1-オクタンチオールのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 1-Octanethiol in Rats

要約

1-オクタンチオールは重合調節剤および有機合成における中間体として用いられている1).今回,1-オクタンチオールを雌雄のラットに0,250,500,1000および2000 mg/kgの用量で1回経口投与し,毒性を検討した.1群の動物数は雌雄各5匹,観察期間は14日間とした.

その結果,1000 mg/kg群の雌1例,2000 mg/kg群の雄3例,雌5例が死亡した.

一般状態観察では,1000 mg/kg以上の用量群で自発運動の低下,歩行失調あるいは歩行異常,側臥位あるいは腹臥位,うずくまり,流涙あるいは紅涙,鼻腔周囲あるいは下腹部の汚れ,2000 mg/kg群で貧血様症状,体温低下,振戦,易刺激性および流涎が認められた.

体重において,500,1000および2000 mg/kg群の雌雄で低値が観察期間初期から中期にかけて認められた.

剖検において,死亡動物で前胃のびらん/潰瘍および白色斑,腺胃の限局性出血および壁の肥厚,胃および小腸のタール様内容物,十二指腸潰瘍,肝臓の褪色,葉間の癒着および黒色斑,腎臓の褐色斑,膀胱の血尿の貯留が認められた.生存動物では,前胃の白色斑あるいは隆起巣が500 mg/kg以上の用量群,脾臓の腫大あるいは暗赤色化が1000 mg/kg以上の用量群,肝臓と十二指腸の癒着が1000 mg/kg群に認められた.代表例について病理組織学検査を行った結果,死亡動物では,腺胃のびらん,前胃の潰瘍および炎症性細胞浸潤,肝臓の肝細胞の水腫変性,腎臓の尿細管の出血および近位尿細管の壊死が認められた.生存動物では,前胃の潰瘍,びらんおよび炎症性細胞浸潤,前胃扁平上皮の増生,胃の肉芽組織,脾臓の赤血球系髄外造血の亢進が認められた.

本被験物質のLD50値は,雄は2000 mg/kg付近,雌は1293 mg/kgであった.

方法

1. 被験物質

花王(東京)から提供された1-オクタンチオール(ロット番号 1815,純度 99.3 %)を室温,遮光条件下で保存し使用した.被験物質の安定性は被験物質提供者より安定性を保証する資料を入手し,確認した.被験物質をオリブ油(オリエンタル薬品工業)に溶解して投与液を調製した.投与液の調製は投与6日前に行い,投与に用いるまで冷蔵・遮光条件下で保存した.投与液中の被験物質の冷蔵・遮光条件下9日間の安定性を4および200 mg/mLで確認した.また,投与液を分析し,その平均値が設定濃度±10 %以内であることを確認した.

2. 試験動物および動物飼育

日本チャールス・リバーからCrj:CD(SD)IGSラット(SPF)を入手し,5日間検疫・馴化し,その後2日間馴化を継続した.1群の動物数は雌雄各5匹とし,投与前日に,体重層別化無作為抽出法によって各群の体重がほぼ均一となるように群分けした.投与日の週齢は5週齢,体重範囲は雄が133〜150 g, 雌が110〜128 gであった.

検疫・馴化期間を含む全飼育期間を通して,温度22 ± 2℃,相対湿度55 ± 15 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00 - 19:00)に自動調節した飼育室を使用した.動物は,実験動物用床敷(ベータチップ,日本チャールス・リバー)を敷いたポリカーボネート製ケージに,群分け前はケージあたり5匹以下(同性),群分け後はケージあたり5匹(同性)収容し,飼育した.動物には,実験動物用固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業)と, 5μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

1-オクタンチオールをラットに経口投与したときのLD50値は,雄で>2000 mg/kg,雌で1897 mg/kgとの情報を得た.また,予備試験(用量; 0, 1000, 2000 mg/kg,動物数;雌雄各3匹/用量,観察期間;投与後5日間)の結果,2000 mg/kg群の雌雄全例と1000 mg/kg群の雄1例が死亡した.これらの結果から,本試験はガイドラインの上限である2000 mg/kgを高用量とし,以下公比2で1000,500および250 mg/kgの4用量を設定した.また,媒体のみを投与する対照群を設けた.

投与前日の夕方から約18時間絶食したラットに胃ゾンデを装着したシリンジを用いて1回投与した.投与後3時間は飼料を与えなかった.投与液量は,10 mL/kgとし,投与直前に測定した体重に基づいて算出した.

4. 観察・測定項目

生死および外観・行動等の異常について,投与日には投与直前,投与後0.5,1,3および6時間,その後は,14日間毎日観察した.体重は,投与直前(第1日;投与日),第2,4,8および15日に全例の体重を測定した.死亡動物は発見時に剖検した.生存動物は観察終了時(第15日)にチオペンタールナトリウム麻酔下で放血し,安楽死させた後剖検した.また,剖検で異常が認められた全ての器官・組織を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定し,保存した.膀胱に変化がみられた場合には,腎臓についても保存した.被験物質投与に起因すると思われた変化については,代表例について常法に従ってヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,鏡検した.

5. 半数致死量(LD50値)の算出

雌について,観察終了時の死亡率からProbit法でLD50値を算出した.雄については,2000 mg/kg群の3例が死亡したのみであったため,LD50値の算出は行わなかった.

6. 統計解析

体重データについて多重比較検定法で統計学的有意性を検討した.すなわちBartlett法による等分散の検定を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析,分散が等しくない場合はKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較検定を行った.有意水準は5 %とした.

結果

1. 死亡状況およびLD50値(Table 1)

1000 mg/kg群の雌1例が第3日に,2000 mg/kg群の雌5例が第2,3日,雄3例が第3,4日に死亡した.LD50値は,雄は2000 mg/kg付近,雌は1293 mg/kg(95 %信頼限界 889〜1780 mg/kg)であった.

2. 一般状態

2000 mg/kg群の雄では,自発運動の低下,歩行失調,鼻腔周囲の汚れ,側臥位あるいはうずくまりが,投与後6時間あるいは第2日から認められた.生存動物では,これらの症状は第5日までに消失した.また,生存動物のみに流涙,振戦,貧血様症状,易刺激性,下腹部の汚れ,体温低下が認められたが,第9日には全ての症状が消失した.雌では,流涎が投与後30分,歩行失調が投与後1〜6時間に,自発運動の低下が投与後6時間に認められた.動物が死亡した第2,3日には,腹臥位,側臥位あるいはうずくまり,自発運動の低下,流涙,下腹部の汚れ,体温低下および貧血様が認められた.

1000 mg/kg群の雄では,自発運動の低下,歩行失調,紅涙および鼻腔周囲の汚れが第2日のみに認められた. 雌では,歩行失調が投与後6時間,自発運動の低下および歩行異常が第2,3日に,流涙,腹臥位あるいはうずくまりが第2日のみに認められた.

対照群,250および500 mg/kg群では,被験物質投与に起因した異常は認められなかった.

3. 体重

2000 mg/kg群では,雌雄ともに体重の低値が第2日に認めらた.1000 mg/kg群では,雄の体重の低値が第2〜8日に認められた.雌では,体重の低値が第2および4日に認められた.500 mg/kg群では,雌雄ともに第2日に低値が認められた.250 mg/kg群の体重は,雌雄ともに対照群と同様に推移した.

4. 剖検所見

死亡動物では,腺胃壁の肥厚,十二指腸潰瘍,肝臓の葉間の癒着および膀胱の血尿の貯留が1000 mg/kg群以上の用量群に,前胃のびらん/潰瘍および白色斑,腺胃の限局性出血,胃および小腸のタール様内容物,肝臓の褪色および黒色斑,腎臓の褐色斑が2000 mg/kg群に認められた.

生存動物では,前胃の白色斑あるいは隆起巣が500 mg/kg以上の用量群,脾臓の腫大あるいは暗赤色化が1000 mg/kg以上の用量群,肝臓と十二指腸の癒着が1000 mg/kg群に認められた.

5. 病理組織所見

死亡動物では,2000 mg/kg群の雌雄各1例の肝臓,雌雄各2例の腎臓および膀胱,2000 mg/kg群の雌1例の胃,空腸および回腸について検査した.その結果,腺胃のびらん,前胃の限局性炎症性細胞浸潤を伴った潰瘍,肝臓の肝細胞の水腫変性,腎臓の近位尿細管上皮の壊死および尿細管内への出血が認められた.なお,空腸,回腸および膀胱では,病理組織学的変化は認められなかった.

生存動物では,2000 mg/kg群の雄2例および1000 mg/kg群の雌1例の胃,2000 mg/kg群の雄2例の脾臓について検査した.その結果,前胃の炎症性細胞浸潤を伴ったびらんあるいは潰瘍,肉芽組織および扁平上皮の増生,ならびに脾臓の赤血球系髄外造血の亢進が認められた.

考察

1-オクタンチオールを雌雄のラットに0,250,500,1000および2000 mg/kgの用量で1回経口投与し,その急性毒性を検討した.

その結果,1000 mg/kg群の雌1例,2000 mg/kg群の雄3例,雌5例が死亡した.一般状態観察では,自発運動の低下,歩行失調を主徴とする運動障害性の変化が1000 mg/kg以上の用量群,貧血様症状,易刺激性および振戦が2000 mg/kg群で認められた.生存動物では,いずれの変化も観察期間中に消失した.本被験物質はメルカプタンの1つである.メルカプタンは,ラットに運動失調あるいは協調運動不能を起こすことが報告されている1).また,イソプロピルメルカプタンのラットへの4時間吸入により,活動亢進が起こることが報告されている1)

体重の低値が,500,1000および2000 mg/kg群で観察期間初期から中期にかけて認められたが,後期には回復性が認められた.

病理学検査において,死亡動物では前胃あるいは腺胃のびらんあるいは潰瘍,十二指腸の潰瘍等の胃腸管傷害,ならびにこれらの傷害性変化に伴うと考えられる胃および小腸のタール様内容物あるいは肝臓の葉間癒着が認められた.生存動物では,肉眼的に前胃の白色斑および隆起巣が500 mg/kg以上の用量群で認められ,病理組織学検査を実施した動物で前胃のびらんあるいは潰瘍,扁平上皮の増生および修復性変化と考えられる肉芽組織が認められた.本被験物質は,ウサギやモルモットに対し皮膚刺激性を有している.また,メルカプタンは眼や皮膚に刺激性を有し,t-アミルメルカプタンはラットへの単回経口投与により消化管への刺激性を有することが報告されている1).本試験で認められた胃腸管の変化は,被験物質の粘膜刺激性を示唆する変化と考えられる2).上記の胃腸管傷害の他に,死亡動物で肝臓の褪色および肝細胞の水腫変性,腎臓の褐色斑,近位尿細管壊死および尿細管への出血,ならびに腎臓の変化に伴うと考えられる膀胱の血尿貯留が認められた.生存動物では,出血に伴う生体反応と考えられる脾臓の腫大と赤血球系髄外造血の亢進が認められた.

本被験物質のLD50値は,雄は2000 mg/kg付近,雌は1293 mg/kgであった.

文献

1)Clayton G.D., Clayton F.E.(編),内藤裕史,横手規子(監訳):メルカプタン.In「化学物質毒性ハンドブックVI」丸善,東京(2000)pp. 3-18.
2)日本毒性病理学会(編):消化管.In「毒性病理組織学」日本毒性病理学会,名古屋(2000)p.160.

連絡先
試験責任者:山下弘太郎
試験担当者:五十嵐佳代,木野本恵子,菅野 剛
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Kotaro Yamashita(Study director)
Kayo Igarashi, Keiko Kinomoto,
Takeshi Kanno
Kashima Laboratory, Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd.
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255, Japan.
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874