N-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンのラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test
of N-Phenyl-N'-isopropyl-p-phenylenediamine in Rats

要約

N-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンは,タイヤやラテックス手袋等のゴム製品の酸化防止剤として幅広く使用されている化学物質であるが,感作性を有することが知られており1-5),本物質を使用したゴム製品のみならず,単独でも人体に対するパッチテストで感作性が確認されている2, 3).N-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンの28日間反復経口投与毒性試験(回復14日間)を,雌雄のSprague-Dawley系ラットを用いて実施した.雌雄とも4群構成とし,1群には媒体である0.5 %カルメロースナトリウム水溶液を,他の3群には被験物質を,それぞれ10,30および100 mg/kgの用量で28日間反復強制経口投与した.試験には雌雄とも各群5匹ならびに回復試験用に対照群および100 mg/kg投与群各5匹を加えた計60匹の動物を使用した.

死亡例はなく,100 mg/kg投与群では流涎および淡褐色尿が観察され,投与第2日には,摂餌量の減少を伴い体重が減少ないし増加抑制された.流涎は30 mg/kg投与群の一部でも観察された.

尿検査では,雌で10,雄で30 mg/kg以上を投与した群でビリルビンが陽性となった.また,30 mg/kg投与群の雄および100 mg/kg投与群の雌雄の一部で蛋白の高い個体が散見されたほか,尿が黄色ないし褐色を呈した.回復第2週の検査でも100 mg/kg投与群の雌雄で蛋白の高い個体が散見された.

血液学検査では,100 mg/kg 投与群の雌雄で,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値が低下し,網状赤血球比率および血小板数が増加した.骨髄像では,30および100 mg/kg投与群の雌で顆粒球系骨髄球の比率が増加した.100 mg/kg投与群では,2週間の回復試験終了後も血色素量,ヘマトクリット値が低かったが,血小板数および網状赤血球比率が上昇したほか,骨髄像では,M/E比の減少を伴って血芽球系細胞比率が上昇した.

血液生化学検査では,10および30 mg/kg投与群の雌および100 mg/kg投与群の雌雄で総蛋白濃度が上昇し,30および100 mg/kg投与群の雌ではアルブミン濃度も上昇した.また,100 mg/kg投与群では,雄で総ビリルビン濃度が上昇した.

病理学的に100 mg/kg投与群では,肝臓が腫大し,好酸性肝細胞肥大,小葉中間帯の脂肪化,軽微な肝細胞の単細胞壊死が観察されたほか,脾臓が腫大し,ヘモジデリン沈着および髄外造血増加の増強が認められた.さらに,雌雄で腎重量が増加し,雄で好塩基性尿細管の増強および軽微なヘモジデリン沈着が散見された.30 mg/kg投与群でも肝臓が腫大し,雌雄で好酸性肝細胞肥大が,雄で小葉中間帯の脂肪化が観察され,雌で脾臓のヘモジデリン沈着の増強が確認された.回復試験終了後,肝臓重量の増加,好酸性肝細胞肥大および小葉中間帯の脂肪化は軽減したが,肝細胞の単細胞壊死は多数例で認められ,脾臓の腫大ならびに髄外造血の増加およびヘモジデリン沈着の増強も観察された.また,雄では,腎臓の腫大および好塩基性尿細管の増強が認められた.

以上の結果,本試験条件下におけるN-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンの無作用量は,雄で10 mg/kg,雌では10 mg/kg/day未満であると考えられた.また,被験物質の標的器官は肝臓,血液,腎臓であることが示唆され,主として肝重量の増加を伴う好酸性肝細胞肥大,小葉中間帯の脂肪化および肝細胞の単細胞壊死,溶血性貧血,腎臓重量の増加および尿蛋白の増加が生じることが明らかとなった.これらの変化の中で,肝細胞の単細胞壊死は,2週間の投与中止後も回復しなかったが,その他の変化は軽減し,回復過程にあると考えられた.

試験方法

1. 被験物質および投与検体の調製法

被験物質には,精工化学(株)(埼玉)より提供されたN-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミン(ロット番号10201,純度99.5 %)を使用し,入手後,試験開始まで室温で保管した.被験物質の安定性は,受領前および返却後(試験終了後)に提供元で品質試験を実施することにより確認した.

検体調製では,被験物質を粉砕後,乳鉢で磨砕し,媒体を加えて練り上げて高用量群の懸濁液を調製してから,段階希釈して他群の投与検体を調製した.媒体には,日局注射用水(ロット番号9912ST,光製薬(株))を溶媒として0.5 %に調製した日局カルメロースナトリウム(ロット番号6Z09,丸石製薬(株))水溶液を使用した.

投与検体は,8日間の安定性が確認されているため1週間に1回の頻度で調製し,使用時まで冷蔵庫にて保管した.また,含量測定および均一性試験の結果から,各濃度の投与検体中には所定濃度の被験物質が含有され,均一性も良好であることが確認された.

2. 動物および飼育方法

試験には,4週齢で購入し,検疫と飼育環境への馴化を兼ねて8日間予備飼育した雌雄のSprague-Dawley系[Crj:CD(SD)IGS,SPF]ラット(日本チャールス・リバー(株))各30匹を使用した.

群分けは,投与開始前日の体重に基づいて体重別層化無作為抽出法により行った.各群の動物数は,雌雄とも対照群および高用量群を各10匹とし,低および中用量群を各5匹とした.

動物は,温度21.0〜25.0 ℃,湿度40.0〜75.0 %,換気回数約15回/時および照明12時間(7時〜19時点灯)に設定された飼育室内で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))と水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

本試験の投与量は,先に実施した予備試験の結果を基に決定した.即ち,N-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンを0,10,100,200および300 mg/kgの用量で雌雄動物に7日間反復経口投与した結果,投与第3日に300 mg/kg投与群の雄1例が死亡し,200 mg/kg以上の投与群の雌雄で淡褐色尿がみられた.また,200および300 mg/kg投与群の雌雄で,体重が増加抑制ないし減少したが,300 mg/kg投与群の雄を除き,投与第7日までには回復する傾向にあった.剖検では,100 mg/kg以上の用量を投与した群で,肝臓の腫大が認められた.一方,被験物質の急性経口毒性試験(未公刊)では,269 mg/kg投与群の雄5例中1例が死亡したことから,100 mg/kgは被験物質の毒性変化が現れ,且つ,28日間の連投に耐え得る用量であると判断し,本試験の投与用量は100 mg/kgを高用量に,以下,公比約3で除して30および10 mg/kgを中および低用量に設定した.

投与経路は経口とし,1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて強制的に投与した.投与容量は10 mL/kgとし,雌雄とも最近時の体重をもとに個体別に投与液量(mL)を算出した.なお,回復試験期間は14日間とした.

4. 観察および検査

1) 一般検査

毎日(投与期間中は投与前および投与後約1時間),全例の生死を含む一般状態の観察を行った.また,投与第1週では毎日,投与第2週以降は,1週1回の頻度で,投与後約1時間の症状観察時に全例を1匹ずつケージから取り出して歩行異常および散瞳の有無を観察した.体重は,投与第1週には3回,その後は毎週2回の頻度で測定したほか,投与期間終了日,回復試験期間終了日および剖検日にも測定した.摂餌量は毎週1回の頻度で測定した.さらに,尿検査時に,代謝ケージ内での1日あたりの摂水量を測定した.

2) 尿検査

投与第4週および回復試験第2週に全例を約24時間代謝ケージに収容して蓄尿し,約4および24時間の時点で採尿した.この4時間尿を用いて試験紙法(クリニテック200+,バイエル・三共(株))によりpH,潜血,蛋白,糖,ケトン体,ウロビリノーゲンおよびビリルビンを,光学顕微鏡により沈渣を,視診により色調および混濁度を検査し,24時間尿を用いて尿量(天秤で重量を計測し,比重で除す)および比重(尿1 mLの重量を測定)を検査した.また,投与第1週に全例を約4時間代謝ケージに収容して採尿し,試験紙による検査,沈渣および色調・濁度について検査した.なお,予備試験において,尿の色調が,pH,糖,ビリルビンおよび潜血の試験紙法による検査成績に影響を与えている可能性が懸念されため,pHメーター(pH BOY-P2,新電元工業(株)),尿中ビリルビン検査用試薬(イクトテスト,バイエル・三共(株))および目視による発色確認により試験紙の反応を確認した.また,第4週には24時間の蓄尿の色調を確認した.

3) 採血

剖検例は,投与期間ないし回復試験期間終了日から翌日の剖検日にかけて18から24時間絶食させた後,ペントバルビタールナトリウムで麻酔し,腹部後大静脈から,血液学検査用(全自動血液凝固測定装置用,抗凝固剤:クエン酸ナトリウム),血液学検査用(血液自動分析装置用,抗凝固剤:EDTA-3K)および血液生化学検査用(抗凝固剤:ヘパリン)の血液を採取した.採血は,対照群,低,中および高用量群の順序で,1匹ずつ動物番号の若い方から選択して行った.

4) 血液学検査

血液自動分析装置(CELL-DYN3500SL,ダイナボット(株))により赤血球数,平均赤血球容積,血小板数(以上,電気抵抗法),白血球数(フローサイトメトリー・レーザー光散乱法/電気抵抗法),白血球分類(フローサイトメトリー・レーザー光散乱法)および血色素量(吸光度法)を測定し,これらの値を基にヘマトクリット値,平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度を算出した.また,全自動血液凝固測定装置(CA-1000,東亜医用電子(株))を用いて,プロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間(いずれも光散乱検出法)を測定した.また,全例の網状赤血球標本および骨髄塗抹標本をBrecher法により作成し,光学顕微鏡を用いて観察した.

5) 血液生化学検査

遠心方式生化学自動分析装置(COBAS-FARA,ロシュ・ダイアグノスティックス(株))を用いて総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),ブトウ糖濃度(グルコキナーゼG6PDH法),尿素窒素濃度(ウレアーゼGl.DH法),クレアチニン濃度(Jaff法,Rate),ALP活性(GSCC法),GOT活性(IFCC法),GPT活性(IFCC法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),総ビリルビン濃度(Jendrassik/Grof法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法)およびカルシウム濃度(OCPC法)を測定し,A/G比を算出した.また,全自動電解質分析装置(EA05,(株)A&T)により,ナトリウム濃度,カリウム濃度および塩素濃度(いずれもイオン電極法)を測定した.

6) 病理学検査

採血に引き続き,必要に応じて腋窩動脈を切断して放血屠殺した後,器官および組織を肉眼的に観察した.また,各動物の脳,胸腺,肺,肝臓,腎臓,脾臓,精巣,卵巣,甲状腺(上皮小体を含む),副腎の重量を測定し,各器官重量を剖検日の体重で除してそれぞれの相対重量を算出した.ただし,甲状腺は0.1 mol/Lリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液中で24時間固定した後,気管から分離し,重量を測定した.次いで,脳,脊髄,心臓,大動脈,肺(気管支を含む),気管,肝臓,腎臓,脾臓,膵臓,顎下腺,舌下腺,舌,食道,胃,十二指腸,空腸,回腸,結腸,直腸,盲腸,前立腺,精嚢,卵巣,子宮,腟,膀胱,下垂体,甲状腺,上皮小体,副腎,大腿骨および骨髄,腸間膜リンパ節,下顎リンパ節,胸腺,眼球,視神経,ハーダー腺,皮膚(腹部),乳腺,坐骨神経,骨格筋(下腿部)を0.1 mol/Lリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液に,精巣,精巣上体をブアン液に浸漬固定した.固定後,脳,心臓,肺,肝臓,腎臓,脾臓,胃,精巣,卵巣,甲状腺,副腎および病変部はパラフィン包埋して薄切し,ヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,対照群および高用量群の標本(病変部は全群)について,光学顕微鏡を用いて組織学的に検査した.肝臓,腎臓および脾臓については,この他の群でも検査した.なお,脾臓および腎臓で黄色色素沈着が認められたため,鉄染色標本を作製してヘモジデリンであることを確認した.また,雄の腎臓では,尿細管上皮細胞細胞質内に好酸性顆粒物が認められたことから,PAS染色を施して観察し,所見名を硝子滴とした.さらに,肝臓では,小葉中間帯肝細胞の空胞化が観察されたため,オイルレッドO染色を施して,空胞が脂肪変性であることを確認した.

5. 統計解析

体重,摂餌量,半定量検査を除く尿検査ならびに血液学検査,生化学検査の値および器官重量については,群ごとに平均値および標準偏差を求めた.また,試験群が3群以上あった場合は,Bartlettの方法による分散の一様性の検定,一元配置型の分散分析ないしKruskal-Wallisの順位検定を行い,DunnettないしDunnett型の検定法で多重比較を行った.2群の場合には,F-検定を行い,Studentのt検定法ないしAspin-Welchのt検定法を用いて有意差検定を行った.その他,尿の半定量的検査成績については,m × nの分割表を用いるχ2検定を行い,Dunnett型の検定法により多重比較を行った.病理組織学検査所見のグレード分けしたデータについては,Mann-WhitneyのU検定(両側検定)を,陽性グレードの合計値はFisherの直接確率片側検定を行った.なお,いずれの検定も有意水準を5 %とした.

結果

1. 死亡例

投与期間および回復試験期間中に死亡例はなかった.

2. 一般状態

100 mg/kg投与群では淡褐色尿が,雄で投与第4日以降,雌で投与第15日以降,いずれも投与第28日まで散見された.また,同群では雌で投与第7日以降,雄では投与第13日以降に流涎が観察された.この流涎は,投与保定時から投与後約2時間半の間に観察され,100 mg/kg投与群の雌1例では,投与を伴わない保定時にも認められた.また,流涎は30 mg/kg投与群でも雌で投与第21日,雄で投与第25日から28日の間に認められた.さらに,100 mg/kg投与群の雄では,投与第28日から翌日の回復試験期間第1日にかけて緑色調の便が観察された.その他,対照群および30 mg/kg投与群の雄1例で痂皮が観察された以外に一般状態の変化は観察されな かった.

3. 体重(Fig. 1, 2)

投与期間中に有意な増減はなかったが,100 mg/kg投与群では,投与第1日から2日にかけての増加が抑制され,雄1例および雌5例では投与第2日に体重が減少した.

回復試験期間中,100 mg/kg投与群の雄で対照群と比較して有意に低値となった.しかし,個体別の比較から,100 mg/kg投与群の雄では,投与期間終了後,体重の比較的軽い動物が回復試験に用いられたために有意差が認められたと考えられた.この他には,対照群と被験物質投与群との間に有意な変化はなかった.

4. 摂餌量(Fig. 3)

投与第1日から2日にかけて測定した投与第1週の摂餌量は,100 mg/kg投与群の雌雄で対照群と比較して有意に減少した.この他には,雌雄とも観察期間中を通して対照群と被験物質投与群との間に有意差は認められなかった.

5. 摂水量

いずれの測定においても,対照群と被験物質投与群との間に有意な増減はなかった.

6. 尿検査(Table 1)

投与第1週の検査では,30 mg/kg投与群の雄および100 mg/kg投与群の雌雄で黄色から褐色を呈する尿が散見され,100 mg/kg投与群の雄で有意な変化となった.また,30 mg/kg以上を投与した群の雌雄でビリルビンが検出され,30 mg/kg投与群の雄および100 mg/kg投与群の雌雄で有意となった.100 mg/kg投与群の雄では,尿沈渣中の結晶が有意に減少した.この他,雄では,100 mg/kg投与群の蛋白低下および30 mg/kg投与群のケトン体上昇に有意差がみられたが,蛋白およびケトン体の変化はいずれも対照群の変動範囲内にあったことから,被験物質投与による影響ではないと判断した.

投与第4週の検査では,100 mg/kg投与群の雌雄で,尿が黄色から褐色を呈し,有意な変化となった.また,10 mg/kg投与群の雌および30 mg/kg以上を投与した雌雄各群でビリルビンが検出され,30 mg/kg投与群の雌および100 mg/kg投与群の雌雄で有意な変化となった.この他,有意差は認められなかったが,30 mg/kg投与群の雄1例および100 mg/kg投与群の雄5例雌4例で尿蛋白が中等度(++)以上となった.また,24時間尿について色調を確認した結果,100 mg/kg投与群の雌雄全例および30 mg/kg投与群の雌2例で上層部が暗紫色を呈した.

回復第2週の検査では,100 mg/kg投与群の雌でウロビリノーゲンが有意に増加した.この他には,いずれの項目でも対照群と被験物質投与群との間に有意差はなかったが,100 mg/kg投与群の雄2例雌1例で尿蛋白が中等度(++)以上となった.

7. 血液学検査(Table 2, 3)

投与期間終了時屠殺例では,100 mg/kg投与群の雌雄で,血色素量およびヘマトクリット値が有意に低下した.また,同群では雌雄で,赤血球数の減少および血小板数の増加が認めれら,雄で有意な変化となった.30および100 mg/kg投与群の雄では,平均赤血球容積が有意に減少した.この他,100 mg/kg投与群では,雌雄で網状赤血球比率の上昇,リンパ球比率の低下および好中球比率の上昇が認められ,雌雄のリンパ球比率低下および雄の好中球比率上昇が有意な変化となった.また,骨髄像検査では,100 mg/kg投与群の雌で好中性後骨髄球比率,好中球比率および総顆粒球比率が有意に上昇し,30 mg/kg投与群の雌で好中性後骨髄球比率および巨核球比率,雄の正染赤芽球比率が有意に上昇した.また,100 mg/kg投与群の雌雄でリンパ球比率が低下し,雌で有意な低下となった.この他,30 mg/kg投与群の雌では好塩基球比率が有意に低下したが,好塩基球が骨髄球全体に占める割合は僅かであり値のばらつきが大きいこと,いずれの個体も対照群の値の範囲内にあったことから,被験物質投与による低下ではないと判断した.

回復試験終了時屠殺例では,100 mg/kg投与群の雌雄で,血色素量,ヘマトクリット値,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量が有意に減少し,血小板数および網状赤血球比率が有意に上昇した.100 mg/kg投与群の雄では,単球比率が有意に低下したが,投与期間中には低下しておらず,同系統同週齢の動物のコントロールデータ6, 7)と比較すると対照群の単球比率が高かったことから,被験物質投与による変化ではないと判断した.骨髄像検査では,100 mg/kg投与群の雌雄で多染性赤芽球比率および総赤芽球比率の上昇ならびにM/E比の低下が認められ,雄で有意な変化となった.また,雌では,好中球比率が有意に低下した.

この他には,雌雄各被験物質投与群とも対照群と比較して有意な変化はなかった.

8. 血液生化学検査(Table 4)

投与期間終了時屠殺例では,10および30 mg/kg投与群の雌および100 mg/kg投与群の雌雄で,総蛋白濃度が有意に上昇し,雌では,アルブミン濃度の上昇を伴っていた.また,100 mg/kg投与群では,雌雄の総コレステロール濃度およびカルシウム濃度の上昇,雄の総ビリルビン濃度上昇および雌のGOT活性低下がそれぞれ有意な変化となった.

回復試験期間終了時に屠殺例した100 mg/kg投与群では,雌雄で総蛋白濃度およびカルシウム濃度が,雌で尿素窒素濃度,ブドウ糖濃度,総コレステロール濃度およびトリグリセライド濃度がそれぞれ有意に上昇した.また,雄のブドウ糖濃度とALP活性の低下およびGPT活性上昇,雌の塩素濃度の低下がそれぞれ有意な変化となったが,いずれも投与期間終了時には認められていない変化であり,関連項目も変化していないため,被験物質投与による影響ではないと判断した.

この他の検査項目には,対照群と被験物質投与群の間に有意差は認められなかった.

9. 病理学検査

1) 器官重量(Table 5)

投与期間終了時屠殺例では,30および100 mg/kg投与群の雌雄で肝重量が増加し,100 mg/kg投与群の実重量および相対重量ならびに30 mg/kg投与群の相対重量が有意な増加となった.また,100 mg/kg投与群では,雌雄で腎重量が増加し,雄の相対重量および実重量ならびに雌の相対重量で有意差があったほか,脾重量が増加し,雌の相対重量で有意となった.

回復試験期間終了時屠殺例では,100 mg/kg投与群の雌雄で肝重量が増加し,雌雄の相対重量および雌の実重量が有意な増加となった.また,雄では,脾臓の実重量および相対重量ならびに腎臓の相対重量が有意に増加した.この他,雄では脳の相対重量が有意に増加したが,投与期間終了時に認められなかった変化であり,剖検時体重が対照群と比較して低かったことも考慮して,被験物質投与あるいは投与中止による変化ではないと判断した.

2) 剖検所見

投与期間終了時屠殺例では,100 mg/kg投与群の雌雄全例で肝臓の腫大が認められ,脾臓の腫大および前胃粘膜の肥厚がそれぞれ雌雄各1例で観察された.30 mg/kg投与群では,肝臓の腫大および腎臓の腫大がそれぞれ雄1例で観察された.その他には,対照群および30 mg/kg投与群の雄各1例で片側性の腎盂の拡張が観察され,30 mg/kg投与群の雄1例の皮膚に痂皮が認められた以外に,雌雄各群とも変化は観察されなかった.

回復試験期間終了時屠殺例では,100 mg/kg投与群の雄雌で肝臓の腫大および脾臓の腫大が,雄で腎臓の腫大が散見された.その他,雌雄各群とも変化は観察されなかった.

3) 組織学検査(Table 6)

投与期間終了時屠殺例では,剖検所見で変化のあった肝臓,脾臓および腎臓で次に示すような変化が観察されたが,肥厚が観察された前胃粘膜では,組織学的な変化は観察されなかった.

肝臓では,30および100 mg/kg投与群の雌雄で,好酸性を示す肝細胞の肥大が観察され,30 mg/kg投与群の雄および100 mg/kg投与群の雌雄で変化の程度および発生頻度が有意に増加した.また,小葉中間帯の脂肪化が,30 mg/kg投与群の雄および100 mg/kg投与群の雄雌で観察され,雄では変化の程度および発生頻度が用量依存的に増加し,いずれも有意な変化となった.さらに,雄では100 mg/kg投与群の全例で軽微な肝細胞の単細胞壊死が認めれ,変化の程度および発生頻度が有意に増加した.雌では,100 mg/kg投与群の3例で認められたが,対照群でも1例みられたため,増加したものの有意差はなかった.この他,対照群を含む雌雄各群で門脈周囲の脂肪化が多数例で観察されたが,用量依存的な変化ではなかったため,被験物質投与による変化ではないと判断した.

脾臓では,対照群の雄1例を除く雌雄全例でヘモジデリン沈着が認められたが,30 mg/kg投与群の雌および100 mg/kgの雌雄で程度が増強され,100 mg/kg投与群の雌で有意となった.また,髄外造血の増加は対照群を含めて雌雄全例で観察されたが,100 mg/kg投与群の雌雄でやや程度が強い傾向にあり,100 mg/kg投与群の雌で有意な増強となった.この他,脾臓では,急性のうっ血が,対照群の雌および100 mg/kg投与群の雌雄で散見されたが,対照群と被験物質投与群との間に差がなく,被験物質投与による影響ではないと判断した.

腎臓では,10および30 mg/kg投与群の雌各1例を除く雌雄全例で,好塩基性尿細管が観察されたが,100 mg/kg投与群の雄3例で他よりやや強い軽度な変化であったほかは,いずれも軽微な変化であった.この軽度な好塩基性尿細管が観察された100 mg/kg投与群の雄3例中2例では,軽微なヘモジデリン沈着も認められた.この他,腎臓では,多数例でリンパ球浸潤が観察され,雄で硝子滴,蛋白円柱および腎盂の拡張が,雌で皮髄境界部の鉱質沈着が散見されたが,いずれも対照群と被験物質投与群との間で変化がなかったことから,被験物質投与による所見ではないと判断した.剖検時に腎臓の腫大が認められた30 mg/kg投与群の雄1例では他の個体と組織学的に異なる所見は観察されず,腎重量の増加も僅かであったため明瞭な被験物質投与による変化ではないと判断した.

この他,肺では,雄の対照群および100 mg/kg投与群の各1例で泡沫細胞の集簇巣が観察され,対照群の雄1例で限局性の好中球浸潤が認められたが,いずれの変化も,被験物質投与群で増強していないことから,被験物質投与による影響ではないと判断した.また,剖検時に皮膚に痂皮が認められた30 mg/kg投与群の雄1例の皮膚では,痂皮以外に変化は認められず,30 mg/kg投与群の雄1例にのみ認められた変化であったことから,偶発的な変化であると判断した.

その他,組織学的検査を行った胃,脳,心臓,副腎,甲状腺,精巣および卵巣には変化が認められなかった.

回復試験期間終了時屠殺例では,組織学的検査を行った肝臓,脾臓および腎臓で次に示すような変化が観察された.

肝臓では,100 mg/kg投与群の雄全例で,単細胞壊死および小葉中間帯の脂肪化が認められ,変化の程度および発生頻度とも有意な増加となった.雌では,単細胞壊死が対照群の1例および100 mg/kg投与群の4例で,小葉中間帯の脂肪化が100 mg/kg投与群の2例で観察され,いずれも対照群と比較して発生頻度は増加する傾向にあったが,有意差は認められなかった.この他,門脈周囲性の脂肪化が対照群を含む多数例で観察された.

脾臓では,対照群を含む雌雄全例でヘモジデリン沈着および髄外造血の増加が観察されたが,100 mg/kg投与群の雌雄で変化の程度が強い傾向にあり,雄のヘモジデリン沈着および雌の髄外造血の増加が,それぞれ有意な増強となった.

腎臓では,好塩基性尿細管が対照群を含む各群の多数例で観察されたが,100 mg/kg投与群の雄2例で軽度な変化であった他は,いずれも軽微な変化であった.この他,対照群を含む雌雄多数例でリンパ球浸潤が観察され,雄で硝子滴が,雌で皮髄境界部の鉱質沈着が散見されたが,いずれも対照群と被験物質投与群との間に差がなかったことから,被験物質投与による変化ではないと判断した.

考察

N-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンを10,30および100 mg/kgの用量で雌雄のSprague-Dawley系ラットに28日間反復経口投与した結果,主として,肝臓,血液および腎臓に以下に示す変化が認められた.

肝臓では,30および100 mg/kg投与群で,重量の増加および腫大,好酸性肝細胞肥大,小葉中間帯の脂肪化が認められ,100 mg/kg投与群では肝細胞単細胞壊死が観察された.被験物質の急性経口毒性試験(未公刊)では肝障害が示唆されており,本試験でも肝臓が標的器官であると考えられた.吸収されたN-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンは一部肝臓で代謝されてグルクロン酸抱合体となり,未変化体とともに尿中および胆汁中に排泄されること,腸肝循環ならびに脂肪組織および肝臓中への蓄積により,長時間残存する可能性の高い物質であることが報告されている8).肝細胞の単細胞壊死は酵素誘導後の退行性変化である可能性もあるが,今回,2週間の投与中止後も肝細胞の単細胞壊死が認められ,他の毒性変化も軽減したが引き続き観察されたことについて,毒性変化の可逆性を考察する際には,被験物質の残留性についても考慮する必要があると思われた.この他,100 mg/kg投与群の雌雄で総蛋白濃度およびカルシウム濃度の上昇が認められ,雌では,10および30 mg/kg投与群も含めて,アルブミン濃度の上昇を伴って総蛋白濃度が上昇し,被験物質投与による変化であると考えられた.アルブミン濃度上昇を伴うカルシウム濃度の上昇は肝障害時認められることがあるが,本試験結果からは,肝毒性に起因したものであるのか判断できなかった.さらに,100 mg/kg投与群では,雌雄で総コレステロール濃度が上昇し,雄では小葉中間帯の肝細胞脂肪化の程度と個体別に一致した.しかし,雌では一致しなかったことから,総コレステロール濃度の上昇と被験物質投与との関連は示唆されるものの,肝臓との関連は不明であった.また,回復試験終了時に雌で認められたトリグリセライド濃度の上昇は被験物質投与に起因した変化であるのか否か判断できなかった.

100 mg/kg投与群の雌雄および30 mg/kg投与群の雄で尿が黄色から褐色を呈した.しかし,投与中止翌日には回復したこと,尿検査時に潜血反応が陰性であったこと,尿中にN-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンあるいはその代謝産物が排泄されるということ8-10),本被験物質は紫褐色を呈し,24時間尿の上層部は暗紫色を示したことから,溶血による褐色化ではなく,尿中に排泄された被験物質あるいはその代謝物に由来する変化であると考えられた.また,100 mg/kg投与群の雄で観察された緑色調の便も被験物質もしくはその代謝産物に由来する可能性が示唆された.なお,これら色調の変化は雄で強く認められたが,代謝の性差によるものであるのかは判断できず,肝臓の好酸性肝細胞肥大,肝小葉中間帯の脂肪化,血漿総蛋白濃度の上昇などいくつかの項目で認められた雌雄差も,明瞭なものではなかった.

100 mg/kg投与群では雌雄で,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値が低下し,貧血が示唆された.さらに,雌雄で尿中にビリルビンが検出され,雄で血中ビリルビン濃度が上昇したこと,組織学的に雌雄で,脾臓のヘモジデリン沈着がやや程度が強い傾向にあったこと,貧血に伴って網状赤血球比率が上昇したことから溶血性貧血が示唆された.なお,回復試験後も,血色素量,ヘマトクリット値,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量が低い状態にあったが,網状赤血球比率の上昇,骨髄像における赤芽球系細胞比率の上昇,脾臓重量の増加,脾臓における髄外造血の増加が認められたため,貧血は回復過程にあると考えられた.また,回復試験期間中の尿検査でビリルビンが検出されなかったことから溶血は投与中止により停止することが示唆された.この他,100 mg/kg投与群では,雌雄で血小板数の増加,好中球比率の上昇およびリンパ球比率の低下が認められ,骨髄像でも,雌で顆粒球系細胞比率および巨核球比率が上昇し,雌雄でリンパ球比率が低下した.貧血時に骨髄の造血機能が亢進した場合,二次的に末梢の血小板および顆粒球系白血球が増加することが知られており11, 12),本試験でも被験物質投与による貧血の結果,二次的に血小板および好中球が増加したことが推測された.なお,10 mg/kg投与群の雌および30 mg/kg投与群の雌雄でも尿中ビリルビンが検出され,30 mg/kg投与群の雄で平均赤血球容積が減少し,雌で骨髄像が変化した.尿中ビリルビンは肝障害を反映している可能性もあり,いずれも被験物質投与による変化であると判断した.

腎臓では,100 mg/kg投与群の雌雄で器官重量が増加したが,雄3例で好塩基性尿細管の僅かな増強が認められ,この雄3例中2例で軽微なヘモジデリン沈着が認められた以外には被験物質投与に起因すると考えられる明らかな病理学的変化はなかった.しかし,投与第4週および回復試験終了時に,100 mg/kg投与群ではこの雄3例を含む雌雄数例で中等度以上尿蛋白が検出され,被験物質の急性経口毒性試験では,死亡例で近位尿細管上皮の変性あるいは壊死が認められ,腎障害が示唆されているため,本試験でも尿細管上皮細胞に変性ないし壊死が生じた可能性がある.また,これらの変化は投与中止により回復しなかったものの,程度は軽減する傾向にあり,回復性が示唆された.この他,投与第3日の尿検査では100 mg/kg投与群の雌雄で沈渣中の結晶陰性例が増加する傾向にあった.沈渣中の結晶は,尿のpHあるいは尿量などに左右されるが,投与第3日には尿量を測定しておらず,pHは対照群と比較して大差がなかったことから,結晶の変化が被験物質投与に起因する可能性は否定できないもののその原因は不明であった.

30および100 mg/kg投与群の雌雄で投与保定時から流涎が観察され,100 mg/kg投与群の雌1例では,投与を伴わない取扱い時にも流涎が認められた.刺激性物質の経口投与に際しては,しばしば反射性の流涎が観察され,100 mg/kg投与群の雌雄各1例で認められたような前胃粘膜の肥厚が生じることが知られている13).また,被験物質の単回経口毒性試験(未公刊)では,被験物質の刺激性が示唆されていることから,流涎は被験物質の刺激性に由来する可能性が示唆された.

この他,摂餌量の減少に伴って投与第1日から2日にかけて100 mg/kg投与群の雌雄で体重の増加が抑制され,被験物質投与による影響であると考えられるが,摂餌量減少を示唆するような一般状態の変化は観察されず,成因は明らかとはならなかった.

以上の結果から,本試験条件下におけるN-フェニル-N'-イソプロピル-p-フェニレンジアミンの無作用量は雄で10 mg/kg,雌では10 mg/kg未満であると考えられた.また,被験物質の標的器官は肝臓,血液,腎臓であることが示唆され,主として肝重量の増加を伴う好酸性肝細胞肥大および小葉中間帯の脂肪化,溶血性貧血,尿蛋白の上昇が生じることが明らかとなった.2週間の投与中止によって,溶血は終息して貧血は回復過程にあり,好酸性肝細胞肥大および小葉中間帯の脂肪化は軽減したが,肝細胞の単細胞壊死は明らかな回復性を示さなかった.

参考文献

1)櫻本裕助,高分子加工,438(1977).
2)鹿庭正昭ら,衛生化学,28(3),137(1982).
3)S. E. Feinman, J. Toxicol. -Cut. & Ocular Toxicol., 6(2), 117(1987).
4)Y. Ikarashi, et al., Contact Dermatitis, 28, 77(1993).
5)J. Momma, et al., Toxicol., 126, 75(1998).
6)T. Matsuzawa, H. Inoue ed., "Biological Reference Data on CD(SD)IGS Rats-1998," CD(SD)IGS Study Group, Yokohama, 1998.
7)T. Matsuzawa, H. Inoue ed., "Biological Reference Data on CD(SD)IGS Rats-1999," CD(SD)IGS Study Group, Yokohama, 1999, p. 49, 111.
8)斉藤浩司ら,薬学雑誌,100(2), 126(1980).
9)G. Scansetti, et al., Int. Arch. Occup. Environ. Health, 59, 537(1987).
10)G. Scansetti, et al., Med. Lav., 74, 464(1983).
11)C. Jackson, et al., J. Lab. Clin. Med., 84(3), 357(1974).
12)谷本義文,"血液学―ヒトと動物との接点―,"清至書院,東京,1982.
13)高橋道人監訳,"毒性病理学の基礎,"ソフトサイエンス社,東京,1992.

連絡先
試験責任者:森村智美
試験担当者:一原佐知子,加藤博康,関 剛幸,古谷真美,永田伴子
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-76-8033Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Tomomi Morimura(Study Director)
Sachiko Ichihara, Hiroyasu Kato, Takayuki Seki, Mami Furuya, Tomoko Nagata
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
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