メタクリロニトリル のラットを用いる
単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of Methacrylonitrile in Rats

要約

プラスチック,エラストマー,単重合体,共重合体,被覆剤等の合成に使用され,酸,アミド,アミン,エステル,ニトリル等の合成時には化学反応中間体として,また特殊な用途としては炭酸飲料容器の製造時にアクリロニトリルの置換剤としても使用されているメタクリロニトリル を,オリブ油に溶解させて,1群あたり雌雄各5匹のCrj:CD(SD)IGSラットの雄に0,50,60,70,85および100 mg/kg,雌に0,60,70,85,100および120 mg/kgの投与量で単回経口投与してその急性毒性を検討し,以下の成績を得た.死亡は雌雄とも投与後1日までに0 mg/kgを除く各投与群で認められた.一般状態では,投与日に0 mg/kgを除く各投与群で,自発運動の減少,腹臥または横臥ならびに呼吸促迫が投与後数分から2時間の間に発現した.その他に,間代性痙攣,流涎,下痢ならびに外尿道口周囲,肛門周囲および口周囲の被毛の汚れも観察された.体重では,雌の70および85 mg/kg投与群で投与後1日に体重減少が認められたが,その後の推移は対照群と変わらなかった.剖検では,雌雄の死亡例に肺の明橙色化および右心房の拡張がみられ,他に腺胃粘膜の暗赤色斑,小腸の淡赤色化を伴う例も認められたが,雌雄の生存例には異常は認められなかった.LD50値(95 %信頼限界)は,雄で64(49〜76)mg/kg,雌で73(49〜87)mg/kgであった.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

メタクリロニトリル(純度:99 %,Lot No. P-30A,旭化成工業(株),東京)は,常温において刺激臭のある無色透明の液体である.入手後の被験物質は遮光気密容器に入れ,4〜10 ℃の冷暗所で保存し,残余被験物質を製造業者が分析し,投与期間中の被験物質の安定性を確認した.溶媒は日本薬局方オリブ油(ヤクハン製薬(株))を用い,これに被験物質を所定の濃度となるように溶解させた.調製液は,冷暗所,遮光下で8日間安定であることから,調製後直ちに遮光気密容器に入れて5〜6 ℃の冷蔵庫で保存し,室温に戻して使用した.また,これらの調製液について濃度を確認し,設定値の± 5 %以内にあることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)より受け入れた4週齢のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD(SD)IGS)の雌雄を7日間の検疫および馴化を行った後,雌雄各30匹を選択して5週齢で試験に供した.投与日の体重は雄が118〜131 g,雌が93〜106 gであった.動物は,温度21〜23℃,湿度52〜59 %,換気回数10〜15回/時間および照明時間12時間(8時から20時まで点灯)に制御されたバリアシステムの飼育室で,ブラケット式金属製金網床ケージに群分け前は1ケージあたり4あるいは5匹を収容し,群分け後は個別飼育した.飼料は,g線照射固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を金属製給餌器を用いて,飲料水は札幌市水道水を自動給水装置を用いてそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

投与量設定試験では雌雄のラットに50,60,70,85,100,150,200,300および400 mg/kgの9用量を1群3匹に投与した.雄では85 mg/kg以上の投与群で全例が死亡し,70 mg/kg投与群で2/3例,60 mg/kg投与群で1/3例が死亡し,50 mg/kg投与群では死亡はみられなかった.雌では,150 mg/kg以上の投与群で全例が死亡し,100,85および70 mg/kg投与群で各2/3例が死亡し,60 mg/kg以下の投与群では死亡はみられなかった.このことから,本試験の投与量は雄については最低用量を50 mg/kg,最高用量を100 mg/kgとし,公比約1.2で50,60,70,85および100 mg/kgを設定した.雌については,最低用量を60 mg/kg,最高用量を120 mg/kgとし,公比約1.2で60,70,85,100および120 mg/kgを設定し,これに日本薬局方オリブ油を投与する対照群を含めた雌雄各6群を設定した.1群の動物数は雌雄とも5匹とし,投与前日の体重に基づいて層化無作為抽出法により群分けを行った.

動物は,投与前に16〜18時間絶食させ,投与日の体重に基づいて5 mL/kgの容量でラット用胃ゾンデを用いて強制的に胃内に単回投与した.なお,給餌の再開は投与後4時間に行った.

4. 検査項目

1) 一般状態観察

投与後6時間までは頻繁に,その後は投与後14日の剖検日まで1日1回観察した.

2) 体重測定

投与日の投与前,投与後1,3,5,7,10および14日に測定した.得られた体重から,体重増加量[(投与後14日体重)-(投与日体重)]および体重増加率[(体重増加量)/(投与日体重)×100]を算出した.

3) 剖検

死亡例は発見後速やかに,生存例は投与後14日に体外表を観察した後,エーテル麻酔下で放血致死させ,全身の器官・組織を肉眼的に観察した.

5. 統計解析

雌雄の動物数および死亡動物数から,probit法によりLD50値およびその95 %信頼限界を算出した.

体重,体重増加量および体重増加率について,Bartlettの検定法によって等分散性を解析し,等分散の場合は,一元配置分散分析法で解析し,有意差がみられた場合は,Dunnettの検定法により解析した.不等分散の場合は,Kruskal-Wallis法で解析し,有意差がみられた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.これら対照群と被験物質投与群との間の検定においては,いずれも有意水準を5 %とした.

結果

1. 死亡状況およびLD50値(Table 1)

死亡は,雄で50,60,70,85および100 mg/kg投与群において,各々1,2,3,4および5例に,雌で60,70,85,100および120 mg/kg投与群において,各々2,1,4,4および5例に,投与後約1時間から投与後1日までに認められた.

LD50値(95 %信頼限界)は,雄で64(49〜76)mg/kg,雌で73(49〜87)mg/kgであった.

2. 一般状態

投与日には,雄では50 mg/kg以上の投与群,雌では60 mg/kg以上の投与群で,自発運動の減少,腹臥または横臥,呼吸促迫が,投与後数分から4時間までに発現し,死亡は投与後約1時間から投与後1日までに認められた.他に,間代性痙攣,流涎,下痢,外尿道口周囲の被毛の汚れ,肛門周囲の被毛の汚れが散見された.投与後2日以降の生存例では雌雄とも異常は認められなかった.

3. 体重

投与後1日に雌の70 mg/kg投与群で低値がみられ,雌の85 mg/kg投与群の1例で体重減少がみられたが,投与後3日以降は雌雄の各投与群とも対照群と同様に順調な体重増加を示した.

4. 剖検

死亡例には雌雄とも肺の明橙色化,腺胃粘膜の暗赤色斑,小腸の淡赤色化,右心房の拡張が認められたが,生存例には雌雄とも異常は認められなかった.

考察

雌雄の各投与群で自発運動の減少,腹臥または横臥が発現し,同時に呼吸促迫が雄の全例および雌の多数例にみられた.他に,間代性痙攣,流涎および下痢が散見された.これらの症状は,メタクリロニトリルをラットに単回経口投与した際に認められる所見として報告されており1, 2),いずれも被験物質投与による影響と考えられた.死亡動物の剖検の結果,雄で60 mg/kg以上,雌で70 mg/kg以上の投与群で腺胃粘膜の暗赤色斑,雄で50 mg/kg以上,雌で70 mg/kg以上の投与群で小腸の淡赤色化が散見された.これらの変化は,被験物質に皮膚腐食性があること3)から,消化管粘膜に対しても腐食作用を起こしたものと考えられた.また,死亡例で肺の明橙色化および右心房の拡張がみられ,臨床症状として呼吸促迫が認められた.肺の明橙色化および呼吸促迫については,メタクリロニトリルをラットに経口投与した場合にその多くが呼気中に排泄されること4, 5)から,本物質またはその代謝物が肺および呼吸へ影響を及ぼしたものと考えられた.また,肺の明橙色化については,被験物質投与により赤血球およびヘモグロビンの減少などの溶血性変化がみられること6)との関連も考えられた.右心房の拡張については,本物質の肺に対する影響との関連性も考えられたが,その機序は明らかではなかった.生存動物の体重では,投与後1日に雌の70 mg/kg投与群で増加抑制がみられ,雌の85 mg/kg投与群の生存例1例でも体重が減少したが,投与後3日以降は対照群と同様に順調な体重増加が認められた.

以上のことから,メタクリロニトリル をラットに単回経口投与して,急性の中毒症状として自発運動の減少,腹臥または横臥ならびに呼吸促迫を呈した後死亡に至った.本試験条件下でのLD50値(95 %信頼限界)は雄で64(49〜76)mg/kg,雌で73(49〜87)mg/kgであった.

文献

1)M. Y. H. Farooqui, R. Cavazos, M. I. Villarreal, and E. Massa, Ecotoxicol. Environ. Safety, 20, 185(1990).
2)M. Y. H. Farooqui, R. G. Diaz, and J. H. Deleon, Drug Metab. Dispos., 20, 156(1992).
3)製品安全データシート(未公刊).
4)L. T. Burka, I. M. Sanchez, A. E. Ahmed, and B. I. Ghanayem, Arch. Toxicol., 68, 611(1994).
5)B. I. Ghanayem, I. M. Sanchez, and L. T. Burka, J. Pharm. Exp. Ther., 269, 581(1994).
6)T. Samikkannu, V. Vasanthakumari, and S. N. Devaraj, Toxicol. Letters, 92, 15(1997).

連絡先
試験責任者:須永昌男
試験担当者:堀川裕尚,咲間正志,山本美代子,古川正敏,吉村浩幸
(株)化合物安全性研究所
〒004-0839 札幌市清田区真栄363番24
Tel 011-885-5031Fax 011-885-5313

Correspondence
Authors:Masao Sunaga(Study director)
Hironao Horikawa, Masashi Sakuma,
Miyoko Yamamoto, Masatoshi Furukawa, Hiroyuki Yoshimura
Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd.
363-24 Shin-ei, Kiyota-ku, Sapporo, Hokkaido, 004-0839, Japan
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