F344ラットにおける4−エトキシベンゼナミンの
28日間反復投与毒性試験

Twenty-eight Day Repeat Dose Toxicity Test of 4-Ethoxybenzenamine in F344 Rats

要約

雌雄F344ラットを用いて4−エトキシベンゼナミンの28日間反復投与毒性試験160、40、10および0 mg/kg/dayの投与量で行なった。雌雄各30匹を同数で6群に分け、全群に28日間連日経口投与を行ない、そのうち160および0 mg/kgの2群を回復性試験に用いた。

雌雄の160、40 mg/kg群において尿中ウロビリノーゲンの増加、赤血球数の減少と網状赤血球数の増加がみられ、また雌雄の160 mg/kg群においてメトヘモグロビン血症が認められた。脾臓重量の増加が雌雄160、40 mg/kg群でみられ、病理組織学的にはヘモジデリン沈着・髄外造血の亢進・うっ血が認められた。その他、骨髄の造血亢進、肝臓の軽度なヘモジデリン沈着と髄外造血の亢進が観察された。上記変化は14日間の休薬により回復した。

これらの所見を考慮し、4−エトキシベンゼナミンの無影響量は10 mg/kg/dayと判断された。

緒言

4−エトキシベンゼナミン(4-Ethoxybenzenamine; C8H11NO, CAS 156-43-4)は分子量137.18、凝固点約3℃、沸点253〜255℃、引火点115.6℃の透明液状の芳香族系有機化合物であり、トリフェニルエタン系酸性染料の中間体や医薬品phenacetine合成の原料として用いられている1)。経口投与による急性毒性試験ではLD50がラットで580 mg/kg2)、マウスで530 mg/kg、マウス腹腔内投与のLD50は692 mg/kgと報告されている3)。これまでにラットを用いた長期間の経口毒性試験については報告がない。

今回、我々は雌雄のF344ラット60匹を用い、化審法ガイドライン4)に準じて4−エトキシベンゼナミンの28日間の強制経口による反復投与試験を実施した。

方法

1.動物ならびに飼育条件

5週齢のF344ラット雌雄各30匹を日本チャールスリバー社より購入し、1週間の馴化期間後、雌雄とも各群5匹として6群に分けた。動物の飼育はバリヤーシステムの飼育室にて行い、室内の環境条件は温度24±2℃、湿度55±5%、換気回数18/hr(オールフレッシュ)、12時間の蛍光灯照明、12時間の消灯とした。プラスチックケージ内に動物を5匹ずつ収容し、床敷は三協ラボサービス株式会社のソフトチップを用い、週2回交換を行った。動物には固型飼料(CRF-1、日本チャールスリバー社)および飲料水(水道水)を自由に摂取させた。

2.被験物質ならびに投与量

検体は川崎化学工業株式会社製の純度99.36%の4−エトキシベンゼナミンを用い、オリーブ油に溶解して、5 ml/kgとなるように濃度を調製した。群構成は3日間の予備試験により、160 mg/kgを最高濃度群として40、10および0 mg/kg投与群並びに160および0 mg/kgの14日間回復群とした。動物にはラット用金属製胃ゾンデを用い、1日1回、検体を28日間連続経口投与した。なお、対照群には溶媒のオリーブ油を同様に投与した。

3.観察ならびに検査項目

動物の一般状態は検体投与後に連日観察した。体重は毎日の投与前に測定し、摂餌量を週1回の割合で測定した。尿検査については、26日目に雌雄の対照群および最高用量群から新鮮尿を採取し、マルティスティックス(マイルス・三共株式会社)を用いてpH、蛋白質、ケトン体、ビリルビン、ブドウ糖、潜血、ウロビリノーゲン、比重の8項目を検査した。

採血は、最終投与日または休薬14日目の夕刻から動物を一晩絶食させ、翌日にエーテル深麻酔下で、腹部大動脈より行なった。血液学的検査は赤血球数、白血球数、ヘモグロビン量(Hb.)、ヘマトクリット値(Ht.)、MCV、MCH、MCHCの各項目について実施し、さらにメトヘモグロビンの測定5)も行った。血清生化学的検査は総蛋白(T-Pro.)、総コレステロール、尿素窒素(BUN)、クレアチニン、カルシウム(Ca)、無機リン(P)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、クロール(Cl)、G-GT、コリンエステラーゼ(Cho-E)、GOT、GPT、LDH、ALP、アルブミン(Alb)、A/G比の各項目について実施した。採血した後に放血屠殺し剖検した。剖検時、肉眼的に観察した後に諸臓器を摘出・精査し、脳、下垂体、唾液腺、胸腺、心臓、肺、腎臓、副腎、脾臓、肝臓、精巣、卵巣については重量測定を行った。上記臓器に加え脊髄、胸骨、大腿骨、胃、腸、膵臓、膀胱、皮膚、乳腺、リンパ節、副鼻腔、気管支、食道、甲状腺、舌、精嚢腺、前立腺、子宮、腟を10%中性緩衝ホルマリン液で固定した。組織は通常の方法によりパラフィン包埋して薄切片を作製し、Hematoxylin-Eosin(HE)染色を施し、病理組織学的に検索を行った。なお、脾臓・肝臓・大腿骨骨髄についてはベルリンブルー染色も行い、病理組織学的に検索した。

4.統計学的処理6)

血液学的検査値、血清生化学的検査値および臓器の絶対重量と相対重量については、等分散の検定をBartlett法で行い、等分散の場合、一元配置分散分析で群間に有意差を認めた時はDunnett法あるいはSheffe法を用いて対照群と投与群の比較を行った。等分散が認められない場合、Kruskal-Wallis法を行い、群間に有意差を認めた時は、Dunnett法あるいはSheffe法を用いて対照群と投与群の比較を行った。また、2群間の比較にはt検定を用いた。

結果

1.一般状態、体重、摂餌量

途中死亡例は試験期間を通じて認められなかった。また、いずれの群においてもチアノーゼ等の一般状態の変化は認められなかった。雌雄の平均体重推移をFig.2に示した。雌雄ともに体重増加抑制は認められなかった。また、摂餌量に関しても群間で相違はみられなかった。

2.尿検査

尿中ウロビリノーゲンが雌雄の160mg/kg群で2〜4 Ehrlich単位/dl、40 mg/kg群で1 Ehrlich単位/dl検出され、用量反応相関的な増加が認められた。他の項目については群間に相違は見られなかった。この増加は14日間の休薬期間により回復した。

3.血液および血清生化学的検査

雌雄における各群の検査値をTable 1, 2に示した。血液学的検査では雌雄の40 mg/kg以上の投与群において赤血球系パラメーターの変化が認められた。特に顕著であったのは赤血球数の減少ならびに網状赤血球数の上昇(最高用量群では対照群の10倍以上にまで増加)であり、用量反応相関性が示された。また、メトヘモグロビンが雌雄の160 mg/kg群で2%以上の含有率として計測された。これらの変化は14日間の休薬期間により回復した。血清生化学的検査では雌雄ともに顕著な変化は認められなかった。

4.臓器重量

雌雄の臓器ごとの絶対重量および相対重量をTable 3, 4に示した。脾腫が雌雄の40 mg/kg以上の投与群において認められ、160 mg/kg群ではその重量が対照群の3倍近くにまで達した。その他、160 mg/kg群において軽度な心および腎重量の増加がみられた。なお、これらの変化は14日間の休薬期間により回復または回復傾向を示した。

5.病理組織学的所見

主な病理組織学的所見をTable 5に示した。脾臓:雌雄の40 mg/kg以上の投与群において高度な髄外造血の亢進およびうっ血が認められ、ベルリンブルー染色において高度なヘモジデリン沈着が観察された。14日間の休薬によりこれらの変化は回復または回復傾向を示した。雌雄の10 mg/kg群においては対照群と比較し明らかな病変は認められなかった。

骨髄:雌雄の40 mg/kg以上の投与群において高度な赤芽球系の過形成(hyperplasia)が観察され、休薬により回復傾向を示した。雌雄の10 mg/kg群においては対照群と比較し明らかな病変は認められなかった。

肝臓:雌雄の160 mg/kg群において軽度な髄外造血の亢進およびKupffer細胞や肝細胞にヘモジデリンの沈着が観察されたが、これらは休薬により回復または回復傾向を示した。

その他の臓器において特記すべき所見はみられず、また、いずれの所見についても明かな性差は認められなかった。

考察

本試験の血清生化学的検査において、雌雄の最高用量群でメトヘモグロビン(Fe3+ヘモグロビン)が検出された。このことは4−エトキシベンゼナミン投与によりメトヘモグロビン血症が発生したことを示している。

4−エトキシベンゼナミンは医薬品フェナセチンの代謝物として知られている7, 8, 9)。フェナセチンは下熱鎮痛剤として用いられていたが、血液障害等の副作用がある、また、発がん性の危険性も報告されたことから現在ではあまり用いられていない薬物である。フェナセチン投与による血液障害(メトヘモグロビン血症)はおもにその代謝物であるp-phenetidine(N-hydroxy-p-phenetidine)によるものと報告されている7, 8, 9)。また、アニリン色素投与によるメトヘモグロビン血症も広く報告されている10)。本研究において4−エトキシベンゼナミン投与によりメトヘモグロビン血症が認められたことはこれらの報告と一致するものであった。

脾臓および肝臓におけるヘモジデリンの沈着は、これらの臓器におけるメトヘモグロビン赤血球の処理(崩壊)によるものと考えられた。一方、網状赤血球数の増加・骨髄の造血亢進・脾臓および肝臓における髄外造血の亢進は血球崩壊による赤血球数の減少(貧血)を補うための代償性反応として発現したものであり、4−エトキシベンゼナミンの造血系に対する直接的な障害作用によるものではないと考えられた。また、尿中ウロビリノーゲンの増加もヘモグロビン分解量の上昇に起因した反応と考えられた。本物質により惹起された変化はいずれも14日間の休薬により回復または回復傾向を示しており、これらの変化は可逆性と考えられた。

10 mg/kg群では雌雄とも、いずれの項目においても対照群と比較し有意な変化は認められず、本実験条件下における4−エトキシベンゼナミンの無影響量は10 mg/kg/dayと考えられた。

文献

1)“10889の化学商品,”化学工業日報社編, 化学工業日報社, 東京, 1989, pp.588
2)N.M.Vasilenko, V.A.Volodchenko, A.A. Nakonechny, E.R. Sadokha, Pharmacol. toxicol., 3, 367 (1972).
3)D.V.Sweet ed.,“ Registry of toxic effects of chemical substances,”U.S. Department of Health and Human Services, USA, 1987, pp.3228
4) 大森義仁, “ 化審法 毒性試験法の解説,”化学工業日報社, 東京, 1987, pp.23-42
5)中村延雄, 柴田昭, “ 血液学研究検査法,” 中外医学社 , 東京, 1980, pp.210
6) 吉村 功, “ 毒性・薬効データの統計解析,” サイエンティスト社 , 東京, 1987, pp.26
7) N.Nakayama, Y. Masuda, J.Pharmacobio-Dyn., 8, 868 (1985).
8) H.Egan, L.Fishbein, M. Castegnaro, I.K. O'neill, H. Bartsch, W. Davis, “ Environmental carcinogens - selected methods of analysis, 4,” International Agency for Reserch on Cancer., Lyon, 1981, pp.287-310
9) S.P.Clissold, Drugs, 32, 46 (1986).
10) J.H.Harrison, D.J.Jollow, Mol.Pharmacol., 32, 423 (1987).

連絡先:
試験責任者古川文夫
国立衛生試験所安全性生物試験研究センター
病理部
〒158東京都世田谷区上用賀1-18-1
Tel 03-3700-1141Fax 03-3700-2348

Correspondence:
Furukawa, Fumio
Division of Pathology,
Biological Safety Research Center,
National Institute of Health Sciences, Japan
1-18-1 Kamiyoga, Setagaya-ku, Tokyo, 158, Japan
Tel 81-3-3700-1141Fax 81-3-3700-2348