ビス(1-メチルエチル)ナフタレンのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of
Bis(1-methylethyl)naphthalen in Rats

要約

ビス(1-メチルエチル)ナフタレンを雌雄ラットに28日間経口投与し,その毒性について検討した.一部の動物については,14日間の回復期間を設けた.投与量は,1000 mg/kgを最高用量とし,以下300,100および30 mg/kgとした.対照として媒体(コーンオイル)投与群を設けた.

死亡例は,1000 mg/kg群で雄5/12例と雌6/12例認められた.一般状態観察では,1000 mg/kg群の雄で横臥,自発運動の低下,歩行異常,立毛,被毛の汚れが,雌で被毛の汚れがみられた.

体重は,1000 mg/kg群の雌雄で投与期間の初期に増加抑制がみられた.

摂餌量は,1000 mg/kg群の雌雄で投与期間の初期に低値が,雌で投与期間の中期〜後期に高値がみられた.回復期間中は,1000 mg/kg群の雌雄とも摂餌量の高値がみられた.

摂水量は,300 mg/kg群の雌で投与期間の中期〜後期に摂水量の高値がみられた.1000 mg/kg群の雌雄で投与期間の初期に摂水量の低値が,投与期間の中期〜後期に摂水量の高値がみられた.回復期間中は,1000 mg/kg群の雌雄とも摂水量の高値がみられた.

尿検査では,300 mg/kg群の雌で尿量の高値がみられた.1000 mg/kg群の雌雄で尿量の高値および尿比重の低値傾向がみられた.回復期間終了前には,1000 mg/kg群の雌雄で尿量の高値傾向がみられた.

血液学検査では,300 mg/kg群の雄でAPTTおよびPTの高値あるいは高値傾向が,300 mg/kg群の雌でAPTTの高値が,1000 mg/kg群の雄で血小板数,PT,APTTおよびフィブリノーゲン濃度の高値あるいは高値傾向ならびに赤血球数およびヘマトクリット値の低値が,雌で白血球数,APTT,フィブリノーゲン濃度および好中球率の高値あるいは高値傾向ならびにリンパ球率の低値がみられた.これらの変動は,回復期間終了時にはほぼ消失したが,1000 mg/kg群の雄でPTの高値がみられた.

血液生化学検査では,30および100 mg/kg群の雌で総コレステロールの高値が,300 mg/kg群の雄で総ビリルビンの高値ならびにトリグリセライドの低値が,雌で総ビリルビンおよび総コレステロールの高値が,1000 mg/kg群の雄でGPT,γ-GTP,総ビリルビンおよび総コレステロールの高値あるいは高値傾向ならびにトリグリセライドの低値が,雌でGPT,γ-GTP,総ビリルビン,尿素窒素,クレアチニン,総コレステロールおよびトリグリセライドの高値あるいは高値傾向がみられた.これらの変動は,回復期間終了時には消失した.

剖検では,1000 mg/kg群の死亡例で前胃粘膜の潰瘍,腺胃粘膜の暗赤色化,腺胃粘膜の暗赤色斑がみられた.生存例では,肝臓の肥大が300および1000 mg/kg群の雌雄にみられた.

器官重量では,100,300および1000 mg/kg群の雄ならびに300および1000 mg/kg群の雌で肝臓の絶対および相対重量の高値がみられた.これらの変動は,回復期間終了時には1000 mg/kg群の雄では消失したが,雌では継続して認められた.1000 mg/kg群の雄で腎臓の相対重量の高値ならびに300および1000 mg/kg群の雌で腎臓の絶対および相対重量の高値あるいは高値傾向がみられた.これらの変動は,回復期間終了時には1000 mg/kg群の雌では消失したが,雄では継続して認められた.1000 mg/kg群の雌で副腎の絶対および相対重量の高値あるいは高値傾向がみられた.これらの変動は,回復期間終了時には消失した.

病理組織学検査においては,1000 mg/kg群の死亡例では,肝臓において小葉全体の肝細胞肥大が雌雄に,前胃潰瘍が雌雄に,前胃の細胞浸潤が雌雄に,胸腺の萎縮が雄に,脾臓の萎縮が雌雄に,腸間膜リンパ節においてリンパ球の壊死が雌に,副腎において束状帯細胞の肥大が雌に,腎臓において乳頭壊死が雄に,乳頭部好中球浸潤が雄に,尿細管好塩基性化が雄に,尿細管拡張が雄に,精巣上体の萎縮が雄に,精巣上体管内精子減少が雄に,精嚢の萎縮が雄にみられた.生存例では,肝臓において300 mg/kg群で小葉中心性肝細胞肥大が雌に,1000 mg/kg群で小葉全体の肝細胞肥大が雄に,小葉中心性肝細胞肥大が雌雄に,腎臓において1000 mg/kg群で尿細管好塩基性化が雄に,乳頭部好中球浸潤,尿細管好塩基性化および尿細管拡張が雌にみられた.

以上のことから,ビス(1-メチルエチル)ナフタレンは肝臓,腎臓および副腎に明らかな影響を及ぼすことが示唆された.当試験条件下におけるビス(1-メチルエチル)ナフタレンの一般毒性学的無影響量は,雄では100 mg/kg投与により肝臓の絶対および相対重量の高値が認められたことから30 mg/kg/day,雌では30 mg/kg投与により総コレステロールの高値が認められたことから30 mg/kg/day未満と考えられる.

方法

1. 被験物質および媒体

被験物質のビス(1-メチルエチル)ナフタレンは,水に不溶であり,ほとんど無臭の低粘度の無色透明な液体である[Lot No. 7Y251,純度:98.44 %,呉羽化学工業(株),東京].入手後は,室温・遮光条件下で保管した.

被験物質は,コーンオイルで希釈して調製した.被験物質は純度換算を行い,投与量は原体重量で表示した.なお,調製液は,調製後冷蔵・遮光条件下で7日間,さらに室温・遮光条件下で4時間保存しても安定性に問題のないことが確認されていたため,冷蔵・遮光条件下で保管し,調製後7日以内に使用した.また,投与開始日に使用した各濃度の投与液中の被験物質濃度を確認した結果,被験物質濃度に問題はなかった.

2. 使用動物および飼育条件

4週齢のSprague-Dawley系雌雄ラット[Crj:CD(SD)IGS, (SPF)]を日本チャールス・リバー(株)から購入した.入手した動物は,5日間の検疫期間,その後雄は8日間,雌は10日間の馴化期間を設け,一般状態および体重推移に異常がみられなかった動物を群分けした.群分けは,コンピュータを用いて体重を層別に分けた後に,無作為抽出法により各群の平均体重および分散がほぼ等しくなるように投与開始日に行った.

動物は,室温20〜26℃,湿度40〜70 %,明暗各12時間(照明:午前6時〜午後6時),換気回数12回/時に維持されている飼育室で飼育した.検疫・馴化期間中はステンレス製ケージを用いて1ケージ当たり5匹までの群飼育とし,群分け後はステンレス製ケージを用いて個別飼育した.飼料は固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を,飲料水は水道水をいずれも自由に摂取させた.なお,剖検前日の午後4時頃からは絶食とした.

3. 投与経路,投与方法,群構成,投与量および投与期間

投与経路は,経口投与を選択した.投与に際しては,金属製経口胃ゾンデを取り付けたポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒を用いて,強制経口投与した.投与液量は,投与日あるいは投与日に最も近い測定日の体重を基準とし,5 mL/kgで算出した.投与回数は1日1回とした.

投与開始日の週齢は雌雄とも6週齢であり,体重範囲は雄が170〜196 g,雌が143〜160 gであった.

群構成は,被験物質投与群として4群を設定し,その他に対照群を設けた.1群の動物数は,対照群および1000 mg/kg群は投与期間終了時剖検例雌雄各6例と回復期間終了時剖検例雌雄各6例の雌雄各12例とした.また,30,100および300 mg/kg群は投与期間終了時剖検例雌雄各6例とした.

投与量は,雄ラットに14日間反復投与した予備試験(投与段階:0,125,250,500および1000 mg/kg)の結果により決定した.すなわち,125〜1000 mg/kg投与において,投与直後に流涎,1000 mg/kg投与で肝臓の肥大がみられたが,各群とも死亡発現はなく,体重推移にも異常は認められなかった.そこで,当試験の投与量は,1000 mg/kgを最高用量とし,以下公比約3で除して300,100および30 mg/kgとした.また,対照として被験物質投与群の投与液と同一容量の媒体(コーンオイル)のみを投与する群を設けた.

投与期間は,28日間連続投与とした.また,28日間の投与後に一部の動物について14日間の回復期間を設けた.なお,投与開始日を投与1日とし,最終投与の翌日を回復1日とした.

4. 観察および検査項目

1) 一般状態

一般状態および死亡の有無は,投与期間中には投与前・後の1日2回ならびに回復期間中には1日1回観察した.

死亡例は,発見後速やかに剖検し,各器官・組織についてH-E染色組織標本を作製し,病理組織学的に検査した.

2) 体重測定

体重は,投与期間中および回復期間中とも1週間に2回測定した.

3) 摂餌量測定

摂餌量は,投与期間中および回復期間中とも1週間に1回測定した.

4) 摂水量測定

摂水量は,投与期間中および回復期間中とも1週間に1回測定した.

5) 尿検査

投与期間終了前および回復期間終了前に採尿ケージを用いて絶食・給水下で3時間で採取した尿(3時間尿)と引き続いて給餌・給水下で21時間で採取した尿(21時間尿)ならびにそれらを合計した尿(24時間尿)について,以下の検査を実施した.

3時間尿:色調は,外観判定とした.pH,蛋白,糖,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲンは,エームスクリニテック用検査紙(バイエル・三共(株))に尿を滴下後にエームス尿分析器(クリニテック200,バイエル・三共(株))を用いて検査した.尿沈渣は,沈渣を尿沈渣染色液で染色後に顕微鏡下で観察した.なお,採尿は,当日の検体投与後に行った.

21時間尿:比重を屈折率により屈折型尿比重計(ユリペット-D,(株)ニコン)を用いて測定した.

24時間尿:尿量を比重と重量から算出した.

6) 血液学検査

最終投与の翌日および回復期間終了後にペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈から血液を採取し,以下の血液学検査を実施した.

赤血球数(RBC),ヘモグロビン量,ヘマトクリット値,血小板数および白血球数(WBC)は,EDTA-2K処理した血液について多項目自動血球計数装置(Sysmex K-4500,東亜医用電子(株))を用いて測定した.さらに,平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.

網状赤血球数は,EDTA-2K処理した血液をBrecher法により超生体染色してスライドグラスに塗抹後,Giemsa染色標本を作製して顕微鏡下で赤血球1000個中の網状赤血球数を計数した.

白血球百分率は,EDTA-2K処理した血液をスライドグラスに塗抹し,May-Giemsa染色標本を作製して顕微鏡下で白血球100個を分類計数した.

プロトロンビン時間(PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)およびフィブリノーゲン濃度は,3.13 %クエン酸ナトリウムで処理した血漿について,散乱光検出方式により血液凝固分析装置(コアグマスター,三共(株))を用いて測定した.

7) 血液生化学検査

血液学検査用の血液と同時期に腹大動脈から採取した血液から遠心分離(約4℃,3000 rpm,15分間)して得た血清について,以下の血液生化学検査を実施した.

GOTおよびGPTはHenry変法,ALPはρ-NPP基質法,γ-GTPはγ-G-P-NA基質法,総蛋白はBiuret法,総ビリルビンはAzobilirubin法,尿素窒素(BUN)はUrease・GlDH法,クレアチニンはJaff法,ブドウ糖はGlucose dehydrogenase法,総コレステロールはCOD・DAOS法,トリグリセライドはGPO・DAOS法,Caはο-CPC法,無機リンはMolybdenum blue法により,自動分析装置(AU 500,オリンパス光学工業(株))を用いて測定した.

NaおよびKはイオン選択電極法により,Clは電量滴定法により,いずれも全自動電解質分析装置(EA04,(株)A&T)を用いて測定した.

蛋白分画は,電気泳動法により自動電気泳動装置(AES 600,オリンパス光学工業(株))を用いて測定した.

アルブミン量は総蛋白量および蛋白分画値から,A/G(アルブミン/グロブリン)比は蛋白分画値から算出した.

8) 剖検

採血した動物をさらに放血致死させた後に剖検した.脳(大脳,小脳,延髄),下垂体,甲状腺,胸腺,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣は重量を測定した.ただし,下垂体および甲状腺は20 %中性緩衝ホルマリンに1晩固定後測定した.これらの器官は,肺,気管,膵臓,唾液腺(舌下腺・顎下腺),食道,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,リンパ節(下顎・腸間膜),膀胱,精嚢,前立腺,子宮,腟,上皮小体,脊髄,坐骨神経,眼球,ハーダー腺,胸骨および大腿骨とともに20 %中性緩衝ホルマリンに固定した.ただし,精巣および精巣上体はブアン液に固定し,眼球はグルタールアルデヒド・ホルマリンに固定した.

9) 病理組織学検査

投与期間終了時剖検例の対照群,300および1000 mg/kg群について各器官・組織のH-E染色組織標本を作製し,病理組織学検査を実施した.300および1000 mg/kg群の検査で対照群と比べて異常を示す動物数に差があると考えられた肝臓および腎臓については,投与期間終了時の30および100 mg/kg群の雌雄,ならびに回復期間終了時の対照群および1000 mg/kg群の雌雄も同様に検査した.

5. 統計学的方法

統計解析は,Bartlett法による等分散性の検定を行い,等分散の場合には一元配置法による分散分析を行い,有意ならばDunnett法により行った.一方,等分散と認められなかった場合は,順位を利用した一元配置法による分析(Kruskal-Wallisの検定)を行い,有意ならば順位を利用したDunnett型の検定法により行った.

なお,病理組織学検査において,300および1000 mg/kg群で毒性学的影響が示唆され他の用量群についても検査を実施した器官・組織の所見については,対照群との群間比較を上記の順位を利用したDunnett型の検定法を用いて行った.そこで対照群との間に有意差が認められた場合は,Cochran・Armitageの傾向検定を用いて用量反応性の検定を行った.

結果

1. 一般状態

1) 雄

死亡および瀕死例は,対照群,30,100および300 mg/kg群では認められなかった.1000 mg/kg群では,5例が死亡した.死亡例では,自発運動の低下,立毛,被毛の汚れ,流涎,歩行異常および横臥がみられた.

投与期間中には,生存例の一般状態観察において対照群および30 mg/kg群では異常はみられなかった.100,300および1000 mg/kg群では,一過性の流涎がみられた.

回復期間中には,対照群および1000 mg/kg群とも異常はみられなかった.

2) 雌

死亡および瀕死例は,対照群,30,100および300 mg/kg群では認められなかった.1000 mg/kg群では,6例が死亡した.死亡例では,流涎および被毛の汚れがみられた.

投与期間中には,生存例の一般状態観察において対照群および30 mg/kg群では異常はみられなかった.100および300 mg/kg群では,一過性の流涎がみられた.1000 mg/kg群では,一過性の流涎および被毛の汚れがみられた.

回復期間中には,対照群および1000 mg/kg群とも異常はみられなかった.

2. 体重(Fig. 1, 2)

1) 雄

投与期間中には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて体重に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与4,8および25日に体重の有意な低値がみられた.

回復期間中には,1000 mg/kg群では対照群と比べて体重に有意差はみられなかった.

2) 雌

投与期間中には、30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて体重に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与4日に体重の有意な低値がみられた.

回復期間中には,1000 mg/kg群では対照群と比べて回復1日に体重の有意な高値がみられた.

3. 摂餌量(Fig. 3, 4)

1) 雄

投与期間中には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて摂餌量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂餌量の有意な低値がみられた.

回復期間中には,1000 mg/kg群では対照群と比べて回復3日に摂餌量の有意な高値がみられた.

2) 雌

投与期間中には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて摂餌量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂餌量の有意な低値が,投与10,17および24日に有意な高値がみられた.

回復期間中には,1000 mg/kg群では対照群と比べて回復3日に摂餌量の有意な高値がみられた.

4. 摂水量(Fig. 5, 6)

1) 雄

投与期間中には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて摂水量に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂水量の有意な低値が,投与10,17および24日に有意な高値がみられた.

回復期間中には,1000 mg/kg群では,対照群と比べて回復3日に摂水量の有意な高値がみられた.

2) 雌

投与期間中には,30および100 mg/kg群では対照群と比べて摂水量に有意差はみられなかった.300 mg/kg群では,対照群と比べて投与10,17および24日に摂水量の有意な高値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べて投与3日に摂水量の有意な低値が,投与10,17および24日に有意な高値がみられた.

回復期間中には,1000 mg/kg群では対照群と比べて回復3日に摂水量の有意な高値がみられた.

5. 尿検査(Table 1, 2)

1) 雄

投与期間終了前には,30,100および300 mg/kg群では対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.1000 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値が,尿比重の低値傾向がみられた.しかし,その他の項目は,各投与群とも対照群に差は認められなかった.

回復期間終了前には,1000 mg/kg群では対照群と比べて尿量の高値傾向がみられたが,その他の項目に差は認められなかった.

2) 雌

投与期間終了前には,30および100 mg/kg群では対照群と比べて尿量および比重に有意差はみられなかった.300 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べて尿量の有意な高値が,尿比重の低値傾向がみられた.しかし,その他の項目は,各投与群とも対照群に差は認められなかった.

回復期間終了前には,1000 mg/kg群では対照群と比べて尿量の高値傾向がみられたが,その他の項目に差は認められなかった.

6. 血液学検査(Table 3, 4)

1) 雄

投与期間終了時には,30および100 mg/kg群では対照群と比べていずれの項目にも有意差はみられなかった.300 mg/kg群では,対照群と比べてAPTTの有意な高値が,PTの高値傾向がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べて血小板数,APTTおよびフィブリノーゲン濃度の有意な高値が,赤血球数およびヘマトクリット値の有意な低値が,PTの高値傾向がみられた.

回復期間終了時には,1000 mg/kg群では対照群と比べてPTの有意な高値がみられた.

2) 雌

投与期間終了時には,30および100 mg/kg群では対照群と比べていずれの項目にも有意差はみられなかった.300 mg/kg群では,対照群と比べてAPTTの有意な高値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べてAPTT,フィブリノーゲン濃度および好中球率の有意な高値が,リンパ球率の有意な低値が,白血球数の高値傾向がみられた.その他,300および1000 mg/kg群では,対照群と比べてMCHの有意な低値がみられたが,対照群との差はわずかであることから,投与に基づく変化ではないと判断された.

回復期間終了時には,1000 mg/kg群では対照群と比べていずれの項目にも有意差はみられなかった.

7. 血液生化学検査(Table 5, 6)

1) 雄

投与期間終了時には,100 mg/kg群では対照群と比べていずれの項目にも有意差はみられなかった.300 mg/kg群では,対照群と比べて総ビリルビンの有意な高値およびトリグリセライドの有意な低値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べてγ-GTP,総ビリルビンおよび総コレステロールの有意な高値が,トリグリセライドの有意な低値が,GPTの高値傾向がみられた.その他,30 mg/kg群では対照群と比べてγ-グロブリン率の有意な高値が,1000 mg/kg群ではアルブミン量およびα2-グロブリン率の有意な高値ならびにα1-グロブリン率の有意な低値がみられたが,いずれも対照群との差はわずかであることから,投与に基づく変化ではないと判断された.

回復期間終了時には,1000 mg/kg群では対照群と比べていずれの項目にも有意差はみられなかった.

2) 雌

投与期間終了時には,30および100 mg/kg群では対照群と比べて総コレステロールの有意な高値がみられた.300 mg/kg群では,対照群と比べて総ビリルビンおよび総コレステロールの有意な高値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べてGPT,γ-GTP,総ビリルビン,総コレステロールおよびトリグリセライドの有意な高値が,尿素窒素およびクレアチニンの高値傾向がみられた.その他,30 mg/kg群ではα2-グロブリン率の有意な高値が,100 mg/kg群ではブドウ糖の有意な低値が,300 mg/kg群ではα2-グロブリン率の有意な高値ならびにブドウ糖およびClの有意な低値が,1000 mg/kg群ではα2-グロブリン率およびβ-グロブリン率の有意な高値ならびにClの有意な低値がみられたが,いずれも対照群との差はわずかであることから,投与に基づく変化ではないと判断された.

回復期間終了時には,1000 mg/kg群では対照群と比べてβ-グロブリン率の有意な高値およびALPの有意な低値がみられたが,いずれも対照群との差はわずかであることから,投与に基づく変化ではないと判断された.

8. 剖検

1) 雄

1000 mg/kg群の死亡例において,前胃粘膜の潰瘍が1例,腺胃粘膜の暗赤色化が1例みられた.

投与期間終了時には,対照群および100 mg/kg群では異常はみられなかった.300 mg/kg群では,肝臓の肥大が5例みられた.1000 mg/kg群では,肝臓の肥大が4例みられた.その他,30 mg/kg群では両側精巣と両側精巣上体の萎縮が1例,300 mg/kg群では右腎盂拡張が1例みられたが,これらの変化はいずれも偶発例と判断された.

回復期間終了時には,対照群および1000 mg/kg群とも異常はみられなかった.

2) 雌

1000 mg/kg群の死亡例において,前胃粘膜の潰瘍が5例,腺胃粘膜の暗赤色斑が5例みられた.

投与期間終了時には,対照群,30および100 mg/kg群では異常はみられなかった.300 mg/kg群では,肝臓の肥大が1例みられた.1000 mg/kg群では,肝臓の肥大が3例,両側腎臓の肥大が1例みられた.

回復期間終了時には,対照群および1000 mg/kg群とも異常はみられなかった.

9. 器官重量(Table 7, 8)

1) 雄

投与期間終了時には,30 mg/kg群では対照群と比べていずれの器官の絶対および相対重量にも有意差はみられなかった.100および300 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対および相対重量の有意な高値がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対および相対重量の有意な高値が,腎臓の相対重量の有意な高値がみられた.

回復期間終了時には,1000 mg/kg群では対照群と比べて腎臓の相対重量の有意な高値がみられた.

2) 雌

投与期間終了時には,30および100 mg/kg群では対照群と比べていずれの器官の絶対および相対重量にも有意差はみられなかった.300 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対および相対重量の有意な高値が,腎臓の相対重量の有意な高値が,腎臓の絶対重量の高値傾向がみられた.1000 mg/kg群では,対照群と比べて肝臓の絶対および相対重量の有意な高値が,腎臓および副腎の相対重量の有意な高値が,腎臓および副腎の絶対重量の高値傾向がみられた.

回復期間終了時には,1000 mg/kg群では対照群と比べて肝臓の絶対および相対重量の有意な高値がみられた.その他,1000 mg/kg群では,対照群と比べて甲状腺および胸腺の絶対ならびに相対重量,心臓の絶対重量の有意な高値がみられたが,投与期間終了時には認められない変化であることから,投与に基づく変化ではないと判断された.

10. 病理組織学検査(Table 9, 10)

1) 雄

死亡例では,肝臓において小葉全体の肝細胞肥大が1例みられた.胃において,前胃潰瘍が2例,前胃の細胞浸潤が1例みられた.胸腺において,萎縮が2例みられた.脾臓において,萎縮が5例みられた.腎臓において,乳頭壊死が2例,乳頭部好中球浸潤が2例,尿細管好塩基性化が1例,尿細管拡張が1例みられた.精巣上体において,萎縮が5例,精巣上体管内精子減少が5例みられた.精嚢において,萎縮が4例みられた.

投与期間終了時には,肝臓において1000 mg/kg群で小葉全体の肝細胞肥大が2例,小葉中心性肝細胞肥大が2例みられた.腎臓において,1000 mg/kg群で尿細管好塩基性化が3例みられた.なお,肝臓における肝細胞肥大および小葉中心性肝細胞肥大ならびに腎臓における尿細管好塩基性化は,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められ,用量相関性も確認された.その他には,肺において細胞浸潤巣と出血巣が,腎臓において腎盂拡張が,甲状腺において異所性胸腺がみられたが,偶発的変化と判断された.また,30および100 mg/kg群では,肝臓および腎臓に異常はみられなかった.

回復期間終了時には,腎臓において1000 mg/kg群で尿細管好塩基性化が1例みられた.

2) 雌

死亡例では,肝臓において小葉全体の肝細胞肥大が1例みられた.胃において,前胃潰瘍が5例,前胃の細胞浸潤が5例みられた.脾臓において,萎縮が6例みられた.腸間膜リンパ節において,リンパ球の壊死が1例みられた.副腎において,束状帯細胞の肥大が5例みられた.腎臓において,嚢胞が1例みられたが,対照群でも通常観察される変化であり,偶発的変化と判断された.  

投与期間終了時には,肝臓において300 mg/kg群で小葉中心性肝細胞肥大が2例みられた.また,1000 mg/kg群で小葉中心性肝細胞肥大が3例みられた.腎臓において,1000 mg/kg群で乳頭部好中球浸潤,尿細管好塩基性化および尿細管拡張が1例にみられた.なお,肝臓における小葉中心性肝細胞肥大は,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められ,用量相関性も確認された.また,腎臓における乳頭部好中球浸潤,尿細管好塩基性化および尿細管拡張は,用量相関性はみられないものの,1000 mg/kg群で対照群と比べて有意差が認められた.その他には,肝臓において微小肉芽腫および門脈周囲肝細胞の空胞化が,甲状腺において異所性胸腺がみられたが,偶発的変化と判断された.

回復期間終了時には,腎臓において尿細管好塩基性化および嚢胞がみられたが,偶発的変化と判断された.

考察

ビス(1-メチルエチル)ナフタレンを雌雄ラットに28日間経口投与し,その毒性について検討した.一部の動物については,14日間の回復期間を設けた.

死亡例は,1000 mg/kg群で雄5/12例と雌6/12例に認められた.死亡例では,雄で横臥,自発運動の低下,歩行異常,立毛,被毛の汚れが,雌で被毛の汚れがみられた.また,急激な体重減少,摂餌量の減少がみられ,剖検において前胃粘膜の潰瘍および腺胃粘膜の暗赤色化が雌雄ともみられた.病理組織学検査では,小葉全体の肝細胞肥大,前胃潰瘍,前胃の細胞浸潤および脾臓の萎縮が雌雄に,胸腺の萎縮,腎臓の乳頭壊死,乳頭部好中球浸潤,尿細管好塩基性化および尿細管拡張,精巣上体の萎縮および精巣上体管内精子減少ならびに精嚢の萎縮が雄に,腸間膜リンパ節においてリンパ球の壊死ならびに副腎の束状帯細胞の肥大が雌にみられた.肝細胞肥大および腎乳頭部好中球浸潤は,1000 mg/kg群の生存例の雌雄でも認められていることから,被験物質投与に基づく変化と考えられる.腎乳頭壊死は,生存例で認められた腎乳頭部好中球浸潤がその初期変化と考えられる.したがって,腎臓の障害が死亡の一因と考えられる.その他の胸腺,脾臓,腸間膜リンパ節,副腎,精巣上体および精嚢の変化は,全身状態の悪化に基づく二次的変化と考えられる.

1000 mg/kg群の雌雄で投与期間の初期に体重増加の抑制,摂餌量および摂水量の低値がみられ,ビス(1-メチルエチル)ナフタレンは1000 mg/kg投与で死亡発現を含めて全身状態の悪化を来すと考えられる.しかし,300 mg/kg群の雌で投与期間の中期〜後期に摂水量の高値が,1000 mg/kg群の雌で投与期間の中期〜後期に摂餌量の高値が,1000 mg/kg群の雌雄で投与期間の中期〜後期に摂水量の高値がみられ,摂餌量および摂水量は逆に増加した.また,回復期間中は,1000 mg/kg群の雌雄とも摂餌量の高値および摂水量の高値が引き続いてみられた.なお,一般状態観察において,100 mg/kg以上の群の雌雄で一過性の流涎がみられたが,被験物質の刺激性に基づく変化と判断され,毒性症状とはみなさなかった.

尿検査において,300 mg/kg群の雌および1000 mg/kg群の雌雄で認められた尿量の高値ならびに1000 mg/kg群の雌雄で認められた尿比重の低値傾向は,摂水量の増加に基づく変化と考えられる.なお,回復期間終了前には,1000 mg/kg群の雌雄で尿量の高値傾向がみられた.

血液学検査において,300 mg/kg群の雄でAPTTおよびPTの高値あるいは高値傾向が,300mg/kg群の雌でAPTTの高値が,1000 mg/kg群の雄で血小板数,PT,APTTおよびフィブリノーゲン濃度の高値あるいは高値傾向が,雌で白血球数,APTT,フィブリノーゲン濃度および好中球率の高値あるいは高値傾向ならびにリンパ球率の低値がみられた.したがって,300 mg/kg群の雄ならびに1000 mg/kg群の雌雄で凝固系に影響が認められ,肝臓における病理組織学変化との関連が窺われた.なお,1000 mg/kg群の雄では,赤血球数およびヘマトクリット値の低値が認められたが,病理組織学検査において造血器官に影響は認められなかった.回復期間終了時においても1000 mg/kg群の雄でPTの高値がみられた.

血液生化学検査において,30および100 mg/kg群の雌で総コレステロールの高値が,300 mg/kg群の雄で総ビリルビンの高値ならびにトリグリセライドの低値が,雌で総ビリルビンおよび総コレステロールの高値が,1000 mg/kg群の雄でGPT,γ-GTP,総ビリルビンおよび総コレステロールの高値あるいは高値傾向ならびにトリグリセライドの低値が,雌でGPT,γ-GTP,総ビリルビン,総コレステロールおよびトリグリセライドの高値がみられた.また,器官重量においても,100,300および1000 mg/kg群の雄ならびに300および1000 mg/kg群の雌で肝臓の絶対および相対重量の高値がみられた.病理組織学検査では,肝臓において300 mg/kg群で小葉中心性肝細胞肥大が雌に,1000 mg/kg群で小葉全体の肝細胞肥大が雄に,小葉中心性肝細胞肥大が雌雄にみられており,ビス(1-メチルエチル)ナフタレンは肝臓に影響を及ぼすと考えられる.なお,上記のように,トリグリセライドは,投与により雄では減少し,雌では増加したが,この原因は不明であった.また,1000 mg/kg群の雌で尿素窒素およびクレアチニンの高値傾向がみられ,1000 mg/kg群の雄で腎臓の相対重量の高値ならびに300および1000 mg/kg群の雌で腎臓の絶対および相対重量の高値あるいは高値傾向がみられた.

病理組織学検査では,腎臓において1000 mg/kg群で尿細管好塩基性化が雄に,乳頭部好中球浸潤,尿細管好塩基性化および尿細管拡張が雌にみられた.したがって,ビス(1-メチルエチル)ナフタレンは腎臓に影響を及ぼすと考えられる.なお,今回みられた尿細管好塩基性化は,雄では対照群と比べて有意差が認められていること,雌では同一動物で乳頭部好中球浸潤および尿細管拡張が認められていることから,通常,自然発生性の変化として認められる尿細管好塩基性化とは機序が異なるものと考えられた.なお,回復時においても,1000 mg/kg群で尿細管好塩基性化が雄1例にみられた.

副腎重量では,1000 mg/kg群の雌で絶対および相対重量の高値あるいは高値傾向がみられた.生存例の病理組織学検査では副腎に異常はみられなかったが,死亡例の雌で束状帯細胞の肥大が認められていることから,ビス(1-メチルエチル)ナフタレンは副腎に影響を及ぼすと考えられる.

以上のことから,ビス(1-メチルエチル)ナフタレンは肝臓,腎臓および副腎に明らかな影響を及ぼすことが示唆された.当試験条件下におけるビス(1-メチルエチル)ナフタレンの一般毒性学的無影響量は,雄では100 mg/kg投与により肝臓の絶対および相対重量の高値が認められたことから30 mg/kg/day,雌では30 mg/kg投与により総コレステロールの高値が認められたことから30 mg/kg/day未満と考えられる.

連絡先
試験責任者:古橋忠和
試験担当者:長瀬孝彦,藤村高志,内藤一嘉,今枝知子,吉島賢一,木村 均,牧野浩平
(株)日本バイオリサーチセンター 羽島研究所
〒501-6251 岐阜県羽島市福寿町間島6-104
Tel 058-392-6222Fax 058-392-1284

Correspondence
Authors:Tadakazu Furuhashi(Study director)
Takahiko Nagase, Takashi Fujimura, Kazuyoshi Naitou, Tomoko Imaeda, Ken-ichi Yoshijima, Hitoshi Kimura and Kohei Makino
Nihon Bioresearch Inc. Hashima Laboratory
6-104 Majima, Fukuju-cho, Hashima, Gifu, 501-6251, Japan
Tel +81-58-392-6222Fax +81-58-392-1284