ディスパーズレッド206の細菌を用いる復帰変異試験

Reverse Mutation Test of Disperse Red 206 in Bacteria

要約

ディスパーズレッド206について細菌を用いる復帰変異試験を実施した.

検定菌として,Salmonella typhimurium TA100,TA1535,TA98,TA15371)およびEscherichia coli WP2 uvrA2)の5菌株を用い,S9 mix無添加条件および添加条件のいずれも,用量設定試験で生育阻害が認められなかったことから,本試験はS9 mix無添加条件および添加条件ともに313〜5000 μg/plateの範囲で実施した.

その結果,TA98のS9 mix無添加条件および添加条件については,陰性対照値の2倍以上となる用量依存的な復帰変異コロニー数の増加が,2回の本試験ともに認められた.一方,1回目の本試験では,TA1537のS9 mix無添加条件およびTA100のS9 mix添加条件において,陰性対照値の2倍以上となる復帰変異コロニー数の増加が認められたが,再現性はみられなかった.そのため,これらについては,再現性試験を実施した.その結果,陰性対照値の2倍以上となる復帰変異コロニー数の増加は認められなかった.

以上の結果からディスパーズレッド206は,用いた試験系において変異原性を有するもの(陽性)と判定した.

方法

1. 被験物質

ディスパーズレッド206は,赤色の湿潤品(39.1 %水溶液)である.用いた被験物質は,ロット番号00132,純度96.77 %(不純物としてモノアセチル化合物2.09 %,未反応物0.98 %を含む),製造 三井BASF染料(株)(福岡)であり,三井BASF染料(株)から供与された.被験物質は,使用時まで室温で保管した.本ロットについては,試験期間中安定であることが確認された.

ディスパーズレッド206は,ジメチルスルホキシド(DMSO,ロット番号:KSJ6393,和光純薬工業(株))に懸濁して最高用量の調製液を調製した後,同溶媒で所定の濃度に希釈して速やかに試験に用いた.調製に当っては,39.1 %水溶液のため,秤量した重量に0.391をかけて被験物質の濃度換算を行った.調製時に,発熱,発泡,変色等の変化はみられなかった.

2. 陽性対照物質

用いた陽性対照物質および調製法は以下のとおりである.

各検定菌ごとに用いた陽性対照物質は,当研究所で十分な蓄積データが得られている物質および用量とし,それぞれTable中に示した.

AF2:2-(2-フリル)-3-(5-ニトロ-2-フリル)アクリルアミド(和光純薬工業(株))
SA:アジ化ナトリウム(和光純薬工業(株))
9AA:9-アミノアクリジン(Sigma Chem. Co.)
2AA:2-アミノアントラセン(和光純薬工業(株))

AF2,9AAおよび2AAはDMSOに,SAは超純水に溶解したものを-20 ℃で凍結保存し,解凍後,速やかに試験に用いた.

3. 検定菌

試験には,Salmonella typhimurium TA100,TA1535,TA98,TA1537およびEscherichia coli WP2 uvrAを用いた.

S. typhimuriumの4菌株は1997年8月7日に,E. coli WP2 uvrA株は1997年4月9日に日本バイオアッセイ研究センターの松島泰次郎博士から分与された.

検定菌は-80 ℃で凍結保存したものを用い,各菌株の特性確認は凍結保存菌の調製時に,アミノ酸要求性,UV感受性,膜変異(rfa),アンピシリン耐性因子pKM101(プラスミド)の有無および陰性対照群と陽性対照群の復帰変異コロニー数について調べ,特性が維持されていることを確認した.

試験に際して,ニュートリエントブロスNo.2(Oxoid Ltd.)を入れたL字型試験管に解凍した種菌を一定量接種し,37 ℃で10時間往復振とう培養したものを検定菌液とした.

分光光度計により660 nmの吸光度を測定し,検定菌液の増殖を確認した.

4. 培地およびS9 mixの組成

1) 合成培地

培地は,極東製薬工業(株)製の最少グルコース寒天培地を用いた.なお,培地1 Lあたりの組成は下記のとおりである.

硫酸マグネシウム・7水和物0.2 g
クエン酸・1水和物2 g
リン酸水素二カリウム10 g
リン酸一アンモニウム1.92 g
水酸化ナトリウム0.66 g
グルコース20 g
大洋寒天(清水食品(株))15 g

径90 mmのシャーレ1枚あたり30 mLを流して固めたものである.

2) トップアガー

下記の水溶液(A)および(B)または(C)を容量比10:1の割合で混合した.

(A)バクトアガー(Difco Lab.)0.6 w/v%
塩化ナトリウム0.5 w/v%
(B)Salmonella typhimurium用
L-ヒスチジン0.5 mmol/L
D-ビオチン0.5 mmol/L
(C)Escherichia coli用
L-トリプトファン0.5 mmol/L

3) S9 mix

S9 mix 1 mLあたりの組成は下記のとおりである.
S9*0.1 mL
塩化マグネシウム8 μmol
塩化カリウム33 μmol
グルコース-6-リン酸5 μmol
NADH4 μmol
NADPH4 μmol
ナトリウム-リン酸緩衝液(pH 7.4)100 μmol
*:7週齢のSprague-Dawley系雄ラットをフェノバルビタール(PB)および5,6-ベンゾフラボン(BF)の併用投与で酵素誘導して作製したS9(キッコーマン(株))を用いた.

5. 試験方法

プレインキュベーション法3)により,S9 mix無添加条件および添加条件で試験を行った.

小試験管中に,被験物質調製液0.1 mL,0.1 mol/Lナトリウム-リン酸緩衝液(pH 7.4)0.5 mL(S9 mix添加条件においてはS9 mix 0.5 mL),検定菌液0.1 mLを混合し,37 ℃で20分間プレインキュベーションしたのち,約45 ℃に保温したトップアガー2 mLを加えて混和し,合成培地平板上に流して固めた.また,対照群として被験物質調製液の代わりに使用溶媒,または数種の陽性対照物質溶液を用いた.同時に実施した他試験については,陰性および陽性対照群を共通とした.

培養は37 ℃で48時間行い,発生した復帰変異コロニー数をコロニーアナライザーまたは目視によって算定した.被験物質に由来する沈澱の有無は,肉眼により確認した.また,生育阻害の有無については,肉眼あるいは実体顕微鏡下で,寒天表面の菌叢の状態から判断した.用いた平板は用量設定試験においては,陰性および陽性対照群では3枚ずつ,各用量については1枚ずつとした.また,本試験においては,両対照群および各用量につき,3枚ずつを用い,それぞれの平均値と標準偏差を求めた.

用量設定試験は1回,本試験は同一用量について2回実施し,結果の再現性の確認をした.また,TA1537のS9 mix無添加条件と,TA100のS9 mix添加条件については,再現性試験を実施した.

6. 判定基準

用いた5種の検定菌のうち,1種以上の検定菌のS9 mix無添加条件あるいはS9 mix添加条件において,被験物質を含有する平板上における復帰変異コロニー数の平均値が,陰性対照値の2倍以上に増加し,その増加に再現性および用量依存性が認められた場合に,当該被験物質は本試験系において変異原性を有するもの(陽性)と判定することとした.

結果および考察

50.0〜5000 μg/plateの範囲で公比を約3として,用量設定試験を実施した.その結果,すべての検定菌のS9 mix無添加条件および添加条件のいずれにおいても生育阻害は認められなかった.また,被験物質に由来する沈澱は,S9 mix無添加条件および添加条件ともに150 μg/plate以上の用量で認められた.

したがって,S9 mix無添加条件および添加条件とも最高用量を5000 μg/plateとして公比2で5用量を設定して2回の本試験を実施した(Table 1, 2).その結果,2回の本試験ともTA98において,S9 mix無添加条件では,2500 μg/plate以上あるいは5000 μg/plateの用量で,S9 mix添加条件ではすべての用量で,陰性対照値の2倍以上となる復帰変異コロニー数の増加が認められ,用量依存性がみられた.また,1回目の本試験では,TA1537のS9 mix無添加条件については2500 μg/plateの用量で,TA100のS9 mix添加条件については5000 μg/plateの用量で,陰性対照値の2倍以上となる復帰変異コロニー数の増加が認められたが,再現性はみられなかった.そのため,これらについては本試験と同じ用量を用いて再現性試験を実施した(Table 3).その結果,いずれの検定菌においても,陰性対照値の2倍以上となる復帰変異コロニー数の増加は認められなかった.

以上の結果に基づき,ディスパーズレッド206は,用いた試験系において変異原性を有するもの(陽性)と判定した.ディスパーズレッド206の最大比活性は162.9(本試験II,TA98,S9 mix添加条件の313 μg/plate)で,同条件下における陽性対照物質2AAの値の約5000分の1であった.

なお,ディスパーズレッド206は,当研究所で本試験と並行して実施したチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験でも陽性の結果が得られている4)

文献

1)D. M. Maron, B. N. Ames, Mutat. Res., 113, 173(1983).
2)M. H. L. Green, "Handbook of Mutagenicity Test Procedures," eds. by B. J. Kilbey, M. Legator, W. Nichols, C. Ramel, Elsevier, Amsterdam, New York, Oxford, 1984, pp. 161-187.
3)T. Matsushima, T. Sugimura, M. Nagao, T. Yahagi, A. Shirai, M.Sawamura, "Short-term Test Systems for Detecting Carcinogens," eds. by K. H. Norpoth, R. C. Garner, Springer, Berlin, 1980, pp. 273-285.
4)田中憲穂,化学物質毒性試験報告,10, 565(2003).

連絡先
試験責任者:原  巧
試験担当者:須井 哉,川上久美子,関  誠,三枝克彦,加藤初美
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Takumi Hara(Study Director)
Hajime Sui, Kumiko Kawakami, Makoto Seki, Katsuhiko Saegusa, Hatsumi Kato
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627