4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)のチャイニーズ・ハムスター
培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of 4,4'-Methylenebis(2-chloroaniline)
in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

 4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)の染色体異常誘発能の有無を検討するために,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU細胞)を用いて染色体異常試験を実施した.

 細胞増殖抑制試験を行った結果,50 %細胞増殖抑制濃度は,短時間処理法の代謝活性化では63.300 μg/mL,非代謝活性化では39.387 μg/mL,連続処理法の24時間処理では36.696 μg/mL,48時間処理では29.389 μg/mLであった.このことから染色体異常試験における4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)の最高濃度は,短時間処理法では84.4 μg/mLとし,以下42.2,21.1,10.6,5.30及び2.60 μg/mLの計6用量を,連続処理法では42.2 μg/mLとし,以下21.1,10.6,5.30,2.60及び1.30 μg/mL の計6用量を設定した.短時間処理法では代謝活性化及び非代謝活性化について被験物質を6時間処理した18時間後,連続処理法では被験物質を24時間及び48時間連続処理後,それぞれ染色体標本を作製して検鏡し,染色体異常誘発性を検討した.

 試験の結果,連続処理法の48時間処理では最高濃度の42.2 μg/mLで染色体の構造異常(TA値)が7.0 %を示し疑陽性,倍数性細胞が10.0 %を示し陽性と判定された.これらの結果の再現性を確認するために,48時間処理について42.2,35.2,29.3及び24.4 μg/mLの計4用量を設定し追加確認試験を実施した.その結果,染色体の構造異常(TA値)が42.2及び35.2 μg/mLでそれぞれ7.0及び5.0 %を示し疑陽性と判定された.なお,SD20値は0.21 mg/mL,TR値は140であった.更に倍数性細胞が42.2,35.2及び29.3 μg/mLでそれぞれ17.0,15.5及び7.0 %を示し陽性及び疑陽性と判定された.PD20値は0.05 mg/mLであった.

 以上の結果から,4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)は本試験条件下において染色体異常誘発能を有する(陽性)と結論した.

材料及び方法

1. 使用細胞株

 ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手(2001年12月26日)したチャイニーズ・ハムスターの肺由来線維芽細胞株(CHL/IU細胞)を用いた.なお,試験には細胞増殖抑制試験で7継代目,染色体異常試験で9及び15継代目,追加確認試験で29継代目の細胞を使用した.

2. 培養液の調製

 培養には,非働化(56℃,30分)した仔牛血清(Invitrogen)を10 vol%添加したEagle's MEM(Life Technologies)を用いた.調製後の培養液の保存は冷蔵とした.

3. 培養条件

 細胞は,炭酸ガス培養装置を用い,CO2濃度5 %,温度37℃の高湿度条件下で培養した.継代培養は3〜4日ごとに行った.試験に際しては2×10^4個の細胞を,培養液5 mLを入れた直径6 cmのプラスチックプレートに播種し,3日目に被験物質を処理した.

4. S9 mix

 フェノバルビタール及び5,6-ベンゾフラボンを7週齢のSprague Dawley系雄ラットに腹腔内投与した肝臓から調製されたS9並びに補酵素をオリエンタル酵母工業から購入し,S9 mixを調製した.S9 mixの組成は松岡らの方法1)に従いS9の培地への添加量を5 vol%とした.

5. 被験物質

 4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)(ロット番号: FG-3002,イハラケミカル工業,東京)は,純度99.76 %,白色針状粉末結晶で,密閉容器で冷暗所に遮光して保存した.

6. 被験液の調製

 溶媒は,dimethyl sulfoxide(試薬特級,和光純薬工業)を用いた.被験物質を溶媒で希釈して原液(270 mg/mL)を調製し,ついで順次溶媒で希釈して各濃度の被験液を調製した.被験液は,培養液の1 vol%になるように添加した.

7. 細胞増殖抑制試験(予備試験)

 染色体異常試験における被験物質の処理濃度を設定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質の細胞増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(モノセレータ,オリンパス光学工業)を用いて細胞密度を測定し,被験物質処理群の陰性(溶媒)対照群に対する細胞密度の比をもって指標とした.

 その結果,50 %細胞増殖抑制濃度は,短時間処理法の代謝活性化では63.300 μg/mL,非代謝活性化では39.387 μg/mL,連続処理法の24時間処理では36.696 μg/mL,48時間処理では29.389 μg/mLであった(Fig. 1, 2).

8. 実験群の設定

 細胞増殖抑制試験で得られた50 %細胞増殖抑制濃度をもとに,染色体異常試験の短時間処理法では最高濃度を84.4 μg/mLとし,以下42.2,21.1,10.6,5.30及び2.60 μg/mLの計6濃度並びに陰性(媒体)対照群を設定した.染色体異常試験の連続処理法では最高濃度を42.2 μg/mLとし,以下21.1,10.6,5.30,2.60及び1.30 μg/mL の計6濃度並びに陰性(媒体)対照群を設定した.なお,陽性対照として+S9 mix処理ではシクロフォスファミド(CP,和光純薬工業,15 μg/mL),-S9 mix処理ではマイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業,0.05 μg/mL)を用いた.

 濃度当たり4枚のプレートに処理し,2枚を染色体標本作製用,2枚を細胞増殖率測定用とした.

9. 染色体標本の作製

 培養終了の2時間前に,最終濃度が0.2 μg/mLとなるようコルセミドを加えた.以下,染色体標本は空気乾燥法によって作製した.スライド標本は各プレートにつき2枚作製し,2 vol%ギムザ液で15分間染色した.

10. 染色体の観察

 各用量当たり200個(プレート当たり100個)の分裂中期像についてギャップ(gap),染色分体型切断(ctb),染色分体型交換(cte),染色体型切断(csb),染色体型交換(cse)及びその他の異常など構造異常の種類並びに異常を持つ細胞の数を記録した.同時に倍数性細胞の数も記録した.

 客観的な観察を行うため,スライド標本をコード化した状態で分析した.

11. 結果の判定

 染色体構造異常を有する細胞の出現率は,ギャップを含む場合と含まない場合について集計し,ギャップを含まない場合で判定した.

 判定は石館らの基準2)に従い,染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.最終的には異常細胞の出現に用量依存性又は再現性が認められた場合を陽性と判定した.

結果及び考察

 短時間処理法の結果をTable 1及び2に,連続処理法の結果をTable 3及び4に,追加確認試験の結果をTable 5にそれぞれ示した.短時間処理法では,代謝活性化及び非代謝活性化ともに被験物質処理群には染色体構造異常の出現頻度に5 %を越える増加は認められず,また倍数性細胞の出現頻度にも増加は認められなかった.更に,連続処理法においては,24時間処理では染色体の構造異常の出現率は全く増加せず,倍数性細胞の増加も認められなかったが,48時間処理では最高濃度の42.2 μg/mLで染色体の構造異常(TA値)が7.0 %を示し疑陽性,倍数性細胞が10.0 %を示し陽性と判定された.これらの結果の再現性を確認するために,48時間処理について42.2,35.2,29.3及び24.4 μg/mLの計4用量を設定し追加確認試験を実施した.その結果,染色体の構造異常(TA値)は42.2及び35.2 μg/mLでそれぞれ7.0及び5.0 %を示し疑陽性と判定された.なお,SD20値は0.21 mg/mL,TR値は140であった.更に倍数性細胞は42.2,35.2及び29.3μg/mLでそれぞれ17.0,15.5及び7.0 %を示し陽性及び疑陽性と判定された.PD20値は0.05 mg/mLであった.一方,陽性対照物質を処理した群においては顕著な染色体の構造異常を有する細胞の出現頻度の増加が認められた.

 4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)は既知発癌物質の4,4'-aminobiphenol(benzidine)に類似した化学構造を持ち,細菌を用いる復帰突然変異試験3),マウスリンフォーマTK試験4),6-thioguanine耐性遺伝子突然変異試験3),姉妹染色分体交換試験5),初代培養肝細胞を用いたDNA修復試験6)及びげっ歯類を用いる小核試験7)で陽性の結果が得られている.染色体異常試験5)についてはCASE(Computer Automated Structure Evaluation)法による評価で陰性の結果が報告されている.本試験では染色体構造異常は連続処理法の48時間処理及び追加確認試験のいずれにおいても疑陽性の結果であり,総合的にequivocalと判定された.一方,倍数性細胞は連続処理法の48時間処理及び追加確認試験のいずれにおいても陽性の結果であったことから,総合的に陽性と判定された.

 Kawaguchiら8)は,ビタミンB2の哺乳類培養細胞を用いた染色体異常試験において,ビタミンB2を懸濁状態で処理すると倍数性細胞の出現率が増加すること,倍数性細胞の形成機序はビタミンB2の針状結晶構造物が細胞膜に物理的な刺激を与え,細胞分裂を阻害するためであることを報告している.更に彼らは,同様に針状結晶構造を示すアスベスト,グラスウール及び種々の医薬品が倍数性細胞を増加させることも報告している.ビタミンB2のそのような作用は完全溶解して処理した場合には認められなかったことから,Kawaguchiら8)はこの倍数性細胞の出現率の増加はビタミンB2の本質的な生物学的特性によるものではなく,針状結晶構造に伴う物理的刺激によって生じる偽陽性であること,培養細胞を用いた試験においては被験物質の特性や処理方法に十分注意を払う必要があることを示唆している.4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)は白色針状粉末結晶の性状を持ち,細胞増殖抑制試験では培養液交換前や標本作製前の光学顕微鏡を用いた観察で針状結晶の析出が認められている.染色体異常試験では同様な針状結晶の析出は認められなかったが,前述のビタミンB2の報告8)では電子顕微鏡レベルの針状結晶が倍数性細胞の出現率を増加させることが証明されていることから,本被験物質の場合も光学顕微鏡では確認出来ない微細な針状結晶によって倍数性細胞の増加が生じた可能性も推察される.

 なお,化学構造的に本被験物質と類似物質であるbenzidine(CAS Registry No.92-87-5)は,復帰突然変異試験9),染色体異常試験10),姉妹染色分体交換試験10),不定期DNA合成試験10),小核試験10)及びマウスリンフォーマ試験11)で陽性の結果が,3,3'-dichloro-4,4'-diaminobiphenyl dihydrochloride(CAS Registry No. 612-83-9)は細菌を用いる復帰突然変異試験12)で陽性の結果が,3,3'-dichloro-4,4'-diaminodiphenyl ether(CAS Registry No. 28434-86-8)はDNA修復試験6)で陽性の結果が,2,2'-dichlorobenzidine(CAS Registry No.84-68-4)は不定期DNA合成試験13)で陽性の結果が,3,3'-dichlorobenzidine (CAS Registry No.91-94-1)は細菌を用いる復帰突然変異試験14, 15)及び不定期DNA合成試験13)で陽性の結果がそれぞれ報告されている.

 以上の結果から,4,4'-メチレンビス(2-クロロアニリン)は,本試験条件下において染色体構造異常誘発性はequivocal,倍数性細胞誘発性は陽性とそれぞれ判定され,総合的には染色体異常誘発能を有するものと判定した.

文献

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試験責任者: 園  明
試験担当者: 石井孝広,高部道仁
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