1,3-ジブロモプロパンのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of 1,3-Dibromopropane in Rats

要約

1,3-ジブロモプロパンを0(対照群),10,50および250 mg/kgの用量でCrj:CD(SD)IGS系雌雄ラットに28日間強制経口投与し,その毒性を検討した.対照群,50および250 mg/kg群については,別に14日間の回復群を設けた.

雌雄いずれにも死亡は認められなかった.一般状態では,250 mg/kg群の雌雄で流涎がみられた.

体重では250 mg/kg群の雄で増加抑制が認められた.

摂餌量では,雌雄いずれの群にも被験物質投与の影響は認められなかった.

血液学検査では,250 mg/kg群の雌で赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値およびリンパ球分画比率の減少と網赤血球率および分節核好中球比率の増加がみられた.

血液生化学検査では,50 mg/kg群の雄および250 mg/kg群の雌雄で総たん白質の増加がみられた.250 mg/kg群では,これに加えてASAT,ALATならびにγ-GTP活性,アルブミン,総コレステロール,リン脂質,総ビリルビン,塩素およびカルシウムの増加が雌雄に,LDH活性,A/G比およびトリグリセライドの増加とカリウムの減少が雌にみられた.

尿検査では,50および250 mg/kg群の雄で尿たん白質の増加,250 mg/kg群の雌で尿量の増加と尿浸透圧の減少がみられた.また,250 mg/kg群の雌では摂水量の増加も認められた.

病理学検査では,肝臓,腎臓ならびに胸腺に変化がみられた.肝臓では肉眼的大型化が250 mg/kg群の雄,重量増加が50 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄にみられ,組織学的には小葉中心性の肝細胞肥大が50および250 mg/kg群の雌雄に,小葉辺縁部肝細胞における空胞減少が50 mg/kg群の雌および250 mg/kg群の雌雄に認められた.また,250 mg/kg群の雌で腎臓重量の増加および胸腺重量の減少がみられた.

回復群では,上記の変化の多くは消失あるいは軽減し,回復性が認められた.ただし,250 mg/kg群の雄で投与期間中に生じた対照群との体重差は回復期間になっても軽減しなかった.また,投与終了時に250 mg/kg群の雌でみられた貧血は休薬により回復したが,雄では回復終了時になってから貧血が明らかとなり,雄では被験物質の赤血球に対する作用が遅延性に発現することが示唆された.以上の結果から,本試験条件下における1,3-ジブロモプロパンの無影響量は,雌雄ともに10 mg/kg/dayと考えられた.

方法

1. 被験物質および被験液の調製

1,3-ジブロモプロパン(東ソー(株),東京,ロット番号07253,純度99.8 %)は無色透明の液体である.なお,投与終了後の残余被験物質について供給元で分析を行った結果,使用期間中は安定であったことが確認された.

被験物質は,投与容量が10 mL/kg体重となるようトウモロコシ油で希釈して2,10および50 mg/mL溶液を調製した.調製は週1回以上の頻度で行い,ポリ製遮光瓶に入れて使用時まで冷蔵庫(1〜7 ℃)に気密保存した.なお,上記条件下で被験液が安定性であることを確認した.また,投与開始前および投与終了週の2回,投与に使用する各濃度液について測定した結果,いずれも適正濃度であった.

2. 使用動物および飼育条件

4週齢のCrj:CD(SD)IGS系SPF雌雄ラットを日本チャールス・リバー(株)から購入し,13日間検疫・馴化飼育した後,体重増加が順調で一般状態に異常を認めなかった雌雄各42匹を選び,6週齡で試験に供した.投与開始日の体重範囲は,雄で196〜228 g(平均値:213 g),雌で152〜187 g(平均値:165 g)であった.

動物は,群分け当日の体重に基づいて層別化し,各群平均体重がほぼ均等となるよう,コンピュータを用いて各群に割り付けた.

動物は,温度23 ± 3 ℃,相対湿度50 ± 20 %,換気回数1時間当たり10〜15回,照明1日12時間の飼育室で,金属製網ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(放射線滅菌CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))および飲料水(水道水)を自由に摂取させ飼育した.

3. 投与量,群構成および動物数

2週間投与による予備試験(投与量:20,60,200および600 mg/kg)の結果,600 mg/kg群の雌雄全例が投与2日から6日の間に死亡した.生存例では肝臓重量の増加が20,60および200 mg/kg群の雌雄,尿素窒素の減少が60および200 mg/kg群の雌にみられた.更に,200 mg/kg群で腎臓重量の増加が雌雄,総たん白質の増加が雄,心臓重量および総コレステロールの増加が雌にみられた.これらの結果から,本試験では10,50および250 mg/kgの3用量を設定し,これに対照群を加えた計4群を使用した.さらに,対照群,50および250 mg/kg群では回復群を設けた.動物数はいずれの群も雌雄各6匹とした.

被験液の投与容量は10 mL/kg体重とし,胃ゾンデを用いて1日1回28日間強制経口投与した.対照群には溶媒(トウモロコシ油)を同様に投与した.投与液量は最新の体重を基準に算出した.回復期間は14日間とした.

4. 検査項目

1) 一般状態の観察

投与期間中は毎日2回以上,回復期間中は毎日1回観察した.

2) 体重

投与期間および回復期間を通じ,週2回(投与第1週と回復第1週は3回)の頻度で体重を測定した.

3) 摂餌量測定

投与期間および回復期間を通じ,週2回(投与第1週は3回)の頻度で摂餌量を測定した.

4) 血液学検査

投与期間および回復期間終了の翌日の剖検時に検査を行った.前日から一夜(約16時間)絶食させた動物をエーテル麻酔下で開腹し,腹大動脈から抗凝固剤(EDTA-2K)を加えた採血ビンに血液を採取し,赤血球数(電気抵抗変化検出法),ヘモグロビン量(シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(平均赤血球容積および赤血球数から算出),平均赤血球容積(電気抵抗変化検出法),平均赤血球血色素量(ヘモグロビン量および赤血球数から算出),平均赤血球血色素濃度(ヘモグロビン量およびヘマトクリット値から算出),血小板数(電気抵抗変化検出法),白血球数(電気抵抗変化検出法)(以上コールター全自動8項目血球アナライザーT890,ベックマン・コールター(株)),網赤血球率(Brecher法)および白血球百分率(May-Giemsa鏡検法)を測定した.また,3.8 %クエン酸ナトリウムを加えた容器に採取した血液を遠心分離(3000回転/分,10分間)し,得られた血漿を用いてプロトロンビン時間(クロット法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量(トロンボプラスチン法)(以上,血液凝固自動測定装置,ACL 100,Instrumentation Laboratory)を測定した.

5) 血液生化学検査

血液学検査のための採血と同時に腹大動脈から採血し,遠心分離(3000回転/分,10分間)により得られた血清を用いてAlP(Bessey-Lowry法),総コレステロール(CEH-COD-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-GPO-POD法),リン脂質(PLD-ChOD-POD法),総ビリルビン(ビリルビンオキシダーゼ法),グルコース(グルコースデヒドロゲナーゼ法),尿素窒素(Urease-LEDH法),クレアチニン(Creatininase-creatinase-sarcosine oxidase-POD法),ナトリウムおよびカリウム(イオン選択電極法),塩素(電量滴定法),カルシウム(OCPC法),無機リン(モリブデン酸法),総たん白質(Biuret法),アルブミン(BCG法)およびA/G比(総たん白質およびアルブミンから算出)を測定した.また,ヘパリンを加えた容器に採血し,遠心分離(3000回転/分,10分間)により得られた血漿を用いてASAT,ALAT,LDH(UV-rate法)およびγ-GTP(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド法)(以上,塩素は全自動電解質分析装置PVA-αII,(株)アナリティカル・インスツルメンツ,その他は臨床化学自動分析装置TBA-120FR形,(株)東芝)を測定した.

6) 尿検査

投与第4週(検査当日の投与後)と回復第2週に動物を代謝ケージに個別に収容し,絶食・自由摂水下で4時間尿を,次いで自由摂食・自由摂水下でその後の20時間尿を採取した.採取した最初の4時間尿を用いてpH,たん白質,ケトン体,グルコース,潜血,ビリルビン,ウロビリノーゲン(以上オーションスティックス-7EA試験紙,アークレイ(株)),色調(肉眼観察)および沈渣(鏡検)を検査した.また,その後に得られた20時間尿を用いて浸透圧(氷点降下法,自動浸透圧測定装置オートアンドスタットOM-6030,アークレイ(株))を測定し,4時間尿量および20時間尿量から1日の尿量を算出した.更に,代謝ケージに収容した状態で,前日からの1日の摂水量を給水瓶を用いて測定した.

7) 剖検および器官重量

上記血液学検査および血液生化学検査のための採血後に放血致死させ,外表異常の有無を観察した後,頭部,胸部および腹部を含む全身の器官・組織について肉眼的に異常の有無を観察した.続いて,脳,下垂体,甲状腺(上皮小体を含む),胸腺,心臓,肺(気管支を含む),肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,精嚢,卵巣および子宮を摘出後,器官重量(絶対重量)を測定した.また,絶食後の体重および絶対重量から体重100 g当たりの相対重量を算出した.

8) 病理組織学検査

全動物について器官・組織〔脳,脊髄,坐骨神経,眼球,下垂体,甲状腺(上皮小体を含む),副腎,胸腺,脾臓,顎下リンパ節,腸間膜リンパ節,心臓,気管,肺(気管支を含む),胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,肝臓,腎臓,膀胱,精巣,精巣上体,前立腺,精嚢,卵巣,子宮,骨および骨髄(胸骨・大腿骨),大腿部骨格筋〕を採取し,リン酸緩衝10 %ホルマリン液(但し,眼球はリン酸緩衝液で調製した3 %グルタルアルデヒド・2.5 %ホルマリン液で,精巣および精巣上体はブアン液で固定した後リン酸緩衝10 %ホルマリン液で保存)で固定した後パラフィンに包埋した.投与期間終了時剖検動物では,このうち対照群と高用量群は包埋した全ての器官・組織について,また,中および低用量群は被験物質投与による変化が疑われた肝臓および胃についてそれぞれ切片とし,ヘマトキシリン・エオジン(H.E.)染色を施して鏡検した.回復群では,被験物質投与による変化が疑われた上記の肝臓および胃ならびに血液学検査あるいは器官重量の結果から被験物質投与の影響が疑われた甲状腺,胸腺および脾臓について,まず対照群と高用量群の動物を検査した.その結果,被験物質による影響が疑われた雌雄の脾臓は,中用量群についても検査した.また,肉眼所見については用量に関係なく鏡検した.

5. 統計解析

各検査項目のうち,数値化した成績についてまずBartlett法により各群の分散の均一性の検定(有意水準:両側1 %)を行った.その結果,分散が均一の場合にはDunnett法を用いて対照群と各投与群との平均値の差の検定を,分散が均一でない場合には,Dunnett型の方法(mean rank test法)を用いて対照群と各投与群との平均順位の差の検定を行った(有意水準:いずれも両側5および1 %).また,尿の定性的項目および病理組織学検査の成績についてはMann-WhitenyのU検定(有意水準:片側5および1 %)を行った.

結果

1. 一般状態

1) 投与期間

雌雄いずれの群にも死亡はみられず,10および50 mg/kg群の雌雄では一般状態の異常も認められなかった.

250 mg/kg群では雌雄とも投与12日以降に流涎が雄で5〜10例,雌で5〜8例に連日観察された.

2) 回復期間

回復期間を通じて,いずれの動物にも異常は認められなかった.

2. 体重(Fig. 1)

1) 投与期間

雄では,10および50 mg/kg群の体重は対照群と同様に推移した.250 mg/kg群の体重は,投与18日以降対照群を有意に下回って推移し,投与期間中の体重増加量も対照群に比べ有意に低かった.

雌では,各投与群の体重は対照群と同様に推移した.

2) 回復期間

雄では,50 mg/kg群の体重は対照群と同様に推移した.250 mg/kg群の体重は回復期間を通じて対照群を有意に下回った.ただし,回復期間中の体重増加量については,対照群と差はなかった.

雌では,各投与群の体重は対照群と同様に推移した.

3. 摂餌量

1) 投与期間

雄では,10および250 mg/kg群の摂餌量は対照群と同様に推移した.なお,50 mg/kg群で投与11日以降対照群に比べ有意な高値がみられたが,用量に関連した変化ではなかった.

雌では,各投与群の摂餌量は対照群と同様に推移した.

2) 回復期間

回復期間を通じて,雌雄各投与群の摂餌量は対照群と同様に推移した.

4. 血液学検査(Table 1)

1) 投与期間終了時検査

雄では,各投与群と対照群の間に差はみられなかった.

雌では,赤血球数の減少傾向,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値およびリンパ球分画比率の有意な減少と網赤血球率および分節核好中球分画比率の有意な増加が250 mg/kg群にみられた.

2) 回復期間終了時検査

雄では,赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値および平均赤血球血色素濃度の有意な減少と網赤血球率の有意な増加が250 mg/kg群にみられた.

雌では,ヘモグロビン量の有意な減少とフィブリノーゲンの有意な増加が250 mg/kg群にみられた.

5. 血液生化学検査(Table 2)

1) 投与期間終了時検査

雄では,総たん白質の有意な増加が50および250 mg/kg群にみられた.更に,250 mg/kg群ではアルブミン,総コレステロール,リン脂質,総ビリルビン,塩素およびカルシウムの有意な増加と尿素窒素およびクレアチニンの有意な減少ならびにASAT,ALAT,LDHおよびγ-GTP活性の増加傾向がみられた.

雌では,γ-GTP活性,総たん白質,アルブミン,A/G比,総コレステロール,トリグリセライド,リン脂質,総ビリルビン,塩素およびカルシウムの有意な増加と尿素窒素,クレアチニンおよびカリウムの有意な減少ならびにASATおよびALAT活性の増加傾向が250 mg/kg群にみられた.

2) 回復期間終了時検査

雄では,ALAT活性の有意な増加とトリグリセライドの有意な減少が250 mg/kg群にみられた.なお,総たん白質の有意な増加が50 mg/kg群にみられたが,用量に関連した変化ではなかった.

雌では,総コレステロールの有意な増加が250 mg/kg群にみられた.

6. 尿検査(Table 3)

1) 投与第4週検査

雄では,50および250 mg/kg群で尿たん白質の有意な増加がみられた.なお,50 mg/kg群で潜血陽性例の出現率が対照群に比べやや高かったが,用量に関連した変化ではなかった.

雌では,250 mg/kg群で尿量および摂水量の有意な増加と尿浸透圧の有意な減少がみられた.

2) 回復第2週検査

雄では,被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.なお,尿浸透圧の有意な増加が50 mg/kg群にみられたが,用量に関連した変化ではなかった.

雌では,尿pHの有意な高値が250 mg/kg群にみられた.

7. 器官重量(Table 4)

1) 投与期間終了時剖検例

雄では,250 mg/kg群で肝臓の絶対および相対重量の有意な増加がみられた.

雌では,50 mg/kg群で肝臓の相対重量の有意な増加,250 mg/kg群で肝臓の絶対および相対重量の有意な増加,胸腺の絶対重量の有意な減少ならびに心臓および腎臓の相対重量の有意な増加がみられた.

他に,250 mg/kg群の雄で脳,下垂体および精嚢の絶対重量の減少ならびに心臓,腎臓,甲状腺および肺の相対重量の有意な増加がみられたが,いずれも剖検時の体重の低値に起因する変化と考えられた.また雌では,子宮の絶対および相対重量の有意な増加が10 mg/kg群にみられたが,用量に関連した変化ではなかった.

2) 回復期間終了時剖検例

雄では,250 mg/kg群で脾臓の絶対重量の増加傾向と相対重量の有意な増加がみられた.

雌では,250 mg/kg群で甲状腺および胸腺の絶対および相対重量の有意な増加ならびに心臓および肝臓の相対重量の有意な増加がみられた.

他に,50 mg/kg群の雄で胸腺の相対重量の有意な減少と肝臓の絶対および相対重量の有意な増加がみられたが,用量に関連した変化ではなかった.また,精巣の相対重量の有意な増加が250 mg/kg群にみられたが,同群の剖検時体重の低値および対照群の1例で精巣の小型化がみられたために対照群平均値が低くなったことによる変化と考えられた.

8. 剖検所見

1) 投与期間終了時剖検例

雄では,250 mg/kg群で肝臓の大型化が4例,腺胃の暗赤色巣が1例にみられた.

雌では,250 mg/kg群で腺胃の暗赤色巣が2例にみられた.

2) 回復期間終了時剖検例

雌雄ともに,いずれの動物にも異常は認められなかった.

9. 病理組織学検査(Table 5)

1) 投与期間終了時剖検例

被験物質投与に関連すると考えられる変化が,雌雄の肝臓にみられた.

肝臓:軽微あるいは軽度の小葉中心性肝細胞肥大が50 mg/kg群の雄4例と雌3例および250 mg/kg群の雌雄全例にみられた.小葉辺縁部肝細胞における空胞化が対照群を含む雌雄各群の全例に軽微あるいは軽度にみられたが,軽度な例は対照群で雄6例と雌5例,10 mg/kg群で雌雄各5例,50 mg/kg群で雄4例と雌2例,250 mg/kg群で雌雄各1例であり,50 mg/kg群の雌および250 mg/kg群の雌雄では空胞が減少する傾向がみられ,250 mg/kg群の雌雄では有意差も認められた.なお,微小肉芽腫が対照群を含む雌雄各群の3〜6例にみられたが,その出現状況から偶発所見と判断した.

上記以外の所見は,生理的変化である脾臓の髄外造血および褐色色素の沈着を除きその出現状況および病理学的性状から偶発所見と判断した.

2) 回復期間終了時剖検例

被験物質投与に関連すると考えられる変化が,雌雄の脾臓にみられた.

脾臓:軽微あるいは軽度の髄外造血および褐色色素の沈着が,対照群,50および250 mg/kg群の雌雄全例にみられたが,髄外造血の軽度の例は50 mg/kg群で雄3例,250 mg/kg群で雄6例と雌2例であり,50 mg/kg群の雄と250 mg/kg群の雌雄では髄外造血が亢進する傾向がみられ,250 mg/kg群の雄では有意差も認められた.また,褐色色素の沈着の軽度な例は,対照群の雌で2例,50 mg/kg群の雌で1例,250 mg/kg群で雌雄各5例であり,250 mg/kg群の雌雄で変化が増強される傾向がみられ,雄では有意差も認められた.

上記以外の所見は,出現状況および病理学的性状から偶発所見と判断した.

考察

投与期間中を通じて死亡動物はみられなかった.一般状態では,投与12日以降250 mg/kg群の雌雄で流涎が認められ,本被験物質の急性毒性試験1)と同様被験物質の自律神経に対する影響が示唆された.

体重では,250 mg/kg群の雄で体重増加抑制が認められた.回復期間では,250 mg/kgの雄の体重は依然として対照群に比べ低値を示したが,回復期間中の体重増加量に差はなかった.

摂餌量では,雌雄いずれの投与群においても被験物質投与の影響は認められなかった.

血液学検査では,250 mg/kg群の雌で赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の減少ならびに網赤血球率の増加がみられ,被験物質投与による軽度の貧血が認められた.また,同群ではリンパ球分画比率の減少と分節核好中球分画比率の増加がみられたが,変化としてはわずかであり被験物質投与の影響は軽度なものと考えられた.回復終了時の検査ではこれらの変化は消失あるいは軽減し,回復性が認められた.なお,フィブリノーゲンの増加が250 mg/kg群の雌にみられたが,回復終了時のみにみられた軽度な変化であり毒性学的意義はないと判断した.一方,雄の250 mg/kg群では投与終了時にはみられなかった貧血性変化,すなわち赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値および平均赤血球血色素濃度の減少がみられた.これは時期は遅れているものの投与終了時に雌でみられた貧血と同質のものと考えられ,網赤血球率の増加および後述の脾臓における髄外造血の亢進がみられていることから,休薬期間を延長すれば回復する可能性は高いと考えられた.

血液生化学検査では,ASAT,ALATおよびγ-GTP活性の増加が250 mg/kg群の雌雄に,LDH活性の増加が同群の雄にみられ,被験物質による肝機能障害が示唆された.また,総たん白質の増加が50 mg/kg群の雄と250 mg/kg群の雌雄に,250 mg/kg群ではこれに加えアルブミン,総コレステロール,リン脂質および総ビリルビンの増加が雌雄に,A/G比およびトリグリセライドの増加が雌にみられ,これらも被験物質の肝臓への影響を示唆するものと考えられた.同用量群では他に塩素の増加が雌雄に,カリウムの減少が雌にみられたが機序は不明であった.なお,尿素窒素とクレアチニンの減少が250 mg/kg群の雌雄にみられたが,増加ではないことから毒性学的意義はないと判断した.また,カルシウムの増加が250 mg/kg群の雌雄にみられたが,アルブミンが増加したことによる「みかけ上のカルシウム高値」2)と考えられ,毒性学的意義は乏しいと考えられた.回復終了時ではこれらの変化は消失あるいは軽減し,回復性が認められた.なお,250 mg/kg群の雄においてトリグリセライドの減少がみられたが,投与終了時にみられた肝機能に関連する変化は消失あるいは軽減化していることから偶発性の変化と判断した.

尿検査では,50および250 mg/kg群の雄で尿たん白質の増加がみられ,被験物質の腎臓への影響が示唆された.雌では摂水量および尿量の増加と尿浸透圧の減少がみられた.しかし,尿浸透圧の減少の程度は尿量の増加に見合ったものであり,被験物質の影響は生体の水分バランスを乱すような重篤なものではなかった.回復期間では,これらの変化は消失し回復性が認められた.なお,雌の250 mg/kg群で尿pHの高値がみられたが,当施設の背景資料では同様の週齢の雌における値は8.0〜9.0の範囲にあり,今回みられた差は対照群で極端に低値(6.5あるいは7.0)を示す例がみられたことによる偶発性の変化とみられた.

病理学検査では,肝臓,腎臓および胸腺に変化がみられた.肝臓では,肉眼的な大型化が250 mg/kg群の雄,器官重量の増加が50 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄にみられた.組織学的には小葉中心性の肝細胞肥大が50および250 mg/kg群の雌雄にみられ,これが上記の肉眼所見および器官重量増加の原因と考えられた.また,小葉辺縁部肝細胞における空胞減少が50 mg/kg群の雌および250 mg/kg群の雌雄にみられ,血液生化学検査における脂質の変化に関連したものと推定された.腎臓では重量増加が250 mg/kg群の雌にみられ,尿検査の結果とともに被験物質の腎臓への影響が示唆された.胸腺では絶対重量のみの軽度な減少が250 mg/kg群の雌にみられた.しかし,腎臓および胸腺では組織学的な変化は認められず,両器官への影響は軽度なものと考えられた.回復終了時にはこれらの変化は消失あるいは軽減し,回復性が認められた.なお,回復終了時に50 mg/kg群の雄と250 mg/kg群の雌雄で脾臓における髄外造血の亢進,更に250 mg/kg群では脾臓における褐色色素の沈着が雌雄に,器官重量の増加が雄にみられたが,重量増加および髄外造血亢進は貧血からの回復像であり,褐色色素の沈着は貧血に関連した変化と考えられた.また,250 mg/kg群の雌で胸腺および甲状腺の重量が増加したが,胸腺の変化は投与終了時にみられた重量減少の反動と考えられること,甲状腺の変化は回復終了時のみにみられた組織学的変化を伴わないものであることから,毒性学的意義はないと判断した.他に,250 mg/kg群の雄で心臓の相対重量の増加が投与終了時および回復終了時にみられたが,絶対重量の変化を伴わない軽度なものであり,投与終了時の組織学検査においても変化はみられなかったことから,これも毒性学的意義はないと判断した.

以上の如く,1,3-ジブロモプロパンをラットに28日間反復経口投与した結果,主な変化として250 mg/kg群の雌雄で流涎,貧血(ただし,雄では遅延性に発現),血中のたん白質および脂質の増加,肝重量の増加ならびに肝臓における小葉中心性の肝細胞肥大と小葉辺縁部の空胞の減少がみられた.50 mg/kg群ではこれらの変化のうち,小葉中心性の肝細胞肥大が雌雄に,肝臓重量の増加,小葉辺縁部の空胞の減少および血中たん白質の増加が雌にみられた.一方,10 mg/kg群では被験物質投与に起因する変化は認められなかった.

これらの結果から,本試験における1,3-ジブロモプロパンの無影響量は雌雄ともに10 mg/kg/dayと推定された.

文献

1)榎並倫宣,化学物質毒性試験報告,10, 159(2003).
2)藤田拓男,日本臨床,532, 456(1985).

連絡先
試験責任者:榎並倫宣
試験担当者:大石 巧,畠山和久,楠岡 修,津田敏治,勝亦倶慶
(株)ボゾリサーチセンター御殿場研究所
〒412-0039 静岡県御殿場市かまど1284
Tel 0550-82-2000Fax 0550-82-2379

Correspondence
Authors:Tomonori Enami(Study director)
Takumi Ohishi, Kazuhisa Hatayama, Osamu Kusuoka, Toshiharu Tsuda, Toyohisa Katsumata
Gotemba Laboratory, Bozo Research Center Inc.
1284, Kamado, Gotemba-shi, Shizuoka, 412-0039, Japan
Tel +81-550-82-2000Fax +81-550-82-2379