N-エチルアニリンのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of N-Ethylaniline in Rats

要約

 染料等の原料として用いられている既存化学物質N-エチルアニリンについて,SD系[Crj:CD(SD)]ラットを用い,0(対照),1,5,25および125 mg/kg用量で28日間の反復経口投与毒性試験を実施した.動物数は1群雌雄各6匹とし,7群を設け,5群は投与終了後屠殺群,2群は対照および125 mg/kgの14日間回復群とした.

 125 mg/kg群で,チアノーゼ,眼球および尿の褐色化,皮膚蒼白などの症状が雌雄に,体重増加の抑制および摂餌量の減少が雄に認められた.血液学および血液生化学検査では,いずれも有意なメトヘモグロビン含有率の増加およびハインツ小体保有赤血球の出現を伴う溶血性貧血の所見ならびにプロトロンビン時間の短縮が5 mg/kg以上,カリウムの増加が25 mg/kg以上,総ビリルビンおよびアルブミンの増加,血小板およびナトリウムの減少が125 mg/kg群の雄あるいは雌雄に認められた.病理学検査では,脾臓重量の増加が認められ,組織学的にはヘモジデリン沈着および赤芽球系髄外造血巣の増加,うっ血,濾胞縁帯リンパ球の減少が5 mg/kg群の雌および25 mg/kg以上の群の雌雄に認められた.また,ヘモジデリン沈着は肝臓および腎臓にも認められ,赤芽球系造血亢進所見が骨髄および肝臓に認められた.

 以上の結果から,N-エチルアニリンのラットへの投与によりメトヘモグロビン血症およびそれに伴う溶血性貧血が発現した.無影響量は1mg/kg/dayと推定された.

方法

1. 被験物質

 被験物質N-エチルアニリンは分子量121.20,蒸気圧0.4 mmHgの淡黄色〜淡褐色の液体で,水に溶けにくく,エタノール,エーテルなどの有機溶媒および植物油に溶けやすい.試験には,(株)三星化学研究所(京都)製造のもの(ロット番号A-J,純度99.6%)を入手し,冷暗所に保管した.投与液は,これを局方ゴマ油(宮澤薬品)に溶解して調製し,使用時まで冷暗所に保管した.被験物質原液および投与液中の被験物質は,安定であることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

 日本チャールス・リバー(株)より搬入したSD系[Crj:CD(SD)]ラットを,12〜13日間検疫・馴化飼育を行い,5週齢(雄160-181 g,雌139-156 g)で1群雌雄各6匹として試験に用いた.ラットは,温度22±3℃,湿度55±10%,換気回数10回以上/時,照明12時間(6時-18時)に設定した飼育室で,金網ケージに個別に収容し,固型飼料[日本農産工業(株),ラボMRストック]および水を自由摂取させた.

3. 投与量および投与方法

 N-エチルアニリンのラットへの単回経口投与におけるLD50(経口)は,雄382 mg/kg,雌553 mg/kgであった.ラットを1群雌雄各4匹とし,0,3,10,30および100 mg/kg用量の14日間経口投与による投与量設定試験を実施した.30 mg/kg以上でメトヘモグロビン含有率の増加およびハインツ小体保有赤血球の出現を伴う溶血性貧血の所見が認められた.しかし,100 mg/kg群においても体重や摂餌量に対する明らかな影響は認められなかった.したがって,本試験における投与量は,より明らかな毒性影響の発現が予測される125 mg/kgを最高用量とし,以下25,5および1 mg/kgの4用量と対照を設定した.また,対照および125 mg/kgについては,14日間の回復群を設けた.投与は,胃ゾンデを装着した注射筒を用いて,投与液を1日1回,28日間にわたって経口投与した.対照群には局方ゴマ油を同様に投与した.

4. 観察および検査項目

1)一般状態観察

 投与および回復期間中毎日,生死および外観,行動等を観察した.

2)体重および摂餌量測定

 体重は,投与期間中においては毎日投与直前に,回復期間中は週1回測定した.摂餌量は,週1回,24時間の消費量を測定した.

3)尿検査

 投与24日(雄)あるいは25日(雌)ならびに投与終了後10日(雄)あるいは11日(雌)に腰背部を刺激して強制排尿させ,pH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲン(以上,マイルス・三共(株),マルティスティックス)ならびに外観を検査した.

4)血液学検査

 供試血液の採取は,投与期間および回復期間終了翌日における屠殺剖検時に行った.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部はEDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置(東亜医用電子(株),E-4000)により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度(以上,計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,Evelyn-Malloy法の変法1) によりメトヘモグロビン濃度を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blue染色),ハインツ小体保有赤血球数(Neutral red-brilliant green染色)および白血球百分率(May-Giemsa染色)を測定した.さらに一部は3.8%クエン酸ナトリウム液で処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(アメルング社,KC-10A)により,プロトロンビン時間(Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(エラジン酸活性化法)を測定した.

5)血液生化学検査

 採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置(日本電子(株),JCA-VX-1000型クリナライザー)により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(Jendrassik法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP(以上,SSCC法),アルカリフォスファターゼ(GSCC法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,電解質自動分析装置(東亜電波工業(株),NAKL-1)により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.

6)病理学検査

 採血に続いて剖検し,脳,肝臓,腎臓,副腎および精巣/卵巣を秤量した.病理組織学検査は,採取した臓器を10%中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定後,対照群および125 mg/kg群では心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,骨髄,その他の群および回復群では125 mg/kg群で変化の認められた肝臓,脾臓,腎臓,骨髄について,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,一部の肝臓,脾臓,腎臓についてはベルリンブルー染色,腎臓についてはさらにシモール反応も行った.

5. 統計処理

 得られた平均値あるいは頻度について,Dunnettの多重比較検定を行った.ただし,回復群については,t 検定およびU検定を行った.

結果

1.一般状態および死亡

 125mg/kg群で,雌雄の全例が毎日の投与後約15分より,皮膚,口唇はチアノーゼ,眼球は褐色となった.翌日の投与時にはチアノーゼは消失していたが,投与4日頃より全身蒼白となった.死亡は認められなかった.回復期間においては,眼球の褐色は2日で,全身蒼白も4-5日でほとんど消失した.

2.体重(Fig. 1)および摂餌量

投与期間において,雌雄とも体重増加の抑制傾向がみられ,雄では投与7,27および28日の体重に対照群と比べ有意差が認められた.摂餌量は,125 mg/kg群の雄で対照群を下回って推移し,投与1週では有意差が認められた.回復期間においては,体重および摂餌量とも有意な変化は認められなかった.

3. 尿所見

 125 mg/kg群の各12匹中雄の10匹および雌の11匹の尿は褐色を呈した.回復期間における検査では異常は認められなかった.

4. 血液学所見(Table 1,2)

赤血球数および血色素量の用量相関的な減少が5 mg/kg以上の群の雌雄に認められ,5 mg/kg群の雄の血色素量を除いて,有意な変化であった.ヘマトクリット値も5 mg/kg以上の群の雌雄で減少したが,用量相関性はみられなかった。125 mg/kg群の雌雄では,塗抹標本の観察で赤血球は明らかに大球性となり,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量は高値を,平均赤血球血色素濃度は低値を示した.また,25 mg/kg以上の群の雌雄でメトヘモグロビン含有率および網状赤血球数の有意な増加,ハインツ小体保有赤血球の出現が認められた.さらに,いずれも有意なプロトロンビン時間の短縮が5 mg/kg以上の群の雄および25 mg/kg以上の群の雌に,血小板数の減少が125 mg/kg群の雄に認められた.回復群においては,一部に有意差は残るものの,雌雄の血小板数の減少を除いていずれも回復傾向を示し,血色素量およびヘマトクリット値はむしろ雌雄で有意な増加を示し,平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度は増加した.

5. 血液生化学所見(Table 3,4)

 いずれも有意なカリウムの増加が25 mg/kg群の雄および125 mg/kg群の雌雄に,総ビリルビンの増加が125 mg/kg群の雌雄に,アルブミンの増加およびグロブリンの減少によるA/Gの上昇が125 mg/kg群の雄に認められた.回復群ではこれらの変化は認められなかった.

6. 剖検所見

 脾臓の腫大・黒褐色が25 mg/kg以上の群のほぼ全例に認められ,特に125 mg/kg群における変化は重度であった.また,肝臓および腎臓も125 mg/kg群の全例で黒褐色となった.回復群では,肝臓に異常は認められず,脾臓および腎臓の変化は軽減していた.

7. 器官重量 (Table 5,6)

 脾臓の絶対および相対重量の有意な増加が,25 mg/kg以上の群の雄および125 mg/kg群の雌に認められた.回復群では,有意差は残るものの明らかな回復傾向が認められた.

8. 病理組織学所見 (Table 7,8)

 被験物質投与の影響が示唆される所見が,肝臓,腎臓,脾臓および骨髄に認められた.肝臓では,クッパー細胞への褐色色素の沈着が,25 mg/kg以上の群の雌および125 mg/kg群の雄に認められた.この色素は,ベルリンブルー染色陽性で,ヘモジデリンと同定された.また,主に赤芽球系の髄外造血巣が,125 mg/kg群の雌雄に認められた.腎臓では,近位尿細管上皮への褐色色素の沈着が,125 mg/kg群の雌雄に認められた.この色素は大部分がベルリンブルー染色陽性,一部がシモール反応陽性で,主にヘモジデリン,一部はリポフスチンと同定された.脾臓においても,網内系細胞へのヘモジデリン沈着および赤芽球系の髄外造血巣の増加が5 mg/kg以上の群の雌および25mg/kg以上の群の雄に認められた.さらに,濾胞縁帯リンパ球の減少および赤脾髄におけるうっ血が25 mg/kg以上の群の雌雄に認められた.骨髄では,赤芽球系造血細胞の増加が,25 mg/kg以上の群の雌雄に認められた.

 回復群においては,骨髄に異常は認められず,肝臓,腎臓および脾臓においても,変化は残るものの明らかな回復傾向を示した.

考察および結論

 N-エチルアニリンの反復投与毒性を,ラットへの0,1,5,25および125 mg/kg用量,28日間経口投与により検討した結果,認められた変化は主に血液,特に赤血球に対する影響であった.

 ラットは,毎日の投与後にチアノーゼを呈し,血液学検査で高濃度のメトヘモグロビンが検出され,N-エチルアニリンはアニリン色素と同様1) にメトヘモグロビン血症を惹起することが確認された.また,ラットの眼は褐色を呈したが,これは黒褐色のメトヘモグロビンによる色調変化と考えられた.

 赤血球にはハインツ小体が形成され,血色素の異化過程における異常がうかがわれるとともに,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値は著減し,ラットは蒼白となるなど,高度の貧血所見が認められた.

 赤血球および血色素量の変化は用量依存的であったが,ヘマトクリット値の変化は高用量の125mg/kg群でむしろ軽減し,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量は高値を,平均赤血球濃度は低値を示し,大球性貧血の像を呈した.

 脾臓,肝臓および腎臓へのヘモジデリン沈着の増加ならびに血清総ビリルビンおよびカリウムの増加は,赤血球の破壊亢進を示唆する所見と解せられる.また,骨髄,脾臓および肝臓における赤芽球系の造血亢進所見ならびに末梢血中の網状赤血球数の増加は,貧血に対する代償性の反応と考えられ,これらはいずれも異常ヘモグロビン産生による溶血に随伴する変化と判断される.さらに,脾臓重量の増加は溶血に伴う脾臓のうっ血や髄外造血巣の増加によるものと考えられ,125 mg/kg群の雄に認められた血小板数の減少も,脾腫による脾臓の機能亢進の影響が軽度に現れたものと推察される.

 これらの赤血球に対する影響およびそれとの関連性が考えられる所見は,アニリンやニトロベンゼンなどの酸化物質投与により認められる変化 2-4) と類似したもので,N-エチルアニリンは,アニリンと同様にその代謝物が血色素のへムを構成する還元型の2価鉄イオンを酸化して3価鉄イオンとし,メトヘモグロビンを形成させ,溶血性貧血を惹起する5) ものと推察される.

 プロトロンビン時間の短縮,血清アルブミンの増加およびグロブリンの減少によるA/G比の上昇,脾臓の濾胞縁帯リンパ球の減少は,毒性がN-エチルアニリンと類似する3-メトキシベンゼナミンのラットへの投与においても認められいる6) が,メトヘモグロビン血症や溶血性貧血の発現との関連性については不明である.

 以上の変化は,3 mg/kg以上の用量で発現し,1 mg/kg群では特に変化は認められなかった.また,発現した変化は,14日間の回復期間により回復あるいは回復傾向を示し,可逆的であることが確認された.

 なお,回復期間終了後屠殺動物においては,投与期間終了後屠殺動物では認められなかった血清総コレステロールおよびカルシウム量の減少が認められたが,いずれも軽度な変化であった.さらに,血色素量およびヘマトクリット値は逆に対照群に比べて増加していたが,これは貧血の回復期におけるリバウンド現象と解せられる.

 以上の結果から,N-エチルアニリンのラットへの28日間反復投与において,メトヘモグロビン血症およびそれに伴う溶血性貧血が発現した.無影響量(NOEL)は,1 mg/kgと推定された.

文献

1)E.J. van Kampen, W.G. Zijlstra, Adv. Clin. Chem., 8, 141 (1965).
2)J.H. Harrison, D.J. Jollow, Mol. Pharmacol., 32, 423 (1987).
3)V. Facchini, L.A. Griffiths, Biochem. Pharmacol., 30, 931 (1981).
4)宮地隆興, 日本臨床, 37, 3942 (1979).
5)谷本義文, "毒性試験講座 6-毒性生化学<下>," 佐藤哲男, 上野芳夫, 遠藤仁編, 地人書館, 東京, 1988, p. 520.
6)和田浩, "化学物質毒性試験報告," 1, 263 (1994).

連絡先
試験責任者:伊藤義彦
試験担当者:山本 譲,下平裕二, 福田苗美,岡山敦子, 昆 尚美
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 0427-62-2775Fax 0427-62-7979
Correspondence
Authors :Yoshihiko Ito (Study director)
Yuzuru Yamamoto, Yuuji Simodaira, Naemi Fukuda, Atuko Okayama, Naomi Kon
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229, Japan
Tel +81-427-62-2775Fax +81-427-62-7979