イソシアヌル酸のラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity
Screening Test of Isocyanuric acid by Oral Administration in Rats

要約

イソシアヌル酸は,プール等で殺菌の目的で用いられる塩素の安定剤として広く用いられている化学物質である.本物質はシアヌル酸とは互変異性体の関係にあり,存在する環境条件によってイソシアヌル酸(ケト型),シアヌル酸(エノール型)あるいは両物質が共存する.固型および酸性条件下ではイソシアヌル酸が,塩基性条件下ではシアヌル酸が主体となる1,2).このような物質であるため,化学品としてはイソシアヌル酸を単にシアヌル酸とも呼称されている.イソシアヌル酸の毒性について,Canelli2)は,ラットにおける単回経口投与によるLD50値が5000 mg/kg以上で,ラットおよびモルモットへの6ヶ月間反復経口投与により腎毒性が認められたと報告している.Hammondら3)によるシアヌル酸ナトリウムのラットを用いた催奇形性試験および生殖発生毒性試験では,毒性影響は認められていない.Inokuchiら1)は,ラットに経口投与したイソシアヌル酸は主に血液,肝臓および腎臓に分布し,そのピークは投与後 30 分で,投与した99%以上が未変化体として 24 時間以内に尿中排泄され,反復投与によっても臓器,組織に蓄積されないことを報告している.ヒトにおいても,未変化体として速やかに尿中排泄されることが確認されている4).今回,OECDにおける高生産量既存化学物質の安全性点検プログラムの一環として,イソシアヌル酸について,ラットを用い,反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を実施した.動物は1群雌雄各10匹とし,被験物質の0,10,40,150および600 mg/kg/day用量を交配開始14 日前から雄は44日間,雌は分娩後哺育3日(41〜48日間)まで投与した.

1.反復投与毒性

雌雄の親動物とも,600 mg/kg群で毒性影響と考えられる変化が認められた.雄親について,赤色尿の排泄および体重増加の抑制が認められた.尿検査で,尿の混濁,被験物質と類似した板状の結晶物質の析出および赤血球や白血球の出現率の増加が認められた.血液学検査で,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の減少,血液生化学検査で,尿素窒素およびクレアチニンの増加ならびにナトリウムの減少が認められた.病理組織学検査で,腎臓に尿細管の拡張,尿細管上皮の壊死および過形成,好塩基性尿細管の増加,好中球の浸潤,鉱質沈着,線維化などの変化,膀胱に粘膜上皮の過形成,副腎に皮質束状帯細胞の空胞化が認められ,腎臓の絶対および相対重量ならびに副腎の相対重量は増加した.一方,雌親について,雄親と同様の赤色尿の排泄および腎臓,膀胱および副腎の病理学的変化が認められたほか,胸腺の萎縮例の増加が認められた.

以上の結果から,イソシアヌル酸のラットへの反復投与による主な毒性影響は腎臓および膀胱に認められ,副腎および胸腺に対する影響も認められた.無影響量は,雌雄とも150 mg/kg/dayと推定された.

2.生殖発生毒性

親動物の交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率,分娩および哺育状態に変化は認められなかった.児動物に対しても,総出産児数,新生児数,性比,出生率,体重,形態および哺育4日生存率に,被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.

したがって,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する無影響量は,いずれも600 mg/kg/dayと推定された.

方法

1.被験物質

イソシアヌル酸は,分子量129.09,融点 330℃,ホルミルジメチルアミン,ジメチルホキサイドに可溶,水,アセトン,アルコールに難溶な白色の粉末である.試験には日産化学(株)製造のもの(ロット番号 5356,純度99.8%)を入手し,冷暗所(4℃)で密栓保管し使用した.被験物質は局方ゴマ油(宮澤薬品)に懸濁して投与液とし,使用時まで冷暗所(4℃)で密栓保管した.被験物質の原体および投与液中の被験物質を分析し,安定であることを確認した.

2.使用動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)より購入したSD系〔Crj:CD(SD)〕ラットを6日間検疫・馴化飼育した後,一般状態に異常が認められなかったものを,雄は9週齢(327〜373 g),雌は8 週齢(212〜230 g)で試験に供した.ラットは,温度22±3℃,湿度55±10%,換気回数10 回以上/時,照明12時間(6時〜18時)に設定した飼育室で,金網ケージに個別に収容し,固型飼料〔ラボ MR ストック,日本農産工業(株)〕および水を自由に摂取させた.ただし,交尾確認後の雌は,巣作り材料〔ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株)〕を入れたポリカーボネート製ケージに収容した.

3.投与量および投与方法

投与量設定試験として,ラットを一群雌雄各4匹とし,イソシアヌル酸を0,30,100,300,1000および2000 mg/kg/day用量で14日間反復経口投与した.投与7日の夕方から交配が成立するまで雌雄各1匹づつを同居させた.300 mg/kg群で,雌雄に白色結晶物を含む尿の排泄および腎臓の退色,雄に赤色尿の排泄,体重増加の抑制,摂餌量の減少傾向,血液尿素窒素およびクレアチニンの増加が認められた.1000 mg/kg群では,300 mg/kg群で認められた変化が雌雄に認められた.さらに,雌雄に自発運動の低下,立毛,下腹部被毛の尿による汚れなどの一般状態の変化,腎臓重量の増加,胸腺重量の減少,雄に血清γ-GTP,総コレステロールおよび無機リンの増加,塩素の減少,雌に血小板数の増加,剖検で前胃粘膜の黒色点が認められた.2000 mg/kg群では,1000 mg/kg群で認められた血液生化学的変化および前胃粘膜の変化が雌雄に認められたほか,雌雄に血清グロブリンの増加によると思われるA/G比の低下傾向,雄に副腎重量の増加,雌に血液プロトロンビン時間の短縮が認められた.交配成績については,1000および 2000 mg/kgの各1対で交尾が成立しなかった.したがって,本試験における投与量については,確実に反復投与毒性の発現が予測される600 mg/kg/dayを最高用量とし,以下150,40および10 mg/kg/dayの4用量を設定した.投与方法は,投与液量を体重1 kg当たり5 mlとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて,雌雄とも交配開始14日前から雄は44日間,雌は分娩後の哺育3日(41〜48日間)まで,経口投与した.対照群には,被験物質の溶媒として用いた局方ゴマ油を同様に投与した.

4.観察および検査

1) 親動物に関する項目

(1) 一般状態観察

投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.

(2) 体重および摂餌量測定

体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日と剖検日に測定した.ただし,雌の妊娠後は妊娠0,7,14および20 日と哺育0および4日に測定した.摂餌量は体重測定日に合わせて,翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.摂餌量の最終測定は,雄は投与43日,雌は哺育3日に行った.交配期間中は摂餌量を測定しなかった.

(3) 交配および分娩状態観察

投与15日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れて1対1の組み合わせを作り,交尾が確認されるまで連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹全例の出産が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について同居開始から交尾成立までの期間,交尾率〔(交尾動物数/同居動物数)×100〕,受胎率〔(受胎雌数/交尾雌数)×100〕および出産率〔(生児出産雌数/受胎雌数)×100〕ならびに分娩の確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの期間)を算定した.

(4) 雄の臨床病理学検査

尿検査:投与38日あるいは41日に腰部を刺激して新鮮尿を採取し,試験紙法(マイルス・三共(株),マルティスティックス(R))によるpH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲンの定性的検査を行った.また,ラットを代謝ケージに収容(2〜3 時間)して得た蓄尿について,外観の観察,比重の測定(エルマ光学株式会社,屈折計)ならびに尿沈渣の検査を行った.

血液学検査:供試血液の採取は,投与期間終了翌日における屠殺剖検時に行った.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部はEDTA-2Kで処理し,多項目自動血球計数装置〔東亜医用電子(株),E-4000〕により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度(以上,計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blue 染色)を測定した.さらに,一部は3.8%クエン酸ナトリウム液で処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(アメルング社,KC-10A)により,プロトロンビン時間(Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(エラジン酸活性化法)を測定した.

血液生化学検査:採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置〔日本電子(株),JCA-VX-1000 型クリナライザー〕により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG 法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(Jendrassik法),尿素窒素(Urease-UV 法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP(以上,SSCC 法),アルカリホスファターゼ(GSCC 法),カルシウム(OCPC 法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置〔東亜電波工業(株),NAKL-1〕により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.

(5) 病理学検査

雄の計画屠殺動物は採血に続いて,雌の計画屠殺動物は哺育4日の観察終了後に,また交配不成立の雌は交配期間終了3日後に,分娩予定日を過ぎても分娩が認められない雌は分娩予定の4日後に,哺育期間中に全児が死亡した雌は死亡が確認された日に,いずれもエーテル麻酔下で放血屠殺し,脳,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胸腺ならびに雄についてはさらに精巣,精巣上体を秤量した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率[(着床数/黄体数)×100]を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および600 mg/kg群の雌雄,ならびに他の群の交配および妊娠の成立しなかった雌雄の脳,下垂体,甲状腺,上皮小体,胸腺,心臓,肺,肝臓,腎臓,副腎,脾臓,胃,小腸(十二指腸・空腸・回腸),大腸(盲腸・結腸・直腸),膵臓,膀胱,骨髄,リンパ節,さらに雄では精巣,精巣上体,前立腺,精嚢,雌では卵巣,子宮,膣,乳腺について,また 10,40 および 150 mg/kg群の妊娠が成立した動物では,600 mg/kg群で毒性影響と考えられる変化の認められた雌雄の腎臓,膀胱,副腎,雌の肝臓,胸腺について,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,一部の雌の腎臓については脂肪染色(ズダン)も行った.

2) 新生児に関する項目

(1) 産児数および性比

分娩完了の確認後各腹の産児数(生児と死亡児の合計)を調べ,分娩率〔(総出産児数/着床数)×100〕を算定した.また,性別は肛門と生殖突起の距離の長短により判定し,群ごとの性比を算出した.

(2) 外表異常および一般状態観察

分娩完了後,口腔内を含む外表の異常を観察した.また,毎日一般状態および生死を確認し,出生率〔(出産確認時生児数/総出産児数)×100〕および新生児生存率〔(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100〕を求めた.

(3) 体重測定

哺育0および4日に,雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.

(4) 病理学検査

死亡例は発見時に,生存例は雌親の解剖時(哺育4日)にエーテル・クロロホルムで麻酔死させ,胸腹部における主要器官を肉眼的に観察した.

5.統計解析

パラメトリックデータは,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータは Kruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果,有意差を認めた場合,Dunnett法またはScheff法(群の大きさが異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータは,χ^2検定を行った.なお,新生児に関するデータは,1腹当たりの平均を1標本とした.

結果

1.反復投与毒性

1) 死亡および一般状態

死亡は,各群の雌雄とも認められなかった.一般状態について,妊娠を成立させた雄では,600 mg/kg群で赤色尿の排泄が10匹中9匹に認められた.分娩し哺育も順調であった雌においても,600 mg/kg群で赤色尿の排泄が10匹中3匹に認められたほか,削痩が4匹,被毛の汚れが2匹に認められた.これら以外にも雌雄に変化が認められたが,発現率が低く,用量依存的な変化でもなかった.10,40および150 mg/kg群で認められた交配不成立を含む妊娠不成立の雌雄あるいは出産後全児死亡の雌には,変化は認められなかった.

2) 体重(Fig.1,2)

雄において,600 mg/kg群で投与22日以降の体重は対照群と比べて有意に低値を示し,投与期間中の体重増加量は有意に減少した.雌においては,体重に有意な変化は認められなかったが,600 mg/kg群で哺育期間中に体重が著しく減少する例が認められた.

3) 摂餌量

600 mg/kg群で,雄は投与 29 日まで,雌は投与1日,妊娠0日および哺育3日の摂餌量が対照群を下回る傾向にあったが,有意な変化ではなかった.

4) 雄の尿検査所見(Table 1)

150および600 mg/kg群で,尿の混濁する例が有意に増加した.また,600 mg/kg群で,沈渣中赤血球および白血球の有意な増加が認められた.さらに,40,150および600 mg/kg群の沈渣中には多くは板状を呈する結晶物質が認められ,その形態は水中で析出した被験物質と類似したものであった.

5) 雄の血液学検査所見(Table 2)

600 mg/kg群で,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の有意な減少が認められた.平均赤血球容積,平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度には変化は認められず,網状赤血球数は増加傾向にあったが,有意な変化ではなかった.

6) 雄の血液生化学検査所見(Table 3)

600 mg/kg群で,尿素窒素およびクレアチニンの有意な増加ならびにナトリウムの有意な減少が認められた.なお,GPT,γ-GTPおよびグルコースにも有意差が認められたが,いずれも用量依存的な変化でなく,また背景データにおける正常範囲内の変動であった.

7) 剖検所見

妊娠を成立させた雄において,600 mg/kg群で10匹中腎臓の腫大/退色が7匹,副腎の退色が6匹に認められた.分娩し哺育も順調であった雌においても,600 mg/kg群で10匹中腎臓の腫大/退色が全例,副腎の退色が5匹に認められた.さらに,胸腺の萎縮は対照群を含む150 mg/kg以下の群で0〜1匹に認められたのに対し,600 mg/kg群では4匹と増加する傾向にあった.交配不成立を含む妊娠不成立の雌雄においては,変化は認められなかった.40および150 mg/kg群の各1匹に認められた分娩後全児死亡の雌においては,副腎の退色が共通して認められたほか,40 mg/kg群の例で捕食した児動物の肉片と思われる多量の内容物による胃の膨満および胸腺の萎縮が認められた.以上の所見以外にも変化は認められたが,用量依存的でなく発現率も低かった.

8) 器官重量(Table 4,5)

600 mg/kg群で雌雄に腎臓の絶対および相対重量,副腎の相対重量,雄に脾臓の相対重量,雌に脳の相対重量の有意な増加が認められた.また,雄の下垂体は150 mg/kg群で絶対および相対重量,600 mg/kg群で相対重量の有意な増加が認められた.なお,雄の肝臓,雌の甲状腺および下垂体にも有意差が認められたが,用量依存的な変化ではなかった.

9) 病理組織学検査所見(Table 6,7)

被験物質の投与に起因すると考えられる変化が,600 mg/kg群で雌雄の腎臓,膀胱,副腎および雌の胸腺に認められた.

妊娠を成立させた雄において,腎臓には10匹中全例に,ネフロン単位でび漫性の尿細管拡張が認められた.尿細管の拡張は遠位尿細管,集合管および乳頭管に認められ,近位尿細管も拡張する傾向にあった.多くの例で尿細管上皮の壊死および過形成,再生像と考えられる好塩基性尿細管の増加,間質の線維化,髄質に好中球の浸潤などを伴っており,拡張した尿細管には脱落した上皮細胞や浸潤細胞の集塊が認められた.また,皮質から皮髄境界部にかけて,鉱質沈着がみられる例もあった.膀胱には粘膜の過形成が2匹に認められ,その内の1匹の粘膜下織には好中球の浸潤が認められた.副腎では皮質束状帯細胞の空胞化が,対照群の1匹に対し6匹と増加した.分娩し哺育も順調であった雌においても,腎臓に雄と同様の変化が10匹中全例に認められたほか,近位尿細管上皮の空胞変性が8匹に認められた.また,膀胱には粘膜の過形成,副腎には束状帯細胞の空胞化がいずれも4匹に認められた.さらに,胸腺には皮質の萎縮が対照群にも2匹認られたが600 mg/kgでは5匹に認められ,発現率の増加傾向が認められたほか,600 mg/kg群の5匹中2匹の変化は,対照群の例に比べて強かった.交配不成立の40 mg/kg群の1対では雄に変化は認められず,雌には肺に出血を伴う炎症性細胞浸潤巣が認められた.妊娠不成立の10 mg/kg群の2対においては,雌の1匹に肺胞内水腫が認められたがごく軽度な変化で,その他の雌雄には異常は認められなかった.分娩後全児死亡の40および150 mg/kg群の雌各1匹では,副腎皮質束状帯細胞の空胞化が共通して認められたほか,40 mg/kg群の例で肝細胞および腎臓近位尿細管上皮の脂肪変性、腺胃粘膜のびらん、胸腺皮質の萎縮が,150 mg/kg群の例で前胃扁平上皮の過形成が認められた.雌雄の下垂体,生殖器系器官,雌の乳腺には異常は認められなかった.以上の所見以外にも変化は認められたが,用量依存性は認められなかった.

2.生殖発生毒性

1) 親動物に及ぼす影響(Table 8)

(1) 交尾率および受胎率

交尾は40 mg/kg群の1対を除いて各群の全例に成立し,成立に要する期間にも有意な変化は認められなかった.受胎率も10 mg/kg群は80%であったが,対照を含む他の群は全て100 %であった.

(2) 黄体数,着床数および着床率

被験物質投与各群において,黄体数,着床数および着床率は対照群と類似した値を示し,有意な変化は認められなかった.

(3) 出産率および妊娠期間

出産率は,対照群および被験物質投与各群とも100%であった.なお,150 mg/kg群の1匹は分娩確認時に全児が死亡していたが,その大部分の例の肺は吸気肺でしかも体表には咬傷が認められたことから,多くは出産後死亡あるいは食殺されたものと判断した.妊娠期間にも有意な変化は認められなかった.

(4) 分娩および哺育状態

分娩状態については,各群のいずれの動物にも異常は認められなかった.哺育状態についても,前述の分娩直後に全児が死亡あるいは食殺されたと思われる150 mg/kg群の1匹および哺育3日までに全児が死亡した40 mg/kg群の1匹が認められたが,用量依存的な変化ではなく,被験物質の投与の影響を示唆する異常は認められなかった.

2) 新生児に及ぼす影響(Table 9)

(1) 生存性および体重

被験物質投与各群の1腹当たりの総出産児数,新生児数,出生率,性比,哺育0日の体重ならびに哺育4日の生存率および体重には,いずれも対照群と比べて有意な変化が認められず,新生児の一般状態にも異常は認められなかった.

(2) 形態

外表異常について,痕跡尾が対照群および150 mg/kg群の各1匹に認められたが,被験物質の投与に起因すると考えられる異常は認められなかった.内臓異常はいずれの児動物にも認められなかった.内臓変異についても,胸腺の頚部遺残,左臍動脈遺残あるいは腎盂の拡張が総計対照群で5匹(3.1%)に対し被験物質投与各群で2〜6 匹(1.7〜4.2%)の範囲で,有意な変化は認められなかった.

考察

1.反復投与毒性

雌雄の親動物とも,腎臓および膀胱に対する毒性影響ならびにそれとの関連性が考えられる変化が 600 mg/kg群に認められた.150 mg/kg以下の群では,被験物質の投与による毒性影響と考えられる変化は,認められなかった.析出した被験物質と思われる尿中の結晶物質は 40および150 mg/kg群にも認められたが,これらの用量では生体に有害と思われる変化を伴っていなかった.

すなわち,600 mg/kg群で,腎臓においては,剖検で腫大,退色および重量の増加が認められた.組織学的には,尿細管上皮の壊死,脱落およびそれによる尿の停滞を示唆する尿細管の拡張を特徴とする変化であった.

腎臓および膀胱の組織標本では結晶物質の存在は確認できなかったが,尿中には析出した被験物質と思われる結晶物質が認められた.Cascieriら5)はシアヌル酸ナトリウムのラットおよびマウスへの投与により発現する腎障害は,腎臓で析出したイソシアヌル酸の結晶による物理的な影響によることを報告している.本試験において認められた腎臓および膀胱の変化も,尿細管内で水分の再吸収に伴って析出した被験物質の結晶が起炎物質として作用して発現したものと推察される.類似した変化はサルファ剤,メチシリンなどでも報告されている6).また,膀胱においても,刺激に対する反応性増殖と考えられる粘膜上皮の過形成が認められたが,変化は腎臓に比べて軽度なものであった.

雌雄の親動物で認められた赤色尿の排泄,雄親の検査で認められた尿沈渣中赤血球および白血球の増加,血液尿素窒素およびクレアチニンの増加,ナトリウムの減少は,いずれも主に腎臓の変化と関連する所見と考えられる.また,雄親の貧血所見も,骨髄および脾臓に造血能に対する影響や赤血球破壊亢進を示唆する変化が認められなかったことから,障害されたおそらく腎臓からの出血によるものと推察される.

雌雄の親動物とも,副腎の退色および相対重量の増加が認められ,皮質束状帯細胞に脂質の増加を示唆する空胞化が組織学的に観察された.また,雌親では胸腺皮質の萎縮する例が増加する傾向にあった.副腎および胸腺の変化は,イソシアヌル酸の毒性影響に対するストレスと関連した二次的な変化と判断される.

これらの変化に加えて,雄親では体重増加の抑制が,雌親においても体重の平均値では有意な変化は認められなかったものの削痩する例が認められた.

なお,最終体重が対照群と比べて小さかった600 mg/kg群で,雄は下垂体および脾臓,雌は脳のいずれも相対重量が増加し,下垂体重量の変化は150 mg/kg群の雄にも認められたが,これらの器官に病理組織学的変化は認められなかった.したがって,下垂体,脾臓および脳の重量変化は主に体重の変化に伴う所見で,毒性影響を示唆する変化ではないと判断された.

以上の結果から,イソシアヌル酸のラットへの反復投与による主な毒性影響は腎臓および膀胱に認められ,副腎および胸腺に対する影響も認められた.無影響量は雌雄とも150 mg/kg/dayと推定された.

2.生殖発生毒性

雄親および雌親の生殖能に対する被験物質の投与による影響について,観察した各指標とも対照群と比べ有意な変化は認められなかった.また,児動物の発生に関する指標に対しても,影響は認められなかった.

交配および妊娠の不成立の対,分娩後全児が死亡した雌親が投与量とは無関係に散発したが,いずれにも生殖能の異常を示唆する病理学的な異常は認められず,偶発的な変化と考えられた.

以上の結果から,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する影響は600 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量はいずれも600 mg/kg/dayと推定された.

文献

1)Canelli, Amer. J. Public Health, 64, 155(1974).
2)N. Inokuchi, R. Sawamura, A. Hasegawa and G. Urakubo, Eisei Kagaku, 24(1), 49(1978).
3)B. G. Hammond, S. J. Barbee, T. Inoue,N. Ishida,G. J. Levinskas, M. W. stevens, A. G. Wheeler and T. Cascieri, Environ. Health Persect., 69, 287(1986).
4)L. M. Allen, T. V. Briggle and C. D. Pfaffenberger, Drug Metab. Reviews, 13(3), 499(1982).
5)T. Cascieri, S. Barbee, B. Hammond, T. Inoue, N. Ishida and A. Wheeler, Toxicologist, 5, 58(1985).
6)渡辺満利,"毒性試験講座 5-毒性病理学," 前川 昭彦,林 裕造 編,地人書館,東京,1991,pp.267-293.

連絡先
試験責任者:伊藤義彦
試験担当者:野田 篤,下平裕二,伊藤雅也,迫川朋子,昆 尚美
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-11 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 0427-62-2775Fax 0427-62-7979

Correspondence
Authors:Yoshihiko Ito(Study director)
Atsushi Noda,Yuji Shimodaira,Masaya Ito,Tomoko Sakogawa, Naomi Kon
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229-11 Japan
Tel +81-427-62-2775Fax +81-427-62-7979