ディスパーズレッド206のチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Disperse Red 206
in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

ディスパーズレッド206の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

S9 mix非存在下および存在下で短時間処理(6時間処理後18時間の回復時間)した場合,50 %の増殖抑制濃度はそれぞれ3.0 mg/mLおよび4.2 mg/mLとなった.また,連続処理(24時間処理)した場合は1.8 mg/mLとなった.このことから染色体異常試験では,短時間処理群においては,5.0 mg/mLの濃度を最高処理濃度とし,また,24時間連続処理群については,50 %増殖抑制濃度の約2倍濃度である3.5 mg/mLを最高処理濃度とし,公比2で計5濃度を設定した.

染色体分析の結果,S9 mix存在下で短時間処理した場合,最高処理濃度である5.0 mg/mLの濃度群で,29 %の細胞に染色体の構造異常が誘発された.それ以外の処理群では,いずれも染色体の構造異常の誘発は認められなかった.倍数性細胞については,必ずしも明確な濃度依存性は認められないものの,いずれの処理系列においても,低頻度(2 %未満)ながら有意な増加を示す群,S9 mix非存在下では2.5 mg/mL(高濃度群)で1.3 %,S9 mix存在下では2.5 mg/mL(中濃度群)で1.9 %,24時間処理では0.44 mg/mL(低濃度群)で1.5 %,が認められたことから,倍数性細胞を誘発すると判定した.

以上の結果より,本試験条件下でディスパーズレッド206は,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 細胞

CHL/IU細胞はチャイニーズ・ハムスター,肺由来で,リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代,現在21代)した.試験には,解凍後継代10代以内で試験に用いた.仔牛血清(CS,Cansera International Inc.)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株))培養液を用い,CO2インキュベーター(37 ℃ ,5 % CO2)内で培養した.

2. S9 mix

S9(キッコーマン(株))は,フェノバルビタールと5,6-ベンゾフラボンを投与した雄Sprague-Dawley系ラットの肝臓から調製したものを購入した.S9 mixは処理培地に10 vol%添加し,各成分の最終濃度はS9 5 vol%,グルコース6リン酸(Sigma Chemical Co.)0.83 mmol/L,β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(オリエンタル酵母工業(株))0.67 mmol/L,MgCl2 0.83 mmol/L,KCl 5.5 mmol/L,HEPES緩衝液(pH7.2)0.67 mmol/Lとした.

3. 被験物質

ディスパーズレッド206(ロット番号:00132,三井BASF染料(株)(福岡))は,赤色の湿潤品(39.1 %水溶液)である.ディスパーズレッド206は純度96.77 %(不純物としてモノアセチル化合物2.09 %,未反応物0.98 %を含む)で,通常の取り扱い条件では安定であり,室温で保管した.本物質は水,アセトンおよびDMSOに対して不溶であった.被験物質原体は,試験後の分析によって試験期間中,室温で安定であったことが確認された.

なお,被験物質は39.1 %水溶液のため,濃度についてはディスパーズレッド206に換算した値とした.

4. 被験物質の調製

被験物質は用時調製して試験に用いた.媒体は0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC Na, ロット番号:WTH1105,和光純薬工業(株))水溶液を用いて原液を調製した.ついで原液を媒体で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10 vol%になるように加えた.

5. 培養条件

2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm)に播き,CO2インキュベーター内で3日間培養した.その後,連続処理では,新鮮培地と交換後,被験物質を加え,24時間処理した.また,短時間処理では,S9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

6. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.培養終了後,細胞を10 vol%ホルマリン水溶液で固定し,0.1 w/v%クリスタルバイオレット水溶液で染色した.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(MonocellaterTM,オリンパス光学工業(株))を用いて各群の増殖度を計測し,被験物質処理群の媒体対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした.

その結果,連続処理における50 %細胞増殖抑制濃度は1.8 mg/mLであった.S9 mix非存在下および存在下の短時間処理では,それぞれ3.0 mg/mLおよび4.2 mg/mLとなった(Fig. 1).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,染色体異常試験で用いる被験物質の高濃度群は短時間処理群においては5.0 mg/mL,連続処理群では50 %増殖抑制濃度の約2倍である3.5 mg/mLとし,公比2で各5濃度設定した(連続処理:0.22〜3.5 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下の短時間処理:0.31〜5.0 mg/mL).

また,陽性対照物質として用いたマイトマイシンC(MC,協和醗酵工業(株))およびシクロホスファミド(CP,Sigma Chemical Co.)は,日局注射用水((株)大塚製薬工場)に溶解して調製した.それぞれ染色体異常を誘発することが知られている濃度を適用した.

染色体異常試験において,溶媒対照群と処理群では1濃度あたり4枚のディッシュを用いた.このうちの2枚は染色体標本を作製し,残りの2枚については単層培養細胞密度計により細胞増殖率を測定した.無処理対照群および陽性対照群については細胞増殖率測定は行わなかった.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき6枚作製した.作製した標本は3 vol%ギムザ溶液で染色した.

9. 染色体分析

細胞増殖率測定の結果と分裂指数を細胞毒性の指標として,20 %以上の相対増殖率で,かつ2ディッシュともに0.5 %以上の分裂指数を示した最も高い濃度を観察対象の最高濃度群とし,観察対象の3濃度群を決定した.その結果(Table 1〜3),観察可能な最高濃度は24時間連続処理においては1.8 mg/mL,S9 mix非存在下の短時間処理では2.5 mg/mL,S9 mix非存在下での短時間処理では5.0 mg/mL(10 mmol/L)であったことから,これらの濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.

作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

10. 判定

染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した(p<0.01).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3)(p<0.01)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.

結果および考察

ディスパーズレッド206を加えて24時間連続処理した群およびS9 mix非存在下で短時間処理した場合には,いずれの処理群においても染色体の構造異常の有意な増加は認められなかった(Table 1, 2).

一方,S9 mix存在下の短時間処理群においては高濃度群(5.0 mg/mL)で29.0 %の構造異常(gapを除く)を誘発した(Table 3).

倍数性細胞については24時間処理した低濃度群(0.44 mg/mL)において有意な増加が認められた(出現頻度1.5 %,Table 1).短時間処理群においても,2.5 mg/mL(S9 mix非存在下の高濃度群,S9 mix存在下の中濃度群)において有意な増加が認められた(S9 mix非存在下:1.3 %,S9 mix存在下:1.9 %,Table 2, 3).

これらの処理群における倍数性細胞の出現頻度は,いずれも低頻度(2 %未満)であり,濃度依存性も必ずしも明確ではなかったが,3つの異なるすべての条件下で有意差が認められたことから,再現性のある結果と判断し,弱いながらも最終的には陽性と判定した.なお,いずれの被験物質処理群においても処理中に沈殿が認められた.

染色体の構造異常の誘発が認められたS9 mix存在下の短時間処理群について,D204)を求めたところ,4.3 mg/mLとなった.倍数性細胞については,いずれも最高濃度の10倍ないし最低濃度の10分の1以下の値となり,D20値は対象外となった.

本試験で構造異常陽性の結果が得られたS9 mix存在下の最高濃度群では,強い増殖抑制作用(26.5 %の増殖率)を示し,細胞毒性による構造異常誘発の可能性も示唆されたが,細菌を用いる復帰変異試験において陽性の結果が得られている5)ことから,被験物質の直接的な作用により構造異常が誘発されたと考えられる.

陽性対照物質として用いたMCは,S9 mix非存在下で短時間処理および24時間連続処理した場合において染色体の構造異常を誘発し(Table 1, 2),CPはS9 mix存在下で短時間処理した場合において染色体の構造異常を誘発した(Table 3).これらの陽性対照物質の結果より,本実験系の成立が確認された.

以上の結果より,ディスパーズレッド206は,本試験条件下でCHL/IU細胞に染色体異常を誘発すると結論した.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,"化学物質による染色体異常アトラス,"朝倉書店,東京,1988, pp. 16-37.
2)吉村功編,"毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ,"サイエンティスト社,東京,1987, pp. 76-78.
3)吉村功,大橋靖夫編,"毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析,"地人書館,東京,1992, pp. 218-223.
4)石館基監修,"<改定>染色体異常試験データ集," エル・アイ・シー,東京,1987, p. 23.
5)原巧ら,化学物質毒性試験報告,10, 559(2003).

連絡先
試験責任者:田中憲穂
試験担当者:山影康次,高橋俊孝,若栗 忍,中川ゆづき,橋本恵子,三枝克彦,加藤初美
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Noriho Tanaka(Study director)
Kohji Yamakage, Toshitaka Takahashi, Shinobu Wakuri, Yuzuki Nakagawa, Keiko Hashimoto, Katsuhiko Saegusa, Hatsumi Kato
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627