2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールのチャイニーズ・ハムスター
培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of 2-(Di-n-butylamino)ethanol
in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

 2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールのチャイニーズ・ハムスター肺由来細胞(CHL/IU細胞)を用いる染色体異常試験を実施した.

 S9 mix非存在下および存在下で短時間処理(6時間処理後18時間の回復時間)した場合,濃度に依存して増殖率が低下し,50 %の増殖抑制濃度は0.94 mg/mLおよび0.67 mg/mLと推定された.24時間連続処理(S9 mix非存在下)した場合は,50 %の増殖抑制濃度は0.29 mg/ mLと推定された.

 これらの結果に基づき,S9 mix非存在下の短時間処理では1.7 mg/mL(10 mmol/L)の濃度を最高処理濃度とし,5段階の濃度群(0.11〜1.7 mg/mL,公比2),S9 mix存在下の短時間処理では1.3 mg/mL(50 %増殖抑制濃度の約2倍)の濃度を最高処理濃度とし,5段階の濃度群(0.081〜1.3 mg/mL,公比2)を設定し,染色体異常試験を実施した.

 細胞増殖率および分裂指数より,S9 mix非存在下では0.43,0.85,1.7 mg/mLの3濃度,S9 mix存在下では0.16,0.33,0.65,1.3 mg/mLの4濃度について染色体分析を行った.その結果,S9 mix非存在下で短時間処理した高濃度群において,染色体の構造異常を有する細胞(23.5 %)の統計学的な有意差が認められた.また,中濃度群および高濃度群では倍数性細胞(4.3 %および2.3 %)の統計学的な有意差が認められた.S9 mix存在下で短時間処理した場合においては,最低濃度を除く3濃度群で構造異常を有する細胞の濃度依存的な増加が認められた(7.0〜96.0 %).また,0.33 mg/mLでのみ,倍数性細胞(13.5 %)の統計学的な有意差が認められた.

 以上の結果より,2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールは,本試験条件下でCHL/IU細胞に染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 細胞

 CHL/IU細胞はチャイニーズ・ハムスター,肺由来で,リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代,現在23代)した.試験には,解凍後継代10代以内で試験に用いた.仔牛血清(CS,Cansera International)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬)培養液を用い,CO2インキュベーター(37℃,5 % CO2)内で培養した.

2. S9 mix

 S9(キッコーマン)は,フェノバルビタールと5,6-ベンゾフラボンを投与した雄Sprague-Dawley系ラットの肝臓から調製したものを購入した.S9 mixは使用時に調製し,処理培地に10 vol%添加し,各成分の最終濃度はS9 5 vol%,グルコース-6-リン酸(Sigma Chemical)0.83 mmol/L,b-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(オリエンタル酵母工業)0.67 mmol/L,MaCl2 0.83 mmol/L,KCl 5.5 mmol/L,HEPES緩衝液(pH 7.2)0.67 mmol/Lとした.

3. 被験物質

 被験物質である2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノール [ロット番号:WTE4254,純度:99.8 %(GC),和光純薬工業(大阪)] は弱いアミン臭のある薄い黄色透明の液体であり,購入後,密閉し,遮光下で室温保管した.また,被験物質は実験期間中安定であったことが,被験物質提供者において確認された.

4. 被験物質の調製

 被験物質は用時調製して試験に用いた.溶媒はジメチルスルホキシド(DMSO,和光純薬工業)を用いて原液を調製した(細胞増殖抑制試験および染色体異常試験で170 mg/mL).ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の1 vol%になるように加えた.なお,被験物質を溶媒に溶解させた際,発熱,発泡,変色などの変化はなかった.

5. 培養条件

 2×10^4個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたプラスチックディッシュ(直径6 cm)に播き,CO2インキュベーター内で3日間培養した.その後,短時間処理では,血清入りの培地によりS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,リン酸緩衝塩類溶液で洗浄,新鮮な培養液でさらに18時間培養した.また,連続処理では,新鮮培地と交換後,被験物質を加え,24時間処理した.

6. 細胞増殖抑制試験

 染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖におよぼす影響を調べた.

 いずれの処理条件においても,1.7 mg/mL(10 mmol/L)を最高処理濃度とし,0.013〜1.7 mg/mLの濃度範囲(公比2,8濃度)で処理を行った.なお,処理開始時および処理終了時ともに沈殿は認められなかったが,0.21 mg/mL以上の濃度では被験物質調製液を添加すると培養液の色が赤紫色に変化した.しかし処理終了時には培養液の色の変化は認められなかった.

 培養終了後,10 vol%ホルマリン溶液で細胞を固定し,0.1 %クリスタルバイオレット液で染色した.単層培養細胞密度計(MonocellaterTM,オリンパス光学工業)を用い,溶媒を添加した陰性対照群と比較した各処理群の相対増殖率を計測した.細胞増殖抑制試験では,各用量2枚のディッシュを用いた.処理系列は陰性対照群と被験物質処理群とした.

 その結果,S9 mix非存在下および存在下で短時間処理した場合には,50 %の増殖抑制濃度はそれぞれ0.94 mg/mLおよび0.67 mg/mLと推定された(Fig. 1).また,24時間連続処理した場合,50 %の増殖抑制濃度は0.29 mg/mLと推定された(Fig. 1).

7. 実験群の設定

 細胞増殖抑制試験の結果より,S9 mix非存在下の短時間処理群では1.7 mg/mL(10 mmol/L)を最高処理濃度とし,公比2で5濃度(0.11,0.21,0.43,0.85,1.7 mg/mL),S9 mix存在下の短時間処理群では50 %増殖抑制濃度の約2倍に相当する1.3 mg/mLを最高処理濃度とし,公比2で5濃度(0.081,0.16,0.33,0.65,1.3 mg/mL)設定した.

 陽性対照群については,S9 mix非存在下および存在下の短時間処理では,マイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業)およびシクロホスファミド(CP,Sigma Chemical)溶液を日局注射用水(大塚製薬工場)で調製し,最終濃度がそれぞれ0.1 μg/mLおよび10 μg/mLとなるように添加した.

 染色体異常試験においては,各用量4枚のディッシュ(陽性対照群では2枚)を用いた.陽性対照群以外では2枚のディッシュを用い染色体標本を作製し,別の2枚については単層培養細胞密度計により細胞増殖を測定した.処理系列は陰性対照群,陽性対照群および被験物質処理群とした.

8. 染色体標本作製法

 培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき6枚作製した.作製した標本は3 vol%ギムザ溶液で染色した.

9. 染色体分析

 細胞増殖率と分裂指数を細胞毒性の指標として,20 %以上の相対増殖率で,かつ2ディッシュともに0.5 %以上の分裂指数を示した最も高い濃度を観察対象の最高濃度群とし,観察対象の3濃度群を決定した.その結果(Table 1,2),観察可能な最高濃度は,S9 mix非存在下の短時間処理では1.7 mg/mLであったことから,この濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.S9 mix存在下の短時間処理では,最高濃度の1.3 mg/mLでは細胞毒性のため,分析可能な分裂中期像が少ないことからこの濃度を最高濃度群として,4濃度群を観察対照とした.

 作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(染色体数が38本以上)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

10. 判定

 染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した(p<0.01,片側).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3)(p<0.01,片側)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.

結果および考察

 2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールは,S9 mix非存在下で短時間処理した場合,構造異常を有する細胞は,高濃度群で統計学的に有意に増加(23.5 %)し,陽性の結果が得られた(Table 1).また,倍数性細胞は中濃度群および高濃度群で統計学的に有意に増加(4.3 %および2.3 %)し,陽性の結果が得られた(Table 1).S9 mix存在下で短時間処理した場合には,濃度に依存して構造異常を有する細胞が増加(2.5 %〜96.0 %)し,陽性の結果が得られた(Table 2).また,倍数性細胞については,0.33 mg/mLの濃度群で統計学的に有意な増加(13.5 %)が認められた(Table 2).濃度依存性は認められなかったが,誘発された倍数性細胞の出現率が明らかに高いこと,S9 mix非存在下でも倍数性細胞が誘発されていること,高濃度群では構造異常の出現率が高いことから,細胞死または細胞周期の遅延により倍数性細胞が検出されない可能性が考えられることから,陽性と判断した.

 以上のように,陽性の結果が得られたことから,D20値4)を求めたところ,構造異常については,S9 mix非存在下および存在下の短時間処理ではそれぞれ1.7 mg/mLおよび0.26 mg/mLとなった.倍数性細胞については,S9 mix非存在下の短時間処理では13 mg/mLとなったが,S9 mix存在下の短時間処理については,負の値となったことから対象外とした.

 陽性対照物質として用いたMMCは,S9 mix非存在下で短時間処理した場合において染色体の構造異常を誘発し(Table 1),CPはS9 mix存在下で短時間処理した場合において染色体の構造異常を誘発した(Table 2).これらの陽性対照物質の結果より,本実験系の成立が確認された.

 2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールを培養液に添加すると,培養液の色が桃色ないし赤紫に変化したことから,被験物質を添加(0.43〜1.7 mg/mL)して培養液(S9 mix非存在下)のpHを調べた結果,pH 8.81〜9.27であった.Moritaら5)は塩基性条件下でCHO-K1細胞を培養した場合,S9 mix非存在下では強塩基性条件下で培養しても構造異常を誘発しないが,S9 mix存在下ではpH 10.4ないし10.8で構造異常を誘発することを示した.2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールを添加した場合,培養液のpHは10未満であることや,S9 mix非存在下でも染色体の構造異常が誘発されていることから,今回の試験結果に培養液の強塩基性下の影響はないものと考えられる.

 2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールについては,当研究所で実施した細菌を用いる復帰突然変異試験で陰性の結果が得られている6).2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールの窒素に水素が結合したdibutylamineやニトロ基の結合したdibutylnitrosamineでは染色体異常試験で疑陽性の結果が得られている7, 8).これらのことから,2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールの窒素に結合する分子種によって染色体異常誘発作用が大きく異なることが示された.

 以上の結果より,2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールは,本試験条件下でCHL/IU細胞に染色体異常を誘発すると結論した.

参考文献

1) 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp.16-37.
2) 吉村功(編):「毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ」サイエンティスト社,東京(1987)pp.76-78.
3) 吉村功,大橋靖夫(編):「毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析」地人書館,東京(1992) pp.218-223.
4) 石館基(監修):「<改定> 染色体異常試験データ集」エル・アイ・シー,東京(1987)p.23.
5) Morita T et al.:Effects of pH in the in Vitro Chromosomal Aberration Test. Mutation Res, 225:55-60(1989).
6) 原巧ら:2-(ジ-n-ブチルアミノ)エタノールの細菌を用いる復帰変異試験.化学物質毒性試験報告,12:235-239(2005).
7) 祖父尼俊雄(監修):「染色体異常試験データ集改定」 1998年版,エル・アイ・シー,東京(1999)p.165.
8) 上掲書;p.166.

連絡先
試験責任者: 田中憲穂
試験担当者: 山影康次,高橋俊孝,渡辺美香,
中川ゆづき,橋本恵子,三枝克彦,
加藤初美
7食品薬品安全センター秦野研究所
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Correspondence
Authors: Noriho Tanaka(Study director)
Kohji Yamakage,
Toshitaka Takahashi, Mika Watanabe,
Yuzuki Nakagawa, Keiko Hashimoto,
Katsuhiko Saegusa, Hatsumi Kato
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
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