N,N-ジエチル-m-トルアミドのラットを用いる反復経口投与毒性・
生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of N,N-Diethyl-m-toluamide by Oral Administration in Rats

要約

N,N-ジエチル-m-トルアミドは別名DEETと呼ばれ,蚊,ブヨなどの害虫忌避剤としてヒトあるいは動物に広く用いられている.

本化合物については種々の安全性試験が実施されている1).急性毒性については,ラットの経口投与によるLD50値が2170〜3664 mg/kg,ウサギの経皮投与によるLD50値が4280 mg/kgと報告されている.また,癌原性および変異原性等を示すデータはなく,一般に安全な化合物と考えられている.

今回,N,N-ジエチル-m-トルアミドの0(溶媒のコーンオイルのみ投与),60,200および600 mg/kg/dayをラットの交配前14日から交配期間,妊娠期間および哺育4日まで連続強制経口投与し,反復投与毒性および生殖・発生に及ぼす影響を検討した.

1.反復投与毒性

死亡動物は雌雄のいずれの投与群でも認められなかった.一般状態の変化として,雌雄の600 mg/kg群で投与後に一過性の流涎が観察された.雌の600 mg/kg群で哺育期間に自発運動低下,筋力低下および眼瞼下垂が観察され被験物質投与による中枢抑制作用が疑われた.体重では,雌の600 mg/kg群で妊娠期間の後半以降に体重増加抑制が認められた.摂餌量には雌雄とも被験物質投与の影響は認められなかった.血液学検査では被験物質投与に起因した変化は認められなかった.血液生化学検査では雌雄の200 mg/kg以上の投与群で総コレステロールの高値,雌の600 mg/kg群で血糖の高値が認められた.雄の尿検査では60 mg/kg以上の投与群で尿量の増加が認められ,200 mg/kg以上の投与群で尿pHが弱酸性を示した.病理学検査(剖検および器官重量)では,雄の60 mg/kg以上および雌の200 mg/kg以上の投与群で肝臓の肥大,雄の60 mg/kg以上の投与群で腎臓の肥大が観察された.組織学検査では雌雄とも肝臓の肝細胞肥大が観察され,関連する変化として甲状腺の濾胞上皮細胞増生が観察された.雄で腎臓の近位尿細管にα2u-グロブリン沈着による硝子滴沈着の増強が観察された.また,雄の600 mg/kg群で大腸(盲腸,結腸,直腸)の杯細胞減少が観察され,被験物質投与の影響が示唆された.他には,副腎の球状帯肥大が観察された.

2.生殖発生毒性

性周期,交尾能および受胎能に被験物質投与の影響は認められなかった.分娩および哺育状態の異常は観察されず,妊娠期間,妊娠黄体数,着床数,出産児数,出産生児数,出産率および性比にも被験物質投与の影響は認められなかった.出生児の体重変化および生存率に被験物質投与の影響は認められなかった.新生児の外表検査,死亡児および哺育4日の剖検では,被験物質投与の影響と考えられる異常所見は認められなかった.

以上のことから,N,N-ジエチル-m-トルアミドの本試験条件下における無影響量(NOEL)は雄では60 mg/kg/day未満,雌では60 mg/kg/dayと判断された.

生殖能に及ぼす影響は雌雄ともに認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生に及ぼす影響も特に認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.

方法

1.被験物質

N,N-ジエチル-m-トルアミド[日本精化(兵庫),Lot No. TNB-085,純度99.4 %]は無色透明の液体であり,室温で使用時まで保管した.残余被験物質を製造元で再分析することにより,本ロットが投与期間中安定であったことを確認した.

被験物質はコーンオイル(ナカライテスク)に溶解し,60,200および600 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.投与液は投与まで冷暗所に保管し,調製後7日以内に使用した.また,被験物質のコーンオイル中での安定性は,5および400 mg/mLの濃度について冷蔵(約4℃)保存下7日間および室温保存下24時間安定であることを確認した.

投与液の濃度分析は,初回および最終調製時に調製した全ての試験群の投与液について行った.その結果,基準範囲内(±10 %以内)であった.

2.使用動物および飼育条件

試験には,日本チャールス・リバーから購入した生後8週齢のSprague-Dawley(Crj:CD(SD)IGS,SPF)系雌雄ラットを使用した.購入した動物は7日間検疫・馴化飼育した後,8日間の予備飼育をし,体重推移および一般状態に異常が認められなかったものを10週齡で群分けして試験に用いた.群分け時の体重は,雄で332〜389 g,雌で204〜250 gの範囲であった.

動物は,温度24 ± 3℃,湿度55 ± 20 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lx,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に管理されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(サンフレーク,日本チャールス・リバー製造)を入れて飼育した.

飼料は,オリエンタル酵母(株)製造のCRF-1固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.

3.群分け

動物は投与開始日の体重をもとに層別化し,無作為抽出法により1群あたり12匹を振り分けた.なお,雌は群分け前に8日間の性周期観察を行い,正常な性周期を有する動物を群分けに用いた.

4.投与量,群構成,投与期間および投与方法

本被験物質のラットを用いた急性経口毒性試験の結果を参考に,0,30,100,300および1000 mg/kgの用量で2週間投与予備試験を実施した.その結果,雌の1000 mg/kg群では投与3日に1/6例が死亡した.一般状態の観察では,雌雄とも主な変化として300 mg/kg以上の投与群で流涎が観察された.体重,摂餌量,血液学および血液凝固能検査には明らかな被験物質投与の影響は認められなかった.血液生化学検査では雌の300 mg/kg以上の投与群で総コレステロールの高値が認められた.さらに,雌の1000 mg/kg群ではトリグリセリド,γ-GTPおよびカルシウムの高値,BUNおよびクレアチンの低値が認められた.剖検では1000 mg/kg群の雄で肝臓の暗色化,雌で肝臓の肥大が観察され,器官重量では雌雄の1000 mg/kg群および雌の300 mg/kg群で,肝臓重量の高値が認められた.他にも雌では300 mg/kg以上の投与群で脾臓重量の低値,1000 mg/kg群で腎臓重量の高値が認められた.したがって,本試験では予備試験に比べ投与期間が延長されることを考慮して,600 mg/kgを高用量に設定し,以下公比約3で除し,200および60 mg/kgを中および低用量とした.

投与液量は,体重100 g当たり0.5 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出した.また,妊娠期間および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,20および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出した.投与液は,胃ゾンデを用いて1日1回強制経口投与した.対照群には溶媒であるコーンオイルのみを投与した.

投与期間は,雄は交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌は交配前14日間と交配期間中(最長14日間)および交尾成立雌は妊娠期間を通じて分娩後の哺育4日まで(42〜56日間)とした.また,交尾成立後分娩しない雌は妊娠25日の解剖前日まで(40日間)とした.

5.観察および検査

1) 一般状態

雌雄とも,飼育ケージ越しに動物の外観,ケージ内での行動,姿勢を観察するとともに動物の体全体を触診し,筋の緊張および体表温度の異常を把握した.全例について試験期間中毎日2回以上(剖検日は1回)行い,異常および死亡の有無を記録した.

2) 体重

雄は投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43,48および49日(剖検日)に測定し,投与1から48日までの体重増加量を算出した.

雌は投与1(投与開始日),8および15日に測定し,投与1から15日までの体重増加量を算出した.また,交尾成立後の雌は,妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌は哺育0,4および5日(剖検日)に測定し,それぞれ妊娠0から20日および哺育0から4日までの体重増加量を算出した.

3) 摂餌量

雄は投与1(投与開始日),8,15,22,29,36,43および48日(剖検前日)に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日および投与22から48日までの累積摂餌量を算出した.

雌は投与1(投与開始日),8および15日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日までの累積摂餌量を算出した.また,交尾が成立した雌は妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌は哺育0および4日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに妊娠0から20日までの累積摂餌量を算出した.なお,交配期間中の同居動物は摂餌量を測定しなかった.

4) 交配

交配は交配前14日間の性周期観察を行った雌と同群内の雄を1対1で最長2週間毎晩同居させた.交尾の確認は,同居させた翌朝,腟栓または腟垢中の精子確認により行い,交尾が確認された雌はその日を妊娠0日とした.性周期観察は交尾確認日まで行い,発情期から次の発情期までの間の日数を性周期日数として平均性周期を算出した.また,性周期観察期間中の異常性周期(4または5日以外の性周期)発現率[(異常性周期を示す雌動物数/観察雌動物数)× 100]を算出した.交配結果から各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)× 100]を算出した.

5) 自然分娩時および新生児の観察

妊娠動物は全て自然分娩させた.自然分娩時に分娩状態の観察を行った.分娩の確認を妊娠20から25日の午前8時30分〜10時の間に行い,この時間帯に分娩が完了していることを確認した動物および分娩を開始した動物は分娩完了まで待ち,その日を哺育0日とした.午前10時を過ぎて分娩を開始した場合は翌日を哺育0日とした.また,妊娠期間(哺育0日の年月日から妊娠0日の年月日を減じた日数),受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)× 100],出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)× 100],着床率[(着床痕数/妊娠黄体数)× 100],分娩率[(総出産児数/着床痕数)× 100],出生率[(出産生児数/総出産児数)× 100]を算出した.妊娠25日の午前9時までに分娩のみられない動物は病理解剖し,着床痕の認められない場合,妊娠不成立と判定した.哺育5日に母動物は病理解剖し,黄体数および着床痕数を調べ肉眼的に異常の有無を調べた.

新生児は哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定し,性比(雄/雌)を算出するとともに,外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の体重を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.哺育4日の体重測定後,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼観察を行った.哺育期間中の死亡児はブアン液に固定し,器官・組織の肉眼観察を実施した.また,新生児の4日生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)× 100]を算出した.

6) 臨床検査

血液学検査,血液凝固能検査および血液生化学検査は雄および自然分娩した雌の剖検時(雄:投与49日,雌:哺育5日)に各群の全例について実施した.採血するに当たり,動物は約16時間絶食させた.

動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.

a) 血液学検査

抗凝固剤(EDTA-2 K)入り採血管インセパック-E(積水化学工業)に新鮮血を採取し,総合血液学検査装置ADVIA120(バイエル)を用いて白血球数(WBC:フローサイトメトリー),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:RBC,MCVより算出),平均赤血球容積(MCV:暗視野板法),平均赤血球血色素量(MCH:HGB,RBCより算出),平均赤血球色素濃度(MCHC:HGB,HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法),白血球百分率(フローサイトメトリー)および網赤血球率(Reticulocyte:RNA染色法)を測定した.

白血球百分率は前述の機器で測定したが,別途血液塗抹標本を作製し,メイ・グリュンワルド・ギムザ染色して保存した.

b) 血液凝固能検査

抗凝固剤(3.13 %クエン酸ナトリウム水溶液)入り採血管ベノジェクト(テルモ)に血液を採取した後,3000 r.p.m.で13分間遠心分離して得た血漿を検査に用いた.全自動血液凝固線溶測定装置STA Compact(ロシュ)を用いてプロトロンビン時間(PT:粘度変化検知方式)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT:粘度変化検知方式)を測定した.

c) 血液生化学検査

採血管インセパックSQ(積水化学工業)に血液を採取した後,3000 r.p.m.で7分間遠心分離して得た血清を検査に用いた.多項目生化学自動分析装置日立7170(日立製作所)を用いて総蛋白(T. protein:Biuret法),アルブミン(Albumin:BCG法),A/G(計算値),血糖(Glucose:HK-G-6-PDH法),中性脂肪(Triglyceride: GK-GPO遊離グリセロール消去法),総コレステロール(T. cholesterol:コレステロールオキシダーゼHDAOS法),尿素窒素(BUN:ウレアーゼGLDH法),クレアチニン(Creatinine:酵素法),総ビリルビン(T. bilirubin:バナジン酸酸化法),アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST:酵素-UV法),アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT:酵素-UV法),アルカリホスファターゼ(ALP:P-ニトロフェニルリン酸基質法),γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(Gamma-GTP:L-γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-NA法),カルシウム(Calcium:MXB法),無機リン(I. phosphorus:PNP-XDH法)および総胆汁酸(T. bile acid:酵素サイクリング法)を,電解質測定装置EA06R(エイアンドティー)を用いてナトリウム(Sodium:イオン選択電極法),カリウム(Potassium:イオン選択電極法)および塩素(Chloride:イオン選択電極法)を測定した.

d) 尿検査

投与期間終了週に,各群それぞれ5例の雄動物について検査を行った.

給餌・給水の条件下で採尿ケージを用いて3時間尿(午前10時から午後1時まで)および24時間尿(午前10時から翌日午前10時まで)を採取した.

3時間尿を用いてpH,潜血,糖,蛋白,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲンを検査した.検査にはN-マルティスティックスSG(バイエル メディカル)を用い,判定は尿分析装置CLINITEK500(バイエル)で行った.

24時間尿を用いて尿量(計量)および色調(目視)を検査した後,尿を室温,1500 r.p.m.で5分間遠心し,上清および残渣に分離した.上清を用いてAuto&stat OM-6030(アークレイファクトリー)で尿浸透圧(氷点降下法)を測定した.

7) 病理学検査

a) 剖検および器官重量

剖検では動物の外観,口腔,鼻孔および頭蓋腔,骨格,脳および脊髄の外観と切断面,胸腔,腹腔および骨盤腔とその内臓,頸部の組織および器官を検査した.

重量を測定した器官については,器官重量/体重比(相対重量)を剖検日の体重および器官重量から算出した[(器官重量/剖検日の体重)× 100].

雄動物

48日間投与した翌日にエーテル麻酔下で採血安楽死させた.器官・組織の肉眼観察を行った後,脳,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣および精巣上体重量を測定した.また,全動物について皮膚,乳腺,リンパ節,大腿骨,胸骨,骨髄,胸腺,気管,肺(気管支を含む),心臓,舌,甲状腺,上皮小体,食道,胃,十二指腸,小腸,大腸,肝臓,膵臓,脾臓,腎臓,副腎,膀胱,精嚢,前立腺,脳,下垂体,脊髄,眼球,ハーダー腺,坐骨神経および肉眼で異常病変が認められた器官・組織を10 vol%中性緩衝ホルマリン液に,精巣および精巣上体をブアン液で前固定した後,10 vol%中性緩衝ホルマリン液に固定した.

自然分娩した雌

哺育4日まで投与した翌日にエーテル麻酔下で採血安楽死させた.器官・組織の肉眼観察を行った後,脳,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎および卵巣重量を測定し,相対重量を算出した.また,全動物について皮膚,乳腺,リンパ節,大腿骨,胸骨,骨髄,胸腺,気管,肺(気管支を含む),心臓,舌,甲状腺,上皮小体,食道,胃,十二指腸,小腸,大腸,肝臓,膵臓,脾臓,腎臓,副腎,膀胱,卵巣,子宮,腟,脳,下垂体,脊髄,眼球,ハーダー腺,坐骨神経および肉眼で異常病変が認められた器官・組織を10 vol%中性緩衝ホルマリン液に固定した.なお,剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.

自然分娩の認められない雌

妊娠25日に,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼観察を行った後,に示した全ての固定器官を同様に固定した.いずれの動物も子宮内に着床痕が認められず妊娠不成立であった.

全児死亡の認められた雌

生存児全ての死亡が確認された日にエーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼観察を行った後,に示した全ての固定器官を同様に固定した.剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.

b) 病理組織学検査

下記に該当する動物について病理組織学検査を実施した.

組織は常法に従ってパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色した.鏡検では病変の種類,程度について記録した.

なお,およびの精巣についてはPAS・ヘマトキシリン染色およびヘマトキシリン・エオジン染色した後,ヘマトキシリン・エオジン染色標本で一般的病変を検査し,PAS・ヘマトキシリン染色標本で精子形成サイクル(または)を検査2)し,腎臓についてはα2u-グロブリン免疫染色を実施し鏡検した.の肝臓および腎臓については空胞の識別を行うためズダン染色を実施し鏡検した.

全児死亡動物

全固定器官について実施した.

妊娠を成立させた雄

対照群と高用量群の各5例の全固定器官,および全群の剖検時に認められた異常病変部組織について実施した.

自然分娩した雌

対照群と高用量群の各5例の全固定器官,および全群の剖検時に認められた異常病変部組織について実施した.

妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌

雄は精巣,精巣上体,精嚢,前立腺および異常病変部組織,雌は腟,子宮および卵巣について実施した.

また,については大腸,肝臓,腎臓,甲状腺および副腎に被験物質投与の影響が疑われたため,全群について各5例ずつ検査を実施した.については肝臓,甲状腺および副腎,全児死亡動物の小腸,大腸および腎臓に被験物質投与の影響が疑われたため,全群について各5例ずつ検査を実施した.

6.統計解析

体重,体重増加量,摂餌量,累積摂餌量,平均性周期,黄体数,着床痕数,妊娠期間,出産児数,死産児数,性比,着床率,出生率,分娩率,外表異常発現率,新生児の4日生存率,血液学検査値,血液凝固能検査値,血液生化学検査値,尿検査値(尿量および尿浸透圧),器官重量および相対重量については自動判別方式3)に従い,最初にBartlettの等分散検定4)を実施した.等分散の場合はDunnettの多重比較検定5)で対照群と各投与群間の有意差を検定した.Bartlettの等分散検定で不等分散の場合はSteelの検定6)で対照群と各投与群間の有意差を検定した.

出産率,交尾率および受胎率についてはχ2検定を用いた.

異常性周期発現率,剖検所見および病理組織所見の発生率についてはFisherの直接確率検定法7)で検定した.

病理組織所見のうち程度の増強が認められた所見は−を「1」,+1を「2」,+2を「3」,+3を「4」に割り当ててMann-WhitneyのU検定を実施した.

有意水準はBartlettの等分散検定については5 %,その他の検定は5 %および1 %の両側検定で実施した.

ただし,供試動物数が1群につき2例以下の場合,有意差検定は行わなかった.

なお,哺育期間中の出生児に関する成績は1母体当たりの平均を1標本として集計した.

結果

1.反復投与毒性

1) 死亡および一般状態

死亡動物は雌雄のいずれの投与群にも認められなかった.

一般状態の変化として,雄では流涎が200および600 mg/kg群でそれぞれ1および12例(全例)に観察された.その他,発現頻度から自然発生性と考えられる所見として,眼分泌物が60および200 mg/kg群で各1例,外傷が200 mg/kg群で1例に観察された.

雌では投与期間を通じて,流涎が600 mg/kg群で8例に観察された.ただし,流涎が認められた8例中1例は交配前期間のみの発現であった.哺育期間では,哺育4日(最終投与後)に600 mg/kg群で1例に眼瞼下垂および筋力低下,他の1例に自発運動低下および筋力低下が認められた.また,全児死亡が600 mg/kg群の1例で哺育2日に認められた.この動物では,哺育1または2日あるいは両日にかけて自発運動低下,よろめき歩行,眼瞼下垂,泌尿生殖器出血,削痩,被毛の汚れおよび軟便が認められた.その他,発現頻度から自然発生性と考えられる所見として妊娠期間に流涙が対照群で1例,投与期間を通じ結節(口唇部)が600 mg/kg群で1例に観察された.

雌雄に共通して認められた流涎は,多くは投与後30〜60分の間にのみ発現が観察された.まれに雌の少数例で投与前から流涎の発現が観察された.

2) 体重(Fig.1,2)

雄では,投与期間を通じて,対照群と被験物質投与群との間に有意差は認められなかった.

雌では,対照群に比べ600 mg/kg群で妊娠期間後半(妊娠14日以降)に低値傾向が認められ,妊娠0から20日の体重増加量も低値傾向を示した.600 mg/kg群では妊娠期間に継続して哺育期間でも体重値が対照群に比べ低値傾向を示したが,哺育期間中の体重増加量には差は認められなかった.

3) 摂餌量(Fig.3,4)

雌雄ともに,投与期間を通じて対照群と被験物質投与群との間に有意差は認められなかった.

4) 血液学検査(Table 1)

雄の血液学検査では,対照群に比べ200 mg/kg群で平均赤血球血色素濃度が有意な低値,大型非染色細胞比率が有意な高値を示した.しかし,いずれも用量との関連性が明らかではなく被験物質投与と関連しない変化と考えられた.600 mg/kg群では血小板数が有意な高値を示したが,軽微な変化であり毒性学的意義はないと判断した.

雌の血液学検査では,いずれの検査項目にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.血液凝固能検査では,雌雄ともにいずれの検査項目にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.

5) 血液生化学検査(Table 2)

雄では,総コレステロールが対照群に比べ200 mg/kg群で高値傾向,600 mg/kg群で有意な高値を示した.その他,カルシウムが200 mg/kg群で高値を示したが,用量に対応しない軽微な変化であった.

雌では,総コレステロールが対照群に比べ200および600 mg/kg群で有意な高値,血糖が600 mg/kg群で高値を示した.

6) 尿検査

24時間の尿量が対照群に比べ60および200 mg/kg群で高値傾向,600 mg/kg群で有意な高値を示した.色調は全ての動物が淡黄色であった.pHは対照群が8.5近辺であるのに対し用量の増加に伴い6.5〜7付近に変化した.尿糖,蛋白,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲンに被験物質投与による変化は認められなかった.尿浸透圧は対照群に比べ被験物質投与群で低値傾向を示した.潜血では200 mg/kg群の1例が重度(3+)を示したが,この動物は採尿日の投与後に前肢の外傷が認められていたため,外傷からの出血が尿中に混入した可能性が考えられた.

7) 器官重量(Table 3)

雄では,対照群に比べ200および600 mg/kg群で肝臓および腎臓の実重量および相対重量が有意な高値を示した.脾臓については,60 mg/kg群で相対重量,600 mg/kg群で実重量および相対重量が高値を示した.

雌では,600 mg/kg群で胸腺の実重量および相対重量が低値,副腎の実重量が高値傾向,相対重量が高値を示した.200および600 mg/kg群で肝臓の実重量および相対重量が高値を示した.

8) 剖検所見

妊娠を成立させた雄では,肝臓の肥大が60,200および600 mg/kg群でそれぞれ3,4および11例,腎臓の肥大がそれぞれ3,9および11例に観察された.対照群に比べ200および600 mg/kg群では両所見の発現数が有意な高値を示した.その他,脾臓の変形,リンパ節の肥大,肺の褐色斑/区域,肝臓の萎縮,肝横隔膜結節,精巣の小型化,精巣上体の結節および小型化がいずれも単発性に観察された.

対照群および200 mg/kg群の妊娠を成立させなかった雄各1例では,肝臓の肥大が200 mg/kg群で観察された.

哺育5日に計画解剖した雌では,肝臓の肥大が600 mg/kg群で4例に観察され,対照群に比べ発現数が有意な高値を示した.その他,600 mg/kg群で肝臓の白色斑/区域,子宮の結節および皮膚の結節が各1例,60 mg/kg群で卵巣の嚢胞が1例に観察された.いずれも発現頻度から被験物質投与とは関連しない変化と考えた.

対照群および200 mg/kg群の妊娠不成立の雌各1例では,200 mg/kg群で子宮の内腔拡張が認められた.

全児死亡の認められた600 mg/kg群の1例では,肝臓の白色斑/区域,腎臓の赤色斑/区域,膀胱の赤色内容物貯留,子宮の内膜肥厚,腟の赤色内容物貯留および副腎の肥大が観察された.

9) 組織所見(Table 4)

妊娠を成立させた雄では,肝臓の肝細胞肥大(軽度または中等度)が60,200および600 mg/kg群でそれぞれ5/7,5/7および11/11例に観察され,対照群に比べ全ての投与群で発現数が有意な高値を示すとともに,程度の増強が認められた.甲状腺の濾胞上皮細胞増生が60,200および600 mg/kg群でそれぞれ2/5,3/5および5/5例,大腸(盲腸,結腸,直腸)の杯細胞減少が600 mg/kg群で5/5例に観察され,いずれも対照群に比べ600 mg/kg群で発現数が高値を示した.腎臓の尿細管好塩基化は200 mg/kg以上の投与群で中等度,近位尿細管の硝子滴沈着は60 mg/kg以上の投与群で中等度,200 mg/kg以上の投与群では高度の病変であった.腎臓の近位尿細管の硝子滴沈着は,対照群に比べ200 mg/kg以上の投与群で有意な程度の増強が認められた.また,副腎の球状帯肥大が600 mg/kg群で1例ではあるが観察された.その他,心臓の小肉芽腫,脾臓の色素沈着および髄外造血亢進,胸腺の嚢胞,肺の泡沫細胞集簇,小肉芽腫および骨化生,胃の腺腔拡張,膵臓外分泌部の小肉芽腫,肝臓の水腫,脂肪化,巣状壊死,単細胞壊死,動脈炎,小肉芽腫,肝横隔膜結節および胆管増生,腎臓の硝子円柱,尿細管拡張およびリンパ球浸潤,膀胱のリンパ球浸潤,精巣上体の精子肉芽腫,前立腺のリンパ球浸潤および炎症が観察された.

自然分娩した雌では,肝臓の肝細胞肥大が200 mg/kg群で軽度が1例,600 mg/kg群で軽度が4例および中等度が3例に観察され,600 mg/kg群で有意な発現数の高値および程度の増強が認められた.さらに,副腎の球状帯肥大が600 mg/kg群で1例に観察された.また,600 mg/kg群で一般状態の異常として1例に認められた口唇部の結節は,扁平上皮乳頭腫であった.その他,脾臓の髄外造血亢進,肺の泡沫細胞集簇,炎症および小肉芽腫,胃の小肉芽腫,膵臓外分泌部の小肉芽腫,大腸の細胞浸潤,肝臓の脂肪化,肝細胞壊死,小肉芽腫および髄外造血,腎臓の尿細管好塩基化,嚢胞,尿細管拡張,石灰沈着および線維化,卵巣の嚢胞,下垂体の嚢胞,甲状腺の濾胞上皮細胞増生および鰓後体遺残,副腎の束状帯肥大が観察された.

対照群および200 mg/kg群で各1組の妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌では,雄の対照群で前立腺の間質細胞浸潤,200 mg/kg群で肝臓の小肉芽腫および肝細胞肥大,雌の200 mg/kg群で子宮および腟の内腔拡張が観察された.しかし,妊娠不成立となる変化は認められなかった.

全児死亡の認められた雌では,妊娠を成立させた雄あるいは自然分娩した雌で観察された所見と関連する変化として,大腸(盲腸,結腸,直腸)の上皮細胞好塩基化および杯細胞減少,小腸(回腸)の上皮細胞好塩基化,小腸(十二指腸,回腸)の絨毛癒合,肝臓の肝細胞肥大(中等度)が観察された.その他,骨髄の造血低下,胸腺の萎縮,肺の泡沫細胞集簇,胃の腺腔拡張,肝臓の脂肪化(中等度)および複数葉にわたる肝細胞壊死(中等度),腎臓の尿細管上皮の空胞変性(高度),円柱(中等度),石灰沈着,尿細管上皮壊死,副腎の束状帯肥大が観察された.なお,腎臓についてα2u-グロブリン免疫染色およびズダン染色の結果はいずれも陽性であった.剖検時に観察された子宮の内膜肥厚の組織像は正常な分娩後の子宮であったが,胎児の遺残が観察された.

対照群および600 mg/kg群の妊娠を成立させた雄各5例,対照群および200 mg/kg群で妊娠を成立させなかった雄および600 mg/kg群で精巣に異常(小型化)が認められた雄の精巣についてステージの精細管の精上皮細胞数を測定した結果,精祖細胞(type A),プレレプトテン期精母細胞,パキテン期精母細胞,円形精子細胞およびセルトリ細胞数はいずれも対照群と同程度であり,被験物質投与の影響は認められなかった.

2.生殖発生毒性

1) 交尾および受胎能(Table 5)

交尾は対照群を含む全ての投与群で全例が成立した.受胎は対照群および200 mg/kg群で各1例が成立せず受胎率はそれぞれ91.7 %,他の群ではいずれも100 %であった.

性周期観察では,異常性周期を示す動物が対照群,60および600 mg/kg群で各1例に認められたが,異常性周期発現率に差は認められず,平均性周期にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.

2) 分娩および哺育(Table 6)

対照群を含むいずれの投与群でも分娩状態に異常は観察されなかった.各群の妊娠期間,黄体数,着床痕数,出産児数および出産生児数はほぼ同様な値を示し,出産率,着床率,分娩率,出生率,性比および生後4日生存率に群間差は認められなかった.哺育0日に死亡児が対照群および600 mg/kg群で観察され,また,喰殺児が600 mg/kg群で観察された.

3) 新生児の形態,体重および剖検所見

新生児の外表検査では,索状尾が対照群の雄で1例,眼部隆起欠損が60 mg/kg群の雌で1例に認められた.

体重変化では,哺育0および4日とも対照群と被験物質投与群との間で差は認められなかった.

哺育期間中の死亡児の剖検では,腎盂拡張が200および600 mg/kg群の雄でそれぞれ1および3例で認められた.

哺育4日の剖検では,腎盂拡張が対照群,60,200および600 mg/kg群の雄でそれぞれ5,5,9および3例,雌でそれぞれ4,1,3および2例,尿管拡張が雄で4,0,5および6例,雌で3,0,1および0例に観察された.しかし,両所見とも発現数に用量関連性がなく,対照群と被験物質投与群との間に有意差も認められないことから自然発生性の変化と考えられた.その他,肝臓の結節が200 mg/kg群の雌雄で各1例,索状尾が対照群の雄で1例,肺の褐色斑/区域が対照群の雌で1例,眼球の欠損および皮膚の痂皮が60 mg/kg群の雌で各1例に観察された.

考察

1.反復投与毒性

死亡例は試験期間を通じ雌雄いずれの投与群でも認められなかった.

雌雄の600 mg/kg群で多数例,雄の200 mg/kg群で1例に流涎が観察された.流涎は投与後30〜60分にのみ一過性に発現する程度であったが,2週間投与予備試験においても300 mg/kg以上の投与群で観察されていることから被験物質投与に関連した変化と考えられた.雌の600 mg/kg群で少数例ではあるが哺育期間に自発運動低下,筋力低下および眼瞼下垂が観察された.さらに全児死亡の認められた1例ではよろめき歩行も観察された.同様の症状は2週間投与予備試験の1000 mg/kg群で少数例に観察され,また,妊娠ラットへ経口投与(750 mg/kg)した場合にも似た症状が認められている1)ことから,本試験での症状変化も少数例での発現ではあるが被験物質投与による中枢抑制作用が疑われた.全児死亡の認められた動物では中枢系以外の変化として泌尿生殖器出血,削痩,被毛の汚れおよび軟便が観察され,全身状態が悪化していたと考えられた.

体重では,雄に対しては被験物質投与の影響は認められなかった.雌に対しては600 mg/kg群で妊娠期間の後半以降にわずかではあるが低値傾向が認められ,被験物質投与による体重増加抑制が疑われた.

摂餌量では,雌雄ともに被験物質投与の影響は認められなかった.

臨床検査では,血液学検査において認められた変化はいずれも被験物質投与との関連性はないものと判断し,被験物質投与の影響は認められなかった.血液生化学検査において雌雄の200 mg/kg以上の投与群で総コレステロールの高値が認められた.雌の600 mg/kg群で認められた血糖の高値については,機序は不明であるが被験物質投与の影響と考えられた.

尿検査では60 mg/kg群から用量に関連した尿量の高値が認められ被験物質投与の影響と判断した.また,尿浸透圧については尿量と相関して低値を示しており,尿の濃縮力は正常であると考えられた.なお,200 mg/kg以上の投与群で認められた尿のpHの変化については被験物質投与の影響が示唆されるものの機序は不明であった.

病理学検査では,200 mg/kg以上の投与群で雌雄の肝臓重量,雄の腎臓重量が高値を示し,剖検所見で雄の肝臓および腎臓については60 mg/kg以上の投与群,雌の肝臓については600 mg/kg群でいずれも肥大が認められた.組織学検査ではそれに対応する所見として肝臓の小葉中心性肝細胞肥大と腎臓の近位尿細管の硝子滴沈着が観察された.肝細胞肥大は雄では60 mg/kg以上,雌では200 mg/kg以上の投与群で観察されたが,組織学検査や血液生化学検査において肝障害を示唆する所見が認められなかったことから薬物代謝酵素誘導を反映した適応化の結果と考えられた.なお,雄の60 mg/kg以上および雌の600 mg/kg群で観察された甲状腺の濾胞上皮細胞増生は,肝臓の薬物代謝酵素誘導によって血中のT3,T4濃度が低下し,ネガティブフィードバックによってTSH分泌が亢進し甲状腺濾胞上皮が増生したと考えられる.雄で観察された腎臓の近位尿細管における硝子滴沈着は免疫組織化学的にα2u-グロブリンが証明されたことから,いわゆるα2u-グロブリン腎症であることが確認された.また,200 mg/kg以上の投与群で中等度の尿細管好塩基化が認められたが,いずれも硝子滴沈着の程度の強い個体で認められることから,多量のα2u-グロブリン沈着による尿細管傷害に引き続く再生像と考えられた.雄の600 mg/kg群で消化管上皮の杯細胞減少が盲腸以降で観察され,被験物質投与の影響が示唆されたが,機序については不明であった.雌の600 mg/kg群で副腎重量が高値を示した.副腎の組織学検査では球状帯の肥大が雌雄の600 mg/kg群で観察され,被験物質投与の影響が示唆されたが,機序については不明であった.雌の600 mg/kg群で胸腺重量が低値を示した.胸腺の重量低下に関連した形態学的な異常所見は認められなかったが,被験物質投与の影響と考えられた.雄の60および600 mg/kg群で脾臓重量が高値を示したが,剖検および組織学検査では関連する異常は認められなかった.2週間投与予備試験でも同様の変化は認められていないことから被験物質投与と関連しない変化と判断した.

以上のことから,N,N-ジエチル-m-トルアミドの600 mg/kg/dayの投与により雌では体重増加抑制傾向が認められた.血液生化学検査では雌雄とも200 mg/kg/day以上で総コレステロールが高値を示した.雄の尿検査では60 mg/kg/day以上で尿量が増加した.病理学検査では主な変化として雄の60 mg/kg/day以上,雌の200 mg/kg/day以上で肝臓に,雄の60 mg/kg/day以上で腎臓に影響が認められた.したがって,本試験条件下におけるN,N-ジエチル-m-トルアミドの反復投与による無影響量は雄では確認できず60 mg/kg/day未満,雌では60 mg/kg/dayと判断された.

2.生殖発生毒性

平均性周期,交尾能および受胎能に被験物質投与の影響は認められなかった.異常性周期が対照群,60および 600 mg/kg群で各1例に観察された.60 mg/kg群の1例では発情休止期が12日間続いており偽妊娠していたと考えられた.600 mg/kg群の1例では異常周期として発情休止期が5日続いた8日の周期が1回認められた.しかし,対照群の1例でも異常周期として6日の周期が認められており,異常性周期の発現に被験物質投与との関連性はないと判断した.

分娩時観察では,分娩状態の異常はいずれの投与群でも認められなかった.哺育期間では600 mg/kg群で1例に全児死亡が認められた.全児死亡の認められた雌は剖検および組織学検査で,症状変化で観察された削痩等の衰弱状態に関連した変化が多く認められた.すなわち,雄および分娩した雌で観察された所見の関連病変として,肝臓の肝細胞肥大,大腸(盲腸,結腸,直腸)の上皮細胞好塩基化および杯細胞減少,小腸(回腸)の上皮細胞好塩基化,小腸(十二指腸,回腸)の絨毛癒合が観察された.小腸の病変はこの動物以外に観察されていないが,被験物質が粘膜刺激性を有することから,動物の衰弱に起因した消化管運動の減退による被験物質の滞留が原因と考えられた.また,肝臓で中等度の複数葉に広がる肝細胞壊死が認められたが,肝臓の一部だけであり,他に肝細胞を壊死に至らしめる程度の変性も明らかでないことから,被験物質の影響によるものではなく,衰弱による循環障害が原因と考えられた.さらに肝細胞の中等度の脂肪化が観察されており,栄養障害を含め脂質代謝の異常が示唆された.腎臓では尿細管上皮の空胞変性がみられ,脂肪染色で陽性であったことから脂肪と同定された.尿細管の脂肪化の他に尿細管上皮の壊死,石灰沈着,中等度の円柱が観察されており,機能的・器質的異常が確認されたが,その病理発生については明らかではない.骨髄の造血低下が認められたが,妊娠を成立させた雄および自然分娩をした雌では血液学検査および組織学検査の何れにおいても造血障害を示唆する変化は観察されていないことから,腎障害による二次性造血低下が考えられた.胸腺萎縮については全身状態の悪化に起因するものと考えられた.その他の所見については,妊娠・分娩に関連する生理的変化あるいは自然発生病変と考えられた.しかし,被験物質投与が母動物の哺育行動に影響を及ぼしたとは判断できなかった.

対照群および200 mg/kg群で妊娠不成立と判定された雌雄の動物について,病理学検査では原因を示唆する所見は認められなかった.しかし,対照群でも認められていることから妊娠不成立は被験物質投与と関連のない偶発的な現象と判断した.

新生児の外表検査では,眼部隆起欠損および索状尾が対照群および60 mg/kg群で観察されたが,1例のみの発現であることから被験物質投与の影響とは考えなかった.新生児の哺育0および4日の体重値に被験物質投与群で差は認められず,生後4日生存率にも影響は認められなかった.

哺育期間中の死亡児および哺育4日の生存児の剖検では,被験物質投与に起因すると考えられる異常は認められなかった.

その他,妊娠期間,妊娠黄体数および着床数に被験物質投与の影響は認められず,出産児数,出産生児数,性比および出産率にも影響は認められなかった.

なお,過去に実施された本被験物質の催奇形性試験8)および生殖発生毒性試験9)でも胎児に対する影響は認められていない.

以上のことから,N,N-ジエチル-m-トルアミドの生殖能に及ぼす影響は雌雄ともに認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生に及ぼす影響も特に認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.

文献

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2)高橋道人編:「精巣毒性評価のための精細管アトラス」ソフトサイエンス,東京(1994)pp.15-20.
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9)Wright DM et al.: Reproductive and developmental toxicity of N, N-diethyl-m-toluamide in rats. Fundamental and Applied Toxicology, 19: 33-42(1992).

連絡先
試験責任者:伊藤圭一
試験担当者:岡田紗代子,田代 淳,芝田真希,
山川誠己
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Keiichi Ito(Study director)
Sayoko Okada, Jun Tashiro,
Maki Sibata,Seiki Yamakawa
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-Pyo Center)
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393