本化合物については種々の安全性試験が実施されている1).急性毒性については,ラットの経口投与によるLD50値が2170〜3664 mg/kg,ウサギの経皮投与によるLD50値が4280 mg/kgと報告されている.また,癌原性および変異原性等を示すデータはなく,一般に安全な化合物と考えられている.
今回,N,N-ジエチル-m-トルアミドの0(溶媒のコーンオイルのみ投与),60,200および600 mg/kg/dayをラットの交配前14日から交配期間,妊娠期間および哺育4日まで連続強制経口投与し,反復投与毒性および生殖・発生に及ぼす影響を検討した.
以上のことから,N,N-ジエチル-m-トルアミドの本試験条件下における無影響量(NOEL)は雄では60 mg/kg/day未満,雌では60 mg/kg/dayと判断された.
生殖能に及ぼす影響は雌雄ともに認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生に及ぼす影響も特に認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.
被験物質はコーンオイル(ナカライテスク)に溶解し,60,200および600 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.投与液は投与まで冷暗所に保管し,調製後7日以内に使用した.また,被験物質のコーンオイル中での安定性は,5および400 mg/mLの濃度について冷蔵(約4℃)保存下7日間および室温保存下24時間安定であることを確認した.
投与液の濃度分析は,初回および最終調製時に調製した全ての試験群の投与液について行った.その結果,基準範囲内(±10 %以内)であった.
動物は,温度24 ± 3℃,湿度55 ± 20 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lx,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に管理されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(サンフレーク,日本チャールス・リバー製造)を入れて飼育した.
飼料は,オリエンタル酵母(株)製造のCRF-1固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.
投与液量は,体重100 g当たり0.5 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出した.また,妊娠期間および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,20および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出した.投与液は,胃ゾンデを用いて1日1回強制経口投与した.対照群には溶媒であるコーンオイルのみを投与した.
投与期間は,雄は交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌は交配前14日間と交配期間中(最長14日間)および交尾成立雌は妊娠期間を通じて分娩後の哺育4日まで(42〜56日間)とした.また,交尾成立後分娩しない雌は妊娠25日の解剖前日まで(40日間)とした.
雌は投与1(投与開始日),8および15日に測定し,投与1から15日までの体重増加量を算出した.また,交尾成立後の雌は,妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌は哺育0,4および5日(剖検日)に測定し,それぞれ妊娠0から20日および哺育0から4日までの体重増加量を算出した.
雌は投与1(投与開始日),8および15日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日までの累積摂餌量を算出した.また,交尾が成立した雌は妊娠0,7,14および20日に,分娩した雌は哺育0および4日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め平均1日摂餌量を算出するとともに妊娠0から20日までの累積摂餌量を算出した.なお,交配期間中の同居動物は摂餌量を測定しなかった.
新生児は哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定し,性比(雄/雌)を算出するとともに,外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の体重を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.哺育4日の体重測定後,エーテル麻酔下で放血安楽死させ,器官・組織の肉眼観察を行った.哺育期間中の死亡児はブアン液に固定し,器官・組織の肉眼観察を実施した.また,新生児の4日生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)× 100]を算出した.
動物をエーテルで麻酔後開腹し,腹部大動脈から採血した.
白血球百分率は前述の機器で測定したが,別途血液塗抹標本を作製し,メイ・グリュンワルド・ギムザ染色して保存した.
給餌・給水の条件下で採尿ケージを用いて3時間尿(午前10時から午後1時まで)および24時間尿(午前10時から翌日午前10時まで)を採取した.
3時間尿を用いてpH,潜血,糖,蛋白,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲンを検査した.検査にはN-マルティスティックスSG(バイエル メディカル)を用い,判定は尿分析装置CLINITEK500(バイエル)で行った.
24時間尿を用いて尿量(計量)および色調(目視)を検査した後,尿を室温,1500 r.p.m.で5分間遠心し,上清および残渣に分離した.上清を用いてAuto&stat OM-6030(アークレイファクトリー)で尿浸透圧(氷点降下法)を測定した.
重量を測定した器官については,器官重量/体重比(相対重量)を剖検日の体重および器官重量から算出した[(器官重量/剖検日の体重)× 100].
組織は常法に従ってパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色した.鏡検では病変の種類,程度について記録した.
なお,およびの精巣についてはPAS・ヘマトキシリン染色およびヘマトキシリン・エオジン染色した後,ヘマトキシリン・エオジン染色標本で一般的病変を検査し,PAS・ヘマトキシリン染色標本で精子形成サイクル(または)を検査2)し,腎臓についてはα2u-グロブリン免疫染色を実施し鏡検した.の肝臓および腎臓については空胞の識別を行うためズダン染色を実施し鏡検した.
また,については大腸,肝臓,腎臓,甲状腺および副腎に被験物質投与の影響が疑われたため,全群について各5例ずつ検査を実施した.については肝臓,甲状腺および副腎,全児死亡動物の小腸,大腸および腎臓に被験物質投与の影響が疑われたため,全群について各5例ずつ検査を実施した.
出産率,交尾率および受胎率についてはχ2検定を用いた.
異常性周期発現率,剖検所見および病理組織所見の発生率についてはFisherの直接確率検定法7)で検定した.
病理組織所見のうち程度の増強が認められた所見は−を「1」,+1を「2」,+2を「3」,+3を「4」に割り当ててMann-WhitneyのU検定を実施した.
有意水準はBartlettの等分散検定については5 %,その他の検定は5 %および1 %の両側検定で実施した.
ただし,供試動物数が1群につき2例以下の場合,有意差検定は行わなかった.
なお,哺育期間中の出生児に関する成績は1母体当たりの平均を1標本として集計した.
一般状態の変化として,雄では流涎が200および600 mg/kg群でそれぞれ1および12例(全例)に観察された.その他,発現頻度から自然発生性と考えられる所見として,眼分泌物が60および200 mg/kg群で各1例,外傷が200 mg/kg群で1例に観察された.
雌では投与期間を通じて,流涎が600 mg/kg群で8例に観察された.ただし,流涎が認められた8例中1例は交配前期間のみの発現であった.哺育期間では,哺育4日(最終投与後)に600 mg/kg群で1例に眼瞼下垂および筋力低下,他の1例に自発運動低下および筋力低下が認められた.また,全児死亡が600 mg/kg群の1例で哺育2日に認められた.この動物では,哺育1または2日あるいは両日にかけて自発運動低下,よろめき歩行,眼瞼下垂,泌尿生殖器出血,削痩,被毛の汚れおよび軟便が認められた.その他,発現頻度から自然発生性と考えられる所見として妊娠期間に流涙が対照群で1例,投与期間を通じ結節(口唇部)が600 mg/kg群で1例に観察された.
雌雄に共通して認められた流涎は,多くは投与後30〜60分の間にのみ発現が観察された.まれに雌の少数例で投与前から流涎の発現が観察された.
雌では,対照群に比べ600 mg/kg群で妊娠期間後半(妊娠14日以降)に低値傾向が認められ,妊娠0から20日の体重増加量も低値傾向を示した.600 mg/kg群では妊娠期間に継続して哺育期間でも体重値が対照群に比べ低値傾向を示したが,哺育期間中の体重増加量には差は認められなかった.
雌の血液学検査では,いずれの検査項目にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.血液凝固能検査では,雌雄ともにいずれの検査項目にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.
雌では,総コレステロールが対照群に比べ200および600 mg/kg群で有意な高値,血糖が600 mg/kg群で高値を示した.
雌では,600 mg/kg群で胸腺の実重量および相対重量が低値,副腎の実重量が高値傾向,相対重量が高値を示した.200および600 mg/kg群で肝臓の実重量および相対重量が高値を示した.
対照群および200 mg/kg群の妊娠を成立させなかった雄各1例では,肝臓の肥大が200 mg/kg群で観察された.
哺育5日に計画解剖した雌では,肝臓の肥大が600 mg/kg群で4例に観察され,対照群に比べ発現数が有意な高値を示した.その他,600 mg/kg群で肝臓の白色斑/区域,子宮の結節および皮膚の結節が各1例,60 mg/kg群で卵巣の嚢胞が1例に観察された.いずれも発現頻度から被験物質投与とは関連しない変化と考えた.
対照群および200 mg/kg群の妊娠不成立の雌各1例では,200 mg/kg群で子宮の内腔拡張が認められた.
全児死亡の認められた600 mg/kg群の1例では,肝臓の白色斑/区域,腎臓の赤色斑/区域,膀胱の赤色内容物貯留,子宮の内膜肥厚,腟の赤色内容物貯留および副腎の肥大が観察された.
自然分娩した雌では,肝臓の肝細胞肥大が200 mg/kg群で軽度が1例,600 mg/kg群で軽度が4例および中等度が3例に観察され,600 mg/kg群で有意な発現数の高値および程度の増強が認められた.さらに,副腎の球状帯肥大が600 mg/kg群で1例に観察された.また,600 mg/kg群で一般状態の異常として1例に認められた口唇部の結節は,扁平上皮乳頭腫であった.その他,脾臓の髄外造血亢進,肺の泡沫細胞集簇,炎症および小肉芽腫,胃の小肉芽腫,膵臓外分泌部の小肉芽腫,大腸の細胞浸潤,肝臓の脂肪化,肝細胞壊死,小肉芽腫および髄外造血,腎臓の尿細管好塩基化,嚢胞,尿細管拡張,石灰沈着および線維化,卵巣の嚢胞,下垂体の嚢胞,甲状腺の濾胞上皮細胞増生および鰓後体遺残,副腎の束状帯肥大が観察された.
対照群および200 mg/kg群で各1組の妊娠を成立させなかった雄および妊娠不成立の雌では,雄の対照群で前立腺の間質細胞浸潤,200 mg/kg群で肝臓の小肉芽腫および肝細胞肥大,雌の200 mg/kg群で子宮および腟の内腔拡張が観察された.しかし,妊娠不成立となる変化は認められなかった.
全児死亡の認められた雌では,妊娠を成立させた雄あるいは自然分娩した雌で観察された所見と関連する変化として,大腸(盲腸,結腸,直腸)の上皮細胞好塩基化および杯細胞減少,小腸(回腸)の上皮細胞好塩基化,小腸(十二指腸,回腸)の絨毛癒合,肝臓の肝細胞肥大(中等度)が観察された.その他,骨髄の造血低下,胸腺の萎縮,肺の泡沫細胞集簇,胃の腺腔拡張,肝臓の脂肪化(中等度)および複数葉にわたる肝細胞壊死(中等度),腎臓の尿細管上皮の空胞変性(高度),円柱(中等度),石灰沈着,尿細管上皮壊死,副腎の束状帯肥大が観察された.なお,腎臓についてα2u-グロブリン免疫染色およびズダン染色の結果はいずれも陽性であった.剖検時に観察された子宮の内膜肥厚の組織像は正常な分娩後の子宮であったが,胎児の遺残が観察された.
対照群および600 mg/kg群の妊娠を成立させた雄各5例,対照群および200 mg/kg群で妊娠を成立させなかった雄および600 mg/kg群で精巣に異常(小型化)が認められた雄の精巣についてステージ〜の精細管の精上皮細胞数を測定した結果,精祖細胞(type A),プレレプトテン期精母細胞,パキテン期精母細胞,円形精子細胞およびセルトリ細胞数はいずれも対照群と同程度であり,被験物質投与の影響は認められなかった.
性周期観察では,異常性周期を示す動物が対照群,60および600 mg/kg群で各1例に認められたが,異常性周期発現率に差は認められず,平均性周期にも対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.
体重変化では,哺育0および4日とも対照群と被験物質投与群との間で差は認められなかった.
哺育期間中の死亡児の剖検では,腎盂拡張が200および600 mg/kg群の雄でそれぞれ1および3例で認められた.
哺育4日の剖検では,腎盂拡張が対照群,60,200および600 mg/kg群の雄でそれぞれ5,5,9および3例,雌でそれぞれ4,1,3および2例,尿管拡張が雄で4,0,5および6例,雌で3,0,1および0例に観察された.しかし,両所見とも発現数に用量関連性がなく,対照群と被験物質投与群との間に有意差も認められないことから自然発生性の変化と考えられた.その他,肝臓の結節が200 mg/kg群の雌雄で各1例,索状尾が対照群の雄で1例,肺の褐色斑/区域が対照群の雌で1例,眼球の欠損および皮膚の痂皮が60 mg/kg群の雌で各1例に観察された.
雌雄の600 mg/kg群で多数例,雄の200 mg/kg群で1例に流涎が観察された.流涎は投与後30〜60分にのみ一過性に発現する程度であったが,2週間投与予備試験においても300 mg/kg以上の投与群で観察されていることから被験物質投与に関連した変化と考えられた.雌の600 mg/kg群で少数例ではあるが哺育期間に自発運動低下,筋力低下および眼瞼下垂が観察された.さらに全児死亡の認められた1例ではよろめき歩行も観察された.同様の症状は2週間投与予備試験の1000 mg/kg群で少数例に観察され,また,妊娠ラットへ経口投与(750 mg/kg)した場合にも似た症状が認められている1)ことから,本試験での症状変化も少数例での発現ではあるが被験物質投与による中枢抑制作用が疑われた.全児死亡の認められた動物では中枢系以外の変化として泌尿生殖器出血,削痩,被毛の汚れおよび軟便が観察され,全身状態が悪化していたと考えられた.
体重では,雄に対しては被験物質投与の影響は認められなかった.雌に対しては600 mg/kg群で妊娠期間の後半以降にわずかではあるが低値傾向が認められ,被験物質投与による体重増加抑制が疑われた.
摂餌量では,雌雄ともに被験物質投与の影響は認められなかった.
臨床検査では,血液学検査において認められた変化はいずれも被験物質投与との関連性はないものと判断し,被験物質投与の影響は認められなかった.血液生化学検査において雌雄の200 mg/kg以上の投与群で総コレステロールの高値が認められた.雌の600 mg/kg群で認められた血糖の高値については,機序は不明であるが被験物質投与の影響と考えられた.
尿検査では60 mg/kg群から用量に関連した尿量の高値が認められ被験物質投与の影響と判断した.また,尿浸透圧については尿量と相関して低値を示しており,尿の濃縮力は正常であると考えられた.なお,200 mg/kg以上の投与群で認められた尿のpHの変化については被験物質投与の影響が示唆されるものの機序は不明であった.
病理学検査では,200 mg/kg以上の投与群で雌雄の肝臓重量,雄の腎臓重量が高値を示し,剖検所見で雄の肝臓および腎臓については60 mg/kg以上の投与群,雌の肝臓については600 mg/kg群でいずれも肥大が認められた.組織学検査ではそれに対応する所見として肝臓の小葉中心性肝細胞肥大と腎臓の近位尿細管の硝子滴沈着が観察された.肝細胞肥大は雄では60 mg/kg以上,雌では200 mg/kg以上の投与群で観察されたが,組織学検査や血液生化学検査において肝障害を示唆する所見が認められなかったことから薬物代謝酵素誘導を反映した適応化の結果と考えられた.なお,雄の60 mg/kg以上および雌の600 mg/kg群で観察された甲状腺の濾胞上皮細胞増生は,肝臓の薬物代謝酵素誘導によって血中のT3,T4濃度が低下し,ネガティブフィードバックによってTSH分泌が亢進し甲状腺濾胞上皮が増生したと考えられる.雄で観察された腎臓の近位尿細管における硝子滴沈着は免疫組織化学的にα2u-グロブリンが証明されたことから,いわゆるα2u-グロブリン腎症であることが確認された.また,200 mg/kg以上の投与群で中等度の尿細管好塩基化が認められたが,いずれも硝子滴沈着の程度の強い個体で認められることから,多量のα2u-グロブリン沈着による尿細管傷害に引き続く再生像と考えられた.雄の600 mg/kg群で消化管上皮の杯細胞減少が盲腸以降で観察され,被験物質投与の影響が示唆されたが,機序については不明であった.雌の600 mg/kg群で副腎重量が高値を示した.副腎の組織学検査では球状帯の肥大が雌雄の600 mg/kg群で観察され,被験物質投与の影響が示唆されたが,機序については不明であった.雌の600 mg/kg群で胸腺重量が低値を示した.胸腺の重量低下に関連した形態学的な異常所見は認められなかったが,被験物質投与の影響と考えられた.雄の60および600 mg/kg群で脾臓重量が高値を示したが,剖検および組織学検査では関連する異常は認められなかった.2週間投与予備試験でも同様の変化は認められていないことから被験物質投与と関連しない変化と判断した.
以上のことから,N,N-ジエチル-m-トルアミドの600 mg/kg/dayの投与により雌では体重増加抑制傾向が認められた.血液生化学検査では雌雄とも200 mg/kg/day以上で総コレステロールが高値を示した.雄の尿検査では60 mg/kg/day以上で尿量が増加した.病理学検査では主な変化として雄の60 mg/kg/day以上,雌の200 mg/kg/day以上で肝臓に,雄の60 mg/kg/day以上で腎臓に影響が認められた.したがって,本試験条件下におけるN,N-ジエチル-m-トルアミドの反復投与による無影響量は雄では確認できず60 mg/kg/day未満,雌では60 mg/kg/dayと判断された.
分娩時観察では,分娩状態の異常はいずれの投与群でも認められなかった.哺育期間では600 mg/kg群で1例に全児死亡が認められた.全児死亡の認められた雌は剖検および組織学検査で,症状変化で観察された削痩等の衰弱状態に関連した変化が多く認められた.すなわち,雄および分娩した雌で観察された所見の関連病変として,肝臓の肝細胞肥大,大腸(盲腸,結腸,直腸)の上皮細胞好塩基化および杯細胞減少,小腸(回腸)の上皮細胞好塩基化,小腸(十二指腸,回腸)の絨毛癒合が観察された.小腸の病変はこの動物以外に観察されていないが,被験物質が粘膜刺激性を有することから,動物の衰弱に起因した消化管運動の減退による被験物質の滞留が原因と考えられた.また,肝臓で中等度の複数葉に広がる肝細胞壊死が認められたが,肝臓の一部だけであり,他に肝細胞を壊死に至らしめる程度の変性も明らかでないことから,被験物質の影響によるものではなく,衰弱による循環障害が原因と考えられた.さらに肝細胞の中等度の脂肪化が観察されており,栄養障害を含め脂質代謝の異常が示唆された.腎臓では尿細管上皮の空胞変性がみられ,脂肪染色で陽性であったことから脂肪と同定された.尿細管の脂肪化の他に尿細管上皮の壊死,石灰沈着,中等度の円柱が観察されており,機能的・器質的異常が確認されたが,その病理発生については明らかではない.骨髄の造血低下が認められたが,妊娠を成立させた雄および自然分娩をした雌では血液学検査および組織学検査の何れにおいても造血障害を示唆する変化は観察されていないことから,腎障害による二次性造血低下が考えられた.胸腺萎縮については全身状態の悪化に起因するものと考えられた.その他の所見については,妊娠・分娩に関連する生理的変化あるいは自然発生病変と考えられた.しかし,被験物質投与が母動物の哺育行動に影響を及ぼしたとは判断できなかった.
対照群および200 mg/kg群で妊娠不成立と判定された雌雄の動物について,病理学検査では原因を示唆する所見は認められなかった.しかし,対照群でも認められていることから妊娠不成立は被験物質投与と関連のない偶発的な現象と判断した.
新生児の外表検査では,眼部隆起欠損および索状尾が対照群および60 mg/kg群で観察されたが,1例のみの発現であることから被験物質投与の影響とは考えなかった.新生児の哺育0および4日の体重値に被験物質投与群で差は認められず,生後4日生存率にも影響は認められなかった.
哺育期間中の死亡児および哺育4日の生存児の剖検では,被験物質投与に起因すると考えられる異常は認められなかった.
その他,妊娠期間,妊娠黄体数および着床数に被験物質投与の影響は認められず,出産児数,出産生児数,性比および出産率にも影響は認められなかった.
なお,過去に実施された本被験物質の催奇形性試験8)および生殖発生毒性試験9)でも胎児に対する影響は認められていない.
以上のことから,N,N-ジエチル-m-トルアミドの生殖能に及ぼす影響は雌雄ともに認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生に及ぼす影響も特に認められず無影響量は600 mg/kg/dayと判断された.
1) | Reregistration Eligibility Decision(RED)DEET, U.S.EPA,(1998). |
2) | 高橋道人編:「精巣毒性評価のための精細管アトラス」ソフトサイエンス,東京(1994)pp.15-20. |
3) | 小林克己ら: げっ歯類を用いた毒性試験から得られる定量値に対する新決定樹による統計処理の提案.産業衛生学雑誌,42:125-129(2000). |
4) | Snedecor GW: Statistical Methods, 8th ed., Iowa State University Press, Iowa(1989). |
5) | Yoshida M: Exact probabilities associated with Tukey's and Dunnett's multiple comparisons procedures in imbalanced one- way ANOVA. Japanese Soc Comp Stat, 1: 111-122(1988). |
6) | Steel RGD: A multiple comparison rank sum test: Treatments versus control. Biometrics, 15: 560-572(1959). |
7) | Hollander M, Wolfe DA: Nonparametric Statistical Methods, Second edition, John Wiley & Sons, New York(1999). |
8) | Schoenig GP et al.: Teratologic evaluations of N, N-diethyl-m-toluamide (DEET) in rats and rabbits. Fundamental and Applied Toxicology, 23: 63-69(1994). |
9) | Wright DM et al.: Reproductive and developmental toxicity of N, N-diethyl-m-toluamide in rats. Fundamental and Applied Toxicology, 19: 33-42(1992). |
連絡先 | |||
試験責任者: | 伊藤圭一 | ||
試験担当者: | 岡田紗代子,田代 淳,芝田真希, 山川誠己 | ||
(財)食品農医薬品安全性評価センター | |||
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2 | |||
Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 |
Correspondence | ||||
Authors: | Keiichi Ito(Study director) Sayoko Okada, Jun Tashiro, Maki Sibata,Seiki Yamakawa | |||
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-Pyo Center) | ||||
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan | ||||
Tel +81-538-58-1266 | Fax +81-538-58-1393 |