とした.最高処理濃度の1/2および1/4をそれぞれ中濃度および低濃度として設定した.連続処理では,S9 mix非存在下における24時間および48時間連続処理後,短時間処理ではS9 mix存在下および非存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.

その結果,連続処理ならびに短時間処理のいずれの処理群においても,染色体の構造異常や倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下ではシアノグアニジンは,染色体異常を誘発しない(陰性)と結論した.

方法

1. 試験細胞株

哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験に広く使用されていることから,試験細胞株としてチャイニーズ・ハムスターの肺由来の線維芽細胞株(CHL)を選択した.昭和59年11月15日に国立医薬品食品衛生研究所から分与を受け,一部はジメチルスルホキシド(DMSO: MERCK社)を10 %添加した後,液体窒素中に保存し,残りは3〜5日ごとに継代した.なお,本染色体異常試験では解凍後継代数9の細胞を用いた.

2. 培養液の調製

Eagle-MEM液体培地(LIFE TECHNOLOGIES社)に,メンブランフィルター(0.45 μm:CORNING社)を用いて加圧濾過除菌した非働化(56℃,30分)済み仔牛血清(LIFE TECHNOLOGIES社)を最終濃度で10 %になるよう加えた後,試験に使用した.調製後の培養液を冷暗所(4℃)に保存した.

3. 培養条件

CO2インキュベーター(FORMA社あるいは三洋電機特機)を用い,CO2濃度5 %,37℃の条件で細胞を培養した.

4. S9 mix

製造後6ヵ月以内のキッコーマン製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製されたものである.S9 mixの組成は松岡らの方法に従った1).

5. 被験物質

被験物質のシアノグアニジン(ロット番号:L-2271)は分子式C2H4N4,分子量84.08,純度99.8 %(不純物としてメラミン0.01〜0.02 %を含む)の固体である.日本カーバイト工業から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで室温で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

生理食塩液(大塚製薬工場)に被験物質を溶解して調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,直ちに処理を行った(用時調製).

7. 予備試験(細胞増殖抑制試験)

細胞培養用マルチプレートに細胞を播種し,培養3日後に被験物質液を処理した.連続処理の場合,24あるいは48時間連続して処理を実施し,短時間処理ではS9 mix非存在下(-S9 mix)あるいは存在下(+S9 mix)で6時間処理した後,新鮮な培養液に交換してさらに 18時間培養を続けた.

細胞を10 %中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業)で固定した後,0.1 %クリスタル・バイオレット(関東化学)水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 %エタノール,1 %酢酸水溶液)を適量加え,5分間程度放置して色素を溶出した後,580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち細胞生存率を算出した.

その結果,いずれの処理法においても明確な細胞増殖抑制は観察されなかった(Fig. 1).

8. 試験用量および試験群の設定

細胞増殖抑制試験結果をもとに,染色体異常試験では連続処理法ならびに短時間処理法のいずれにおいても840 μg/mL(10 mM相当)を最高処理濃度とし,以下公比2で減じた計3用量ならびに溶媒対照群を設定した.

陽性対照として,連続処理の場合,マイトマイシンC(MMC:協和醗酵工業)を,24時間処理で0.05 μg/mL,48時間処理で0.025 μg/mLの用量で,短時間処理の場合,シクロホスファミド(CP:塩野義製薬)を,12.5 μg/mLの用量で試験した.

9. 染色体標本の作製

直径60 mmのプレートを用い,予備試験と同様に被験物質等の処理を行った.培養終了2時間前に,最終濃度で0.2 μg/mLとなるようコルセミド(LIFE TECHNOLOGIES社)を添加した.トリプシン処理で細胞を剥離させ,遠心分離により細胞を回収した.75 mM塩化カリウム水溶液で低張処理を行った後,固定液(メタノール3容:酢酸1容)で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.2 %ギムザ染色液で12分間染色した.

10. 染色体の観察

各プレートあたり100個,すなわち用量当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察し,染色体の形態的変化としてギャップ(gap),染色分体切断(ctb),染色体切断(csb),染色分体交換(cte),染色体交換(cse)およびその他(oth)の構造異常に分類した.同時に,倍数性細胞の出現率を記録した.染色体の分析は日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会2)による分類法に従って実施した.

すべての標本をコード化した後,観察した.

11. 結果の解析

ギャップのみ保有する細胞を含めた場合(+gap)と,含めない場合(-gap)とに区別して染色体構造異常の出現頻度を表示した.

各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,石館ら3)の基準に従って判定した.染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.最終的には再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.

なお,統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

結果および考察

連続処理群での試験結果をTable 1に示した.シアノグアニジン処理群の場合,いずれの用量においても染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発傾向は観察されなかった.一方,陽性対照物質のMMCで処理した細胞では染色体の構造異常の顕著な誘発が認められた.短時間処理群での試験結果をTable 2に示した.被験物質処理群の場合,S9 mix非存在下および存在下のいずれの用量においても染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発傾向は観察されなかった.一方,陽性対照物質のCPで処理した細胞ではS9 mix存在下でのみ染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.なお,試験期間中析出等の特筆すべき変化は観察されなかった.以上の試験結果から,本試験条件下においてシアノグアニジンのチャイニーズハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陰性と判定した.

なお,類縁化合物であるメチル-N'-ニトロソグアニジンについては,CHL細胞を用いた in vitro染色体異常試験で陽性4)と報告されている.

文献

1)A. Matsuoka, M. Hayashi and M. Ishidate Jr., Mutat. Res., 66. 277(1979).
2)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,"化学物質による染色体異常アトラス,"朝倉書店,東京,1988,pp. 31-35.
3)石館基 監修,"<改訂>染色体異常試験データ集,"エル・アイ・シー社,東京,1987,pp. 19-24.
4)石館基 監修,"<改訂>染色体異常試験データ集,"エル・アイ・シー社,東京,1987,p. 279.

連絡先
試験責任者:中嶋 圓
試験担当者:北澤倫世,益森勝志,板倉真由実,植田ゆみ子
財団法人 食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Madoka Nakajima(Study director)
Michiyo Kitazawa, Shoji Masumori,
Mayumi Itakura, Yumiko Ueta
Biosafety Research Center/Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center)
582-2 Shioshinden Aza Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
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